第16話ナンバー1


この会社に勤め始めてから約2か月か・・・早いもんだな。

外国からタンカーに乗せて運ばれてくる商品を、幅広く取り扱っているオレの勤める貿易会社。

オレの仕事はそれを、関連する大手企業に売りさばく事だ。

大学を卒業して、そのままこの大手貿易会社に勤める事になった。

大学を卒業して親元を離れ、今は都心郊外のマンションで一人暮らしだ。


今オレは得意先の会社の一室に通されて、革張りのソファーに座っている。

白を基調に落ち着きのある部屋に、コーディネートしてある応接室。

その中央にガラス製のこじゃれた机があり、それを囲むように黒の革張りソファーが鎮座している。

得意先の担当者が部屋を出て数分、オレはあれこれ思考していたがそれにも飽きてきた。

ソファーの座り心地を確認するように、背もたれ部分にもたれかかった。ふぅ~。


『コン!コン!」


「!!」


気を抜いていたその時、木出来た扉をノックする音が。

そのまま担当の田中が部屋に入って来た。


「お待たせ!豪気君!この前の件だけど、上司に確認したらOKの返事をもらえたよ!」


「あ、ありがとうございます!田中さんのおかげです。これで両社の発展にもつながると思います!」


オレは感謝を込めて田中に深々と頭を下げた。


「いやいや、豪気君の押しと細やかな心使いを僕はかってるんだ!当然の結果さ!また、良い取引をお願いするよ!」


「はい、ありがとうございます!田中さん!」


オレと担当の田中は取引成立のシェイクハンドを交わした。

よし、また1件契約に繋げる事が出来た。

これで会社に帰っても、とやかく言われる事もないだろう。

さて、ちょっと時間を潰してから、会社に帰るとしよう。


~数時間後~


会社の終業時間が迫り、オレは会社のあるビルの中に入った。

大手貿易会社というだけの事はあり、建物は天を衝くほど立派なものだ。

入口には守衛が数人、交代制で勤務している。オレは社員証を守衛に見せてビルの中に入る。

ビルの中は高級ホテルと見間違うほどの、煌びやかさだ。

大理石がピカピカと人々を反射して、吹き抜けのエントランスが解放感と荘厳な雰囲気を見るモノに与える。


上の階に向かうため、オレは備え付けのエレベーターに乗り込んだ。

目指すはオレが配属されている営業部のある、35階だ。

エレベーターはガラス張りで外の景色が一望できる。

乱雑に街を埋め尽くすビル群を、エレベーターの中から俯瞰してみるのがオレの楽しみでもある。

目に映るたくさんの人々にも家族や友が居て、叶えたい夢があるのだろう。

そんな事を夢想する為のひと時の時間を、このエレベーターはオレに与えてくれる。


『チン!』


音が鳴り目的の35階にたどり着いた。

今日は上に向かう際に、乗り込んでくる人が居なかったな!

なんだか良い事がありそうな気がする、ま、只のオレのちょっとした気の持ちようだが。


仕切りなどはなく、広々としたフロアにデスクが所狭しと並べてある。

我らが営業部に帰って来た、オレはそのまま自分の席には戻らず、上司の居る窓際の席に向かった。


「ただ今戻りました!」


オレは元気よく上司の宇田津に挨拶した。

宇田津の席には部長の役職プレートが置かれている。

ペーパータブで雑誌を読んでいた宇田津。

一瞬の出来事だったが、グラビアページを見ていたことが分かった。

同じ男だし、気持はわかるよ!若い女の子は可愛いもんな!愛くるしい、なでなでしたい。

宇田津はオレの挨拶にビクリとして、こちらに間抜け顔を向けた。

口からはうっすらとヨダレが垂れている、まったくこれがオレの上司だなんて情けないぜ!


「お、おう!九門龍!今帰ったのか?それでどうだった!?契約につながったのか?」


ペーパータブを慌てふためいて、収納していく宇田津。

机に何度もペーパータブを落とし、同様しているのが丸わかりだ!

ズボンのポケットにくしゃくしゃにした、ペーパータブを突っ込んだ。

それから何事もなかったように、腕組みと足を組んでこちらをドヤ顔で見つめてくる。偉そうだな・・。

ま、オレも契約に繋がった日は、時間をカフェや書店で潰す事もあるが・・・こいつは一体一日何をしてるんだろうな?

