俺は酒というものが嫌いだ。まず、酒の味が嫌いだ。酒がうまいとかいうやつの気が知れない。それから、酒のもたらす効果が嫌いだ。俺は酒を飲んでも、気持ちいいだとか、楽しいだとかは思わない。むしろ、思考が鈍って痴呆のようになるのはどうにも気分が悪いし、耳が遠くなってだんだん大声でがなり立てるようになるのも、ろくに舌が回らなくなって言葉が怪しくなるのも面白くない。

 そしてなんといっても、酒を飲んだ自分の顔が嫌いだ。目は充血し、瞼は腫れ、頬と唇は紅を差したように真っ赤になる。それとは逆に、額や顎などは妙に青白くなり、死人の肌のようである。俺は、鏡でこの顔を見るたび、醜い化け物を見たような、嫌な気分になるのだ。

 そもそも、俺の家系は酒が絡むと、ろくなことにならないのだ。俺の祖父は宴会の席で酒を飲んで、そのままポックリ逝ってしまったし、母は温厚な人だったが、いわゆる酒乱というやつで、しきりに酒を飲んでは――今はもう酒は辞めたのだが――気が違ったように暴れ、手がつけられなかった。いつか俺も酒に痛い目にあわされるのではと思うと、やりきれない気持になる。

 また、酒は酔っ払いというものを生み出す。この酔っ払いとかいう生き物は、実に厄介で見苦しい。赤くなるやつ、青くなるやつ、始終笑っているやつ、突然泣き出すやつ、やたらと饒舌になるやつ、ぷっつりと寡黙になるやつ……。酔っぱらうと俺もこんなろくでなしになるのかと思うと、どうにもぞっとしない。

 その酔っ払いどものすることといったら。見知らぬ人を捕まえて大声で説教してみたり、そうかと思えば電柱に向かって丁寧に挨拶してみたり、生垣に突っ込んでみたり、吐瀉物を撒き散らしてみたり、小便を垂れ流してみたり、挙げ句の果てに酔った勢いで川に飛び込んで、翌朝の新聞に溺死体として紹介されてみたりするのだから、ろくでもない。

 大体、酒は百薬の長だの、適量ならば体にも良いだのと持て囃されているが、結局のところ、体内で酢に分解されるだけではないか。それならば、最初から酢を飲めば良いのだ。飲み会には、酒ではなく酢を用いるべきだ、と俺は主張するのである。

 第一、この文章にしたところで、酔った勢いで書いたのだから、ろくなものではないのだ。

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