第18話虚ろう愛
~一週間後~
『ちゃんと退職届ぐらい渡しに来い!九門龍!』と社長の木下から怒りの電話があった。
郵送で良くないか?いちいち辞めた会社に行きたくないんだが・・・。
ま、仕方ない!暇だし行ってみるか!・・・最後の仕事だ!
オレは営業に出かけて人の居ない、午前の時間帯を選んで会社へと向かった。
「これを渡しに来たんですが・・・はい、お久しぶりです!あ、はい!一週間前に、はい!そうです!辞めたんです!え?あ、今日は私服なんで!」
顔見知りの守衛のおじさんに、事情を説明して会社の中に通してもらった。
すぐにエレベーターに乗り込み、最上階40階のボタンを押した。
ガラス張りのエレベーターの中から、外の景色を眺める。
どんよりとした雨模様、遠くでは雷もなっている。
早く退職届を社長に提出して、帰るとしよう。それにしても直接社長に渡さなくてもいいだろうに・・・。
この場合上司に渡せばいいんだろうけど・・・単なるオレへの嫌がらせだろうな!
『チン!』
社長室のある40階に到着して、オレは扉をノックした。
~数分後~
ふん、今更『頼む会社に残ってくれ!』と言われてもな・・。
涙目の社長の木下はオレにそう言ってきた。
今まで生きて来た中で一番見事な、泣き落とし劇だった。
もちろん丁重にお断りさせてもらった。今更、こんな会社に未練はない!
「・・さてっと」
社長室の扉に背中を向け、オレはまたエレベーターへと向かった。
1階へのボタンを押し、オレは外の景色を眺めた。
これで本当の最後だろうな、ここに来るのも・・・。
雨でぬれるこの街も悪くないな、また違った味わいがある。
さ、仕事仲間が帰ってくる前に、オレも家に帰ろう。
『チン!』
1階に付きエレベーターの扉が開いた。
その時、目の前に同僚の吉本が立っていた。
「・・・お、おう!豪気・・・今回は大変だったな・・・ま、お前の能力があればどこでも活躍できるさ!元気でな!」
「・・ああ、吉本!ありがとよ!」
仲良くさせてもらっている、掃除のおっちゃんから吉本があの日、宇田津に嘘の話を吹聴しているのをオレは教えてもらっていた。
おっちゃんは偶然部屋の端で、話の内容を聞いていたらしい。
だが、もう終わった事だ。こんな奴に構ってられない。
「じゃな!吉本!」
「ああ、豪気!」
その時目の前から、いつもの赤いスーツに身を固めた理恵が走って来た。
「・・もう、雨!最悪~!また強くなってきた。これじゃ、営業にならないじゃない!・・・・・って・・あ、豪気!」
「・・・お・・おお。理恵」
理恵はオレの顔を見て驚いた表情を見せた、しかし次の瞬間オレの前を無言で通り過ぎた。
そして吉本の腕に寄り添って行った、二人はそのまま身を寄せ合いながらエレベーターに乗り込んだ。
「ご、豪気、俺達付き合い始めたんだ!へへ、理恵が俺と付き合ってくれるとはな!それに今度営業リーダーにも任命されたんだ!・・じゃあな、豪気!元気でな!」
オレに自慢たっぷりで吉本は話している。
理恵は後ろを向いたまま、こちらを見ようともしない。
エレベーターが閉まる一瞬の時間が、オレには気が遠くなるほど長く感じた。
『チン!』
エレベーターの扉が閉まり、オレの心は一瞬で雨模様になった。
理恵の事は好きでもなかったが、いざ目の前から居なくなると寂しく感じてしまうな。
ま、理恵は誰でもよかったのだろう。寂しさや話相手になってくれて、毎月稼ぎを渡してくれる・・そんな男なら・・。
社会的にもちょっと自慢できるぐらいのポジションで・・・。そう、この会社での先が無くなったオレでなくても・・・。
でも・・・もうちょっと優しくしてやればよかったかな・・・。
「・・・全部・・・無くなっちまったな・・・オレ・・・」
だれもが真実の愛を求めて今を生きているんだろう、もちろんオレも・・。
これから先・・そんな人に出会えればいいけどな・・・見つかるだろうか?・・・オレの性格じゃ無理かな・・。
「・・・・愛か・・・」
吹き抜けのエントランスに立ち、建物の景色を目に焼き付ける。
オレが辞めて1週間か・・・。
自分ではこれまで会社の役に立つ人材だと思っていた、誰かに自慢したりはしないが・・。
自分の心の中でだけ勝手に思っていた事。
しかし、営業トップになった、オレ一人いなくても会社は何事もなく進んでいく。
そしてオレの存在はすぐ仲間たちの記憶から消えていくだろう・・・。
そんな事を考えていると、仕事で活躍する事だけが人生の全てでは無い事を感じた。
自分の中ですこし価値観が変わって行くのを感じて、人工的に作られたエントランスの美しさを眺めていた。
しばらくしてから、オレは守衛のおっちゃんに最後の挨拶をして、短い間勤めた会社を後にした。
帰宅後、久しぶりにテレビを付ける。
たいして面白くもない番組を見ながら、これからの仕事の事を考えていた。
「ま、すこしは貯蓄もあるが・・・どうしたもんかな・・・」
テレビの前のテーブルには、オレが作った料理が並んでいる。
食事を栄養補給程度にしか捉えていないオレ、作った料理は酷く簡素な出来ばえだった。
それをパクパクとたいして味わいもせず食べていく。
その時目の前のテレビから、CMが流れて来た。
『さぁ!勇者よ集え!新世界に!仕事探しに困ったら~?ジョブ・ガチャ~!!!必要なのは画面の前のアナタの!実力だけ!もう一度言いたい!そう、実力だけ!!!人気はとどまる事を知りません~!今なお世界中から日々、新たなプレイヤーがゲーム内に押し寄せております!
