ストレプトカーパスのせい


 ~ 十二月十日(月) 藍晶 ~


   ストレプトカーパスの花言葉 清純な愛



 駅前の個人経営ハンバーガーショップ、ワンコ・バーガー。

 その二台のレジ。


 隣に立っているのは、人にピンチヒッターを押し付けておいて土日をごろごろと寝て過ごした藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪が何十本もの三つ編みになっていて。

 先端には、白から薄紫へグラデーションする様が美しいストレプトカーパスが揺れています。



 テストも終わって。

 あと二週間で冬休み。


 休みになれば何かと物入りなので。

 こうしてアルバイトに精を出しているわけですが。


 それよりも一つ。

 気になることがございまして。


 金曜日、学校の屋上から。

 びっくりするような光景を見てしまいまして。


 テーブルを掃除して歩く晴花はるかさんを横目に。

 穂咲とひそひそ話です。



「土日の間、なんだかぎくしゃくしてしまったのです」


 そんなことをつぶやく俺の顔を。

 情けないと言わんばかり。

 ため息をつきながら、余裕しゃくしゃくに見つめる穂咲さん。


「すごいですね君は。ちゅうを見たのに動じないなんて」

「そうなの。全然はあたしなの平気」


 …………あたしは全然平気じゃありませんでした。


 そういえば君。

 今日は一度も晴花さんとお話していませんよね。


 なるほど。

 君も緊張しているのですね。


 と、いうことで。

 普段通りなのは、当のご本人。

 晴花さんだけなのでした。



 晴花さん、あんなことがあったとは思えないほどに。

 まったくいつも通りにお仕事されていますけど。


 俺達と大人の恋愛は。

 まったく違うものなのでしょうか。


 例えば俺達の感覚だと。

 デートに失敗したからって。

 ぐすぐす泣いて。

 授業も上の空なのが当たりまえなのに。


 経験の差なのでしょうか。

 やっぱり大人って凄いのです。


「……晴花さん、凄いの」

「そうですね。つい目で追ってしまいますけど、ほんとにいつも通りなのです」

「凄い図太いの」

「それは違います」


 大人だから、お仕事と恋愛はきっちり分けることが出来て。

 立派な心構えじゃありませんか。


 穂咲の失礼な発言に。

 チョップをお見舞いしようとしたのですが。


 どうしてか、その手が途中で止まります。


 ひょこっと首をすくめた穂咲も。

 チョップが飛んでこなくて。

 きょとんとした顔で俺を見ますけど。


 なんだか、ここしばらく穂咲と触れ合っていなくて。

 そのことを意識すると、なおのこと触れづらくなって。


 どうしましょう。

 なんだか、穂咲にもぎくしゃくしてしまうのです。


「……まずいなこれ」

「ひょえっ!? べ、別にまずくなんか無いのですっ!」

「なに言ってんだ秋山?」


 カンナさんが、紙コップを片手に眉根を寄せていますが。

 紛らわしい事を言わないでください。


 お客さんが一斉にこちらを見ているので。

 恥ずかしいったらありません。


「冬用のドリンク開発中でしたっけ」

「おお。オレオレオレンジティーはほぼ決定なんだが、レモレモレモンティーの味がどうにも決まらねえ。……晴花! また味見頼む」


 カンナさんに呼ばれて。

 晴花さんがやってくると。


 紙コップから一口すすって。

 顔のパーツを、全部真ん中に寄せてしまいました。


「すっぱい! これはちょっと、レモンいれすぎですね。道久君はどう思う?」


 自然な流れだったので。

 ついカップを受け取ってしまいましたが。


 これ、間接的何かですよね?

 どうしたらいいのです!?


 にゃんこ大橋での出来事が、つい頭によぎって。

 そのままカチコチに固まってしまいました。


「道久君?」

「どうしたんだよ秋山」


 さっきのチョップと同じこと。

 意識しないようにと思えば思う程。

 どんどん意識してしまうのです。


 これ、拭いたら失礼なのです?

 そのまま飲むものでしたっけ?


 ここは、ひとまず逃げることにしましょう。


「ほほほ、ほしゃき? ききっ、君が先に飲むのです! そのあと、俺が飲みますから!」


 そう言いながら、俯いたまま穂咲へカップを差し出したら。


「不純なの」


 チョップされました。


「……え? ちっ、違うのですよ!?」

「秋山ぁ。違うも何も、今のはちょっと……」

「そうよ? 間接キスしたいって言ってるようなものじゃない」

「ほんとに違いますって!」


 慌てて弁解しようとしたものの。

 カンナさんと晴花さん。

 二人の唇しか視界に入ってきません。


 まるでテニスの観戦中。

 首を左右に、三往復したところで。

 

 三人から、同時にチョップされました。


「「「不純」」」



 もちろんそのあと。

 頭を冷やすには最適な場所で立たされました。



 ……でも、皆さん不純だと言いましたけど。

 清純だから、こんなにも悩むものだと思うのです。


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