《13》拳劇のexplosion(後)
ここはどこだろう?
……涼しい、というか寒い。
さっきまで頬に当たってた熱さは無い。ついでに言うと着ていた物も。
水っぽい空気に体を包まれて、どこか「満たされてる」って感覚が強い気がする。
目を閉じても開けても黒は無くて、そこにあるのは一面の白。いつもは絶対見られない色だ。
ずっと居たい。ここはいいところだ。今は寒さだけが気になるけど。
―ここに居てはダメー
どうして?
―貴方がそう望んだから―
そんなこと言ってない。
―また来られる。また会える。そしてその時が『最期』だと私は願ってます―
貴方、誰?
―私は――――。貴方の
待って!
「さようなら、元気でいてね。私の
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目が覚めると全身に浮遊感を感じた。全身に風が当たるのを感じたけど抵抗も寒さも感じなくて、そこからようやく瞼を開けると目に「映った」のは遠くの真下に広がる町並み。緑に囲まれたビルの並びとそれを囲う背の低い家々たちが一瞬視界に入ると、背中が真下に引き寄せられ始めてようやく自分がどういう場所にいるのかが分かった。
夜の街並み、さっきまでの喧騒とは違う穏やかな春の夜。ほんのり暖かい人口の空気で満たされている地面の中の大きな空洞、その中の空を私は落っこちているみたい。
「へぇっ……!えぅ!?う、嘘……!?」
何故か息は普通にできる。すごい速さで下に落ちてても顔を覆ってるナニかが風を防いで口に咥えてるナニかから息を吸い込めた。そしてそれ以上に信じられないことが目の前で起こってるんだけど、どうしても体がバランスをとることに必死で意識を向けられないというか考えていられない。体中に張り付いてるあの服のせいでうまく身動きが取れずにもがいてると あっという間に地面がこっちに近づいてきた。
「やばっ、ちょっと……!」
灰色の地面が目の間に迫っていよいよぶつかる寸前で反射的に手足を丸めて防御の姿勢を取った。
怖さを感じる間もなく地面に吸い込まれていった私はそのまま激突した。激突したのだけど、2、3度の衝撃が背中らお腹に伝わってもそれはせいぜい強めのゲンコツをされるくらいの強さで、ごろごろ転がり続けてようやく動きが止まった後は体に痛みは残ってなかった。それ以上に……
「み、えて……る?」
瞼を開いてその前に広がる
この衝撃を前に私は自分がどうしてこんな場所にいるのかも気にならず、ただ瞳の中に映る現実を噛みしめていた。
「こんな……どうして?」
「我らの主のご加護だ」
誰!?頭に直接聞こえた聞き馴染みの無い声。低く落ち着いた老年の男性のように聞こえたそれに反応して辺りを見回してみると、辺りを囲むようにそびえているビル達の隙間からまるで影のように黒く塗りつぶされている人の形をしたものが降ってきた。
「自らの意識に戻ったか。お前も主から見捨てられたようだな」
「あ……あの……」
「奴の指図かは知らんが、余計なことをしてくれたものだ。だが私のやることは変わらない」
なんだか勝手に1人で話し続けてる……。形は人間だけどどんな顔かも分からないし、そもそも私に何の用があるんだろう……?
「お前に引導を渡し、この国の罪を清算する。そして主による秩序と規範をこの国に取り戻すと」
「あの、すいませんどなたなんですか!?」
変な言葉ばかり言う知らない人に知り合い扱いされるのは相当怖い。黒くて硬そうなヘルメットで表情も分からないし、絶対に関わらない方が良いよこんな人……。それよりもここがどこかを調べてはやく戸越さんのところに……。
「ハッ!?……戸越さん!?」
必死過ぎて頭から抜け落ちてた記憶が蘇った。戸越さんはどこ!?あの出血じゃ早く手当てしないと危ないのに!それにあの危ない人たちもどうにかしないと!d¥時間はどれくらいたったんだろう?早く、早く行かないと!