監視カメラで定点観測してみたいぜ!多分ナマケモノより、怠け者だろう。むしろ静止画と間違うかもしれないな!


「はい、1件契約を結んできました!」


「おお、そうか!そうか!よくやった!九門龍!・・・よいっしょっと、花を付けてっと・・お?これでお前がこの営業部でトップの成績だ!よくやった!みんなも、九門龍に負けないよに!頑張れよ!」


宇田津が自分の席から立ち、壁に貼り付けてあるアナログな成績表に花を付ける。

成績表のオレの欄は花が沢山並び真っ赤になっている。

入社の1カ月目こそ、先達に成績で負けたが・・・それからオレは必死に努力を重ね、今こうして営業トップの座にまで上り詰めた。

相手の会社と自分の会社が同じように栄える方法を考えることが、この結果につながったのだろう。

ま、オレからすると簡単な事だった。さて次の目標を決めなければ・・。


オレはそのまま、自分の席へと着席した。

その時、隣の席の同期・吉本が話しかけてきた。


「な、豪気!お前スゲーな!大したもんだよ!どうしたらそんな成績叩きだせんだよ?同期とは思えないな!トップって!スゲーよ!お前!」


「・・・いや、大したことないよ!たまたまさ!」


フッ、お前が家に帰って遊んでいる時に、オレがどれだけ努力してるかの差さ!

お前はただ会社に通って座っていればいいと思ってるんだろうけど、そんなんじゃ今の時代すぐに取り残されるぜ!宇田津みたいにな!

今のままじゃお前は、リストラ候補ナンバー1だよ!吉本!

オレは先を見据えて、更なる高みへ登っていく!


