第19話mosquito


「注入完了しました!ライフ様!」


「そうか、そうか~♪死屍死屍!よくやった!特別にお前の家族を1名解放してやろう!死屍死屍!」



無数のモニターが並ぶ部屋で、ライフ・R・トルーマン(命取男)が椅子に腰かけている。

ライフの言葉を聞き、部下はお礼の言葉を述べている。

ライフの目の前では部下たちが数人、何やら複雑な機械を操作している。

部屋には大型のモニターが置かれ、モニターの画面は藍色の光を放っている。


「死屍死屍!今、どこを進んでおるんだ?」


「はっ!血管内を脳へ向け進んでいる所です。もうすぐ脳の血管を塞ぐ事が出来ます!面白い物がライフ様に見てもらえます!」


椅子に深く腰掛けライフは、満足そうな表情をしている。

モニターには脈打つ血管が映し出されているが、素人目には身体のどこの場所なのかまったく見当もつかない。

部下たちは手元の機械を操作して、血管内の黒い点を上昇させていく。


「これの名前はなんだったか?死屍死屍!もう一度言ってくれ!」


「は!黒い点はナノボットと呼ばれる、極小のメカになります。通常ですと脳から出る、脳波を受けてメカが薬などを直接体内に投薬するのですが、まだ民間人には使われていません。

あんなゴイどもに、こんな高価なものを使う必要はありません!医療用で使用しているのは、一部の特権階級のみです!そう、金と権力を持つライフ様のような、選ばれた方方のみです!!」


すこし歳を重ねた部下は、ライフのご機嫌を取るために饒舌に語っている。

話に感情を十分に込め、身振り手振りでライフに説明していく。

説明が終わると瞳を涙で滲ませ、ライフの前で片膝をついた。

ライフが胸のネームプレートを見つめる、雨間(あめま)という名だとわかった。


「そうか、そうか!死屍死屍!雨間、お前は人の持ち上げ方を分かっておるな!ワシは気分がよいぞ!死屍死屍!・・・ところでこのメカを注入した先ほどの『蚊』みたいなものはなんじゃ?」


「は!先ほどの蚊で対象にナノボットを植え付けました。蚊の正式名称は『Blood(血)・すうたろ・mosquito(蚊) Nano』なのです!」


雨間は手をかきながら「痒いーの・痒いーの」とジェスチャーを交えて説明している。

すると先ほどまで笑顔だったライフは急に真顔になった。


「はっ?よく聞こえなかった!もう一度いってくれ!死屍死屍!」


「・・・は!ですから・・・『Blood(血)・すうたろ・mosquito(蚊) Nano』なのです!!」


雨間は、自身なさげにライフの質問に答えた。


片膝をつく雨間に、ライフがゆっくりと近づく。

「・・・・な・・の・・」(やばい・・・殺される!)

両腕を金属に変化させて、ライフが雨間の肩に手を下ろした。


「・・・・・・そうか、そうか!素晴らしい!ネーミングセンスだ!お前は見どころのある奴だ!一つ役職を上げてやろう!死屍死屍!」


ライフは金属に変化させて両手で、雨間の肩を労うように優しくさすっている。


「はっ!ありがとうございます!」(た、助かった~!!)


二人が会話をしている時、ナノボットを操作していた部下の一人が口を開いた。


「ライフ様、準備が整いました!」


「そうか!そうか!では、始めろ!死屍死屍!」



~病院~


「どうですか先生?検査の結果は?」


遥かは近くにある小さな個人病院にやって来ていた。

病院の検査を終え、いつものように遥かは病院の診察室の中にいた。

椅子にすわる遥かの目の前には、長年主治医をしているこの病院の院長泉が座っている。

泉の指示を受け、看護婦が遥かの検査結果をモニターに転送していく。


『ブーン』


電子音がなり、診察室に置かれたモニターに映像が映し出される。


「いつもさん、これが今回頸動脈エコーで血管内のプラークを撮った画像です、前回と比べるとすこしプラークが大きくなっているのがわかりますか?」


「は、はい。すこし大きくなってますね・・」


検査の結果を聞き遥は動揺していた。

遥は俯きこの結果の原因を考えていた。


「・・・薬はちゃんと飲まれてますか?」


「はい・・・欠かさずに・・薬はあまり好きじゃないですけど・・・毎日飲んでいます」


そうですかと、良い泉は腕組みをした。

しばしの沈黙が診察室の中に訪れた。

長考した泉が、ゆっくり口を開く。


「それでは最近よく食べている食事を教えてください。いつもさん」


遥を落ち着かせるように、柔和な表情で話しかける院長の泉。

遥かは左上を見ながら、泉の質問に答えた。


「・・・えっと、アボカドとか鯖缶とか、あとは健康によいとされる油を生野菜に掛けて食べています」



そうですかと言い、泉は頷いている。

女の看護師に指示を出し、別の画像を遥に見せ始める。


「えっとこれは、RAP食と言われる最新の食事療法をした患者さんの実際の画像になります。

左が始める前、右は約1ヵ月後の画像です。どうです?血管内のプラーク(油のコブ・塊)が減少しているでしょう?」


「そうですね、私でもわかるぐらい減っています」


自信満々に頷く泉。

落ち着いた低音で、遥に話しかけていく。


「最新の研究で、植物性・動物性とわず油と脂をとりすぎると、プラークが増大する事が確認されました。健康に良いとされる魚の脂も取り過ぎるとプラークを作る材料になってしまいます。

