リトープスのせい
~ 十二月六日(木) 玻璃 ~
リトープスの花言葉 用心深い
駅前の個人経営ハンバーガーショップ、ワンコ・バーガー。
その休憩室。
連日の勉強疲れで少々いじわるになっているのは
軽い色に染めたゆるふわロング髪を、頭のてっぺんで大きなお団子にして。
そこに、開花したものと、葉が出始めたリトープスをいくつも植えています。
イシコロギクとも呼ばれるリトープス。
開花前は、カラフルな石ころにしか見えない不思議な植物。
俺は石ころと言うより、ソラマメっぽいといつも思っていて。
上から見ると、キノコにも見える多肉の葉っぱから。
キクの様な花がぼぼんと咲く不思議なお花なのです。
そんなもので埋め尽くされたお団子は。
時代を先取りし過ぎたひとつのアート。
すれ違う人みんなが。
不思議がって観察して行きました。
さて、そんな扱いも伴って。
俺ばかりか、カンナさんや店長にも失礼なことを言う穂咲さん。
「あと一日だから、頑張ってね!」
そんな優しい言葉をかけて下さる
偉そうなことを言うのです。
「頑張ってるのに。頑張ってって言われると頑張ってないみたいなの」
「そんなこと無いよ。お手伝いできることなら何でもしたい気分よ?」
優しくてしっかりした晴花さん。
弱点は、優しすぎるところと押しに弱いところ。
そろそろ叱ってやろうとしていた穂咲の不遜な態度に。
おろおろとなさっています。
「君は、晴花さんに当たらないように」
「別に当たってないの。でも、何でもしたいって言うなら、小腹がすいたからなにかお店のものをくすねてくるの」
「え? くすねる? え? え?」
「……当たり散らし放題じゃないですか」
困惑された晴花さんは。
いつもの弱点を露呈しつつ。
カンナさんに怒鳴られながら。
厨房からハンバーガーをいくつかくすねてきてしまいました。
「はい! 穂咲ちゃん、どうぞ!」
「……トリプルトマトブリトーは、食べたら眠くなりそうなの」
「じゃあ、これなら目が覚めるよ?」
「タイカレーバーガーは食べ始めたら止まらなくなるの。お腹壊すと大変なの」
用心深いのはいいことですけど。
こんなわがままなやつ見たことありません。
「こら。こんなご親切に対してなんてこと言うんですか」
「……じゃあ、タイカレーバーガーを食べ過ぎてみるの」
「また、妙なとこに着地しましたね」
それこそ眠っちゃいそうです。
「だから、晴花さんは店長さんの胃薬をくすねてくるの。それならたくさん食べても平気なの」
「え? え? どこにあるの?」
「自分で見つけてくるの!」
そんなヒエラルキーありません。
涙目になりながら外へ出ようとする晴花さんを呼び止めて。
穂咲の勉強を止めない程度にお説教です。
「あのねえ。優し過ぎて会社をやめなきゃいけなくなっちゃった人になんてことを言うのです」
「だって何でもしてくれるって言ったの」
「そ、そうよ? 私が言ったんだから穂咲ちゃんは悪くないわよ?」
いつもはしっかりした晴花さんですが。
押しに弱くて、一度弱腰になると。
とことんこうなってしまいます。
「穂咲も猛勉強中ですし、晴花さんも特訓です! 再就職のために、厳しくなることを覚えましょう!」
「え? え? え?」
「これでも本気で心配しているんですから。早く再就職して欲しいって。そのためには、ハイハイと人の言う事を聞いていてはいけないのです!」
「はい! …………あ」
両手で口を押えていますけど。
可愛いとは思いますが。
「やっぱ、みこみ無さそうなのです」
「見捨てないで!」
こんな美人さんにすがりつかれては仕方ありません。
じゃあ簡単なとこから、自信をつけていきましょう。
さっきと同じパターンをもう一度繰り返しますので。
ちゃんと拒否してくださいね?
「ではこれから、はっきり『ノー』と断るテストをしますから! ちょっと時間がかかるので、コーヒーを二杯淹れて持って来てください!」
「はい!」
「店長さんの胃薬も忘れちゃいやなの」
「はい!」
……絶望的でした。
部屋から駆け出した晴花さんの背中を見送って。
諦めのため息と共に教科書をめくります。
俺も頑張らないといけませんので。
こいつよりいい点を取らなきゃいけませんので。
そして、ようやく集中し始めた頃。
邪魔としか言えないタイミングで。
俺達を応援したい人が戻って来たのです。
「コ、コーヒー持ってきました! あと、胃薬です!」
「ん。ご苦労なの」
なんでしょう。
まるでつかいっぱしりです。
そんな舎弟から奪い取ったコーヒーを一口すすった大親分。
バーガーをぺろりと二つ平らげると。
店長の胃薬を手にしましたが。
新品を持って来てしまったのですね。
キャップと錠剤の間に、透明のビニールが詰まっています。
「さて、用心のためにこいつを飲んどくの」
そんな宣言通り、大親分は。
用心深く成分を読んで。
用心深く用法のご注意を読んで。
用心深くキャップを外したあと。
雑にビニールを抜いたもんだから。
ビニールの隙間に入っていた錠剤が。
何粒もテーブルに飛び散りました。
「……最後に気を抜くやつがありますか」
そして大親分は。
慌てて拾い集めた薬を、そのまま口に入れてしまうのです。
「え? え? え? だめよ穂咲ちゃん! お腹壊しちゃう!」
慌てた舎弟が止める中。
コーヒーで薬をごくりと飲んだ大親分。
なにを言ってるのと言う代わりに指を差すのは。
胃薬の瓶。
「な、なんか釈然としないけど確かにそうよね……」
「あたしにぬかりなんか無いの。完璧なの」
偉そうに胸を張りますけれど。
晴花さんは、そうよねえなんてもてはやしていますけど。
ぬかりだらけです。
「……穂咲、効能のとこじっくり見てたのになんで気付かないの? 店長の胃薬は消化促進じゃなくて胃痛用じゃないのですか?」
がーん!
ショックを受けて机に突っ伏す穂咲さん。
お腹をさすりながら、俺に泣き言をつぶやきます。
「落っことした薬を飲んじゃったの。きっとお腹壊すの」
「平気ですよ、あれくらいなら」
「テスト中におトイレ行きたくなったら大変なの。考えただけでも胃が痛いの」
「そっちも平気なのです」
そう言いながら、俺は胃薬の瓶に書かれた効能を指差すと。
穂咲はポンと手を打ちました。
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