ピラカンサのせい


 ~ 十二月三日(月) 血玉髄 ~


   ピラカンサの花言葉 防衛



 これも晴花はるかさんのおかげでしょう。

 数学の試験、今回は随分簡単に解けました。


 何度も見返して。

 テスト用紙をひっくり返して終了時間を待つ。


 優越感がありますね。

 滅多にできませんけど、こんなこと。


 あと。


 完全にお手上げの問題が二つほどありましたけど。



 そんな俺のお隣で。

 必死になって書いたり消したりを繰り返すのは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日はティアラ風に編み込んでいるのですけれど。

 そうしていると、ねじり鉢巻きに見えるのです。


 ……ああ、いけない。

 『そうしていると、ねじり鉢巻きに見える』

 これはウソです。


 そう言っておかないと。

 カンニング扱いになりますから。

 俺は正面しか見てません。


 穂咲の頭に咲いているのはピラカンサ。

 真っ白な小花がたわわについた枝をかんざしのように挿しています。


 春のお花だというのに。

 こんな季節外れによく咲かせたものと、つい見入って……、いません。


 正面向いていますから。

 カンニングじゃありません。


 小さなお花がとっても可愛くて。

 なんだか穂咲も可愛くて。

 最近すこうし意識しているせいで。

 こうして見ているだけで、いえ見ていません。



 ――ここ最近、ちょっぴり気になる女の子。

 気になると、つい見惚れてしまい。

 見惚れてしまうと、また気にしてしまう。


 くるりくるり、回っているうち。

 ふわりと浮かぶ竹とんぼ。


 そんな想いを遠くまで。

 空たかくまで飛ばすには。


 運よりも、風よりも。

 勇気と経験が必要で。


 そのどちらも、俺たちは持っていないから。

 いつまでも、手のひらの中でくるくるり。


 前に後ろに手をこするのは。

 片想いしてる心のサイン。


 だから、冬が始まると。

 つい手のひらをこすってしまい。


 隠した想いに気づかれて。

 お返事はどうしようかと、お相手は悩みだす。


 それに悩む時間は決まっていて。

 気づいた日から、ちょうどひと月。


 だから日本全国津々浦々で。

 同じ日に沢山の恋人が生まれます。


 そんな特別な日のことを。

 俺たちは、クリスマスと名付けたのです。



 ……しまった、ぼけっと見ていました。

 でも、そちらは見ていませんからそんな顔しなさんな。


 下唇を突き出して俺をにらむ君のことは見ていましたけど。

 その君が手で覆い隠してる答案なんか見てません。


「見たの」

「見てません」


 小声で文句を言う穂咲さん。

 机ごと左回りに回転させて、俺から答案を遠ざけますが。


「……まだ見えるの」

「見ませんって」


 しまいには俺に背中を向けて九十度回りきってしまうと。

 真後ろに座る神尾さんの机を見て叫びます。


「見放題なの!」

「……藍川。帰りに職員室で立ってろ」


 神尾さんの答案、裏返しで良かったですね。

 表向きだったら、そんな軽い沙汰で済むはずないので。


「道久君がカンニングしようとするからなの!」

「そんなことしてませんって」


 へたなこと言いなさんな。

 俺まで立たされちゃいますよ。


 でも、不安げに見上げた先生から。

 珍しい言葉が飛び出しました。


「秋山は別に何もしてないだろう。藍川一人で立っとれ」

「なんという奇跡! まさかこんな日がこようとは!」

「だが藍川だけじゃ勝手が分からんだろうから、だれか職員室で立った経験のある者が教えてやれ」

「はい! 俺が教えますのでご安心を! まさか、俺が立たされない日が来るなんて……、喜んで立っていますとも!」



 ……三十分後。先生のひじ掛け椅子に座って俺の手本をふむふむと見上げる穂咲を前にして。

 自分の発言が何か変だったことにいまさら気づいたのでした。


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