《13》拳劇のexplosion(前)
正直、取調室にいた時はこんな規模になるなんて考えてなかった。せいぜい教本の写真のクラスに及ばない程度のモノだって思ってたさ。
なんだこのデモは。まるで小国の軍事クーデターじゃないか!今の日本でここまでの活動を起こさせる動機と資金が彼らにあるだなんて……、それほどまでして東京に?
……分からない。それに俺は精神科でも民俗学者でも、まして歴史家でもないんだから、俺に今出来ることは班長からの命令を完遂することだけ。後の事はその時考えればいい。そこに辿り着ける力があるから、俺は選ばれたんだ。
―中査長、そこの交差点を左に―
「……!了解!」
病院までもうすぐだ。署に付いたらミニガンだろうがグレランだろうが片っ端から集めて届けて連中にぶちかましてやる!こんな最悪な夜を明日にまで持ち込んでやるものか!
―到着しました、護衛感謝します。すいませんが搬出を手伝っていただけますか?―
「はい!少しお待ちを!」
……うぅ!火災の熱波でごまかされてたけど今日はいつにも増して冷えるな!保温パックもいくつか持って行かないと。
「下側をお願いします」
「分かりました……もう大丈夫ですよ、ここなら安全です!」
救急搬送っていうからかなりの重症かと思ってたけど、意外に出血も少なそうだぞ、良かった。これ以上被害を増やしたくないもんな。
「……れてけ……」
ん?何か言ってる……?
「……アイツの場所に、連れてけ!!!!」
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2080年。11月27日、午前3時12分。立体駐車場の警備に当たっていたオートマタの誤作動によって起きた通行人の撲殺事件を皮切りに、東京都内では原因不明の事故や事件が連鎖的に起こり始めた。
公共交通機関の衝突事故、病院の停電、防犯・防衛設備の暴走。日頃彼らの身を守る様々な物品。その管理運営をつかさどっていたのは
未明からのトラブルは加速度的にその件数を増していき、午前8時の時点で死傷者は2万人に達した。当初は現場付近の警察や、雇われのエンジニアが事態の収拾を試みて散発的な出動を繰り返していたがどれも有効とは言えず、午前10時20分。23区を除く市町村住民の都外への避難指示が自治体から発令される。
しかし実際に自治体としての避難が始まることは無かった。当時の政府、「内閣として」の部分すら担当していた
その時である。陸上自衛隊の機械歩兵庫や警察の所轄交番各所から無数の熱源反応が確認される。人型陸上戦闘機、アーマンと呼ばれる所謂ロボットたちだ。彼らは警視庁や陸上自衛隊など統括する機関からの命令を一切受け付けず、ただ単一の発信源からの指令によって稼働し始め都内各所に出没し住民たちに対し攻撃を始めたのだ。
主要な交通網も機能せず、最終的に一般都民の大半はこのアーマンたちによって命を落としたとされている。
都内はまさに地獄と化した。予算の配分変更により規模を縮小された警察には、疲れることも無く拳銃に怯みもしないおよそ2万対近くの機械兵に立ち向かうことはかなわず、自衛隊は国民への被害を恐れて広域拡散する兵器群の使用をためらっていた為にさらなる被害が出ることとなる。
逃げ延びた人々は僅かな希望にすがる為に友人や家族、そして行政に連絡を試みる。しかし奴らは都内を覆う膨大なネットワークを逆探知し、発信源を1人1人潰して回って行ったのだ。それもインターネット管理を含むインフラ事業の管理運営を行う東によるものであることは明白であった。
そして13時15分頃、東京都はその防衛能力の大部分を喪失もしくは奪取されることとなる。隣接する県の知事及び行政は政府中枢との連絡が取れない為に独断をもって県境を封鎖。こうして事件発生から10時間余りで東京は「日本の首都」から死という感染症を振りまく「被災地」となったのである。
人の意志で操られるものはどんなものでも都内には入ることはできなかった。他県から突入してきた重装甲の兵員輸送車はその10倍の数の無人戦車の火砲によって粉砕され、偵察ドローンは防空レーザーシステムによってどんな景色も映す前に溶断された。
