兵士

 此度の戦争において、私は前線における指揮を任ぜられた。

 はじめのうちこそ、人殺しの指揮を執るなど、嫌な役割を押し付けられたものだ、と苦々しく思っていたが、ひと月もすれば、罪悪感はすっかり消え去り、むしろやりがいすら感じるほどだった。

 実際のところ、手を下すのは自分ではなく兵士なのだ、と割り切ってしまえば、これほど気楽な仕事はなかった。酒は好きなだけ飲めるし、女にも事欠かない。何より、兵士たちの命が、まるで私の掌中に収められているのは、なんとも愉快なことだった。

 多少理不尽な内容であっても、兵士たちは、私の命令を忠実にこなした。戦場において、上官の言うことは絶対であり、前線における最高指揮官である私の命令に叛く者は、誰一人としていなかったのだ。

 私の命令を受けた兵士たちが、バネ仕掛けのおもちゃのようにピンッと跳んで行って、敵兵をパチンッと殺す。それは素敵に痛快なことで、特に戦果が多い日など、私はもう上機嫌でウイスキーを飲みながら、ピンパチンだ、ピンパチンだ、とニタニタするのであった。

 そんなわけだったから、中央からくる、煩わしい指令というやつを除いてしまえば、私の前線での日々は、おおむね満足のいく、面白いものだったのである。

 ところで、兵士の中に「歯抜け」という男がいた。別に本名ではない。何があったのかは知らないが、上と下の前歯が四本ずつ、すっかり抜け落ちていたから、からかい半分でそう呼ばれていたのだ。あるいは、その男はずいぶん頭が鈍いようだったから、「間抜け」というのも掛かっていたのかもしれない。

 数いる兵士たちの中でも、この歯抜けは、私の一番のお気に入りだった。というのは、歯抜けが、私の下すどんな命令にも、それこそ機械のように、唯々諾々として従ったからだ。

 私が、敵兵の捕虜をいじめ殺せといえば、思いつく限りの残虐な方法でいじめ殺したし、糞をしろといえば、そこがどんな場所であろうと糞をした。私は、歯抜けを呼び出しては、無茶な命令を下すのを、一つの楽しみにしていた。

 しかし、そんなのが当然のようになってしまうと、歯抜けがあまりにも思い通りになるのが、私はだんだん気に入らなくなってきた。そこで私は一計を案じた。今朝殺されたばかりの敵兵から腕を切り取り、それを料理番にボイルさせたのである。おかげで料理番は寝込んでしまったが、私は満足だった。

 私はいつものように歯抜けを呼び出すと、その足元にボイルした敵兵の腕を投げ出し一言、食え、と命令した。さすがの歯抜けにも、こればかりはどうしようもないだろう。私は意地悪く笑いながら、歯抜けが情けない顔で私に許しを請うのを今か今かと待った。

 歯抜けは、しばらくの間、ぼうっと敵兵の腕を見ていたようだったが、崩れるようにして床に膝をつくと、やおら敵兵の腕に齧りつき、犬歯で肉を引き裂き始めた。一口分の肉がちぎれると、今度はそれを奥歯で十分に咀嚼し、飲み込んだ。それからまた、敵兵の腕にかじりつき、犬歯で肉を引き裂き始める。

 私はギョッとしてその光景から目を離せなくなった。歯抜けの顔には生気がなく、肌はセルロイドの作り物のようで、そしてその瞳は、ガラス玉でできているかのように、どこまでも虚ろだった。

 私は唐突に理解した。兵士は駒である、というのは決して比喩などではなかったのだと。例えるなら、それは銃やナイフのようなものである。そこに意志はなく、ただ使われるだけの存在なのだ。

 いまだに敵兵の腕を貪り続ける歯抜けを見ながら、私は、消えたはずの罪悪感が、ギシギシと首をもたげる、その不快な音を聞いたような気がした。

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