イソカンギクのせい


 ~ 十二月五日(水) 翡翠 ~


   イソカンギクの花言葉 知恵



 強運。

 そんな言葉は似合わないですけれど。


 どういう訳かうまいこと人生を渡る子と言えばしっくりくる。

 そんなこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 ……あ。

 それを強運と言うのですね。


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日は大きなサイドテールにして。

 日本原産。

 とっても日本らしい薄紫の花びらを持つイソカンギクのお花を活けています。


 昨日のめちゃくちゃな頭から一転。

 今日は穂咲も鏡を見ながらご機嫌な可愛さ。

 朝からハイテンションだったのに。


 今は。

 唸り声をあげて苦しんでいるのです。



 美術の試験。

 たった一問。


 正面、側面、上面から撮影した並木道の風景写真。

 これを斜め上から見た絵を描けという問題。


 実に難しいのです。


 頭の中にイメージを描いて。

 そのうえで、遠近法を意識しろとの課題文。


 穂咲の総合得点。

 家庭科と並んで、恐らく稼ぎ頭となるであろう美術の課題ですが。

 これは分が悪い。


 ある意味で、数学的な課題を前に。

 案の定、首を捻ったまま唸り続けています。


 ……クラスに響くペンの音にも軽快さは無く。

 穂咲同様の唸り声が至る所から聞こえてくるのですが。


 高校二年、二学期の期末試験。

 先生から聞いた話では。

 わざと難しくしているそうで。


 ここで目を覚ませと言わんばかりの難問が続くのです。



 穂咲、頑張れ。

 多分、一番近くの木を一本描いて。

 その傍に道を、建物を、順に描いて行けばいいはずですから。


 君の得点を抜かないと。

 男として情けないとは思うけれど。


 それでも応援したいと思うのは。

 なんだかんだ言って、美術で俺より下の点を取って欲しく無いのです。



 心では応援しつつ。

 俺もこの難題に集中しないと。


 そう思っていたのに。

 お隣りから、集中力をかき乱す音が聞こえてきました。



 ちきちきちき


 すー

 すー



 こいつ!

 答案の写真部分切り始めた!



 あまりの事態にお隣りを見ると。

 切った写真をテープで張って。

 床と二面の壁でできた小部屋を作ると。

 それを斜め上から眺めて描き始めました。


 君はあれですね。

 天才的なバカですね。



 そして俺は。

 さらに呆れることになりました。



 ちきちきちき

 ちきちきちき


 すー

 すー

 すー

 すー



 みんな真似しとる!


 にわかにざわつくクラス内。

 みーんなで真似し始めてしまいましたけど。


 やれやれ。

 皆さん、知恵で乗り切ったおつもりでしょうけど……。


「あ」

「あ」

「あ」


 ……当然です。

 そのまま描いたら。



 木が全部、道の向こうに並んじゃいます。



 そんな皆さんが。

 穂咲の方を向いて舌打ちをしてますが。

 自業自得でしょうに。


 さらにテスト中だというのに。

 ぼそぼそと文句も聞こえてきますし。


「道久のせいだ」

「秋山のせいで」


 おかしいだろ!?


「先生! これはどう考えてもおかしいのです!」

「なにがだ? 問題がおかしいのか?」


 あ。

 しまった、ついいつもの癖で。


 眉根を寄せた先生が。

 俺の前まで来ると。

 改めて問いかけてきます。


「何がおかしいというんだ貴様は?」

「…………俺が?」

「立ったまま試験を受けろ」



 こうして俺の絵は。

 パースがおかしなことになりました。



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