自然淘汰された職業もゲーム内に、次々と実装されていますよ!新たな世界を切り開くチャンスです~~♪さらにダンジョンの最上階では『はじまりの物質』が手に入り、どんな願いもかなえてくれる!!!そんな超絶レアアイテムです!!ぜひこの機会に!!ジョブ・ガチャにログインを!!!』
30秒コマーシャル枠の中で、サングラスの男が早口でまくし立てて話している。
最後の方酸欠で顔が赤くなっていぞ、息継ぎさせてやれよ!スタッフ!
30秒に詰め込み過ぎだろ!
『2050年度 ジョブ・ガチャ6月30日木曜・締め切り迫る!!!』
ジョブ・ガチャのロゴがズームインしてCMは終了した。
「・・・よく喋ったなこの人・・・・ジョブ・ガチャか・・・・って、締め切りあと一週じゃねーか!!・・・・ちょっと面白そうだな!・・・・実力だけか・・・・・いいな・・・それ」
今日が2050年の6月23日の木曜日だから・・・ネットでポチってハードとソフトを買ってプレイしてみるか・・。
はぁ?ガチャ引くのに30万もかかるのかよ!?なになに連続ログインで一回無料か・・・って30日連続ログインって、もう間に合わないじゃねーか!
・・・・30万も出すの・・・?たかが・・ゲームに?・・・・・でも、やりてーな!
パソコンのUDBポートに接続している、バーコードリーダーライタにこめかみのマイチップをかざす。
一瞬でスキャニングが終わり、パソコンにオレの所持金残高が表示される。
「所持金517万とちょっとか、30万ぐらいなら出してみるか・・・・・」
どうするか悩みながら、ジョブ・ガチャをプレイするのに必要な物を検索していく。
ジョブ・ガチャのソフトをカートに入れると、この商品を購入した人が見た商品が表示される。
そこから芋づる式に必要な物をまとめて、カートへ押し込んだ。
次の瞬間『レジに進む』をクリックして、清算するボタンを無意識にクリックするオレ。
「あ!買っちゃった♪・・・・一連の流れみたいに買っちゃった・・・いつもの癖で・・駄目だこりゃ!」
~2日後~
『ピンポーン!九門龍さん!宅配便です!茶川九瓶でーす!九門龍さーん!お届け物でーす!茶川九瓶でーす!」
荷物が多すぎて忙しすぎるのだろう、ピンポンをこれでもかと押しまくっている茶川九瓶の配達員の方。
「はーい!ただ今!」オレが大きな声で返事を返すと、配達員は大人しくなった。
『ガチャ!』
オレが玄関を上げると、ガンマンの様に素早く荷物を差し出す配達員。
ハンコを押すベストな角度に、伝票を移動させて来る。
その一連の流れの美しさに、オレはプロの凄さを感じた。
「ありがとうございました!」
「はい、お疲れさまです」
オレは挨拶をして、荷物を受け取り玄関の扉を閉めた。
ジョブ・ガチャ一式が入った段ボールを両手に抱え、先ほどまでいたリビングに向かった。
「よっこらせっと!・・・へーこんな形になってるのな!写真じゃわからんかったわ!」
説明書を見ながら、配線を繋いでいく。
数分後すべての接続が完了した。
えっと、じゃあ実際にプレイしてみるか・・・。
『ディープ・イン』
オレは仕事を辞めて、すこし現実逃避をしたかっただけなのかもしれない。
この日初めてプレイしたゲームに、命を懸ける程、夢中になるとは・・・この時のオレは知る由もなかった。
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