そして一夜の中で惨事が続き、日付が変わった11月28日、午前3時37分。事態は最悪の結末をもって集結した。外部からのどのようなリクエストにも沈黙を貫き続ける
臨時政府は東京上空で自衛隊の戦略EMP攻撃を実行。効果は関東一帯を覆いつくした。
その日の夜、肉無き意志に依存していた日本という国の機能は停止することとなる。
死者の数、約1500万人。負傷者の数6000人。負傷者が死者より少ないのはそのまま「避難ができた者の少なさ」を表していた。
彼らは惨事を現実として受け入れられずにその殆どが東京への帰宅を望むも、叶うことは無かった。東京はその日をもって日本という国から消えることになる。かつて彼らを支えた「大いなる全知」と共に。
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2087年11月28日、午後23時46分。中京都庁前、ジオフロント名古屋の第4昇降所広場は集った者達から発せられる熱気によってあふれかえっていた。数としておよそ300名にも上る武装した一般市民は自らを「デモ隊」と名乗ってはいる。しかし軍用アサルトライフルと防弾チョッキで身を固め、2台の装甲車に護衛されながら市街を突き進むその姿は、それを目にした避難中の市民には改革を超えて革命の域にまで達しているように映っていたという。
都内に散発的に展開した1集団5~6人のデモ分隊のほとんどは既に警察によって鎮圧されたが、この集団に関しては1人の脱落者も出すことなく目的のジオフロント入り口にまで到着を果たしていた。彼らの守護に付いたたった1人の人間によってである。
―こちら地上、昇降所前に到着した!護衛に感謝する、あと一息だ!―
「では、ここまでの用だな?」
―あぁ問題ない、久藤の身柄を確保できればこっちのモノだ。あとは何とかするよ―
「ではご武運を。緑の全知に光あれ……」
はるか下方から響く歓喜の雄たけびをビルの屋上から彼は見降ろしていた。待機稼働状態のスーツの頭部は花弁のように開き、やせぎすの輪郭に病的なまでに青白い頭部が露わになっている。
地上80メートルで彼が吐いた白い息がすぐさま風に流され霧散すると、何かを感知したような素振りを見せて彼は再び収束し始めたヘルメットで頭を包み込む。
「来たか……」
振り向いた視線の先から赤い軌跡が一直線に飛来する。彼の立つ屋上に轟音と土煙と共に降り立ったソレから放たれる3つの視線が、待ち構える彼に鋭く突きたてられた。
「リバウンドか。前も後ろも分からないときているようだな、スカーレット?」
「==、……―!―――。……」
返答代わりの不規則な電子音が寒空に反響する。血に濡れた拳や銃撃の痕が残るアーマー部、そして彼と同じ人工筋肉に覆われた四肢が戦闘稼働を開始するための排熱を開始し周囲は蒸気で白く染め上げられ始めた。
「いいだろう。付き合ってやろうではないか……来い!」
「――――!!!」
凄まじい力で地面を蹴りつけ一瞬でキルゾーンに入ってきた相手の拳、そしてそれを迎え撃つように放たれた彼の拳がぶつかり合う。身を切るほどに冷え切った大気さえも逆に切り裂かれるほどに強烈な拳劇が目にもとまらぬスピードで繰り広げ始められると、ビルの下では彼が送り届けたデモ隊と警察官たちの最後の衝突が同じく始まろうとしていた。
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「武器を捨てて投降しろ!ここ以外のデモは既に解散している、あとは君たちだけだ。抵抗の意志を見せるのであれば直ちに実力を行使する!」
そのように拡声器で警告した警官の頭上を集団の中から放たれたライフル弾がかすめていき、警官隊はさらに警戒を強めた。既に進入路である第4昇降所に取り付いた先頭集団がロックの解除を進め、その間の時間稼ぎとして、デモ隊数十名と装甲車は昇降所の前の半円を描くように陣を張る。
警官隊はその外側、およそ30メートルほどの距離感で同じく警戒線を張り増援や闘争などに特に目を光らせ続けている。
警官隊は装備こそデモ隊より新しいものを揃えているが人員の数はデモ隊の半数ほどだ。この数時間、氷点下近い寒冷下での激動によって人員の疲労はピークに達し士気は著しく低下している。
