フユサンゴのせい


 ~ 十一月二十九日(木) 赤鉄鉱 ~


   フユサンゴの花言葉

     あどけない/あなたを信じる



 昨日から、急にお姉さんモード。

 学校でもしっかり勉強しなさいと言い続けるこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を……、何のつもりでしょうか。


「これは?」

「タコだと思うの」

「これは?」

「ヒラメだと思うの」


 まるで飴細工。

 頭の上に水族館。

 髪でいろんな生き物を形作って。

 その中心にはフユサンゴの鉢植えがデデン。


 バカ……、と、呼ぶことすら抵抗がある本日の頭。

 もう、なんだか分かりません。


「それにしても良く咲きましたね。九月には枯れちゃうでしょうに」

「晴花さんにプレゼントなの」

「その発想はいいことなのですが……」


 頭からフユサンゴを鉢ごと抜いて。

 穂咲がプレゼントするお相手は。

 ひいらぎ晴花はるかさん。


 今日は十四時にバイトを上がった彼女が。

 お隣に住む女の子の勉強を見るついでに一緒に教えてあげると言ってくれて。

 そんなお言葉に甘えてみたら。


「驚きなのです。晴花さんのお宅、原村さんちのお隣だったなんて」

「あたしの方が驚いたわよ! 二人が晴花ちゃんの知り合いだったなんて!」


 俺達のクラスメイト、原村さん。

 学校帰りによく立ち寄るワンちゃんの飼い主さんのお宅。

 そのお隣が、晴花さんのお宅だったのです。


「テスト、来週からでしょ? 気にせずがっつり勉強してね?」


 線の細い、知的な印象の晴花さん。

 しかも、こう見えてとっても優しい方で。


 出会いのきっかけも。

 彼女が俺達の通学路のゴミ拾いをしてくれていたおかげだったりします。


 優しそうなお母様が紅茶を並べてくれたテーブルには。

 制服の俺と穂咲と原村さん。

 そして、ふわっとしたセーター姿の晴花さん。


「晴花さんの説明、分かりやすいの。道久君と違って」

「余計な一言が付いてますけど腹を立てる気にはなりませんね。納得です」

「それに晴花さん、いい香りがするの。道久君と違って」

「余計な一言が付いてますけど腹を立てる気にはなりませんね。納得できないですけど」


 晴花さんは、甘える穂咲に付きっ切り。

 ほんとに丁寧に教えてくださいますが。


「助かるのですが、俺としてはこの時間を使って就活頑張って欲しいのです」

「ありがと、道久君。でも、もうちょっと今の環境で充電したいかな~。接客、楽しいし!」

「そうは言いましても、やっぱり心配なのです。何かやってほしいこととかありましたら、気楽に言ってください」

「じゃあ、三人にテストで平均点取ってほしいかな?」


 いえいえ。

 そういうやってほしいことではなく。

 しかもそれは。

 気楽に言ってはいけないお願いです。


 途端に青くなった俺と穂咲を見て。

 目を丸くする晴花さんですが。

 原村さんがやんわりと説明してくれました。


「この二人。クラスのファイナリストとチャンピオン」

「ありゃりゃ。二人とも、頭いいのに勉強ができないタイプだったのね?」


 お恥ずかしい。

 俺と穂咲はお互いの後頭部に手を置いて、同時にぺこりと頭を下げます。


 そしてお恥ずかしいの上塗りが。

 ため息と共に襲ってきました。


「やだ。道久君、勉強始めてから一問も解けてない」

「でもこれ応用問題ですし。一生懸命考えているのですが……」

「ちがうちがう。数学はね、普段の勉強ではいろんな可能性を考えて何時間もかけて問題を解くのがいいんだけど、テスト前は逆に考えないで、パターンを暗記しちゃうの」


 そう言いながら俺の隣に来てくれた晴花さん。

 穂咲が言う通り、ほんとに優しい香りがして。


 せっかくの説明も。

 セーターからちらりと見えたピンクの肩ひもが頭から離れなくてまるで頭に入りません。


 こんなの、普段見えることもあるし。

 みんながそれで一喜一憂するのを、気持ちは理解できても共感する気にはなれないものでしたけど。


 シチュエーション一つ。

 それだけで、心臓が壊れちゃうんじゃないかってくらいドキドキするのです。


「道久君? 集中力切れちゃった?」

「い、いえ! すいません、ちゃんとするので最初から教えてください!」


 俺の返事にため息をつく晴花さん。

 ごめんなさいと謝るために顔を見ると、どうしても視界の端に気になる物が。


 ……そして。

 普段は包丁の背中みたいな切れ味のくせにこういう時だけは鋭い穂咲が、晴花さんに告発するのです。


「どうやら違うみたいなの。道久君が解いてる問題は、シグマじゃなくてパイみたいなの」


 ひいっ!


 晴花さんに気付かれたらいけません。

 慌てて目を逸らして正面を向きます。


 でも、前門にも後門にも狼と虎の最強タッグ。

 真向かいに座った原村さんも。

 じとっとした目をこちらに向けて。

 腕を組んでいます。


 そんな目から逃げるように下げた視線の先。

 目に入って来たものは。


 ……腕に乗るのね、君のは。


「むう! 道久君が奈緒ちゃんの円周率も解こうとしてるの!」

「君は何てこと言い出すんです!?」

「そんなにだらしなく伸びてるのに?」


 慌てて鼻の下を隠しましたが。

 すぐに気が付きました。


「また誘導尋問!?」


 怖いのです!

 ぽんちょの本を取り上げないと。

 そのうち大変な目に遭います。


 大きなため息をついた穂咲さん。

 今のは、呆れたという意味なのでしょうか。


 その意図を汲みかねていると。

 こいつは自分の頬をパンパンとはたいた後。


 真剣な表情で言うのです。


「頑張るの! ファイト!」


 そんな穂咲を見て、噴き出す原村さんと晴花さん。

 だって穂咲がファイトと言いきかせている先は。


 自分のお



 ※道久急病のため、最後の一言がやや聞き取り辛くなっていることを深くお詫びいたします。


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