【交換小説】久礼と岸玉の学生生活

みずかん

秋季特別移動教室

岸玉がニヤつきながらこちらへ来るのが見えた。


怪しいものを感じつつも僕は何故か、彼が朗報を持っている様に思えた。


「よお、久礼。

いい話を持ってきたんだけど」


(やっぱり)

心中で指を鳴らした。


「どんな話?」


「“鹿宮県”って知ってるか?

ってか、知ってるよな地理好きだし」


「鹿宮なら知ってるけど、ここから遠いから行ったことはないよ」


「じゃあ、一緒に行かないか?」


「えっ、マジで!?

どういう風の吹き回し?」


「俺のいとこが鹿宮県に住んでるんだよ。シルバーウィークに遊びに来ないかって誘われたんだ。2泊3日。勿論行くよな」


「もちろん!」


大きく頷いた。

そうして、“秋の特別移動教室”が始まった。


数日後。


「で、予定の空いている4人で行くことになった」


「よろしくね!牟礼」


そう僕に向かって笑顔を見せたのは、

吹浦志都美。彼女は一応僕の幼馴染。


(稲梓は都合が合わなかったのか…

暴走しそうだな...)


「ハハッ...、鹿宮に1度行ってみたかったんだよ」


そう言ったのは恋ヶ窪高松。

まあ...、友達だね。


「費用は?」


僕は岸玉に尋ねた。


「全部いとこが持ってくれるって!

宿も食事も交通費も」


「お前のいとこ凄いな...」


高松が微笑した。


「しんかみやって駅に着いたら、いとこが迎えに来てくれるって。じゃあ明後日の朝7時に駅名駅な。初電なら間に合うだろ」


「ちょっと待って、どうやって行くの?」


「え?久礼がそう聞くのは意外だな。

駅名から1日1本だけ、直通特急があるの知らないのか?

それの出発時刻が朝7時40分なんだよ」


「向こうに着くのが?」


「11時50分」


「ええっ!?4時間近く掛かるの?」


志都美は驚いて高い声を出す。


「これでも早い方だぜ。

で、それ以降はいとこが決めてくれるってさ」



「鹿宮行くの楽しみだな…」


高松があんなにウキウキしてるのは初めて見た。





そして、出発当日。

駅名うまやな


全員時間通りに集まり、ホームで列車が来るのを待った。


「へぇー、県名は“鹿”宮なのに、駅名は“佳”宮なのか!」


「牟礼は本当にこういうの好きだよね〜」


『まもなく、3番線に佳海線直通、

特急桜花2号、新佳宮行きが6両で到着致します。危ないですから黄色い線の内側まで、お下がりください』


ホームに入線してきた列車は黒塗りに

そしてピンクと黄色の細い帯を巻いている。

流線型の先頭車が特徴的なここらじゃ見かけない車両だ。


ヒュウゥゥゥゥ...





「この特急桜花は筈急、相羽市営、相佐高速、佳海と4直する唯一の特急...

駅名から新佳宮まで高加速と振り子の力で最短4時間で結ぶ...か」


久礼は座席に備え付けられた車両案内の紙を見ながら呟いた。


「ねえ、佳宮で見たいものってある?

春は桜が有名みたいだけど...」


「まあ、秋は秋でいいかもね...」


何故か俺の隣には志都美が座っている。

誰でもいいんだけど...


しかし、この特急の座り心地は今まで乗った列車よりも快適だと思う。


本音を言うと景色とか観光より駅名を楽しみたい。駅 名 を。


『まもなく、溢顔好筈句に到着です。

溢顔好筈句の次は、長正に到着致します。

当駅からは筈羽急行の乗務員がご案内致します』


30分ほどで、境界の駅に到着した。

車掌の肉声で案内があった。


(おお...!ここから未開の地だ...)


ワクワクしてると前の座席から岸玉がひょいと顔を覗かせた。


「駅名でも楽しもうと思ってるんだろ?

その顔は。でも筈急線内は時速100キロ運転だぜ」


「いいや、動体視力だけはいいんだ。

1駅も見逃すわけいかないよ...」


そう宣言した。


『ご乗車ありがとうございます。

この電車は特急桜花2号、新佳宮行きです。途中、長正、正宮、片桐市、真玉、

新田村、相羽市動物公園、志生、柏葉野、終点新佳宮の順に停車致します』


しかし...


(このシート本当に普通車なのか...!?

信じられない程座り心地が良いなぁ...

