第38話好物


「そこまでで、いいよ!百花さん!」


「あ、はい!わかりました。店長」


ふぅ、今日も一日よく働いたな。

私は仕事で使った道具を、所定の場所に片付けていく。

掃除道具入れから箒と塵取りを取りだして、床に落ちた花びらや葉っぱを集める。

集めたごみを専用のくず入れに入れて、片付けは終了。


その後、バックヤードの作業スペースに置いてある、私専用のロッカールームで着替えをすませる。

スマホやカバンを、取り出して、身につけていたエプロンをハンガーにかけて、ロッカーの竿につるす。

店から借りているロッカーのカギをかけ、タイムカードに時間を打刻して、この日の業務は終了。



終業の挨拶をする為、店長の元へ向かう。

店長はその日仕入れた、商品の値段をワード使って集計していた。

いつもの見慣れた光景だ、商売をするのって大変だな。

やるべき小さな事が沢山あるから。ま、私には無理だな。今は。


「店長。お疲れ様です。頑張ってください」


「ああ、お疲れ様。百花さん。あ!そうそう!今日は給料日だから、給与明細のデータは百花さんのペーパータブに送っておいたから」


わかりましたと、返事をして私は勤務先の花屋・ガーデンを後にした。

そっか・・・今日は給料日か・・・。

私、そんなに欲しいものは無いけど・・・愛とお母さんに何か買ってってあげようかな・・・。

ガーデンを出たその足で、私は併設されているフレッシュ・スターズに向かった。


「・・・あいつ・・・何か雰囲気変わってたな・・・。哀しそうだったな・・今にも泣きそうで・・・。そりゃそうよね・・お母さんが亡くなったんだから・・・。私もお母さんを大切にしないと・・」


胸を締め付ける気持ちをなだめて、

私は店に入って買い物かごを手に取った。

季節に合わせてディスプレイが施されてある店内。

床はピカピカで、なんだか沢山買いたい気分になっちゃうな。

買い過ぎないように注意しないと・・。


「あ、これ!買って行こう。愛が好きな伊木力みかんだ。あの子みかん好きだから、きっと喜ぶな♪・・・あ、お母さんには苺を買って行こう・・。とよの香・さちの香・あまおう・どれにしよう・・ちょっと・・・高いけど・・ま、いいわ。

