第5話 理想と現実


その時、僕の耳に大歓声が聞こえてきた。


===


「キャー♪ジェシカ様~♪」

「色気マジぱねぇッス!ジェシカさん!」

「ジェシカ!ジェシカ!ジェシカ!ジェシカ!」


男も女も会場中央に立つ女に、メロメロの様子だった。

僕の目にも女が放つオーラが伝わってくる。

次の瞬間、中央の巨大スクリーンに女の姿がアップされた。


黒いロングの毛皮を身に纏い、金色の長い髪をなびかせている。

髪の毛は艶めいていて、見ていてため息がでるほどだ(彼女もシャンプーはベタベタサスーンをつかっているのだろうか?)

毛皮の中からタイトな赤い下着が覗いていて、見た目の若い風貌に似合わない、妖艶な色気を醸しだしている。

毛皮の首元から豊満な胸と躰をこちらに見せつけている。

推定 身長180cm 体重70Kg バスト85cm ウエスト60cm ヒップ80 この、僕の目は誤魔化せない!!


何と言うか見ていて『エロカッコイイ』という表現がピッタリな女性だ。

可憐さんとはまた、違ったカリスマ性、人を引き付けるような魅力を感じる。


「お前ら、ゴチャゴチャうるせーんだよ!」

ジェシカという女が会場に向けて咆えた。


「・・・・・」

会場中が一瞬にして静かになった。すごい。


「さぁ、ここからはこのジェシカ様が司会進行だよ!お前ら盛り上がっていけや!!」

ジェシカが拳を上げで、皆を鼓舞していく。黙れって言ったり、盛り上がれって言ったり・・・ねぇ?


「うおおおお!ジェシカ様!!最高~♪」

「一生ついていきます!マジ、エロいっす!」

「ジェシカ!ジェシカ!!ジェシカ!!!!」


静かになったのも、つかの間また大音量の歓声が会場中に響き渡る。

ジェシカは自分の胸の谷間に、手を突っ込んだ。

すると、そこからなんとペットボトルに入った、ミルクコーヒーが出てきた。

ジェシカは司会そっちのけで、ミルクコーヒーを飲みだした。


「・・ん・・ん・・ん・・あぁ!」

妖艶に喉を鳴らし、そのあとに悩殺ボイスである。

会場中の男性の目がハートになった。

しかも、口のはしからミルクコーヒーをわざとこぼす。

たわわな胸元に、ミルクコーヒーがこぼれる。


なんというか、自分の武器をわかってるというか・・・。

ファンサービスに余念がないと言うか・・。

嫌いなわけじゃない、むしろ大好物だ!もっと過激にやって欲しい。

まぁ、男性客向けのサービスだ、しかし同性の女性達も盛り上がっている。尻の軽い女達は、狂喜乱舞している。

彼女の男性勝りの言動や、堂々とした立ち振る舞いが同性の人気も勝ち得ている理由だろう。


「ふぅ!お前ら待たせたな!ここで登場するのは、このゲームの生みの親!ドクターああああああ!!!Sすうう!!!!」

ジェシカの言葉を聞こえた瞬間、会場の照明が一瞬で消える。

ざわざわと会場にざわめきが起こった。


そのとき、重低音のサウンドが聞こえ始めた。

そして音楽が激しさを増していく、音に合わせライトで皆を盛り上げる演出が始まる。

ボクシングや、総合格闘技の良くある入場演出によく似ていた。

音楽が盛り上がり、会場中が期待に満ちていく。


そして、スポットライトが中央に集中した。


「ドクターぁぁぁ!Sの登場だ!!」

ジェシカの声と同時に、突如会場中心に男が立っている。

白いスモークがあたりに充満している。

次の瞬間、白いスモークが空気穴に吸い込まれていく。

演出にこだわっているのが、ひしひしと伝わってくる。


会場中央に佇むドクターSがゆっくりと口を開く。



**『よぉ!お前ら・・・俺だ!!!』**



白色のフードを深々と被り、顔がよく見えないドクターS。

隣に立っている司会の女ジェシカより、少しだけ背が低い約175cm程。

しかし、遠目にも存在感のある雰囲気が伝わってくる。


「うおおおおおおお!」

「きゃあああああああ!」

「ああああああああ!」


会場中から何とも言えない、心の叫びが聞こえだした。

観客たちはその男の存在感に、共鳴して大声を出している。


『・・・なぁ、お前たち・・・今、満たされているか?突然だが、俺は常に上を目指してきた!誰かと競い合ってって話じゃない!俺にはライバルがいなかったからな!常に自分を殺してきた、そう昨日までの自分を・・・。