包囲陣を敷いたものの警告に応じることなく敵意を剥き出しにする相手に手をこまねきながら時間だけが過ぎていた中、集団の後方、国道を疾走する新たな車影、装甲パトカーの一群が到着する。仁藤ら特殊装甲1課を含む警察側の増援だ。
「責任者はどこだ!?」
語気荒く集団を恫喝する仁藤。デモ隊は全員が私服に厚手の防寒着を着込んではいるものの立場や階級を表す目印のようなものは身に付けてはいない。同じ質問を2度ほど繰り返しても帰ってこない答えに業を煮やし、仁藤からのアイコンタクトで相良が空に向かってショットガンを撃ち放ち威嚇した。すると程なくしてデモ隊の集団、人ごみの中をかき分けるように1人の男が進み出てくる。
「脅しは無意味だ!我々には同士の為、同じ願いを持つ者たちの為にここで討ち果てる用意がある、暴力によって我々は止まることは無い!」
「ナンバーと指名を申し出ろ。拒否するなら強制執行を開始する」
「この場を掌握しているのは我々だ。間もなく内部への進路も開ける。余計な犠牲を出さない最善の方法を行使する最後のチャンスを諸君らに与えよう!」
「最善の方法はお前らがこの場で降伏することだ!さもなくば実弾での制圧を開始する!」
武闘派たちの一触即発の空気が辺りに立ち込めている。熱量が上昇を続けている後方、乗りつけてきた装甲パトカーの中で牧田と小暮は先程か悪化し続けている周辺の通信状況の解析と改善を試みていた。
「そっちはどうです?大査殿?」
「ノイズが多すぎます。個別認識はほぼ不可能でしょう。しばらく長距離の電波を遮断して短距離通信と動体検知に切り替えます」
「榊君ほどじゃないとはいえ、どうしてこう実働のみんなは向こう見ずなのかなぁ……。こんなところに残されたってどうしろっていうんだよもう……」
「マイクロ波で牽制くらいはできます」
「許可も無く市街で撃てないですよ!あぁだから屯所に居たかったのに……」
「すいません、自分のせいでこんな状況に巻き込んでしまって」
「えっ、あぁいや大査殿の責任という訳じゃ……!」
「まぁしかし、言う通り大人しくする他ないようですね。扉のロックを確認しておきます」
ズガァアン!!!
手持無沙汰を解消しようと牧田が人員スペースで立ち上がった瞬間、およそ5トン程の重量のある装甲パトカーの車体は花開いたポップコーンの如く宙に浮きあがり、2人は一瞬の無重力状態を体験して床に墜落した。
「痛ぁ……、何?!」
「さっき話したでしょ!逃がした方とは別の方です」
「?……ぁあ!ほんとだ同じ」
「えぇ……ハイパーマニューバです」
集団の端、相対した警官隊から見たデモ隊の左翼は衝撃と爆風が過ぎ去ると先程までとは比べ物にならない程に無残な姿になっていた。
攻撃によって陥没した地面に一体化するかのように圧殺されたおよそ20名ほどのデモ隊。睨み合っていた敵対者たちが皆、突然の脅威に共に狼狽する中、特装たちとデモ隊の先頭に立つリーダーは一撃が放たれた先が付近のビルの屋上からであることを突き止め、さらにそこからもう一撃が降り注ぎつつあることを察知すると全員に回避行動をとるように叫んだ。
「前に出るな!」
「上からだ、全員伏せろ!!!」
警告の言葉が伝わりきる前に第2撃は初撃の6メートルほど脇、集団と集団の間にに着弾した。初撃程の衝撃と被害を及ぼさなかった2撃目の着弾点に全員が目を向けると煙の中から攻撃の正体がゆっくりとその姿を現す。
体長にして2メートル弱。人間と同じ四肢と頭部を持つシルエットに覆いかぶさる
警官隊の最善列にいる仁藤、相良、三国の3人は目の前の脅威対象を補足しつつデモ隊の動向にも気を配らなければならなくなり去らなく苦境に立たされることとなる。
「班長!」
「撃つな、同士討ちの危険がある」
「青のカメラアイ、第2です!」
敵意を一身に浴びながらも対象は立ち尽くしたまま動かない。3つの眼光は次の獲物を見定めることをせずただ空を泳いでいた。だがその後ろから一条の砲火と共に放たれた弾丸が第2未確認と呼称される
「アレはっ!?第1です!」
「最悪のタイミングで……」
「撃ちます!」
