第17話退職


翌朝、手に装着していた時計から起床を促す音が鳴っている。

目覚ましをセットしている時間帯のもっとも眠りの浅いタイミングで音が鳴る仕掛けだ。

それにより目覚めも最高で、一日の仕事の能率もかなり上昇させることが出来る。

オレの仕事はどうしても、頭を使う事が求められるからな!この目覚まし時計に出会えてよかったぜ。



「よっと!」


オレは出社時間の約2時間前に起床した。

時間を逆算して、朝食までの約1時間をこれからの仕事に関する勉強の時間にあてている。

今の時代は企業が倒産する事も日常茶飯事の事。

そんな時やっぱり自分の中に確固たる技術があれば、日本を飛び越え世界でチャレンジする事が出来る。

毎日のコツコツとした積み重ねが、オレを非凡な人間へと成長させてくれるだろう!

ま、最近読んだ経営者の受け売りだが・・。


朝一の水分補給にキッチンへと向かう。

水道水は塩素が入ってるから、沸騰させて飲まないとな。

ま、いつものように、今日は冷蔵庫のミネラルウォーターを飲むとしよう。

冷蔵庫から取り出し、腰に手を当ててミネラルウォーターを飲む。


「く~う!朝一・・しみる~!うめ~な!水!」


さて机に向かい昨日の本の続きを読んでっと。

あとは今の仕事の上司がやっている業務を把握していくか。

すぐにでもオレに白羽の矢が立つだろうし。


~約2時間後~


出社時間が迫り、あらかじめセットしておいたタイマーが鳴り始めた。

タイマーを止め、ペーパータブをマイバッグ(高級革製)にしまい、素早くスーツに着替えた。

朝食までの時間と言ったが、オレは朝食は取らない派だ。

大学に居た頃からそうしている。オレの親父もそうしていたから、自然に同じ習慣になったのだろう。

だが、始めてみると午前中の集中力が増すような気がする。個人差もあるだろうがオレはこれを続ける。

マンションの扉に鍵をかけ、オレは会社に向かうため自分の車に乗り込んだ。

車の中にはすこしだけ、昨日乗せた理恵の付けていた香水の匂いがした。



「おはようございます!」


「ああ、おはよう!九門龍」

「おお、おはよう!豪気」


いつもの様に35回フロアにやって来たオレは、自分のデスク周りやすれ違う先輩たちに元気に挨拶をした。

自分の机の前に立ち、椅子を引き、横にある収納スペースにマイバッグ(高級革製)を置いた。


「おい、九門龍!ちょっといいか?」


「あ、はい?」


直属の上司・宇田津がオレの事を呼んでいる。

ったくこの朝の大事な時間帯に・・・。

お前と違ってこっちはやる事が山ほどあるんだよ!

ま、家で今日回る外回りのシュミレーションは終わってるから大丈夫だけど。


「おはようございます!なんでしょうか?宇田津部長?」


いつもとぼけた表情で、心ここにあらずの宇田津だが・・。

今日は何か怒っているみたいだな?オレなんかしたかな・・・?うん?


「・・・ああ、急で悪いんだが!豪気・・・・あの・・・あれだ・・・・お前、タンカーで運び込まれる積み荷の倉庫番として、支店の方に配属になったから、ま、そう言う事だ!」


「は?!どういうこどですか!?部長!そんな急に!?オレは営業としてこの会社に入社したんですよ!?」


オレは宇田津の机に両手を力強く置き、全身から湧き出る怒りをぶつけた。

なんでこの時期に?しかもこの営業チームで成績ナンバー1のオレを?!

頭にウジでも沸いてんのか?この能無しが!


「どうしてですか?!こんなおかしな人事をやって、部長おかしいと思わないんですか?」


「そうだ!なんで営業成績の良い豪気が?!部長!豪気はこの営業部に必要な人材ですよ?」


今月オレとトップ争いをした先輩・織田が、宇田津に異議を唱えている。

目の前に不条理な道を提示されているオレには、一人でも味方してくれる事は心強い限りだ。

長年営業をやっている織田は、オレの実績を買ってくれたのだろう。

他の先輩は見て見ぬふりな素振りで自分達の仕事を続けている。


「いいか!?これは決定事項だ!つべこべ言わず、荷物をまとめろ!豪気!」


「納得いきません!どうしてですか?」


言いたいことを一方的に言った後、宇田津はいつもの様に腕組みをしてオレの顔を睨みつけている。

なにいっちょ前に腕組みしてやがる、この能無しが!どうせなにも考えてないだろう!

こんな不条理な事をオレに押し付けやがって!


「・・・わかりました!社長に直接掛け合って来ます!納得いきません!」


「な、止めろ!止めるんだ!決定事項だと言ってるだろう?」


オレは宇田津の言葉を無視して、エレベーターに向かった。

だってそうだろう?オレの意見を無視するんだから、宇田津の意見を無視してもいいよな!

年下だから?部下だから?やられっぱなしで終わってたまるか!絶対に同じ目に合わせてやる!


エレベーターに乗り込み、オレは最上階の40階のボタンを押した。

朝のすがすがしい景色が俺の目に飛び込んでくる。

その美しさとは対照的なオレの荒れた心模様。

納得いかない!社長に直談判して宇田津の決定を変えてやる!