朝早く起きたから...まあ数駅逃してもいいか...)


志都美が横を見ると久礼は寝ていた。

それを鋭い眼光で見つめる。


彼女の心に悪戯心が芽生えた。

シートを区切る仕切りの上に置かれた彼の手。


その右手に自身の左手を...








「んっ...、あれ...?今どこ」


景色は真っ暗。いや、トンネルの中か?


「数十分前に相羽市動物公園を発車して...、確かさっき、“中仏温泉”って駅を通過したよ」


志都美の話を聞いて驚いた。


「えっ!?もう相佐高速線内!?」


「声が大きいよ」


注意されてしまった。

立ち上がって、岸玉達の様子を見る。

彼らも寝ている。よかった。

馬鹿にされないで済む。


「ねえ、車内販売でアイス買ったけど...

食べない?」


「あ?え、あ、ありがとう...」



今通っている全長4.8 kmの中仏トンネルを

抜ければ相羽県から鹿宮県に入る。


『♪〜、 まもなく、志生です。お出口は右側です。東条鉄道はお乗り換えです。志生の次は柏葉野に停車致します。

ladies and gentleman.Will soon make be stop at “Shiu”.Station No.KI24 and SS42

please change here TojyoRailwayLine.

The next stop station is“Shiu”,

Will be stop at “Kashihano” 』


その時、ゾクッと来た。


「駅ナンバリングが2つあるんだ...!

相佐高速のSS42と佳海のKI24

同じ数で2と4入れ替わってるのなんか

すごい...!」


何故か志都美も嬉しそうな顔してるけど...。聞かないでおこう。


この駅から相佐高速の社員から佳海電鉄の社員へと交代が行われる。



電車が停車駅じゃない駅で停まった。

駅名標には“尾野”と書かれている。

松前鉄道などに比べれば地味な駅名だ。


『列車行き違いの為、3分程停車致します』


(へぇー...、単線なのか...)


3分後また走り出した。


車窓にはのどかな田園風景が広がる。

もうすぐ米の収穫時期。金色の稲穂が実っていた。


今度も列車交換。

停車した駅は“大熊”という駅だった。


「各駅停車で行ってみたいなぁ…」


僕はそんな愚痴を零した。


本日3度目の列車交換は、3つ先の

“嫁市駅”だった。


「嫁市...、よめいち...。

そういう市は存在してないんだよなぁ...」


車窓に反射した自分の顔はニヤついていた。



『まもなく、柏葉野です。当駅で列車の進行方向が変わります。柏葉野の次は、終点新佳宮に停車致します』



柏葉野に到着する頃、岸玉と高松も目覚めていた。

何時起きたのかは知らない。


ここから20分ほどで終点新佳宮に着いた。


到着は11時54分。


『まもなく、終点新佳宮です。

柏葉野線対向列車遅れに伴い当駅4分程遅れての到着です。本日お急ぎのところ、列車遅れまして誠に申し訳ございませんでした。新佳宮に到着です。2番線到着出口右側です。佳宮本線佳宮市方面は3,4番線。

太白、広橋、水遊園方面は5,6番線にお乗り換えください』



駅の外で岸玉のいとこが出迎えていた。


「よ〜!タマちゃん!」


「どっかのアザラシみたいな呼び方すんなよ...」


岸玉はそう呼ばれ恥ずかしそうにした。


「初めまして!タマちゃんのお友達!

オレは川合一志かわいかずし

カワイさんとでも呼んでくれ」


とても愉快な方だ。

彼は車で佳宮市内を案内してくれると言った。



太白神社へ続く茶屋が立ち並ぶ通称

“茶屋参道”


佳海線の線路も近くに走っており、春は桜と絡めた写真が撮れる有名撮影地だそうだ。


参道に行く前に参道の最寄り駅

甘屋町駅あまやちょうえき”の

硬券入場券を僕にくれた。


岸玉から“駅名好きの変わった友人”と話を聞いていたらしい。


…なんかそれはそれで...うーん...


1日目は佳宮市内観光で終わった。

神社がとにかく多い。そんな印象の街だった。


今日は佳宮の隣町、伊良市にある

カワイさんの家で宿泊した。



翌日


「これ、佳海電鉄の2日間有効のフリーパスだ。特急も3回までなら乗れる。

好きな所行ってきなよ。

20時位まで待ってやるぜ」


と、川合は岸玉に4枚の乗車券を渡した。


「え、何か考えてくれるんじゃ?」


「偶には予定に縛られない旅もいいぞ

駅まで送ってやるから、準備しとけ」




「...という訳なんだけど」


「昨日から佳海の路線図見て行きたい駅がいくつかあったから行きたいんだよね」


久礼は言った。


「俺さ、実は今日佳宮市内でやるサッカーの試合が見たくて来たんだよね」


間延びした声で高松が言った。


「オレは特にこだわり無いけど...