許可を待つことなく相良は両手に構えるG44”カミソリ”ショットガンの引き金を引いた。銃口から飛び出した20以上の小弾たちは最小限の拡散で目標めがけて飛来し、不意を突かれてよろめく第2未確認の側頭部ギリギリを掠めてその奥の第1に降り注ぐ。しかし着弾の瞬間には目標はそこから姿を消し、昇降所入り口で開錠作業に当たっていたデモ隊の目の前にまで飛び退いていた。
当然ながら周りのデモ隊は恐れおののく。至近距離の者は武器を捨てて全速で駆け出し、少し離れた位置にいる者も恐怖から身を震わせ照準は定まらない。恐慌状態に彼らが包まれる中、最前列にいた彼らのリーダーが人海をかき分けて入り口前に駆け付け第1を叱責し始める。
「どういうことだ!?何をしている貴様!」
「契約は済んだ。元より侵攻を『看過する』という契約だ。私は貴様らの生死については既に関知していない。巻き込まれてひき肉になろうが知ったことか。それより邪魔をしないで貰おう」
「な、んだと……!」
「さっさと進むがいい。でなければここで死ね」
吐き捨てた言葉の最後に、第1はガントレットを装着した右手をリーダーの方に向けるとリーダーの顔の真横で発砲した。手首近くから発射されたキャニスターによって抉られたのは真後ろの昇降所の壁だけであったが、受けた側の彼はそれだけで反論する気力を失い部下に消え入りそうな声で開錠作業の仕上げを命じた。
「――。……―、――」
「待たせたな、行くぞ!」
再び全身から熱が溢れ始め、2人はその強靭な足によって地面を離れると、一瞬を三分割する程の短時間に複数回の拳劇がその空間で交わされ始めた。生み出された衝撃は周りの者達にまで届き、乾いた空気に交じって彼らの頬や指先をビリビリとした刺激が這う。
誰もが動かなかった。開錠作業中のデモ隊を除き誰もが2名の拳のぶつかり合いに目を奪われている。だがその中で仁藤は2名の衝突からの二次被害やその動きに乗じてデモ隊の動きが無いかをつぶさに観察し、広い視野で周囲に警戒を払う。
その彼の視線の先に開錠を進めるデモ隊作業員の姿が映り込み、仁藤は実働の2人、そしてパトカー内の理工班2人にレッドスキン通信で呼びかけた。
「こちら02。09から対装甲火器が間もなく到着する。07及び11は周りの警官隊の援護を、理工はパトカーのマイクロ波放射で連中の注意をそらせ。許可は後で取る」
「班長!?」
誰かの動揺した返信を仁藤がたしなめようとしたとき、中心での戦いに変化が起きていた。デモ隊の何名かが打ち合う2名に対して発砲を開始したのだ。銃撃は目標に一切の致命打を与えることなく、むしろ跳弾や逸れた弾丸が付近の警官隊に被害を及ぼしている。
「あいつら!」
相良は手元のセレクターを収束モードの変更し発砲を続ける集団に対して複数人越しに発砲した。銃撃は手前の警官隊と未確認達を通り過ぎたものの本来の目標に命中することなく彼方の後方へ吸い込まれていく。そして2射目の為の狙いをつける相良に狙いを察知したデモ隊から反撃が飛んできた。
「ちぇ!」
警官隊のパトカーを盾に攻撃をしのぐ1課。だが何秒か続いたパトカーへの斉射が突如ぴたりと止みどうしたのかと思った三国がゆっくりと体を起こし様子をうかがうと、彼の目に飛び込んできたのは路面に打ち伏せられた第2と、突如デモ隊を蹂躙し始めた第2であった。
突如向けられた拳に恐慌状態の中抵抗するデモ隊。その銃撃はなんら奴の勢いを殺すには至らず、彼らは第2の腕の一振りごとに2、3人ずつその数を減らしていく。
「なんだあいつ、味方じゃなかったのか?」
「知らん!だがこのままじゃ死人が増えるぞ。07、牽制を!」
―09のビーコン、こちらに接近中。あと2分で到着します。―
牧田の報告が終わると第1はデモ隊人員への攻撃から目標を変更し、昇降所入り口に対してガントレットの投射機からグレネードを発射した。厚さ5センチほどある超鋼スチール製の扉は多少の損傷を追いながらも健在であったが、その直後に飛んできた第1の強烈なストレートによって完全に打ち貫かれることとなる。
「あの様子じゃ扉前の奴らも全滅ですよ」
「やはり奴の狙いもジオフロントか!全員射撃開始!」