『チン!』


5階上がる時間はあっという間だった。

その間にあれこれと社長に、ぶつける言葉を考えていた。

音が鳴り扉が開くと同時に、オレはエレベーターを飛び降りた。

急ぎ過ぎて肩にエレベーターの扉がぶつかったが、今はお構いなしだ。


『ドン、ドン!!ドン、ドン!!』


怒気を込め社長室の扉を叩いた。


「・・・・どうぞ」


中から静かに返事が返って来た。

オレは生唾を一つ呑み込み、高級感のある木製の扉を開いた。

部屋の中には社長・木下が革張りの椅子に腰かけている。


「失礼します!おはようございます、社長!・・・すこしお時間よろしいですか?」


「・・・ああ、どうしたのかね?九門龍君?」


オレは一礼をして社長の机に、一歩近づいた。


「ついさっき、支店に移動と宇田津部長から聞きました!私は営業で活躍したくて、この会社へ入ったんです!それなのに・・・!」


「・・・・そうか。昨日宇田津君から移動の件を打診されてね!・・・キミは若いんだ、これも経験だと思って行ってみてはどうだい?」


社長は柔和な顔でオレの事を見つめている。

もっともらしい事を言い、オレの意見を受け流そうとしてるんだろうけど・・。

まったくもってオレは納得していない!社長だろうが関係ない!


「どうしてですか?社長?オレは営業の事をこの会社で、もっと学びたいんです!」


「・・・だから・・これも経験だと思えばいいだろ!また営業に戻った時に、この経験が生きてくる事もあるだろう?」


埒があかないな!

どうしてもオレの事を支店に行かせたいみたいだ。

体のいい作り話で、オレが納得するとでも思っているのだろうか?それとも馬鹿にしてるのか?


「・・・社長、どうしてこんな愚かな人事がまかり通るんですか?おかしいと感じないんですか?」


「・・・愚か?それは私に言っているのか?!この会社の社長の私に!?」


先ほどの柔和な顔が一瞬で鬼の様な顔に変化する木下社長。

さながら男塾の江戸川先輩のようだ!

たぶんいつも顔の筋肉を無理に上げて、笑顔を作っているんだろう。


「・・・分かりました」


「・・・そうか・・・分かればいいんだ!では、出て行きたまえ!」


オレは一瞬俯き、これからの事を考え込んだ。

だな・・・もう、決まっている!

次の瞬間、社長の木下の机を力強く両手で叩いた。


「社長!!こんな会社辞めさせてもらいます!他にも私の事を必要としてくれている会社があるはずです!いや、なに、会社はここだけじゃありませんから!愚かな上司・社長に自分の貴重な時間をささげるなんて、私には出来ません!」


「な、なんだと!貴様!それは私に言ってるのか!」


凄んでみても、お前なんか怖くないんだよ!オッサン!

お前と宇田津の事を言ったんだ、よく胸に手を当てて深く考えろ!

いつも会社の為に前線で活躍している人材たちをおろそかにするなんて!どう考えたって、おかしいだろ?

会社の頭の木下がこの程度なんて・・・入社式で聞いた社長のスピーチに感動していたオレは、今もの凄く幻滅している。

だがさっきエレベーターで考えていた事とは、全然違う事を社長にぶつけちまったな・・。

ま、アテなんてないけど、自分のやって来た事を信じてる。そう今までの自分自身を。


「ふっ!」


怒りで震える木下を、少し冷静になったオレは笑顔で見つめた。

顔を真っ赤にしている社長の木下を、哀れにさえ思えてくる。

今までもこんなやり方を、こいつ等はして来たのだろう・・。

どうぞこれからもそれを続ければいい、オレはオレを評価してくれる人たちと共に、これからの未来を切り開いて行きたい。


「お世話になりました!申し訳ありません!まったく未練はありません!アハハハハ!!!いや・・・逆にいっそ清清しいな!」


オレは木下に無礼な態度を取りながら、エレベーターで35階に向かった。


~35階営業フロア~


「な!?会社を辞めるだと!?どうして!?そんな急に!?」


急に?!お前が言うか?と宇田津に突っ込みたくなったが、オレは黙って自分のデスクの荷物を片付ける。

周りがオレに注目する中、テキパキと片づけを続ける。

数分後、あっという間に人が使っていた痕跡がなくなった、オレのデスク周り。案外荷物は少なかったな・・・。

荷物の無くなった自分のデスクを見ると、すこしだけ寂しい気持ちになった。

すこし若気の至りだったかなと思うけど・・・後悔はしてない!次の会社を見つけよう!


「皆さん、お世話になりました!私、九門龍豪気、今日限りで退職いたします!お世話になりました!」


もうここに来る事はないだろう!

オレはマイバック(高級革製)とデスク周りの荷物を抱え、約2か月間働いた会社を後にした。



豪気が居なくなった途端、他の従業員があれこれ詮索して話始めた。

その時、宇田津のデスクに吉本が歩いて行く。


「・・・へへへへ!やりましたね、部長!・・・だけど豪気のヤツ辞めちまいやがったですね!折角、部長の仕返しが始まる所だったのに・・・ねぇ♪」


「まったくだ!吉本!お前が言ってくれなきゃ、あんな奴を次の営業リーダーにする所だったぞ?部長の俺を悪く言う後輩など、この営業部には必要ない!今度このお礼に、吉本!どうだ?一杯美味い酒、奢ってやるぞ!」


宇田津は酒を飲む素振りをして、吉本を飲みニュケーションに誘っている。

吉本も米つきバッタの様に、ヘイコラサッサとした態度を宇田津に返している。


「ええ、是非!ありがとうございます!部長!」


「ふふふ、吉本!お前には期待しているぞ!これからも、頼りにしている!」


二人は満面の笑みで笑いあっている。

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