「すいません、私行かなきゃいけなくて……!」
「お前にその気が無いのなら、私がその気にさせるほかあるまい」
そう言うと黒い人はその場でしゃがみ込んで動かなくなった。突然の事に何をしてるのか分からなくて、気になって私が彼から目線をそらせないでいると、急に私の方に向かって飛び掛かりながら殴り掛かってきたんだ!
「うわ!」
慌てて真横に飛んだ。避け切れたと思って元の位置をに振り向くとすぐに彼もこっちに振り返って今度は高く振り上げた右足で踵落としをしてくる。地面を転がって寸でで避けた私がさっきまで寝ころんでいた地面は彼が踏みつけた場所中心にすり鉢みたいにへっこんでいた。
「人間じゃない……!」
「何を言うかお前が!」
ぐいっと私を見下ろす彼の顔の真ん中、大きく丸い部分が赤く光る。真っ赤な1つの光の点、その点を私に向けながらまるで「次は当てるぞ」と言っているようにギラギラと光らせ、また右足を振り上げる彼に思わず私も右足を突き出してしまった。
「やめて!」
向かってくる彼の体を押し戻そうと突き出した足先に当たったのは筋肉みたいな感触。必死で目をつぶってしまっていた私は突き出した足先から感触が消えたのを感じ、恐る恐る瞼を開けるとその光景にまた自分の目を疑ってしまう。
「えぇ……」
彼はまだ前にいた。正確には遥か前に。50メートルくらい離れた先に建つビルの壁、そこに彼はめり込んでいた。
「……やるな、そうでなくてはなスカーレット!」
体を壁から抜きながら彼が語り掛けてくる。あれだけのことをされておきながらケロッとした様子で妙にフレンドリーな口調が本当に怖い。
「さぁ本番だ、行くぞ!」
またこっちに向かってくるみたい。手足の先から白いもやもやを噴射して彼の周りの景色がゆらゆらと歪んで見えるとしゃがんだ反動を使ってこっちに凄い速さでまた飛び込んできた。
「もう……最悪!」
心の奥から出て来た言葉で悪態をついて、向こうが付きだした拳に合わせてこっちもパンチをお見舞いする。衝撃と同時に空気が切り裂かれたのが分かっても、その時の私にはそれに感動する余裕は無く、頭の中には血に濡れる
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「15分?!こちらが隣に移るのにあと30分は必要なんだ!とにかく急げ!」
「爆発物の類で応戦してください。敵は機動性が高い、距離を詰められないように継続した高火力を」
「そんなこと分かっ――――」
「……!どうした?」
―電波状況の悪化の為回線が切断されました―
「救急の無線が混線してるのか?」
―分かりません。回線キャパシティの大部分が使用不可になっています。どこからか電波妨害を受けている可能性も……―
「……分かった。向こうからの呼び出しがあったらこちらにすぐに繋げろ。最優先だ、いいな」
―分かりました―
地上、ジオフロント名古屋第4昇降所前。
「1課長!障害物の撤去と減圧が完了しました!」
「すまない助かる。一度に何人運べそうだ?」
「装備の重量も含めて考える7~8名ほどかと思われます」
「分かった、どの道動ける奴もそれくらいだろう。救急隊の手伝いに回ってくれ。それと……」
「なんですか?」
「俺は課長じゃない。一応な」
市内のテロ活動は殆どが沈静化し、市街には消防車と救急車のサイレンが交錯し始めている。100名弱もの死傷者の山が地面を埋め尽くしていた昇降所前にも複数台の救急車と応援の武器車両が到着し、地下深くへの早急な出動に向けて動き始めているところである。
特装1課は全員が第2種対装甲装備、つまりは装甲車クラスの敵との戦闘に向けて身を固め、旧式ながらも最も高火力なT- 708「バッシュ」ギアスーツも一着到着した。敵の機動性と防弾性を
グレネードや重ライフルなど取りまわしを捨てた重火器類を携え、再編された7名の突入小隊は下への降下を今か今かと待ちわびていた。
「中部!
