コリアンダーのせい


 ~ 十二月四日(火) トルコ ~


   コリアンダーの花言葉 隠れた才能



 昨日は結局、俺の手本をずーっと見上げながら。

 一分たりとも立たなかったこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪に白いコリアンダーが咲いていますけど。

 今日は、誰もそんなことに驚いたりしません。


「おばさんの応援、愛が重いのです」


 穂咲の頭の上には、髪で作った応援旗。

 しかも、髪を使って英文が書かれていたりするので心底驚いたのですけど。


 テスト中は、布をかぶせられました。


 だって、教科。

 英語でしたからね。



 そんなお騒がせお嬢さん。

 テスト期間中でもお構いなし。

 俺のYシャツを翻しはじめたので。

 今から教授とお呼びしないといけません。



「いつもより一時間早いお昼なのに、テスト後っておなかペコペコなので早く食べたいのです」

「ふむ! その不思議も実験してみたいなロード君!」

「ところで教授、またどえらい量の玉子を持ってきましたね、何作るのです?」

「今日は、目玉焼きフォンデュなのだよロード君!」


 …………なのだよ、と言われましても。

 そんな得体のしれないもの知りません。


 目の前に小さく切ったバゲットが積まれましたが。

 これを何に絡めたらいいの? 白身? 黄身?


 実験中の教授に手を振って。

 みんなは教室を後にしていきますが。

 なんとなくこの恐怖の食べ物に。

 誰かを巻き込みたい気がします。


「なんだこりゃ。すげえ量の玉子だな」

「何作る気よ、穂咲」


 おお、なんというカモ。

 この美男美女カップルは、六本木君と渡さん。

 教授と仲良しな渡さんを巻き込むのは心苦しいですが。

 六本木君は進んで参加してくれそうなのです。


「教授が言うには、目玉焼きフォンデュとのことです」

「なんだそりゃ? どんなくいもんなんだ?」

「今はまだ、教授の頭の中にしかないのでわかりません」

「そりゃあ……、面白そうだな。俺も貰っていいか?」


 予想通りとは言え。

 君のそういうとこ、尊敬します。


 椅子を二つ持ってきて俺の正面にどかりと座ると。

 眉根を寄せて、私はいらないわよと前置きしながら渡さんも腰掛けます。


 そして、先ほどのとんでもない英語のテストについて愚痴をこぼし始めました。


「設問五つって、すげえよな」

「ほんと。配点、一問二十点でしょ?」


 そう。

 

 和文英訳が二つ。

 英文和訳が二つ。

 長文問題四つに気絶しそうになっているところへ……。


「最後の十択が異常に難しかったのです」

「しんどかったの」


 急に教授がぐったりと肩を落としたので。

 頭を撫でてやろうとした手が。

 ぴたりと止まります。


 意識してしまう。

 こんなこと、今まで無かったのに。


 自然な関係。

 意識しない関係というものは。

 難しいのですね。


 そんな様子、聡い渡さんには気づかれてしまったでしょうか。


 でも、ちらりと様子をうかがうと。

 テストの話に夢中だったようです。


「ほんとに難しかったわね。授業で触れてなかったでしょ?」

「確かに! ありゃ悪質だったな! 答え、六番だろ?」

「違うわよ。八番よ? それ、引っ掛け」


 才媛の渡さんが正解を言うと。

 六本木君がげげっと叫んで立ち上がりました。


「え? どうしてだよ! 六番だろうが!」


 ムキになった六本木君が。

 ノートを取り出して、英文をさらさら書いていきますが。


 よく覚えてますね。

 あと、その筆記体とか言うやつ、暗号にしか見えませんって。


「指示語が表してるのここまでじゃねえか! あってるだろ!?」

「違う違う。ここが、カンマの前にかかる形容詞になってるの」

「げ! 逆に置いてあるのか!?」

「そう。このパターン、受験によく出るから教えてあげたじゃない」


 頭を抱えた六本木君ですが。

 高度過ぎて俺にはさっぱりです。


「まあまあ。これの配点が二十点もあるとは思えませんので気を落とさず」


 俺が慰めると。

 六本木君がふくれっ面で突っ込んできました。


「まさかお前も八番にしたのか?」

「俺にはさっぱりだったので投げました。文字通り消しゴムで作ったサイコロを」

「さっぱりってなんだよ。お前はもうちっと勉強しろよ」

「でも、六番に丸したのです。結果、六本木君と一緒」

「腹立つな!」


 そんな暴れる六本木君を見てのことでしょう。

 穂咲の後ろから、神尾さんのいつもの苦笑いが聞こえてきました。


「神尾さんはどこに丸したの?」

「え、えっと……。十番。これ、あんまり知られてないけど慣用句……」


 そんな発言に、席を立った渡さん。

 六本木君のノートをひったくると、神尾さんの席へ行きました。


「どれが慣用句!?」

「先生が、おすすめだから原文で読めって言ってた詩集に出て来るんだけど、ここのとこ……」

「じゃあ形容詞じゃないの!?」

「そ、そう……」


 あわてて携帯をいじる渡さんが。

 神尾さんの言っている通りと知って崩れ落ちました。


「う、うそ……」

「あはははは……。ちょっとずるいよね、これ」


 なるほど。

 これは勉強ができるかどうかというより。

 モラルを試す問題だったのですか。

 確かにずるいのです。


「……で? 教授は何番に丸付けたのですか?」

「つける時間が無かったの」


 は?


 いままでの高度なやり取りをしていたみんなとは。

 同い年とは思えない発言なのですけど。


「いや、どれかに丸くらいしなさいな」

「あのね? あたし、アミダの才能あるからね?」

「無いです」

「答案裏っ返しにして、下に一から十まで数字書いて……」


 他人の話も聞いちゃいませんね。


「答えを折って隠して、縦横に棒書いて、お花の絵を描いて、そんでミュージックスタート! ちゃらら~♪」


 ああ、それで妙な音楽口ずさんでいたのですね?


「で?」

「……ゴールんとこに丸書いたらチャイムが鳴っちゃったの」


 …………人間。

 呆れたという感情を通り越すと慈愛が芽生えるのでしょうか。


 渡さんと神尾さんが。

 穂咲の頭を撫で始めたのですが。


 そこに突然。

 扉の開く音が聞こえてきました。


「おお、いたか藍川。最後の問題、丸が大きすぎてよく分からんが、十番でいいんだな?」

「はいなの!」

「分かった。……早く帰るんだぞ!」


 …………え?

 どういうこと?


「あ、分かったのです。答案を裏返して、アミダのゴールが見えないように折ったら表の面が出てくるのです」

「ウソだろ? それでアミダのゴールに丸付けたら……」

「偶然十番だったの!?」


 …………人間。

 このやろうてめえという感情を通り越すと慈愛が芽生えるのでしょうか。


 渡さんと六本木君が。

 穂咲の髪を撫でてぐちゃぐちゃにし始めました。


「あはははは……。穂咲ちゃん、ほんとにアミダの才能あるんだね……」


 いいえ神尾さん。

 こいつにあるのはイカサマの才能なのです。



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