ストレリチアのせい
~ 十二月十四日(金) 黄鉄鉱 ~
ストレリチアの花言葉 恋の伊達者
駅前の個人経営ハンバーガーショップ、ワンコ・バーガー。
その二台のレジ。
隣に立っているのは……。
「おめでと……、じゃ、無かったわよね?」
「はい。スタート地点が自宅では、どれだけ奇跡的な速さで走っても東京で行われている四百メートル走に勝てないという事です」
そんなたとえ話に苦笑いで返すのは。
線の細い、儚げな美人さん。
いつもの穂咲は、厨房で新製品のタイカレーバーガーを仕込み終えて。
スパイシーな香りを纏いながら顔を出してきたところです。
「でも、頑張った結果、お咎め無しでしたので。勉強をみていただいた晴花さんには感謝の念が絶えません」
「え? え? 私? やだなあ、大げさよ~」
「いいえ! そして次は、晴花さんの番です! 早く就職できると良いですね!」
「優しいね、道久君は」
そんなことを言いながら俺の頭を撫でようとする晴花さんですが。
穂咲がこっちを見ているので慌てて離れます。
「やだ、逃げられちゃった」
「飲食業ですから当然です。撫でられた後、消毒されたらへこむのです」
それもそうだねと笑ってくれましたけど、誤魔化せたようで何よりです。
穂咲は妙なところでやきもちを焼くので、基本的に全回避です。
「そうだ、穂咲ちゃん。ちょっと道久君借りるわね?」
「と、思っていたところになんです?」
「思っていたところ?」
「いえ何でもないです」
案の定、穂咲がちょっと不機嫌そうに晴花さんを見つめていますけど。
ご用件は何です?
「バックヤード減っちゃったからね。真空パックのものとか、部屋に入れているらしくて。取りに行くの手伝って欲しいのよ」
「店長の部屋に? それは……」
ちょっぴり面倒ですね。
外階段使って、二階から降ろすのか。
「ううん? 違うわよ?」
「え?」
「カンナさんの部屋よ」
………………カンナさんの部屋?
カンナさんの部屋あああああ!?
「「えええええっ!!!???」」
お客さんがびっくりなさっているけども!
晴花さんが慌ててしー! とかやってますけど!
今ので最大限、声を抑えてますって!
俺は穂咲共々マーライオンのようになって。
そしてお互いに顔を見合わせます。
「し、知らなかったのです……」
「いつの間になの?」
「え? え? え? 私が入った時から、上に部屋があったけど……」
押し掛けですか。
まあ、そうでもしないとあの朴念仁はどうしようもないのでしょう。
「……関係的には、どうなっているのやら」
俺が穂咲につぶやくと。
意外にも冷静な返事をされました。
「あの二人に、関係を表す言葉なんかいらないように思うの。きっと、何となくが積み重なってそうなったの」
「そういうものなのでしょうか……」
何となく。
その言葉は、ちょっぴり胸に刺さります。
俺も、穂咲との関係は。
何となく。
そんな言葉で言い表せると思っていたものですから。
何となく。
それを積み重ねてきた十数年。
ならばこの先。
何となく。
そんな言葉に身を委ねてもいいのでしょうか。
ぐるぐるといろんなことを考えながら。
晴花さんの後について、二階へ上がると。
ドアノブに、『K』のプレートが下がった部屋が確かにありました。
ちょっと武骨ですね。
カンナさんの事だから。
プレートはフリフリでガーリーなものだったりするのかなとも思いましたが。
まあ、考えすぎでしたかね。
そもそも、本性はともかく基本はストイックな方ですし。
それより、仕事とはいえ女性の部屋へ入るのです。
じろじろ見ないようにしないといけません。
扉を開けた晴花さんの背中だけ見て。
お部屋の中に……。
「どうしたの? 固まったりして」
いえ。
だって。
「フリッフリでガーリーガーリーなのです」
桃一色。
役満なのです。
「晴花さんは見慣れているのでしょうけれど……」
「え? お部屋? なんかおかしい?」
おかしくはないですが。
いえ、想像の範疇ではあったのですが。
それにしたってここまでとは。
フリルとピンクしか目に入って来ないようなお部屋なので。
何と言いましょう。
いらない妄想が頭の中でぐるぐると渦巻きます。
そんなお部屋の中で。
晴花さんと二人きり。
急にドキドキしていたら、晴花さんはピンクのベッドに背中を預けるようにして床にちょこんと腰かけます。
可愛すぎです。
ドキドキが一瞬で最大になりました。
早く部屋から出ないと。
気を失いそうなのです。
だというのに。
「ふふっ! ちょっと二人でサボってようか!」
……そんなこと言われたら。
「み、道久君!? ちょっと! どうしたの!?」
どうしたのでしょう。
よく分かりませんが。
目を開けたら。
休憩室の中で、カンナさんが怒り心頭になって俺に罵声を浴びせてきました。
「なんでてめえは人の部屋で鼻血出して倒れてんだよ!」
……おお。
いくらなんでも盛り過ぎです。
鼻血を出して気絶?
はっはっは。
そんな男がいるはず無いのです。
お店はどうなっているのやら。
穂咲も晴花さんも、心配そうに俺の顔を覗き込んでいますけど。
「まったく! 気ぃ失ったやつ運ぶの大変なんだぞ!? あちい!」
ブラウス一枚になって、胸元をパタパタ扇ぐカンナさんですが。
「お前、下着でもあさってたんじゃねえだろうな!?」
「そんなことするはず無いのです。俺はただ、フリルでピンクの部屋に度肝を抜かれて……!」
カンナさん。
ブラウスのボタン開けすぎ。
部屋とお揃い。
そんな肩ひもが見えてしまいました。
「秋山!? また鼻血出してどうした!?」
どうしたのでしょう。
よく分かりませんが。
再び目を開けてから家に帰るまでずっと。
穂咲が俺の事をフリルピンク君と呼ぶのが大変うっとうしかったのです。
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