仁藤を呼んだのは救急隊員だった。その殆どが四肢のいづれかを失っていたデモ隊の亡骸、その中から軽傷で救出された者がいたという。入り口の直ぐ手前で指示を出していた為に周りの人体が盾になったことで爆炎から逃れた、先程仁藤と言葉を交わしたリーダー格の男であった。
仁藤が救急車に到着するころには人工皮膚と冷却輸血によって治療を受けている最中であったが、そんなことは関係ないとばかりに辛うじて体を覆っていたボロボロの上着の襟元を掴んで仁藤は男を自分の目の前に引き寄せる。
「アレはお前らの兵器か!?」
「ぇあ……?まぁ……そうとも言えたかもな……」
「誰が動かしている?!遠隔操作型の新型アーマンなのか?!」
「あっ、アレはそういうもんじゃない。中に人が入ってるらしいんだ……お、俺は奴らからアレを押し付けられただけで……、何をするかなんて……」
有益な情報を引き出すには時間が足りない。先程の様な挙動で地下を進まれたら現地のSPと駐在幸による抵抗では長くはもたないだろう。仁藤は舌打ちをして踵を返しすぐさま仕事にかかろうとしたが、2、3歩き進んだところで再びリーダー格の男に尋ねた。
「もう1人も、同じか?」
「!?……いや違う!あんな奴は知らねぇ!本当だ!」
余りにも手掛かりが少ない。だが行動を誤れば犠牲が増えることは間違いなかった。
いつも以上にいかめしい顔で救急車から戻ってきた班長に若手隊員の
「榊はどうします班長?」
「置いておけ、あの様子じゃ使い物にならん」
「でも、挽回の機会も無く……」
「武士の情けだ放っておけ、お前にも経験あるだろ?」
横から相良が会話に参戦する。つらつらと言葉を紡ぎながらも今もなおその手の中では45ミリ連装グレネードランチャーの装填作業が行われている。
「お前も獲物をみすみす目の前で取り逃がすとか、護衛対象にぶん殴られるとか、借りたビデオの延滞料金がヤバい位にまで
「それって比較になってます?」
「深呼吸する時間がいる。無理に突っ込ませて怪我でもされちゃ……、俺らの残業時間が増えるだけだからな」
「その辺にしろ、すぐに降りる。三国はバッシュで先鋒に回れ、残りの者はバクチクで援護だ」
正面入り口に集結した警官たちは全員、大なり小なり何かしらの手傷を負っていて無傷のものは殆ど見られない。だがコレが現状で動かせる最大戦力出ることに変わりは無く特装1課並びに警視総庁警官隊たちは今回のデモの最終鎮圧の為に出動した。
バッシュを装着した三国が部隊の最前列に進み出て入り口に突っ込んでいるバン型救急車をそのアームでの強烈な突きによって奥に押し込んで道を作り出す。
「アイツのはこんなもんじゃないですよね……」
「考えんな、俺までビビるだろ」
「総員、接触があり次第発砲しろ。チャンスはそう無いぞ」
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「……分かりました。大至急お願いします。一刻も早くっ、もしもし?……あぁ回線が」
「君が焦ってもどうにもならんだろう」
「久藤さんももう少し危機感を持ってください!」
ジオフロント内の住宅区画、財務省事務次官である久藤の別宅の周りには数人の在駐警察官やSPが警護に当たっていた。別宅の中には久藤本人と住み込みの家事マネージャーだけがおり、警備の人間を全員外に出していることに対してマネージャーは酷く不安を感じている様子であった。
「わざわざ限られた回線を君の不安を拭うために数分の間だけでも融通してくれたんだ。感謝しないといけないよ」
「警官隊が今頃降り始めたんですよ!?それに議事堂側のビル街ではもう破壊活動が起きてる。彼らが付く前にあれがこっちに届いたらどうするんです!?」
「君は先に逃げていいと何度も言ってるじゃないか。向こうも馬鹿じゃない、この家の周りにだって目は光らせてるだろう。ぎりぎりまで動かない方が少なくとも銃弾には狙われずに済む。それに……」
「……だからって、みすみす危険な場所に残る事なんか……」
