《14》武器から都市へ

 2081年1月1日。新たな年の始まりを祝う者は少なかった。日本は国家機構の集約した首都、東京を失い混迷の極地におり国家としての存続さえ危ぶまれる立場に立たされていたからである。


 機械による殺戮から外務省にもたらされたのは「あずま」の技術供与を行った主な諸外国からの追及であった。


「大量殺戮に至った原因は何なのか?」「アレは不完全な製品なのか?」「人間に対し敵意を抱くものなのか?」「いつ暴走するのか?」


 ファンタジズムと未知への恐怖。主要な技術者との連絡もままならない張りぼての政府からの回答に各国は業を煮やした。自分達を助けると思っていた福音が実は終末を告げるラッパの音色なのではないのかと恐れ、多くの供与国は日本と袂を別つこととなる。


 最も早く動いたのはアメリカだ。以前からその動作の安定性や危険性、そしてアジアの1国家からの多大なる「貸し」に対して国内の反発の強かったアメリカは、いち早くあずまの主要電脳部の封印処理、及び破棄を実行に移す。原子力発電の有人運営に移行し、西欧、東欧諸国は強国の一速い対応を続々と倣い始めた。

 

 大国のいち早い動きは国内外メディアを通じ即座に日本国民の元にまで届けられ、首都の惨状を聞き及び神経の高ぶった者達はその動きに同調するかのように国内を脱出。AIの国家運営に頼らない国に身を寄せていったのだ。


 当然政府は黙っていない。国籍の急激な移動によってただでさえ少ない税収が大幅に落ち込むのを恐れ、臨時政府は直ちに政府特命を受けていない一般市民並びに法人の国外移動を制限し、日本はおよそ300年の時を経て鎖国に近い体制を敷くこととなった。


 自らの足を自分達の意志で捨て、彼の頭脳に頼っていた機構、電力、水道、生産、運搬。かつて行っていた労働を再び背負わされた日本は次第に活力を失っていく。

 2081年4月12日に首都の大殺戮の事後処理を担当していた臨時政権が解散。運営機構を失い、単一の人々と企業の集合体になった日本はついに国連からの除外措置を受け、2081年6月14日、国家という枠組みそのものを失うこととなったのだ。


 6月20日、事態はほんのささやかな好転を見せる。ASA加盟国からの署名によってある提案が国連に提出される。それは日本が中国、韓国などアジア諸国との外交政策を重視し現状でも運用を続けている東への保証を約束する条件に資金援助を受け、官僚主導での自治を再開させるといったものであった。

 自国の対策に追われ常任国の大半はこれを看過する形で承諾。国家代理運営法と名付けられたコレにより仮初としてではあるが日本という国は復活を果たす。


 大企業からの援助や有力者からの寄付などといった不安定な財源を元に辛うじて復活を果たした日本は、首都を旧愛知県に移し名を「中京都」と制定。ここに悲劇からの脱却を掲げた国を新たに設立したのである。



#################



 物品や破損した建材が散乱したオフィスで十之とおの こうと未確認第1人型兵器と呼ばれているソレはお互いへのけん制を終わらせて戦闘状態に入った。

 ほぼ同時にスタートを切っった2人は力で平らに整えられたデスクの残骸の上で拳を重ね合わせる。切り裂かれる空気が重い金属音を部屋中に反響させ、僅かに姿勢を崩したこうの左前方から相手の右足が飛んでくる。


「ぬぐ!」


 反射的対応、つま先の弾道上の頭部を庇うように差し出された左腕ガントレットの表面には衝撃を吸収するショックアブソーバーの様なものが装備されていたが彼女は攻撃をその位置にまで持っていくことに失敗し、ガントレットの少し下、腕を覆う人工筋肉部に奴の蹴りを直接貰うことになる。


 衝突の際に空気が一瞬止まり、動き出すときに彼らの周りに存在していた物は衝撃によって部屋中に拡散する。ペーパーレスのオフィス内で散乱することになったのは大きく重いワークチェアやデスクそのものであった。


「カァッ!」

「ん!」

 

 体への衝撃の全てを殺しきれずに体勢を崩したこうに対して、僅かに下がった頭の位置に繰り出された横薙ぎの蹴りを彼女は寸でのところで床に倒れ込むように躱し、今度は自分の方から相手の接地しているもう片方の足を掴もうと手を伸ばすものの即座のバックステップによって不発に終わった。


