ピンクッションのせい


 ~ 十二月十三日(木) 孔雀 ~


   ピンクッションの花言葉 共栄



 昨日は帰りが遅くなったというのに。

 朝までなにやらこさえていたらしく。

 あくびをしっぱなしのこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、何のつもりか三角頭巾の中に収納して。

 その上に、赤く花開いたピンクッションを乗せています。


 このお花。

 ピンクッションの名の通り。

 お裁縫用の針をこれでもかと刺したクッションのように見えるのですけれど。


 君、さっきから刺繍のようなことをずっとしていますが。


「……針。お花に刺しなさんな」


 貫通したら、頭を直撃です。



「眠いの。でも、今日に間に合わせるために作ってたの」

「何をです?」

「こんなの」


 始業前。

 寒い寒い教室で。

 穂咲が手をこすりこすり縫い付けていた品は。


「凄いですね。これ、個人でどうこうできるレベルだったんですね」


 木の棒の先に、はためくペナント。

 観光地とかで見かけるアレに金色の糸で刺繍された明朝体。



 『祝・就職決定』


 

 ……晴花はるかさんのお友達さん。

 彼女のお祝いを、ワンコ・バーガーで行うらしく。

 そのための準備をしていたとは聞いていましたが。


「こいつを量産しているのですか?」

「ううん? もう一個は違うの。まだ作り中だから、こっち見ないで欲しいの」

「はあ。……ついでに、君の袖のボタンも縫っておいた方がいいですよ?」


 言われて、穂咲が右腕をくいっとあげると。

 ブラウスの先で、どこかへお出掛けしたそうに機会をうかがう白い貝殻。


 刺繍の流れで、あっという間に縫い付けてしまいましたけど。

 糸、赤くないですか?


 あと。


 ペナントが君の袖に合体しちゃってます。


「やれやれなのです。どうしてそういうやっつけ仕事になりますか」


 俺が穂咲の袖に手を伸ばすと。


「道久君のボタンも取れそうなの」

「え? ああ、ほんとなのです。……いや、袖を引っ張りなさんな。自分でやるのでいいです」

「ついでなの。じっとしてるの」


 そう言いながら、プラプラとする糸をハサミで切ると。

 袖を摘まんだまま黄色の糸で縫い始めます。



 ……これ。

 緊張しますね。


 手にかかる微かな吐息。

 穂咲の小さな手が俺の手の上に乗って。


 左腕が緊張しすぎて。

 つってしまいそうなのです。


 こう見えて。

 おれは、背中に汗びっしょりなのですが。


 君は緊張しないのでしょうか?


 気付けばクラス中から冷やかしの声が飛んでいたのですが。

 いつからだったのでしょう、まったく気付きませんでした。


 そして縫い物が終わる前に。

 先生が教室に入ってきてしまったのですが。


 俺は左腕を穂咲の机に乗せたまま。

 バレないように教卓へ体を向けます。


「……今日は、お前達に朗報がある。今回の期末試験は非常に難しく、各クラス平均点が激減する中、このクラスは平均点が十点も上がった」


 おおと上がった歓声も、すぐにざわつきへと変わります。

 そりゃあそうです。先生方は全学年が比較対象なのでしょうけど。

 俺たちにとって点数を競い合う相手は自分のクラスの人なわけですから。

 あんまり意味がありません。


 でも、先生は珍しくほくほくとした笑顔をちらりと俺と穂咲へ向けた後、さらに続けます。


「足を引っ張っていたお前たちの成績が飛躍的に上がったおかげだ。学年順位も驚くほど上がったのを見て、教頭からもお褒めの言葉をいただいている。よくやった!」


 おお! まさか成績について褒められる日が来ようとは!

 俺は穂咲と顔を見合わせて。

 仲良くハイタッチ。


 そのまま穂咲が腕を引っ張ると。

 俺と穂咲の袖の間で。

 完成したばかりのペナントがばばんと開きました。


 『祝! 最下位脱出!』


「俺の袖にも縫い付けていたのですか!? ちょっと! 恥ずかしいのでやめてください!」


 これを見た後ろの席の連中が盛大な笑い声と拍手で称えてくれる中。

 見えなかった連中が席を立ってわざわざ見に来て。

 改めて笑いと褒め言葉を残して去っていくのです。


 ほんとに恥ずかしい。

 とは言え、俺達の成績も上がって。

 クラスの平均点も上がって、先生も褒められて。


「なんて共栄。頑張った甲斐があったのです」


 思えば、いろんな人から影響を受けて。

 授業中にも集中する癖がついて来て。


 俺たち二人が頑張ったからと言って、クラスの平均点が十点も上がるはずはないのですから。

 きっとそんな姿を見て、みんなも頑張ってくれたのでしょう。


「……まあ。共栄、し過ぎたようだがな」

「え?」


 あれ?

 どういうことです?


「お前らだけの成績が上がって、十点もクラスの平均点が上がる訳が無かろう。お前らの様子を見てみんなも勉強したのだ。だから十点も上がったのだ」

「気付いてますよ。共栄、いいことじゃないですか」

「だから、共栄し過ぎたのだ」



 ……あ。



「じゃあ、俺たちのクラスでの順位って……。まさか、先生との約束は!?」

「安心しろ。お前の努力の甲斐があったんだろう、藍川の順位は跳ね上がった。よくやったから、お咎めは無しにしてやろう」


 ……それって。


「お…………、俺の、順位は?」

「定位置だ」



 がーーーーーーん!!!



 なんということでしょう。

 あんなに頑張ったのに。


 これはきっと。

 誰かが俺に呪いをかけているのです。


 お願いですから。

 その念力は、このお調子者にかけてください。


 もう、何も考えることはできません。

 俺はしょんぼり席を立って。


 定位置マンに相応しい。

 定位置へと向かいました。



「待つの! あたしもくっ付いてるの! これじゃ共衰なの!」


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