お母さんが喜んでくれるなら」


私は家族へのささやかなプレゼントを、買い物かごに入れレジへと向かった。

生産者が思いを込めて作った、大切な我が子の様な果物たち。

どの顔もキラキラと輝いていて・・・美しいな。


メイン通路から大量に陳列されている商品を眺めながら私は歩いた。

色んな商品が棚に並んでいて、ひとつひとつ見ていると結構時間がかかりそう。

それに欲しくなるもんね。買ってから家に帰って『あれ?買い過ぎちゃった!』ってなっちゃいそうだし。


「あ・・・そうだ!お父さんにも!」


私は鮮魚コーナーにやって来た。

地場のとれたての新鮮な魚が、氷の布団の上に並べられている。

口に入れるとほんのりと甘いくちどけが、近所では評判のここの鮮魚コーナー。

新鮮な刺身は全然味が違っていて、私もふと食べたくなることがある。

その日の朝に店に直接漁師の人が持って来て、それをその場で仕入れてるんだって。

私はお父さんが好きだった、鯛の刺身を2パック手に取った。


「今日は給料日だから・・・めで鯛・・・なんちゃって・・。私何言ってんだろう?・・でも、給料日ってすこし嬉しい気分になるよね・・なんでだろう?」


ちょっと空きが目立つ買い物かごをぶら下げて、私はレジに向かった。

清算のレールに乗って、液晶に買った商品の合計金額が表示される。

そして清算方法の確認、私はガイダンスに従って清算を済ませる。


「・・・マイバッグ持参を押して、ビニール袋はいらないですっと・・よし、これで良し!たった数円だけど、こつこつしないとね」


手に持っているカバンから、買い物用に折りたたんでおいた巾着袋を取り出す。

清算を済ませ、通れるようにバーが上がった通路を歩く。

レジの奥で待っている商品の所へ私はむかう。

お気にのバッグに匂いが移らないように、巾着袋に商品を入れて店の外へ。

家族が喜ぶ顔を夢想しながら、家へと向かった。


~可憐宅~


「ただいま~!」


「あ、お帰り!可憐。今日もご苦労様♪」


家に帰った私を、台所から玄関にやって来た母が出迎えてくれる。

母に笑みを返して、私は靴を脱ぎ、愛すべき我が家へ到着。

お気にの靴を几帳面に並べ、妹の元へ。

私から苺を受け取り、母はそのまま夕飯の支度へ戻って行った。

母が喜んでくれたから、買ってきて良かった。


「あーーい♪」


「あ、お姉ぇちゃん!お帰り・・・・え、この匂い?みかん?」


私の妹ながら凄い嗅覚ね。

・・・でも、目が見えないから、他の感覚が研ぎ澄まされるのは当然か・・。

その時ふと、昼間見た、ストーカのあいつの顔が浮かんだ。

哀しそうな、泣きそうな・・。私は胸が締め付けられる思いがして、目の前の愛する妹を力強く抱きしめた。


「ちょ?お姉ぇちゃん?どうしたの?・・・うぅ!」


「いいの!いいの!気にしないで!でも・・今は抱きしめさせて!」


私は力強く妹の体を抱きしめた。

しばらくして、抱くのをやめ、妹の頭を優しく撫でた。

妹は目を閉じたまま、不思議そうな顔をしている。

私に似て可愛い妹の愛。自分で可愛いって言うのもあれだけど。

毎日のように男性から告白を受けるから、事実だし・・。

まぁ、どの男も、私のタイプじゃないけど。


「お姉ちゃん!いつもながらの強ハグ(渾身の力を込めたハグ)で、あばらが折れそうだったよ!わたし」


「ごめんごめん♪力加減って難しいからね♪私怪力だから、よく物を壊しちゃうもん♪」


そんなに体も大きくないんだけどな、私。

この前も、水道ひねったら蛇口が折れたし・・。

他にもあかない扉を開けてたら、扉外れたし・・。

壁の画びょうが外れそうだったから、軽く押したら壁にヒビ入ったし・・・。

ホント、生きにくい世の中よね、困っちゃう。


「可憐~!愛~!ご飯よ~!」


「はーい!!」(二人)


いつもの様に目の見えない愛の手を取り、私達は夕食を食べに食卓へ。


「その前に・・・っと・・」


愛を食卓の椅子に座らせて、私は用事をすませる事に。

冷蔵庫から鯛の刺身を取り出して、お父さんの元へ。


「あら?いつの間に冷蔵庫に入れたの?可憐?」


「え?普通に歩いただけだけど?料理してるお母さんの後ろを歩いて入れたよ?気が付かなかった?」


ああ、あるある。

私の足音は静からしい。

自分では普通なつもりなんだけど・・。

普通に人に話しかけたら、びっくりされる事が多いな。そう言えば。

よく『忍者みたい』とか『殺し屋』ですか?とか『幽霊』みたいとか人に言われる。

なんか、全部やばいじゃん!最後の人じゃないし!


仏壇の前にやって来た。

私を見つめるお父さんの顔は、あの頃のまま、やさしい表情をしている。

蝋燭に火をともし、線香に火を付け、線香立てに横向きで寝せる。

鳴らした鈴の音が、鼓膜で反響している。


そして父の前に大好物の鯛の刺身を置いた。

在りし日の面影を浮かべながら、私は手を合わせた。


「はい、食べた?お父さん?生物(なまもの)だから、ね。痛んじゃうでしょ?早く食べて・・・?もう食べた?じゃ、次は私達が食べるから!」


仏壇に2秒ぐらい、刺身を置いた後、私は台所へ向かった。

ほら、それとこれとは別でしょ?だっておとうさん死んでるから!