どうしようか。別行動する...?」


「じゃあ私は牟礼と行こうかな...」


「本当!?」

「ホントに?」

「マジで?」


男子3人が驚く。


「えっ...何?

だって牟礼1人にしたら永遠に帰ってこないよ!昔から知り合いだし、大丈夫でしょ?」


「えっと...、はい、まあ、うん」


そんなこんなで僕は志都美と行動することになった。





伊良駅はかつて韮原駅と呼ばれていた。

しかし、この地に鉄道を敷設した初代鹿宮電気軌道の会長が韮原出身の“伊藤 良兵衛”

だった事から彼の死後、栄光を称え、

新しく市が出来た際、名前を取り“伊良市”

となり、駅名も“伊良”となった。


駅には総合車両基地が併設され多くの車両が留置されている。


岸玉達は佳宮方面、僕達は水遊園方面に向かう。


「これからどうするの?」


「特急に乗って広橋の方に行こうかなって」


しかし、彼女と2人だなんて...

まるでデートみた...






デート...!?



『この列車は特急しろゆり24号、水遊園行きです。次は、彩の台に停車致します。

This train Lmd.Express “Shiroyuri”.No.24

Bound for “Suiyuen”.The next stop station is “Ayanodai”.』



しかし...。

僕としては彼女を恋愛対象には思ってない。何故って言われても困るけど...。

心做しか、彼女は僕に寄りかかってる...

いやいや、気のせいだ。


なんでデートなんて単語を思い浮かべてしまったんだ。

これはただの鉄道旅行だ。...たぶん。




『まもなく、八百万浦野木崎温泉戸張口です。お出口は左側です。八百万浦野木崎温泉戸張口の次は、本富川に止まります。Will soon make be stop at

“Yaoyorozuura-Nogizaki-Onsen-Tobariguchi”.Station No.KA45

The next stop station“Yaoyorozuura-Nogizaki-Onsen-Tobariguchi”.Will be “Moto-Tomikawa”.』


八百万浦野木崎温泉戸張口駅

佳海電鉄で最も長い駅名の駅だ。


特急を降りて、ホームに立つ。

2面3線の駅だ。


海が近いのか、風が強い。


「やおよろずうらのぎざきおんせんとばりぐち...、20文字、長いなあ...」


僕は駅名標を見ながら指折り文字数を数えた。


(恍惚としてる牟礼かわいいなぁ...)


「よし!次に行こう!」


向かいのホームに各駅停車が止まっている。黒塗りの電車、ドアは半自動ドア扱い。ドアボタンを押して乗り込んだ。


普通電車なのに床が木目調でオシャレだ。

ロングシートなのが通勤型ということを思い出させてくれる。朝のラッシュが過ぎた時間帯、それにこの区間は利用客が少ないのか、席はガラガラだった。


本富川駅まで乗車し、富川線に乗り換えた。


元横浜市営地下鉄3000A形が譲渡され、

改造が行われている。パンタグラフも増設され2M1Tの3両編成になっている。

船の汽笛をイメージした和音の警笛も健在している。


本富川駅から電車に揺られること20分


『まもなく、沢春です。お出口は左側です

The next stop station is “Sawaharu”.

Station No.“KT08”』


富川線の車両基地がある以外は長閑な

住宅街といった感じだ。


「僕達も前1度行ったことあるけど、

“然暴駅”と駅名が似てたから、来てみたかったんだ」


「“さわはる”と“さあばる”...。確かに似てるね」


当駅始発の本富川行きに再び乗り、

本富川に戻る。


気が付けばもう昼前だ。


本富川から快速に乗り、終点の水遊園に向かった。


今度の電車は元都営浅草線の5300系だ。

佳海のピンクと黄色の塗装では無く、

浅草線の塗装、そのままだった。


『まもなく、終点水遊園です。酒海線、好海線は乗り換えです。

どなた様も車内にお忘れ物、落し物ございませんようお気を付けください』


水遊園駅

その名の通り、近くにある水族館の名前が

駅名になっている。

改札を出た。


ここで昼食と、水遊園でも行ってみようという事になった。


フリーパスには割引がある。800円の所、

400円で入れる。


正式名称は『佳鉄水遊園』

東口から徒歩3分の好立地である。



「わぁー...」


志都美が感嘆の声を出した。

入ると直ぐに巨大な水槽が出迎える。


こういう雰囲気は僕も嫌いじゃない。


しかし、何故僕はこんな所に行こうと思ったんだろう...。


鉄道に乗るはずじゃ...??