私の患者さんも鯖缶を毎日食べていますと言う方がいたのですが、経過を見ていくと・・・残念ながらプラークが大きくなる結果になってしまいました。動脈硬化も進行具合によってステージがありますので、その都度治療法は変わって来ます」


話終えると泉は一枚の紙を、遥に手渡した。


「これがRAP食で推奨される食品です。一例をあげると一部の野菜・・ネギとかですね。プラークを食べるマクロファージを増やす効果がマウスの実験でも確認されています。他にはフコイダンを保有している海藻類が良いとされています。

私の一番のお勧めはところてんです。フコイダンに類似する何かが、プラークの減少を促すようです。まだ正確な物質は見つかっていないのですが・・・先ほど見ていただいた画像は、動脈硬化を発症している患者さんに毎日ところてんを食べてもらった時のビフォー・アフターです」


そういうと棚から一冊の本を取り出す。


「これがRAP食の効果を実験・検証してまとめられた真島先生の書籍になります。いつもさんにお貸ししますよ。先ほどの紙に推奨する食べ物一覧と、食べない方がよい食品とに分けていますので、冷蔵庫などに貼ってもらって料理を作る時の参考にしてください」


「親切にどうもありがとうございます。泉先生」


深々と院長の泉に頭を下げる遥。



「いえ、薬に頼らないで食事療法でプラークは減っていきます、時間はかかりますが安心してください。プラークは減らないという医学の常識はもう過去のものです!いつもさん、私と一緒に病気を治しましょう!」


力強い泉の言葉に遥の目は潤んでいた。


「いつも親切にありがとうございます。泉先生!」


「いや、良いんですよ!いつもさんのご希望どうり、できるだけ薬に頼らない方法で健康になりましょうね」



遥は泉に会釈をして、座っていた椅子から立ち上がってお礼を告げた。

愛する銀河の待つ我が家へ帰るため、遥は振り返り一歩足を進めた。



~ライフ達~


「それじゃ!やれ!死屍死屍!」


「はっ!」



~病院~



「あ、あれ?」


遥は脳に激痛が走り、そしてその場から動けなくなった。

いつもは自分の命令で動いている身体の、右半身が全く動かなくなった。


「?どうしました?いつもさん?」


異変に気付き、泉が立ち尽くして動かない遥に近づいた。


「え!!!!!」



泉の目に飛び込んできたのは、顔半分が硬直して表情が無くなった遥だった。

見た瞬間にただ事ではない事は、長年医者をやっている泉にはすぐにわかった。

やさしく肩を抱き寄せ、元居た椅子に遥を座らせていく。


「大丈夫ですか!?いつもさん!!?いつもさん!!?」


大きな声で遥に呼びかける泉。

その時、表情が固まった遥が話始めた。


「あ、だぁ、い、、じ・・ぶ・・・で・・・」


だいじょうぶですと言いたかったのだろう、しかし呂律がおかしく聞き取れない。

脳のどこかに異常がある事がすぐにわかった泉。


「おい、救急車!総合病院にすぐに連れて行って!」


泉はテキパキと女性の看護師に指示を出している。


「いつもさん!大丈夫ですからね!」


「あれ、私ったら・・・?話し方が・・・・」


先ほどの半分固まった表所から一変、いつもの遥の表情に戻った。

遥の症状から脳梗塞の手前、一過性脳虚血性発作だろうと泉は予想した。


「いつもさん?わかりますか?」


「はい、大丈夫です!」


遥を安心させる為、努めて優しい表所をした泉。

言い聞かせるように、キョトンと椅子に座る遥に話し始めた。


「いいですか?いつもさん!念のために、近くの総合病院に行きましょう!ここじゃ設備不足で精密検査が出来ません・・申し訳ない」


「いえ、謝らないでください。先生!わかりました、総合病院ですね」


泉は頷き、緊急の際救急車を停車させる裏口に遥を案内させる。

数分後、救急車が泉の病院にやって来た。

遥はベットに寝かせられ、そのまま救急車の荷台に収納された。

けたたましい音を響かせ、救急車は走り始めた。

ベットに横になる遥の目に、人工呼吸用に使われる精製水が映った。

救急車の動きで倒れたのだろう、精製水がガラスケースの中でゆっくりとゆっくりと揺れている。

自分の気持ちを映すようなその動きを、遥はいつまでも眺めていた。


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