ゲイソリザのせい


 ~ 十二月十二日(水) 翡翠輝 ~


   ゲイソリザの花言葉 心弾む知らせ



 昨晩は、我が家で遅くまでどんちゃん騒ぎ。

 おばさん二人にお祝いされた満点様は、藍川あいかわ穂咲ほさき


 いえ、お祝いというのは語弊がありました。

 ただの、酒の肴ですね。


 そんな満点パーティーの主催者による力作。

 軽い色に染めたゆるふわロング髪が。

 今日は漢字の『百』の字に結い上げられていたのですが。


 一日過ごすうちに上の横棒が崩れてしまい。

 『白』を経て『日』になってしまいました。


 そんな髪に活けられた美しいお花、ゲイソリザ。

 イナエクアリスと呼ばれる薄紫の種類のお花も。

 すっかりくたびれているのです。

 それもそのはず……。


「高校生は時間で帰さねえと店的にアウトなんだがな」

「知ってますよ、大丈夫。ちゃんと一旦家に帰ってから舞い戻ってきましたので。それにここはもうお店じゃないですし」

「なんだか見世物にされてる気がするわね」


 俺達は、ワンコ・バーガーのお向かいにある。

 穂咲のおじさん、まーくんの別邸をお借りしています。


 それと言うのも。

 バイト仲間の晴花はるかさんの元に。

 今夜には就職試験の結果がメールで届くことになっているのです。

 

 カンナさんも巻き込んで。

 親の承諾を俺の分もまとめて取って。

 是非とも再就職決定の場に立ち会いたいとわがままを言ったのは……。


「お茶が入ったの」


 この家の鍵を持っている穂咲なのです。


「いいわね、エプロン。新妻ちゃんっぽくて可愛いわ」

「そうなの? じゃあ、調子に乗ってちょっとしょっぱ過ぎのお味噌汁作る?」

「いらねえよ。バカ穂咲も座ってろよ」


 缶ビールを片手にしたカンナさんに言われて。

 穂咲は俺の隣にエプロンのまま腰かけます。


 ……新妻さんですか。

 やめてください、意識しちゃいますから。


 エプロン姿が可愛くて。

 お茶をすする姿も可愛くて。

 あちちと舌を出す姿も可愛くて。

 俺からおせんべを取り上げてかじる姿が憎らしい。


 君、お湯を沸かしながら自分の分食べてたじゃない。


「晴花さん、まだ来ないの? 随分引っ張るの」

「ほんとよね。ゴメンね? まさかこんなに遅くなるとは思わなかった……」


 かっちこっちと時間が一秒単位に刻まれる中。

 誰よりも緊張しているはずの晴花さんが穂咲に気を使っていますけど。


 こんな優しい方ですし。

 きっと再就職も間違いなしでしょうけれど。


 ……口には出しませんが。

 ほんと引っ張りますね。

 まるでテレビに『この後すぐ!』と言われている気分なのです。


「しっかしダリアんとこ、やっぱ金あるよな。カップラーメン好きなくせに」


 そう言いながら、モデルハウスとしても使われていたおしゃれな家をきょろきょろと見渡すカンナさん。

 まーくんの奥さん、ダリアさんとは工場夜景を一緒に見て回るという仲なのですけれど。


「未だに良く行くんですか?」

「おお。この間は真砂まさご町まで行ってきた」

「横浜の方ですよね?」

「いや? 苫小牧とまこまい

「北海道!?」


 ふわあ。

 趣味って、人間をこんなにも積極的にさせますか。


 でも、俺よりも大きく目を見開いた晴花さんが。

 予想外なことを口にします。


「道久君、地名詳しいのね」

「え? どういう事です?」

「あ、えへへ……。未だに、山形県が日本のどのへんか分からない……」


 呆れた!

 地理が苦手な人がいるのは知っていましたけれど。

 さすがにどうなのです!?


「就職試験用の勉強もしてくださいよ。ここを紹介したのは俺の責任ですけど、ちゃんと時間取ってください」

「道久君は私をいっつも応援してくれるのね」

「俺だけじゃないですよ。カンナさんだって穂咲だって応援してます」


 そんな言葉に、ご丁寧なお辞儀でお礼を言う晴花さんですが。

 メールが来れば、そんな勉強する必要も無いでしょう。


 それにしても、県名とか地名とかって。

 勉強するまでもなく分かりませんかね?

 数学はあんなにできるのに分からないものです。


 俺は、穂咲が半分残していたおせんべいをもう半分だけ割って口に放り込むと。

 ちょうど携帯から音楽が鳴り響きます。


 緊張のあまりこくりと喉を鳴らした晴花さんは。

 みんなの顔を見つめながら一つ頷くと。

 画面を見るなり、満面の笑顔。

 そして涙をぽろりと零しながら声をあげました。

 

「やった!」

「おお! おめでとうございます!」

「おめでとうなの!」


 みんなで抱き合って。

 そして手を取り合って、ばんざいばんざい!


「いやあ! めでてえなあ!」

「ほんとなのです。おめでとうなのです」

「さっそく明日にでもパーティーするの」

「ほんとおめでとう! 明美!」


 ……え?


 今、おかしな事を言った人が一人いませんでした?


 一瞬で眉根を寄せた三人に見つめられながら。

 涙をごしごしとこする晴花さん。

 嬉々として、彼女が語るには。


「私の後に辞めた子がね、就職決まったって! ずっと英語力を生かした仕事したいって言ってたから……。それにしても海外アンティークの買い付けか~。夢が叶った瞬間に立ち会えて幸せ~」


 そして再び。

 ぽろぽろと涙を流していますけど。


「……晴花。てめえ、ややこしい」

「メール、もう一通来てるっぽいの」

「え? あ、ほんとだ。私の面接結果……、ダメでした」


 呆れる俺達の目の前で。

 体を揺らして嬉しそうにお友達へ電話をかける晴花さん。


 その声は本当に嫌味など無く。

 心から幸せそうなものでした。



「……こんないい人なのに」

「ほんとなの」


 もうしばらく。

 あなたは俺達の後輩です。


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