「それじゃ、お疲れ!吉本!」


「お、おお!お疲れ、豪気!」


オレはデスク横に掛けていた、マイバッグ(高級革製)を手に持って営業フロアを後にした。

エレベーターに乗り込み、1階へのボタンを押した。

夕方は日が傾くのが早いな、この大都会の街中がオレンジ色に染まっている。

遠くに見える港が、キラキラと色づいて美しい。

さて、我が家に帰るとしよう。


『チン!』


1階に到着した事を告げる、エレベーター。

今回も一度も途中で止まる事がなかったな、今日は最高の日だな。

オレはダウンライトで輝いている大理石の床を、出口に向け歩き出した。

その時、隣のエレベーターが開いた。


「あ、九門龍さん?ねぇ、聞こえてます?そこの九門龍 豪気さん!おい、ちょっとエラが張ってるけどイケメン君!こっちだよ♪」


悪意なくオレに毒づく女性、ま、誰だかわかってるがな・・。


「なんだ?理恵?オレは忙しいんだよ!」


「はいはい、一緒に帰りましょう!ねぇ、私ん家来る?」


こっちの話はお構いなしに、オレに腕を組んでくる理恵。

同期入社の愛内絵里、オレと同い年の22歳。

黒髪のロングで、サラサラとした髪質だ!キューティクルを大事にしているのが見るだけでわかる。どこかのベタベタ・シャンプーのモデルだと言われても驚かない髪の艶だ。

顔は小さく、綺麗と言うより可愛い印象を与える。いつもすこしだけ微笑してオレを見てくる。

彼女も営業部だが、オレとは違うフロアに配属されている。

バッチリと決めた赤いスーツ、それに合わせてヒールも赤色で光沢を放っている。

スーツの下には襟がバッチリと伸びた、白いシャツが印象的。

胸元のボタンが外され、セクシーな鎖骨が眩しい。

中肉中背だが、足はすらりと伸び、健康的な太ももをのぞかせている。

ヒールの下には目立たない色合いのストッキングが覗いている。


「離れろよ!理恵!」


「え~!いいでしょ!豪気、タイプなんだ!それに営業成績もいいでしょ?私それ相応の男じゃなきゃ、こんな事しないよ?わかる?」


オレと理恵は身長差が少しある。

オレは175cmで理恵はたぶん155cmぐらいだろう。

見下ろしているオレに、上目づかいの理恵はいつもよりさらに可愛く映った。


「わ、わかったよ!家まで送ればいいんだろう!・・・ったく、オレはやらなきゃいけない事が沢山あるのに・・・」


「大丈夫よ、豪気なら!すこしサボったって!私ん家来なよ!」


誰かに好意を抱かれるのは悪くはないが、今は先の為にも自力を付けておきたい。

理恵は可愛いけど、男っぽい性格だとオレは思っている。

オレもどちらかと言うと、家の事はおざなりな男っぽい性格だし。

ゆくゆくは結婚したいと思ってるけど、もっと家庭的な人がオレと合うと思う。

その為にも自分一人でも稼げる能力を、若い内から養っていかないと。


「・・・お誘いは嬉しいけど、お前んちまで送ったら、家に帰るから!勘弁しろよ!」


「え~、豪気の薄情者!・・・って、家まで送ってくれるだけでも、一歩前進だね♪私、嬉しいよ♪豪気♪」


そう言うと、オレに自分の胸を押し付けてくる理恵。

オレの会社に勤めている女性は、押しが強い人が多いな。

正直、ありがたい感触だけど、今はそんな気分じゃないし。


「じゃ、車取ってくるから!待ってろよ!理恵!」


「うん、私。ここで、待ってるから♪・・・・・・今のうちに唾つけとかなきゃね!社内一の有望株だから、豪気は♪ッフン♪」


オレは社員駐車場に自分の車を取りに向かった。


~エレベーター付近、豪気・理恵の見える場所~


「ケッ!入ったばかりで営業トップ!それに社内人気ナンバー1の理恵さんと・・・くそ!うらやましすぎだろ!あの少しエラの張ったイケメン野郎!同期のおれはみじめ過ぎだろ!クッソ・・・

・・・あ!そうだ!へへへへ!今に見てろ、豪気!絶対許さないからな!」


ブツブツと呟いた後、吉本はエレベーターに乗り込み、また元居た営業フロアに向かった。


~豪気宅~


「ふぅ、疲れた!理恵のヤツ家の前で、何度も引きとめやがって!しかも大きな声で『薄情者~!』ってオレが何かしてるみたいだろ!ったく・・・・」


オレは太らないように軽めの食事を済ませ、そのままシャワーを浴びた。

シャワーヘッドには塩素により害を無くす、専用のノズルヘッドを取り付けてある。

これで頭皮のダメージを軽減する事が出来る、将来ハゲたくないしな!本で見て、知る事が出来てよかったぜ!対策♪対策♪

シャワーを済ませ、バスローブを羽織るオレ。そのままキッチンにある冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出す。

フタを開け、勢いよく飲み干す。「く~う!しみる~!うめ~な!水!」


そのまま自室に向かう。

木製で出来た机と椅子が目にとまる。

ここに越して来た時に、親父がオレに贈ってくれたものだ。

使う人の事を考え抜かれたその椅子の手触りを感じつつ、オレはその椅子に座った。

机の上に几帳面に収納された、ペーパータブを取り出し、読みかけの本の続きを読み始めた。

風呂上りのリラックスした時にする読書の時間は、オレが最も大切にしているひと時だ。


ふと気になり、机の上を見る。

そこには幼かった頃のオレの写真が置かれている。

若い頃の父、そして母、それにオレ、それからもう顔も変わってしまっているだろう、幼い弟。

オレが小さい頃の記憶は靄が掛かっているかのように、不確かなものだった。

笑顔でこちらに笑いかけている母の顔は、写真で確認できるだけだ!もちろん弟の顔も。

月日が経つと人は徐々に変化していく、認めたくない人もいるだろうが、それが自然の流れなわけで・・。

これから先この二人に会う事はないのだろう、オレは読みかけのペーパータブの電源を消した。


「ふぁぁ!もういい時間だ、明日も早く起きて、朝勉しないとな!もう寝よう!」


ベットに潜り、布団を温める。

その時、ふと父がオレに言った言葉を思い出した。


「いいか!豪気!大きすぎる力は、時として軋轢を生んでしまう!お前は俺に似て、出来る子ちゃんだから今の言葉を覚えておけよ!」


へっ、なんでこんな事を・・。大きくなって何が悪いんだよ!親父!

ま、まどろみの向かう今は、いろんな記憶が混ざっているからな。

しょうがないな・・・・・・・ZZZZZZZZZ。


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