「それとも、私が茶でも淹れるように頼む方が落ち着けるか?」
ダイニングの上座に腰を据える老練の女傑は周りの精神状態に比例することなく、日記の執筆をいつも通りに進め続けていた。普段の文量に到達しかかったところで外で配備に付いていた警官が血相を変えて中に駆け込んでくると彼女は眉をひそめる。
「一応私邸だ。入る際はホンの1つも鳴らして欲しいんだがね」
「破壊の波が迫ってきています!上からの報告が正しければ既にデモ隊はアレ1人だけらしいんですが……、これが尋常では無い程の脅威でして。最悪、強制退去措置を取らせて頂く他ない状況です」
「やっぱり!久藤さん支度をっ!」
「もう済んでるよ。心残りだが仕方ないか……。向こうとの交渉は不可能なのか?」
「恐らく……報告では意思疎通すら難しい対象であると」
久藤は迷っていた。機災から7年、おおよそ国家というよりは企業のそれに近い形で存続してきた日本、中でも厳しい立場に置かれている旧都からの難民達。当時の被害を目の当たりにした彼女にとって彼らの意志を力で跳ねのけることは残酷な行為であるように感じられるものであった。
財を預かる者として、彼らの声に耳を傾け支援の手を厚くすること。それこそが自分の責務であると分かっていながら目先の問題に対しての注力に躍起になってしまった事への贖罪を、今回のデモ隊との対話で果たせるのではないかと内心考えていたのだ。
しかし難民団から東京抗団と名前を変え、年を重ねる毎に無関係な被害を拡大させている彼らとの交渉に自ら赴いたのでは、自分だけでなく日本という国の姿勢を支援国家たちに疑わることを危惧し、彼女は無防備に等しいこの場所に周囲の反対を押し切って留まり止むを得ず交渉に応じようと試みた。だがそれももう限界であった。
敵はもはや暴徒と言えるような力と意志の混在する集合体ではなく、ただ破壊をまき散らす力という単細胞に置き換わっていた。約5万にも及ぶ東京からの難民、彼らを納得させる道をアレが共に考えてくれるとは思えない。
久藤は自らの考えの甘さと同時に、この新たな首都で人民の命を守るために尽くしてくれた警察機関の重要性を内心で認め、彼らの労に報いるために自らの足で避難することを選んだ。
「すぐに出る、警護の者達に撤収を伝えてくれ」
「事務次官……」
「名前で呼んでくれると助かる。最近は役職で呼ばれると紛らわしくてね」
「で、では久藤事務次官、準備が終わるまで我々は引き続き外での警護を!」
「刺激し過ぎないように頼むよ」
型通りの非常にキレのいい敬礼を警官は送り屋敷外の配置画を駆け足で戻っていった。日記帳を畳み時計を確認して生あくびを1つ漏らした久藤は、先程から自分に対して視線を向けながらその場を離れようとしないマネージャーに対していつものようにリクエストをする。
「白湯を一杯頼める?」
#################
……長い。いつまで続くんだこの通路は?緩い下り坂が延々と続いてる、先を真っ直ぐに見通せないのは大きく弧を描いてるからだろう。非常用通路がここまできついものだなんて知らなかった。これじゃ下に付くまで何時間かかるか……。
「……ふぅ」
素直にエレベーターにすれば良かっただろうか、でも上の警察や下の管理員に途中で気付かれて止められたらそれで終わりだ。何とかしてアイツに追いつかないと。
「……ん?」
歩き始めて20分くらい経つ、普段ならまだしも今は何時になく疲れるのが速い気がするな。薄く赤い照明を頼りに長い長いカーブを進み続けていると、内側の壁に1つの扉が設置されているように見えた。少し頑張って駆け寄っていく、もしかしたら直接中に通じてるかもしれないぞ。
「んぐぅ……」
扉はかなり小さめに作られてはいるが予想以上に重かった。ノブらしい部分を両手で握りしめて全力を込めても回転すらすることは無く、扉はただそこに模様として描かれている壁そのものなんじゃないかと思うほど微動だにしなかった。
「(何してんだ、早く行かないと!)」
