ブリーフィング

 儀一郎と親しくなれたのも香織のおかげだった。


 香織は生徒会に引きずり込まれるのを嫌って(生徒会長に担ぎあげられそうだから)理科部に所属していたが、その理科部というのが生物や化学が好きな部員ばかりだった。

 天文に興味が有るのは香織と一年先輩の儀一郎だけだった。



 元々、クラブ活動に興味のなかった香織は殆ど部室に顔を出さなかった。

 彼女は生物にも科学実験にも何の関心もなかったからだ。


 しかし、儀一郎の方は形だけでも天文班の活動をしたいと思って何度も香織に声をかけて、その度に断られていた。


「二人っきりで、夜中に歩いてたら周りに何言われるか判んないよ」

 香織はいつもそう言って断っていた。しかし、あまりにも儀一郎がしつこいので、知子を理科部天文班に引きずり込んだ。


 知子としても学校で憧れの的である儀一郎先輩に近づくことが出きてまんざらでもなかった。人気の男子に自分から声を掛けたりすると、他の女の子から何を言われるかわからない。確実に誹謗・中傷の的になるだろう。


 しかし、部活なら言い訳は山程できるのだし、後ろめたい気分にもならない。


 そんな事から三人の、静かで何処か冷ややかな、奇妙な友情関係が始まっていった。


 三人とも大勢の友人たちと交流するのが苦手だったし、特に親しい友人というものがいなかったせいもあったのかもしれない。

 まるで宇宙空間でたまたまそっと出会った小さな星屑がそのまま離れずにお互いの周りを巡っている三つの星屑スターダストのようだった。





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 そのブリーフィングルームは、月面裏基地の質実剛健で質素な外見とは裏腹に、如何にも上級将校の為にある会議室とデカデカと書いて額に入れたような豪華な内装だった。

 テーブルの上には一ダースのモニターの板が林立していた。そしてモニターの画面には山のようなデータが上から下へスクロールしていた。


「最新の修復データだ」サビツカヤ大佐が低く唸るように言った。


 知子達はモニターに映し出されるデータを食い入る様に見つめた。


 そのデータは太陽嵐や諸天体の電磁流、スペースデブリ、等の影響や純粋にその距離の長さからくる電波や光の減退により、歯抜けの状態で地球に届いていた。

 そのデータが修復・補完されると、どうやらストレルカⅠはホーキング空間から実体化するのに成功したらしいということが判明してきた。


「再現できたのは、レーザー通信による航行データと冥王星接近時の初期データが殆どだ」サビツカヤはこめかみの辺りを指で掻いた。「しかし、この後出てくるデータから解るように、彼等が冥王星軌道上に乗り、ミッションに入ったのは明らかだ」


 次々と流れだすデータの波の中に軌道突入と探査活動を想定できる内容が流れ出していた。


「ホーキング航法は明らかに成功していた」マクゲイリー中佐は言った。「しかし、彼等は忽然と姿を消した」


「どういう事ですか?」知子が尋ねた。


「そうとしか思えないのだ」マクゲイリーは苦虫を噛み潰すような顔をした。


「単に通信装置の障害では?」シューカが知子の顔をチラリと見て尋ねた。


「通信障害があった場合は、即時プロジェクトを中断し帰還しなければならないという規則は君も知ったいるだろう」サビツカヤが低い声で言った。


「量子船が故障した場合も、交換機材や修復機材も十分に搭載されてる」マクゲイリーが言葉を挟んだ。「重篤な故障でない限り三ヶ月で修理できるよう君たちは訓練されているはずだ」


「いずれにせよ、我々はスペースシャトルやミールの二の舞いを踏みたくないのだよ」ナザレフ中佐が奥歯に物が挟まったように呟いた。




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 知子と香織は義一郎の後を追って無事、航空宇宙大学に入学した。


 香織にとっては容易な進学だったのだろうが、知子にとってはギリギリ滑り込みのような合格だった。


 香織は相変わらず飄々としていて、大学合格しても当たり前のような顔をしていたが、知子はそうはいかなかった。

 その頃にはもう、儀一郎先輩に憧れの気持ちを感じていたのだ。

 知子は、受験勉強を相談しているうちに、卒なく、さり気なく優しい儀一郎の性格にだんだん惹かれていった。

 しかし、知子はその気持を伝える気は全く無かった。儀一郎は香織のような女が似合っていると思っていたからだ。


 大人びて理知的な二人はお似合いだった。


 知子の心の底に嫉妬の渦が渦巻いているのを感じながらも、二人が付き合うことがベストなことだと思っていた。

 知子だけではない。他の女子の誰もがそう思っていたようだ。


 だからこそ、儀一郎が知子に告白してきた時、知子は魂が抜けような驚愕に襲われた。






 Eine Widmung für unserem Chaos Klub




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