第2話 記憶喪失



ポタッ、ポタッ、と水滴が落ちる音がする。



薄暗く、目の前には錆びついた鉄格子が見えた。


周りは自分以外殆ど何も無い。あるのは床に生えているコケや、壁の亀裂から出ている蔦くらいだ。



そんなボロボロな檻の中に、俺はいた。


(…………………ここはどこだ?)



体を動かす……が、首、左手、右足に枷が付いていて、壁に鎖で繋がれている。


檻の中くらいだったら自由に動けるが、外まではいけないだろう。



見渡してみるもここは狭い檻の中。鉄格子の外は暗過ぎて見えないし、そもそもこんな場所知らない。




……なぜ俺はこんなところにいるんだ?俺は何をしていたんだ?



「………い…ッ!」



頭にまるで内側から殴られた様な痛みが走る。


思い出せない。どれだけ思い出そうとしても頭痛で遮られる。



俺は誰?ここはどこ?何故こんなところにいるんだ?



そんな疑問が渦巻く。



今は思い出せないが、前の俺は何か恨みでも買っていたのか?もしかしたら罪人だったのかもしれない。



不安しかない。自分の名前、容姿すらも忘れている。












…………………今日はもう寝よう。



ジャラジャラと鎖が音を立てる。


別に眠たくはなかったが、今日のところは寝たかった。




これは夢で、起きたら日常だった。


そんな結末であってほしかった。










…次の日も、また次の日も、何も思い出せなかった。


今が朝なのか夜なのかさえ分からなかった。






何日経っても、お腹は空かなかった。喉も乾かなかった。


ただ、自分以外誰もいない檻の中でぼうっとしているだけ。


水滴の音以外聞こえない。





いつまで経っても誰も来ない。


もしかしたら、檻の外は何も無いのだろうか?


この世界は檻以外存在しないのだろうか?


馬鹿げた事だが、俺には本当の事かもしれないと信じていた。



寂しかった。辛かった。






時々鎖を壊そうと、何度も引っ張り、殴ったり、ぶつけたり。



何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。


数えきれないくらい何度も何度もやった。





何度やってもキズ一つつかなかった。











……一日中殆ど寝ているようになった。夢は見られないが。



何も変わらない。


いっそのこと死んでしまいたかった。


まだ地獄の方がマシかと思えた。




記憶が無いから、心の支えが無いのかもしれない。


心の支えがあったところで、結局苦しむ時間が長くなるだけじゃないのか?



その事が何故か可笑しくて、笑ってしまった。


自分でもわからない。どこか壊れてしまったのか?



笑みが深くなると同時に、涙が一滴流れた。








……もう寝よう。











ギィィ、という初めての音を聞き、目が覚めた。



やっと変化が出たのか?幻聴じゃないのか?



そう思って起き上がって見ると、檻の外に淡い明かりがつき、扉が見えた。


そこから誰かがこちらを覗き込んでいる。




「……あ、あの…誰かいませんか?」



その人物は弱々しい声で話しかけ、ゆっくりとこちらに歩いてくる。



こちらも今すぐ鉄格子の側に行きたいが、ずっと寝ていた所為か体が上手く動かせない。



「…え、えっと、誰もいませんよね?いたら返事してくださいよ?」


段々足音が近づいてくる。



「………お、れは…ここに……」



声も殆ど出していなかった為掠れてしまう。



「ひゃ!?そこにいるんですか!?」


「あ、あ……い…る……」



「えっと…この檻の中ですか?」


「そ…う、だ…」




鉄格子の元まで、その人物はたどり着く。


やっとしっかりと姿が見えるようになり、その人物が15歳くらいの少女だとわかった。



少女はこちらの姿が見えた様で、ややビクビクしている。


俺の姿って怖いのか?


「あ、名前、聞いてもいいですか?私は月橋つきはし 綾歌あやかっていうんですけど…」


「…名、前………」


名前…やはり思い出せない。


「わか、らない……思い出せない…」


「き、記憶喪失ってやつですか?何か思い出せませんか?」



「……………………気がついたら、ここにいた。後は、わからない」


「そうなんですか…」



「……なあ、…ここは、どこだ?」


「ここは愛知県の、“鉄格子の迷宮”と呼ばれるダンジョンです……と言っても、わかりますかね?」


「県名や、物の名前…くらいは、覚えてる」


「あ、失礼しました!このダンジョンはその名の通り鉄格子の迷路があり、所々に部屋があるんです。ここはその内の、鍵がかかった部屋です」


……だから誰も来なかったのか。


「じゃあ、どうやって、入った?」


「くる途中に鍵を見つけたんです」


そう言ってポケットの中からアンティーク調の鍵を出した。


「部屋には宝箱が入っていたり、モンスターが大量にいたりするので注意しながらも入ったんです。それで…」


「俺を見つけた」


「はい。私ってビビりだから驚きやすくて…ビクビクしてましたよ。貴方の声を聞いたら驚いたくらいですもん」


確かに、扉が開いた後ここにたどり着くまで少々遅かった。今誰かが背後にいたら甲高い悲鳴をあげることだろう。



「……………あ、すみません、私、そろそろ帰らないと」


やはり彼女には帰る場所がある様だ。



仕方がない。俺はここから出られないが、彼女には家がある。待っている家族もいるかもしれない。時間が迫っているのかもしれない。


こんな寝てばかりの俺と他、比べる事でもないだろう。








「……また、明日来ますから!!」


そう言って彼女は足早に去っていった。



明日、また来てくれるのか?


記憶喪失の俺がいるここに?




……なら、二回寝ればすぐ時間が来る。前までと比べればどうって事ない。






今日はいい夢が見られそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界化と記憶喪失と奴隷。 月光夜 @moonlight0910

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