コショウボクのせい
~ 十一月二十七日(火) 紅玉 ~
コショウボクの花言葉 熱狂
昨日は自分の迂闊のせいで。
酷い目に遭ったのですが。
意外にも、今日はさっぱりなんでなんで攻撃をしてこないこいつは
……なぜか。
後が怖いのです。
だって昨晩、おとなりからおばさんが我が家に駆け込んできて。
ニヤニヤ顔を見せて、そのまま帰って行ったので。
こいつ、話しちゃったはずなのです。
俺が、晴花さんとは浮気じゃないとか言ってしまったこと。
そんな情報漏洩さん。
軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日は珍しく和風に折って束ねて。
そこにかんざしのようにコショウボクを挿して、しな垂れさせております。
頭に飾るものがお花じゃなくて。
赤い実になった状態というのも珍しいですね。
そして今はお昼休み。
この時間、このクラスにとっては普通なのですが。
世間一般的には大変珍しい実験が始まろうとしております。
「では始めようかロード君!」
「教授。本日の実験は、初心にかえって目玉焼きなのですね?」
お昼休みになると、俺からYシャツを奪い取り。
それを翻して実験白衣兼エプロンとしてバサッと羽織る教授ですが。
昨日のケチャップ、汚れが落ちないので目立ちますね。
今日はお手柔らかにお願いします。
いつも通り、屋外用コンロに火をつけてフライパンを温め。
手早く卵をボールに割って、黄身だけ先に少し焼く。
そして黄身の周りに白身を投入したら。
水も入れずに蓋もせずに火を通し。
「お待たせしたのだよロード君! いつもの目玉焼きだ!」
「不安なのですが。もひとつ初心に戻る気じゃないでしょうね」
「ご明察!」
「うわあ」
「さあ、実験はここからが本番なのだよロード君!」
予感は的中。
教授は頭のコショウボクから何粒かちぎり取ると。
それをすり鉢でごーりごーりし始めるのですが。
「それ、ただすりおろしただけじゃダメなのでは無いですか?」
このピンクの実。
『ピンクペッパー』と呼ばれる香辛料。
口にしたことは無いですが。
ペッパーという名なのにコショウと関係ないものだという知識はあるのです。
でも、すりつぶしたものをかけてもどうしようもないのでは?
「うむ! 良い質問だねロード君!」
「はあ」
「だからあたしは、二日前にすって乾燥させておいたのだよ!」
そう言いながら、すり鉢を避けると。
代わりにタッパーを取り出します。
「料理番組ですか?」
「だが、これが正しい製法かどうかさっぱり分からないので、さらにこんな方法を取ってみた!」
そう言って、教授がででんとポケットから取り出したのは。
「既製品ですね」
「既製品なの」
呆れたヤツですが。
これなら目玉焼きも温かいままいただけるでしょう。
両手を合わせて。
「いただきます」
「いただきますなの」
お先にどうぞとすすめられるがままに。
中蓋を外して、すこうしだけかけてみます。
「もぐもぐ。……うん。美味しいのです」
「そうかね! 実験は成功だ!」
辛いのに、ほんのり甘い。
これ、好きかもしれません。
でも、俺から嬉々としてピンクペッパーを取り上げて、自分の目玉焼きにふりかけた教授は。
一口食べるなり、眉根を寄せます。
「物足りないの」
「君にはね」
コショウボクには。
熱中とか、熱狂といった花言葉がありますが。
お味は逆に優しい辛さ。
激辛料理をトウガラシにかけて食べるような真似をする君には。
このピンクの粒では物足りないことでしょう。
それにしても。
白身に降りかかったピンク色。
こんなものを見てしまうと、いまさら意識してしまいます。
これ。
穂咲の手料理なのですよね。
二人の白い関係が、ほんのりピンクに移り変わる。
まるで目玉焼きのピンクペッパー。
それが。
やがて真っ赤な炎で燃え上がる。
テレビや小説の恋愛ものは、その過程を描くわけで。
つまり、過程こそが人生最高のドラマだという事なのでしょう。
涙あり。
感動あり。
もしも穂咲と。
白から赤く変わる過程を一緒に過ごすとしたならば。
……いかんいかん。
ちょっとドキドキします。
さっきから、目玉焼きの味も分かりません。
そんなの、作ってくれた穂咲に失礼です。
……作ってくれた、穂咲。
これ。
穂咲の手料理なのですよね。
以下無限ループ。
一体何周ぐるぐると考えていたのやら。
その間に、教授が自前のホットソースを使って得た実験結果に満足の笑みを浮かべているのですが。
真っ白な関係から。
例えば今は、目の前に置かれた目玉焼きくらいのピンクペッパーを振りかけた辺りなのでしたら。
これから少しずつ、俺がピンクの粒を振りかける気になったとしたら。
その過程は。
一体どんなドラマを生むのでしょう。
「美味しくなったの! 道久君のも美味しくするの!」
だばあ。
「過程が飛んだ!?」
真っ赤!
お皿から溢れるほど真っ赤!
……やれやれ。
これはこれでドラマなのです。
ホラーですが。
俺は久しぶりに。
飛び上がるほど辛いお昼ご飯をいただくことになりました。
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