イルカショーとかアトラクションもあり

3時間も費やしてしまった。400円でこれほど楽しめるのは非常にお得感がある。


駅に戻り“特急かげろう 39号 佳宮市行き”

これに乗り、広橋で降りる。


3階ホーム17番線から出発する

神橋線の各駅停車に乗り神浦を目指す。


ドッド風の塗装の6000系に乗る。3ドアのトイレ付きだ。


以外にも山の中を通る。

獣が出てきそうな場所だなあと、景色が思わせる。


2色の横スクロールするLEDの案内板に、

『次は、赤 山 (KB26)』という文字が流れる。

トンネルも多くなってきた。


「意外と山越えする路線なんだね」


「あっちの方は平坦な路線が多いから、なんか新鮮」


赤山駅を過ぎた列車は、山ノ下やまのした大毛おおけ東大毛ひがしおおけ中里見なかさとみ清津きよつ神浦口かみうらぐち西神浦にしかみうら

各駅に止まって行った。


無事、定刻通りに神浦駅かみうらえきに到着した。


ここから崎中線さきちゅうせんに乗り換える。

グルッと一周するつもりだ。


[各駅停車 崎ノ口 4両 16:50]


ボックスシートを有した車両だったので、海側に向かい合わせになり座った。


『まもなく、神座かんざ神座かんざです。

Will soon make be stop at Kanza.Station No,KC19』


海が近いところを走るこの路線だが、この区間は家々が転々と立ち並ぶ。

最初に止まった駅は小さな無人駅だ。


「神が座るって書いて神座...」


「由来気になるね」


列車はVVVFインバータの音を響かせながら、発車した。


『次は、塩辺しおべ塩辺しおべです。

The next stop station is "Shiobe" Station No.KC20』


駅名から考えるに、塩がこの辺で取れたから塩辺という駅名なのだろう、と推測した。


そして、塩辺を発車すると、車窓に大海原が広がった。

海は金色に輝き、何とも幻想的だった。

時間は5時前、ちょうど日の入りの時間だった。


「ねえ、ちょっと、降りてみない?」


志都美が自らそう言った。


「いいよ」


『まもなく、姫瀬ひめせ姫瀬ひめせです。

Will soon make be stop at "Himese". Station No.KC21』


ドアボタンを押し、駅に降り立つ。


姫瀬駅ひめせえき

片側一面の、無人駅だ。すぐにドアが閉まり、電車は走り去って行った。

駅のフェンスの向こうには海があり、太陽が沈むところだった。


海風が顔に吹き付ける。


「鹿宮ってキレイなところだね」


「...うん」


「ここに住んでみたいな」


志都美は僕の顔をちらっと見る。


「・・・・」


彼女に直視される僕は口が思うように動かせなかった。


「牟礼とさ!」


彼女の笑顔はこの目の前の大海原よりも眩しく輝いていた。


「まさか...、もしかして?」


「私、牟礼の事が好き!」


















「おいっ、起きろよ!」


「...はえっ!?ここは?」


「もうすぐ夏板かばんに到着するんじゃねーか?」


「えっ・・・?夏板?俺ら、鹿宮県かみやけんに行ったんじゃ?」


「お前なに寝ぼけてんだよ・・・。秋の移動教室の途中じゃねえか」


「・・・・」


頭が真っ白になった。

あの鉄道旅行は全て・・・、夢?


「あのさ、岸玉の親戚にカワイって人いる?」


「カワイ・・・??」


どうやら思い当たるフシが無さそうだった。


『まもなく、夏板かばんです』



「なあ、岸玉」


「なに?」


「今度、みんなで鹿宮に行こうよ。桜が綺麗なんだってさ」


「あ?おう、まあ、それもいいけど...、お前急に鹿宮なんて、どうしたんだ?」


「あ、いや...。でも、志都美が喜ぶかなって...」


「言ってる意味がちょっとよくわからないぞ・・・。だいぶ疲れてんな」


「あははは...」


そう笑って取り繕った。

電車はゆっくりとホームに入線するために、速度を落とした。

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