第37話瞳
~翌日~
「なに?あんた?また性懲りもなく、私に付き纏いに来たの?
ホントいい加減にしないと、2~3日動けなくしてやろうか?
・・って・・・・あんた?しばらく見ない内に顔つきが変わったね?雰囲気っていうか・・・痩せた?」
僕は母さんの仏壇に供える生花を買いに、可憐さんが勤めている花屋・ガーデンにやって来た。
しばらくぶりに、大好きな可憐さんに会えて僕の胸は高鳴っている。
大切な人が居なくなって、何が大切な事なのか・・・少しだけわかって来た気がする。
同じ時代を生きる、僕にとって大切な可憐さん。
今日は晴天で時間はもうすぐお昼。
可憐さんの髪はいつも使っているシャンプー・ベタベタサスーンのおかげで艶めいている。
そしてキスしたくなるような、ぷっくりとした魅力的な唇。
鉢植えに植えられた花を、日光に移す作業をしているみたい。
いつもの飾らないラフな、ジーンズ姿が素敵だな。
「あ、いや今日は・・・ストーキンg、じゃなくて付きまといに来たんじゃありません。
花を買いに来ました。・・菊の花をください」
「!!?・・・そう・・」
可憐さんは僕の事情を察して、表情が変わった。
僕が選んだ花を可憐さんが、まとめてくれている。
「ああ、すみません!そこの紫の花も・・・母さんが好きだった色だから・・」
「・・わかったわ。花の長さはどうするの?整えるけど?」
可憐さんは僕の事を悲しそうな目で見つめた。
僕は可憐さんと初めて、一人の人間として接したような気分になった。
そして、彼女の心の綺麗さと思いやりを感じた。
「ああ、お願いします」
可憐さんは奥の作業台に向かった。
僕も奥に進んで、花を整える作業を見つめた。
こなれた手つきで、真剣な表情で花の始末をすすめる可憐さん。
あっとゆう間に、母さんが喜びそうな花束が出来上がった。
「えっと、800円になります」
「はい、ありがとう。綺麗です」
代金を渡した時に、すこし触れあった指先が僕を温かな気分にさせた。
たぶん、可憐さんの瞳に移る僕の顔は、辛気臭い表情をしてたんだと思う。
可憐さんは僕の事を切なそうな顔で見つめていたから。
「・・・・・」
僕は足早に外に向かって歩き出した。
すこしバツが悪くて、居心地が悪くて。
自分の心を相手に見せるのが、怖くて。可憐さんの瞳から逃れるように。
可憐さんに僕の哀しい思いが移るのが、かわいそうだから。
可憐さんは特別だから・・悲しい思いをしてほしくないんだ、僕は。
彼女に伝えたかった言葉を飲み込んで、僕は家に向かった。
「また、言えなかった・・簡単な事なのに・・ただ好きですって・・言うだけなのに・・・僕はどこまでも・・意気地なしだ・・・」
大切な可憐さん。
綺麗な可憐さん。
僕には高嶺の華で・・ほんと不釣り合いだって、わかってる・・・。
でも・・・彼女と一緒にこれからを生きていきたいな・・・。
だって可憐さんの近くに居るだけで、僕の心が喜ぶから・・。
何か特別な料理や、高級な物が必要なわけじゃない・・。
ただ、一緒の空間に居るだけで僕は満足なんだ・・。
僕は自分の思い切りの無さに、いつものように自己嫌悪を繰り返していく。
「くそっ!・・・・早くしないと・・・誰かに可憐さんを取られるかもしれないのに・・・」
落ち込んだ気持ちのまま、仏壇の生け花を交換する。
しおれて役割を終えた生け花を、買ってきた物と変え、新しい水も注いだ。
落ち込んだ僕の顔を、遺影の中から母が見つめている。
「!!!!」
その時、僕はなんで可憐さんが好きなのかが分かった。
それは可憐さんと、母さんの瞳が似ていたから。
優しく無償の愛で何かを見つめるときの瞳が、二人はそっくりだった。
母さんが僕を見つめる時と、可憐さんが花を優しく見つめる時の印象が僕には同一に感じられた。
「・・・・」
何かを愛する女性だけが持つ、強さと慈愛を混ぜた美しい瞳。
自分が今まで受けていた愛情の深さを、僕は改めて感じた。
蝋燭に火をともし、線香を近づける。
線香立てに2本の線香を立て、僕は鈴を2回鳴らし、そして両手を合わせた。
しばらくすると、役目を終えた線香が徐々に線香立てに落ちていく。
燃え尽きて線香立てに横たわる、燃えカスがどこか人の姿に見えた。
ああ、あの時だ。僕が最後のボタンを押して・・・母さんが燃え始めた・・あの時だ。
しばらくして出て来た母さんは、生きている頃とはまるで別の姿に・・・。
僕もいつか役目を終えて・・・僕の役目って・・・。
ゲームみたいに生き返るのなら・・どんなにいいのだろう。
はは、そのくせ死ぬゲームをプレイしてる僕って・・・。
一日のうちに何度、喜怒哀楽を繰り返すんだろう・・・僕。
ほんと、ブレブレで、他のものにすぐ影響を受けちゃう一貫性の無さ。自分でも呆れるくらい・・。
なにか一つに没頭しなきゃ。
なんでもいい、人に笑われたって。
自分の心が喜ぶ何かを・・・・。
うーん!わかんないな・・・まだ・・・。
いつか僕の役目が分かる時がくるかもしれないけど、今はまだ、分からない。
「よしっ!今できる事から、ちょっとづつやって行こう!小さなことからコツコツと、僕にはそれしかない。・・・今は最上階を目指す!ディープイン!!!」
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