AM03:00「You don't know really how much I love you.-MOON-」
オーダーがちょっとアレだが、まぁ受けたからにはやるしかないわけで。
「……そこっ!ストップ!動かないで!」
「ここで良いんですかっ!」
「大丈夫!」
10メートル先に彼女はいた。
カメラを構えて、ズームインとアウトを繰り返す。中々間隔が定まらない。ピントを合わせるのはカメラがやってくれるから良いとして。
「月も入れたいな。あと5歩くらい後ろに下がって!!」
「はーい!」
彼女は大声で返すと、ドレスの裾を摘みながらゆっくりと歩いていく。
実際はヒールで歩き辛いせいなのだが、その姿はとても優雅で美しく見えた。
「そこでいいよ!……よし、これで。撮るよ!」
シャッター音が鳴る。
「あと2枚目!」
さらに続けてシャッター音が鳴る。彼女の姿を液晶越しにしっかりと焼き付ける。
ホント、綺麗なんだよなぁ……
「オッケー!」
彼女にここまで来させるのは難しいので、僕が走って近づく。
こちらから見れば横を向いていて歩いているかのような写真。
風に揺られた純白のシルクのドレスは、まるで白いオーロラのように煌めいていた。
海は月を鏡のように反射して、あぁ、我ながら良い写真が撮れたなと感嘆した。
念のため2、3枚撮ってあるので、その中から二人で気に入ったものを選ぶ。
というか僕らが選んで大丈夫なのか?
「えーと、どれにします?」
「あ、うん。そうだなぁ……最初のとか、どうだろう?」
「……実は、私も」
僕の顔を見て、嬉しそうにクスリと笑う。
「決まりだな」
彼女が選んでくれたものなら、反論の余地など無い。
さて、用事も済んだ。カメラを抱えて彼女に声をかける。
「帰ろう。寒いだろう?」
踵を返したその瞬間、水の音が耳に飛び込んだ。
潮騒に紛れて消えかかった、明らかに自然じゃない音。
「……八嶋さんっ!」
ちゃぷん、とヒールを脱いだ素足を海に入れる。そのままドレスが濡れるのも構わず、進んでいく。
海水に濡れて、スカートの端が少しずつ濡れて透けていく。
「……やっと、名前で呼んでくれましたね」
彼女は寂しげに、しかし嬉しそうに笑う。
そして、唇が微かに動く。
『私がどれだけあなたを愛してるか、あなたは知らないでしょうね?』
心臓が高鳴った。
月光に照らされ、濡れたドレスが張り付いた肌が艶やかに光る。
静かに月を眺めて佇む後ろ姿をカメラに収めて、僕は静かに歩き出す。
「……八嶋さん」
僕は恥ずかしさを笑顔で紛らわせて、両腕を広げた。
「……はい」
目尻に涙を浮かべながら、ヒールも忘れて僕の方へと走ってくる。
残り3メートル、2メートル……
「……っ!」
「んっ……」
飛び込んだ来た彼女を柔らかく、優しく抱きしめた。
ほのかに香るシャンプーの匂い、海水の匂い、体の熱さも柔らかさも、彼女の全てが愛おしい。
でも、伝わらないんだ。
「……八嶋さん。分かってるよ。僕も同じくらい、好きなんだよ」
「……私はもっと、ずぅーっと、好きなんですから」
彼女の涙を指で拭い取る。頬を赤らめているのが、さらに愛おしさと可愛さを倍増させる。
「帰ろう。風邪、ひくよ?」
「風邪をひいても良いんです。どうせ大学もバイトも休むつもりでしたから。……だから、もう少し、このままで」
そうして彼女は、ゆっくりと瞳を閉じた。
「……っと、ふぅ……」
彼女が崩れ落ちるのを支え、肩に頭を乗せるように腕を回して座らせる。
「……八嶋さん、愛してるよ」
月を眺めて、呟いた。
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