そうする事でしか、自分を満たす事が出来なかったんだ!そんな俺を周りは大天才と呼んだ!」


会場中にいる観客たちは黙って聞いていた。

僕は男の話す自分史を理解する事で精一杯だった。


『期待・・利用・・畏怖・・・俺が本当に求められる事など一つもなかった。必要とされていたのは、この頭脳だけだった!

中央政府の指示を受けながら、研究をする日々が続き・・・俺自身も不自由な存在だと理解するのに時間はかからなかった。そんな時、ふと世の中に見を向けた!』

フードの奥の目をぎらつかせながら、男が話を続ける。


『そこには俺と同じように、苦しむ人々が。どこにも居場所がなく、頼れる人もいないそんな力無き人たちを。救いたかった・・・心から。しかし中央政府に逆らえば私も殺されることになる・・。

そこで、俺は考え行動した!ならばまったく新しい世界を作ろうと、この手で!!!俺と同じ、哀れな羊たちの楽園を!!!それがこの!**ジョブ・ガチャの世界だ!!!!!**』


そう言うと男はマントを脱ぎ、両手を上げた。

「?」

しかし男は忽然と、僕の視線から消えた。


「え?・・・・うおおおお!」

「きゃあああああ!!!」


戸惑いと歓喜に満ちた声が聞こえてきた。

僕が視線を移すと、フードを被ったドクターSは会場の観客席に移動していた。

どういう原理なのだろうか、ゲームを作った彼にしかできない事だと感じた。


『だが、自由には代償が付きまとう。*このゲームは実際に死亡する*。それでも上を目指す者達よ!待っているぞ!**ダンジョン・50の塔で!!**』

フードを深々と被り、僕からは背中しか見えない。

ドクターSは右手の一指し指を天に向けている。

次の瞬間、ドクターSの体は霧散した。



「うおおおおおおおおおお!」

「きゃああああああああああ!」

「あああああああああああああああ!」


会場中がもの凄い、歓声いや、魂の叫びと呼ぶのが正しいだろう。

誰もが拳を付き上げ、ドクターSの言葉に酔いしれていた。

僕も何故だか大声で叫んでいた。

内から湧き上がる熱いモノを堪える事が出来なかった。

会場中が静かになるのに、しばらく時間がかかった。


僕は自分の番が迫り、緊張していた。

緊張をほぐそうと、先ほど話しかけてきた後ろの老人を探す僕。

しかし老人の姿はどこにもなかった。


「・・・?あれ?いない?」

訝し気にキョロキョロと周りを見回す僕。

その時不意に、僕を呼ぶ声が聞こえた。


「さぁ、それじゃ!次のチャレンジャーだ!出ておいで!!!」

ジェシカの呼び声で僕は、ステージに上がるため歩き出した。


「あ、ぽっちゃりメガネ?」

「高校生メガネ?」

「おい、メガネ!!」


会場から僕に向け様々な声が聞こえてくる。

僕は高速で会釈をしながら、なるべく顔が見えないように進んだ。

しばらく歩くと、ジェシカの隣に辿りついた。

足もガタガタと震えているし、顔も緊張で引きつっていたと思う。

そんな僕に司会のジェシカが近づく。


「ほら!もっと堂々としな!」

そう言って僕の背中を掌で叩くジェシカ。

背中の衝撃で僕はちゃんとした姿勢になった。


「・・・えっとプロフィールはっと、年齢18歳!身長168cm 体重80kg A型メガネだね!」

ジェシカがマイクを使い会場中に僕の事を紹介した。

その時・・・。


「お、おい?あれ?銀河じゃね?」

「え?うそ?さっき会ったばっかりだよね?ちょ、貸して」

「ももも?」


僕は何処かで聞いたことのある3人組の声が聞こえた。

そんな・・まさか・・・ここにいるわけないし・・・。


「・・あ、ホントだ!銀河だ!」


僕はすこし嫌な予感がして、声のする方を見てみたんだ。

約50万人も観客を収容している、マンモス会場だよ?

