セダムのせい


 ~ 十二月十一日(火) 日長 ~


   セダムの花言葉 星の輝き



 結局昨日は一日膨れたまんま。

 俺の事を不純君と呼び続けたこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 全世界の純君とは一切関係ありませんが。

 この場をお借りいたしまして。

 深くお詫び申し上げます。


 ……なぜ俺が?


 そんな失礼なことを平気で言う穂咲さん。

 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日は一足早くクリスマスツリーの形に盛って盛って。


 そこに白い星の様なセダムのお花を。

 オーナメントのように植えています。


 あと二週間。

 そのまま過ごす気じゃないでしょうね?



 さて、今日もテストがいくつか返却され。

 合計得点で、ちょこっとずつ引き離していたのに。


 まさに、打率は低いが一発が期待できるタイプ。

 美術で一気に逆転されました。


 これに気をよくした穂咲さん。

 授業をさぼってお魚を買いに行くと。


 昼休みにいつものワイシャツを羽織りながら。

 お手ずからお造りなど準備し始めたのです。


「教授。めでたいのは分かりますが、ちょっとやりすぎです」

「ロード君! 君にも私の幸せを分けてあげようじゃないかね! さあ、メインディッシュの前にこれを食べたまえ!」

「おお。これは、カル……、えっと……」


 しまった。

 急に分からなくなりました。


 カルパッチョでしたっけ。

 カルトッチョでしたっけ。


「どっちがどっちか分からなくなるんですよね。なんて言いましたっけ」

「こんなの間違えようがないのだよロード君!」

「すいません」

「トトカルチョなの」

「間違ってます」


 そんな教授に呆れていた俺の肩を。

 バシバシと叩く元気な子。


「おお、日向さん」

「なんで秋山は元気ないっしょ? こーんなご馳走前にして!」


 そして俺のお箸を勝手に使って。

 カルゴニョッチョを一口食べると。

 その美味しさに目を丸くさせて。

 教授にサムアップなのです。


 そのままお箸を俺に突っ返してきますけど。

 昨日の今日ですし。

 予備の割り箸を出しましょう。


「穂咲? そっちのは何? すっげー豪勢っしょ!」

「こんなの序の口なの。さらにイクラがサーモンの上に降りかかるの」

「贅沢~! 穂咲、これはなんのお祝い?」

「ふっふっふ。これを見るの!」


 そんな騒ぎに、右隣の席から宇佐美さんも立ち上がって。

 恋人? の、日向さんに腕を組まれながら教授の取り出したプリントに目を丸くします。


「百点! ウソっしょ!?」

「美術で百点って、すごいな穂咲は」


 二人に褒められて。

 すっかりご機嫌になった教授は。


 日向さんと宇佐美さんの前に醤油皿を置いて。

 お造りを振舞うのでした。



 ……おそんなご馳走に舌鼓を打ちながら。

 日向さんは、答案の百点の周りに蛍光ペンで星をたくさん書いて。

 宇佐美さんは教授の頭を撫で続けます。


「で? 秋山は何点だったんだ?」

「うぐ。言わなきゃいけませんか?」


 早く見せろよとばかり。

 ヤンキーな見た目の宇佐美さんがあごで催促するので。


 大好物の養殖ハマチを一旦お皿に戻して。

 しぶしぶ、答案を机の上に出しました。


 その右上に書かれた点数は。


 六十点。


 この数字は、採点者の心情を雄弁に語ります。

 『追試って程じゃないけど、下手くそ』。


 日向さんは、俺の答案を教授のものと並べて見比べて。

 小さな星を一つだけ書いてくれました。


 そんな正しい評価に肩を落とした俺を見て。

 にゃははと笑った日向さんが。

 ちょっとウキウキするような話を始めます。


「冬休みはどこか行く?」

「決めてないのです」

「じゃあ、みんなでどっか行くっしょ!」

「おお、いいですね。教授は? お金ある?」


 俺が笑顔で問いかけると。

 どういうわけやら膨れた顔で返事をされました。


「行くか行かないかで聞かないなんて失礼なの。満点様は機嫌を損ねたの」

「……それは失礼いたしました満点様」


 何様のつもりでしょう。

 ああ、満点様でした。


「こら秋山! 満点様の機嫌損ねちゃダメっしょ?」

「そうだ。責任もって、満点様の機嫌をとれ」

「とは言いましても」


 真ん丸にふくれて大葉をもしゃもしゃとかじる満点様。

 どう機嫌をとったものでしょう。


「テスト前もテスト期間中も、君のために頑張ってあげたじゃないさ。言わばこの百点は、俺の功績でもあるのです」

「そんなのいつものことっしょ。やっぱ秋山が悪いんだから、もっとご機嫌を取るっしょ」

「とは言いましても」


 ここのところ、穂咲をどう扱っていいかよく分からず。

 ぎくしゃくしていましたので。


「気付けばいろんな事をしてあげていましたけど。君の代わりに職員室で立っててあげたし」


 むすっとしたまま、マグロを柵でかじる満点様。


「それもいつものことっしょ。秋山が悪いんだから、もっとご機嫌を取るっしょ」

「とは言いましても。どうしても食べたいプリンがあるなんて言うから、自転車で一時間かけて買いに行きましたし」


 むすっとしたまま、大根のツマをかじる満点様。


「それも、まあ、いつも通りっしょ。秋山が悪いんだから」

「とは言いましても。電車に落とした携帯、代わりに終点まで取りに行ってあげましたし」


 むすっとしたまま、俺の醤油皿に菊を浮かべる満点様。


「それは……」

「もう寝てたのに、カップ焼きそば食べたいとか言うから買って行ってあげましたし」


 むすっとしたまま、擦っていないワサビをぼりぼりかじる満点様。


「そのソースを先に入れちゃったから、俺の分のソースをあげ……、どうしました日向さん?」


 どういう訳か、日向さんは満点様の星を全部塗りつぶして。

 俺の六十点を星で派手にデコレーションしてくれました。


 そんな隣では、珍しく。

 本当に珍しく、宇佐美さんが涙ぐんでいました。

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