食べないでしょ!いや、気持の問題でしょ!そこは?違うかな?

私達は生きてるから!お腹すくでしょ?ね!これと、それは別の話だよね♪あーはん?

気持の問題でしょ。ね、お願い♪


別に幽霊として私の目の前に出て来てくれてもいいし。会いたいから。

『可憐~!もっと刺身食わせろ~!』とか、言って!それも面白そう!

お父さんと夢の幽霊バトルね!燃えるわ!ってさっきから私、何言ってんだろう?

そんな馬鹿馬鹿しい、自分の大切な家族を呪うはずないでしょ!私はそう思ってる。


「器に盛ってっと・・・完成っ!我ながら美しい~♪よし、皆で食べよう!」


「いいのよ、お姉ちゃん?そんないちいち、パックから皿に移さなくても!」


お腹が空いて妹の愛が、顔を可愛く膨らませている。

私は妹の顔の風船を指で潰してやった。


「へへへ!愛?なんにでも意味があるのよ!料理に大切なモノって知ってる?1つ・器(料理の皿)!2つ・綺麗さ(盛り付け)3、味(美味しくて当たり前)!よ!

よく花を買いに来てくれる、呉服屋の社長さんがそう言ってたわ!私なんだか知らなけど、よく可愛がってもらってるの!いい事言うわよね!私もその通りだと思ったわ!」


「うん・・・わたしはよくわかんないや!お姉ちゃん!わたしは食べれれば、それでいい!」


お母さんと協力して、テーブルの上に今日の夕飯を並べる。

今日は普段より豪勢なメンツだな、たくさん食べよう!

私はテーブルに座って、お母さんの顔を見つめた。


「じゃあ・・いい?いただきます!」


「いただきます!」(二人)