こんな人が多い場所で、僕を知ってる人間に会うわけないよね。

そうさ、そうに決まってる・・・・・・・・・・・・・「あ!」


僕は観客の中に、ついさっき絡んできた3バカを発見してしまった。

田井握が双眼鏡で覗いているのが、何故だかはっきりと見えてしまった。

咄嗟にその場で僕は、華麗にターンして誤魔化した。

なんで?なんで?なんで?なんで?クッソ!

そして僕は新鮮な玉ねぎを、包丁で切った時のイメージで、ものすごい変顔をした(たのむ僕だと気づかないでくれ!!!)


「へ、さっきの仕返しだ!おーい!みなさーーーん!!あそこのメガネは、ニートの銀河君でーーーーす!!!」

「そうそう!!!仕事が決まらないからって、ゲームに逃げんなよ!就活童貞・銀河くーん!!」

「ぷぷぷぷぷぷぷぷぷ!!」


ば、バレてる~~!!

3人の声だけが、僕の耳に届いた。

ホントに嫌な奴らだ。本当に腹が立つ奴らだ。

こんな大観衆の中で、こんな仕打ちをするなんて・・・。

でも、みんなはあいつ等の話を信じるわけないよね!そうさ、きっとそうだよ!


「あ?ニート!?ひっこめこの豚ニート!!」

「そうよ、帰って仕事でも探してこい!!」

「近頃の若い者ときたら・・・仕事も見つけれないのかい?」


信じてる~~~!!!

3バカの言葉を聞いた会場中から、僕に向け罵声が浴びせられている。

玉ねぎで目がしみるイメージで変顔を・・・いや本当に泣きたい気分だよ。

日頃の身近で溜まったストレスを、僕に向け発散してくる会場中の人々。

今の時代の悪い点だと僕は感じている。


変顔で立ち尽くす僕に、司会のジェシカが話しかけてくる。

「まぁ、仕事探しのジョブ・ガチャなのにね?こいつらは自分の不満を誰かにぶつけたいだけさ!

でもそんな事しても何の解決しないのに!」

ジェシカは呆れた顔で会場の歓声を一緒に浴びている。


しばらくすると、静かになった会場。

ジェシカが僕にジョブ・ガチャを引くように促す。

頷きガチャへと近づく。


僕はガチャを回した。

次の瞬間中央に鎮座しているスクリーンで、ガチャ演出が始まった。


「さぁ、どうか・・・・!お、色は黒い!闇の軍勢だ!・・・そしてランクはD・・・・さぁ、ここから特殊演出に発展・・・・・・しない!!!!D、D、Dランク~!!」

ジェシカの声とスクリーンの映像を、直視していた僕。

「・・・そっか・・・闇でDか・・・ま、もともとDでよかったしな・・・」

僕はなんだか釈然としない気持ちだった。

3バカの煽りがなければ、こんな気持ちにはならなかったのに・・・。


「はっ、ざまーねな!ニート!お前なんか、さっさと!やられちまえ!この豚!」

「クソメガネ!Dでよかったな!てめぇには、それがお似合いだ!!!ハハハハ!!」

「ぎゃはははっはは!!!」


他人の不幸は蜜の味、会場中のみんなも喜んでくれたみたい。

観客席からは、ゴミや空き缶が僕目掛け投げ込まれる。

僕はトボトボと会場から降りる為に、歩き出した。

その時マイクに音が入らないように、ジェシカが話しかけてきた。


「・・・残念だったね、アンタ!また、来年挑戦しな!」

見た目とは裏腹な優しいジェシカの気遣いに、僕は頷いた。


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