半円状の包囲陣から12ミリ拳銃弾と24ゲージショットシェルからの小弾達が一斉に放たれる。着弾し舞い上がる粉塵と誤作動を起こした非常用消火剤によって視界が塞がれて仁藤から射撃中止の号令がかけられる。消火剤の噴射が終わるとそこに残っているのはデモ隊の亡骸たちだけだ。
そしてその直後、立ち上がった第2こと十之も姿を追うのがやっとというくらいの速度で第1の後を追いかけ入り口の奥に消えていく。
地上は混乱を起こした張本人たちの死によってあっという間に静寂に包まることとなった。
「奴らは!?」
―動体反応、急速に内部に向かって降下する反応が2つあります。おそらくそれでしょう―
「非常用も含めて地下に繋がる全エレベーターと昇降機の稼働を再開させろ!」
「奴らの道を作って良いんですか?」
「あのタマだ、設備でお行儀よく降りるとは思えん。対装火器を受け取り次第、選抜メンバーで追跡に当たるぞ、三国!車用無線で久藤事務次官の別邸に繋いで避難を急がせろ」
―……榊さんの反応、到着します―
牧田の乗る車内の動体反応が榊のレッドスキンビーコンを受信し現在地をレーダーで伝えていた。だが奇妙なことに恐らく重火器を満載しているであろうその車の車種はジープでも装甲車でも無く救急車と同じ反応であった為、それを確認した小暮は仁藤に誤作動の疑いを大慌てで報告する。
「うろたえるな、もう姿が見えてる」
「おい、減速する様子がねぇぞ……」
「皆避けて!」
危うく大事故になるところを回避し大事故が起こった。最高速度を維持した救急車両はステーション前の小さな段差で車体細かく揺らし、僅かに宙に浮きあがったかと思うと、その勢いを維持したまま昇降所入り口に向かって突っ込んだのだ。おおよそ緊急車両1台の横づけ分、成人男性5人が並んで通れるであろう入り口は先程までの戦闘による損害とたった今の事故によってその大部分が塞がれてしまう事態となった。
「全く、大チョンボだぞこりゃ!」
「……榊と通信は?」
―密集状況下での回線混雑を考慮して外部受信を制限しています―
「開けろ!」
―……了解しました、チャンネルを開けます―
牧田からの不本意さの滲み出る了承とほぼ同時にレッドスキンの長距離回線に緊急入電を受けた仁藤はすぐさま応答する。通信の向こうでは荒い運転でタイヤがこすれる音と動揺から息を切らしようやくつながった通信に興奮する榊がいた。
―こちら榊!報告します!病院搬送中の負傷した民間人がビーコンと救急車両を奪い逃走!繰り返す!ビーコンを奪われました!そちらに向かう俺の反応は、救急車を奪った民間人のモノです!―
牧田が機転を利かせて通信はその場にいる警察官全員の無線にリンクして伝わる。仁藤は現場指揮を執り、救護班と危険物処理班を本庁から要請。突入の為の準備のスピードを速める為に即座に動き出していた。
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……これはタダじゃ済まないだろうな。銃を奪って脅しただけじゃなく無線機と手帳を奪うなんて、下手しなくてももう立派な犯罪者だ。
アイツは……、やっぱりここに入っていったみたいだ、上にいる警察が無線で騒いでる。
中は意外なくらいに通常運行。照明も設備も問題なく稼働している。というか稼働させっぱなしなのか。どちらにせよ止められる前に追いつかなきゃならない。
街は燃えてる。人はまた戦ってる。僕は何してる?
助けに行く?あんな化け物たちに挟まれて何ができる?……でも、だとしても。こんな掃き溜めみたいな1日の中で僕の為に動いてくれたのはアイツだけだ。……まぁ、さっきのはやりすぎだと思うけど。
安全がどうこうじゃない。もう
―……逃げて……!―
どういう訳か、自分の心の中の異常な部分が共鳴してる感じがする。適当に垂らした釣り糸が引っかかって海面にまで連れていかれる魚と魚。間違いなく自分の意識とは違う部分が僕の体を動かしている。
「行くから待ってろ、礼くらい言わせろよな」
また足元が揺れる。未来都市の大地そのものの中で、多分アイツらは今も、大いに楽しんでるに違いない。
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