風鈴

 ひんやりとした空気が頬を撫ぜ、軒先にぶら下がる鋳物の風鈴が、ちりんと澄んだ高い音を立てる。男は打ち上げられた海月のように、だらしなく縁側に横たわり、ただぼんやりとオレンジ色の陽光を眺めていた。

 夏の終わりの風鈴ほど虚しいものはない、と男は思う。暑い盛りには、その音で涼をもたらし、季節の物らしい風雅さを醸し出していたが、こう涼しくなってしまうと、もはや何の用も為さず、場違いな様相すら帯びている。

 風鈴がちりりと弱々しく鳴り、柔らかな風が僅かに髪先を揺らす。男はむくりと起き上がり、胡座をかいた。枕代わりにしていた右腕には痺れが走り、血流の悪くなった指先が、死人のそれのように冷たくなっている。男は、右手を開いたり閉じたりしながら、確かめるようにその動きを見つめた。

 結局のところ、あの風鈴を未だにぶら下げているのは、惰性という他ない、と男は思う。大した目的も理由もなく、ただ外すのが面倒というだけで、だらだらとぶら下げ続けている。考えてみれば、己の人生というのも大半が惰性ではなかろうか。代わり映えのしない日々を、のんべんだらりと繰り返している。

 高く生い茂った草木らが、噂話をするかのようにさざめき、ちりりんと風鈴の音が響く。冷たい風が露出した肌にじんわりと滲み、男は全身の皮膚を粟立たせた。日はその身を半分ばかり隠して、山々のシルエットを黒く浮かび上がらせている。

 随分と肌寒くなった、と男は思う。今夜は温かいものが食べたい気分だ。そういえば、笊蕎麦にしようと買い置いた乾麺が、まだ戸棚に残っているはずだ。あれで暖かい天蕎麦でも作るのが良いだろう。

 男はすっくと立ち上がると、敷居をまたいで居間に入り、建付けの悪い障子をがたがた言わせながら閉め切った。しばらくして、一陣の風が吹き付け、風鈴がその身を震わせながら、ちりんちりりんと一際大きな音を奏でたが、それを聴く者は誰も居なかった。

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