逸る気持ちが心臓の鼓動を加速させて思考を活発にしていく。アイツは確かにこの中に……また戦っているんだろうか?……いや分からない、気付いたらこんな場所にまでたどり着いていた。アイツを追いかける理由……それは正直まだ考えてる途中ではあるけど、それでもあのままにして1人で逃げるのは目覚めが悪い!そんなことをもう何回も頭の中で考え続けていた。
そして目前のノブの周りをごそごそと弄りまわしているうちに制御盤らしき部分が緑色に光ったのが見えた。そして次の瞬間、自動的に扉がバタンと大きな音を立てて開くとその向こうには月明かりに照らされた穏やかな秋の夜空が広がっていた。そう夜空そのものが。
「ぬぉうわ!!!」
そこは
「くっ、やばいだろこれ……!」
グングン下がる気温と突風に揉まれながら体は順調に降下を続けているのが分かる。風切り音と共に目に当たってくる空気の壁、グラスで多少は防げるといってもロクに目を開けていられないので自分がどこに向かって落ちているのかも確認できないがかなりの速度であることは確かだ。
無意識に落下中に体をコントロールするために手足を広げて大の字になってみる。必死になりながら自分の真正面に地上を捉えようとしていると一瞬だけ開けた薄目の先、真下に広がるビル街の明かりの中で瓦礫やほこりが舞い上がっている地点を見つけることができた。
「あそこだ!」
反射的に喜びの声を上げると辛うじて顔面に引っかかっていたグラスが空気にもぎ取られてどこかに流れて行ってしまった。薄っぺらい防御がはがされて無防備になった眼球に突風が突き刺さって思わず目を閉じる。体は再び制御を失って空中を回転し始めた。
もうじき地上だ、激突すれば間違いなく死ぬ。裸一貫でスピードを落とすようなものも身に付けていない今、僕の運命は殆ど決定しているようなものだが何故か心は酷く落ち着いていた。
「……綺麗だ」
自然な落下に身を任せ、反転した体は背中から地面に引っ張られている。目に当たる風が弱まったのを感じて瞼を上げてみると、そこには空一杯に広がる星々と煌々と夜空に鎮座する月明かりがあった。
もちろん人工的に作られた偽物だとは分かってる。だけどさっきまでの様な炎に包まれた街中や怒号を発する人々の中で、ただそこにあるだけでいいという思いで作られたソレの光は、今の僕にとってほんの小さな癒しだった。
地上が迫ってきた。特に背の高いビルの屋上が視界の端に現れ始めていよいよ地面にぶつかる寸前、真横で流れるビルの窓ガラスを割って飛び出してきた何かによって落下中の僕の半身はすっぽりと包み込まれた。そしてその何かは僕を包み込む2本の腕に力を込めながら勢いそのままに反対側に建つビルの窓ガラスを突き破る。
透明が砕け光が粉塵となって舞い落ちる。その中をロケットのような勢いで突き抜けつつその両足でブレーキをかけると、抱えられていた2本の間から僕は滑り落ちて、床の上をゴロゴロと転がってようやく自分の動きは止まってくれたみたいだった。
「うぉぉ、目が……」
「!?……その声……」
気圧の差と落下時の風速冷却、そして急な進路変更のトリプルパンチで僕の意識は朦朧の極致にあった。だけど乱れた視界の中から突き抜けて聞こえるその間の抜けた声は混乱する脳内にすっと入り込みバラバラに作用している僕の意識野を繋ぎ止めてその出所を正確に突き止めさせた。
「……お前」
「あはは……―――っっ!!!!」
声の主は体を覆う鎧と筋肉を揺らしながら急に僕の目の前にまでかッ飛び、その隆々とした腕で僕の背中を自分の方に引き寄せると、逞しくしなやかな黒腕で彼女は僕の顔を自分の胸部に押し当てながら抱きしめてきた。僕は視界一杯に広がるアーマーに顔面を押しつぶされまいと必死に耐えながらも、ここまでやって来た目的が未だに健在な様子を目の当たりにし心のどこかで安堵していた。
「おっ、落ち着け!!!」
「良かった……!どうなったのかと思って心配してて、腕は大丈夫なの!?確かここを……」
「大丈夫って、アンタの方だろソレは……」