私は手を合わせて、小皿に盛られたサラダを取った。

野菜から食べる事によって、血糖値の上昇が防げるからね。

ほんのちょっとの、そうした事がこれからも続く道に影響を与えると私は思っている。

サラダを口に運びつつ、隣に座る愛の様子を見つめる。

愛は目が見えないながらも、慣れた様子でご飯を食べている。


本人の意見も尊重しないといけないから・・。

困った時だけ、私は手を貸す事にしてる。

私はお父さんにお供えした鯛の刺身を、食べる分だけ自分の皿に移した。

専用のさしみ醤油をさらに入れて、ぷりぷりと踊る刺身にちょっとだけ付けて、私は口に頬張った。


「う~ん♪美味しい♪甘くて鮮度抜群だわ♪愛も食べて♪」


「うん、お姉ちゃん。ありがとう!・・・あ!」


愛は自分が持っていた箸を床に落とした。

自分が落とした箸をかがんで取ろうとしている。

私はすぐに拾って、流しで洗い、愛に手渡した。


「ご、ごめんなさい!お姉ちゃん!」


「いいって!それにいつも言ってるでしょ?愛?なんでも、かんでも、すぐに謝ったらだめよ!そういう時は『ありがとう』っていうのよ!言葉ってホントに大事だからね!」


愛はいつものように、目を閉じたまま申し訳なさそうな表情をしている。


「ご、ごめんなさい。わたし・・・お姉ちゃんや、お母さんに迷惑ばかりかけて・・わたしなんか・生まれてこなきゃ・・・」


「愛!怒るよ!ホントそんな事言わないでよ!私好きでやってるんだから、あなたが大切だから・・・そんな事言っちゃだめ、お姉ちゃんもお母さんも悲しいでしょ?」


愛は私より8才年下で、今15歳。

生まれてながらに目に障害があって、殆ど家で過ごしている。

今の言葉を聞いた、お母さんが悲しい表情をしている。


「愛?ご飯食べてから、お姉ちゃんと外に散歩でも行く?気分転換になるわよ!どう?」


「・・・いい。行かない」


もう、せっかく愛の好きなモノ買ってきてあげたのに。

暗い晩御飯になっちゃったじゃない。

でも、大好きな伊木力みかんを食べた後は機嫌が直ったみたい。

よかった、買って来て♪


「あ、お母さん!皿洗うよ!私!」


「いいのよ、可憐!あなたもお仕事で大変でしょ?お母さんが洗うから、可憐は愛を部屋に連れてってあげて?」


私は母の言葉にうなずき、愛を手を取って部屋に向かった。

目の見えない愛のペースに合わせて、私はゆっくりと歩いた。

しばらく廊下を歩くと、愛の部屋に到着。

木製のノブを回して、部屋に入った。


「はい、愛。着いたわよ。椅子でいい?」


「うん、お姉ちゃん・・。ありがとう♪」


機嫌の直った愛は、いつもの可愛い表情に戻った。

私は愛の頭をなでて、顔に右手を添えた。

可愛い愛、私の大切な妹。幸せになって欲しい。

目が見えれば・・・きっと。今頃は彼氏でも出来てるんだろうけど・・私に似て可愛いし・・・。


「ねぇ?お姉ちゃん?」


「ん?なぁに?愛?」


愛はモジモジして、話しずらそうにしている。

気になるじゃない、私は部屋にあるベットに腰を下ろした。

聞く姿勢をとって、愛が話すのを待った。


「ねぇ・・お姉ちゃん?お姉ちゃん!こ、恋ってしたことある?」


「え?」


心を読まれた見たいで、私はすこし戸惑った。

お父さんが死んだ、5年前から私は変わった。

大切なお母さんや、愛を守るって心に誓ったから。

でも・・・自分の事はいつも、後回しで・・・恋か・・・。


「うーん?いいなって思った人は何人かいたけど・・・ちゃんと付き合った事はまだ・・・」


「そう・・・わたし恋してみたいなぁ!キュンキュンするんでしょ?どんな気分かな?お姉ちゃん?」


私に聞かれても・・・困っちゃうな・・。

その時私の脳裏に、昼間会ったデブストーカーの顔が浮かんだ。

哀しそうな、泣き出しそうな・・・あ、でも少し痩せてて・・。

ちょっとだけ・・そう、ほんのちょっとだけ、カッコよくなってたな♪

っておい!ストーカーだぞ!あいつ!でも・・・雰囲気変わってたな。

男の子ってちょっとの時間で、あんなに変わる事があるんだな・・。


「どうしたの?お姉ちゃん?」


「え?いやいやいや!なんでもないのよ!愛!」


私凄く動揺してる、なんであいつの顔が浮かぶんだろう?

ガーデンでよく花束をプレゼントされるけど、断ると、もうそれっきり。

それが普通の反応で・・・でも、あいつは、私の事諦めないな。ま、私に付きまっとってくるだけだけど・・。

そ、そんなに私の事好きなのかな?ま、まぁ。ちょっとだけ嬉しいけど・・・。誰かに好意を寄せてもらえるって。


「でも、愛?恋患いって言うでしょ?病気みたいになるんだよ?それでもいいの?」


「うん!わたし、患いたい!!!」


面白い日本語を使うわね、愛。

私の妹ながら、面白いわ。文章でも書いたらどうかしら?


「お姉ちゃん!わたし患って恋話で、盛り上がってガールズトークに花を咲かせたい♪ああ、キュンキュンしたい!」


「そうね、今度一緒に出掛けましょ!外に出ないと、素敵な出会いはないよ。私が選別してあげるから!ダメ男が愛によって来たら駆逐してやるわ!」


愛の大好きな音楽を掛けて、私は自分の部屋に向かう事に。

愛の部屋には呼び出しボタンが置いてあって、それを押すと私の部屋に呼び鈴が鳴り響く。

目の見えない愛の代わりに、私が目になってあげてるの。

私は部屋に戻っていつもの日課をこなしていく事にした。

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