強烈な拘束から解放されて顔を上げるとそこには地上で再会した時と同じヘルメットがあった。三角状に配置された空色のカメラアイ、声が無ければ彼女かも彼かも分からない程に覆い尽くされた中から見つめてくる視線は間違いなく僕を正確に捉えているように見えた。
「……もしかして、今は見えてるのか?」
「え?あっ、うん。そうみたい……。これが本当の世界なのかは自信ないけど、取り敢えず見えてるよ、街も君も」
「……そうなのか……」
「でも思った通り……」
「ん?」
「想像した通りに顔だね、キミ……!!!」
両手で頬を持ち上げられ対面した鉄仮面の向こうで彼女の笑い声が響く。おおよそ争いや破壊などとは無縁そうな間の抜けた笑い声。驚くのが急に恥ずかしく馬鹿らしくなって両手を振りほどき自分の足で立ち上がって周りを見回してみた。
起毛の床が広がる典型的なオフィスフロア。入ってきた際の衝撃で一部の床はめくれあがってデスクは散乱しているものが多かったが、肝心の相手の姿が見えなかった。
「誰かと戦ってたんじゃないのか?もう1人は?」
「―――私の事か?」
入ってきた窓の反対側の壁を突き破って奴は現れた。出で立ちは駅で見た時とほとんど同じ、だが手足の先や胸のアーマー部分には目に見えて分かるくらいに摩耗と打撃を防いだ痕が増えている。
「アンタが……やったのか、あれ?」
「う、うんそうだよ!あの人しつこくって、知らないって言ってるのに顔見知りみたいな態度で付きまとってくるから!」
「随分な言いようだなスカーレット、あの北での制圧戦で共に戦った仲だろうに」
特に言葉を交わした訳でもないのに今の一言だけで少なくとも奴が「普通」ではないことは理解できた。そして自分がわざわざ死地に飛び込んできた愚か者であることも。
「……やれるのか?」
「え?」
「アンタ、奴を倒せるのかって聞いてる」
「そ!そんなこと言われたって!今さっき目が見えるようになったばかりの人に頼むこと!?」
「じゃあ、僕も来ただけ無駄だったかな……」
カーペットの敷かれた床の上で震えだしそうな脚を抑えその場に立ち続けた。目の前には隣と同じ破壊者が立ちはだかりその眼光を僕らに突き刺す。いつ飛び掛かってきてもおかしくはないだろう。彼女がもし身の危険も無い程にまで自分を取り戻せているのなら、僕の来た意味はもう……
「そんなことない!」
「?!」
「ホント安心したんだから!目の前で撃たれて血を出して、それから気付いたらこの有様!考える余裕すらないところに答えの方から現れてくれたんだもん!もう偶然なんかじゃない!君は私の道標なんだって、そう思ったんだから!」
「なっ!なんでそうなる!?」
再び彼女に肩を引き寄せられ顔の前で光るカメラアイがその様に訴えかけ始めた。武骨な外見からそのようなロマンチックな発想を垂れ流されて混乱するのは僕だけではないはずだ。
そう言い彼女は僕を正面の奴から庇うように自分の背後に下ろし、背中越しに語りかけ始める。
「なんだかやる気出てきました!さっきまでは目的も無かったけど、今なら”君を守る”って意味がある!戸越さん、いや誠二!」
「飛ばしすぎだろ!」
「じゃあ誠二くん、あの人に早く帰って貰って、またゆっくり、今度は人生相談からお願いします!」
「悩むことなどないだろうスカーレット!私には分かる、再び主の加護を取り戻したいのはお前も同じだと!」
誰に聞かれたわけでもなく奴は独りでに騒ぎ立て全身から蒸気を噴出させて放熱を行っている。臨戦態勢、恐らくそういう意味なんだろう。そして僕の目の前の彼女を同じく。
「あっ、そうだ!」
「な、なんだよ!?」
顔の前に吹き付けられた蒸気に驚いて手で周りを払う僕の目に、振り向き様の瞳が映る。僅かに開いたヘルメットの隙間から差し込む深紅の光、ひどく不格好な笑みを浮かべ、不慣れからくる下手糞なウインクをしながら彼女は僕にこう言った。
「私、
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