「なんて動きしてんだ!?」

「慣れだよ慣れ!割と動きは追えるから、あとはこっちの攻撃が当てられればいいんだけど」

「……豪胆だな。それでこそだスカーレット!」


 フロア中に響くほどの大声で意味の分からぬ呼びかけを受けながらもこうは次の接触に備えて慣れない視界に意識を集中していた。対する奴は息1つ乱す様子はない。着ているモノの機能なのか経験の差なのかは不明だが、その力量差は素人目、もといである紅にも、傍から目で追うのもやっとな誠二にも理解できるほどである。


「次は当てる、備えろよスカーレット!」

「止めてくださいそれ!」


 要求と共に突き出された紅の右ストレート。足の跳躍を活かして矢のように飛び出した身体が単純な軌道で相手の左胸に向かう。拳と体の間がほんの10センチほどになるまで身じろぎ1つせず耐える第1は拳が体にめり込む直前に身を翻して軟体動物の様なしなやかな動きでそれを躱し、空を切る十之の手首を掴むとその勢いの方向を自身の真横に修正しながら彼女の身体を腕ごと振り回して放り投げた。


十之とおの!!!」


 教わりたての名字で誠二はデスクの残骸の山に突っ込んでいく彼女に呼びかける。外装の類は確認できなくても内部への衝撃はおそらくかなりのものだろう。現に残骸を押しのけながら起き上がった彼女が衝撃の強さから多少の前後不覚に陥ってよろめいているように誠二には見えていた。

 起き上がった彼女に間髪入れることなく、敵は追撃として足裏を押し当てるような飛び蹴りをお見舞いしてくる。辛うじて防御姿勢をとることに成功した彼女の構えに奴の蹴りが命中すると、強烈な勢いと重さの蹴りを受けたこうは窓を突き破って外に落下していった。


「逃すか!」


 獲物へのさらなる追撃を行うために奴も窓を突き自由落下に身を任せてビルの正面、エントランスフロア前の広場に着地する。だがそこに先程吹き飛ばしたであろうこうの姿が見えないことに奴は驚き周囲一帯に熱放射スキャンを実行したが、帰ってくる反応は無機物からの視覚情報だけである。


「戯れを、小細工は似合わんぞスカーレット!」


 開けた空間にその叫びが鳴り響いても返事は無い。高層オフィスビルの立ち並ぶ地下市街地の中心でアンノウン、未確認第1人型兵器は目標を見失う。苛立ちからか溢れる自分の戦闘欲の発露か踏まれた地団駄によってカーボン舗装の地面は月面の如く陥没していた。


「……ぐぅぅ、どうすればいいかな」


 腹をさすりながら1人つぶやくこう。その姿は先程まで2人が戦っていた13階の真下、12階からであった。階外に放り出され反射的に外壁を掴んで真下の階に飛び込んだことが頭に血が上った相手に対して功を奏したのである。


「!?どうしたかと思ったぞ……!」


 すぐさまその場に誠二が駆け付ける。事前に教えていたわけでもない偶然の避難先に彼が気付いたことに驚き、こうは喜びつつも困惑しながらどうしてかと問いかける。


「俺は窓を突き破って地面に飛び降りたりなんてできないんだ。階段でお前らを追いかけようとしたらたまたまお前がここに居たってだけだよ」

「それにしたって……良く気付いてくれたよ……。やっぱ、ぁたしたち縁がある、ね……」


 語尾を落としながら紅はその声色からも分かるほどのダメージを発現し始めていた。体中を覆うアーマーや強靭な人工筋肉をもってしてもビルの壁面を抉り取る威力の蹴りは、その威力の全てを吸収することはできないらしい。


「お、おい!しっかりしろ!」

「ご、ごめん……ぃき、息がうまく吸えなくて」

「一回、それ外したらどうだ?」

「ぃまは……だいじょぶな、の?」

「あ、あぁ。あいつは下に降りてった。すぐには見つからないと思う」

「じゃあ……―――」


 バスッという減圧の音と後に彼女の頭部の周りに花弁が開く。頭頂部から4枚に分かれて花開くヘルメット、顔を覆う最後の部分が解放され紅は自分の体感では久しぶりに自分自身の口で呼吸を始めていた。


「ハァ、ハァ……」

「……あんな化け物、お前が倒せるのか?」

「ハァ……どうかな?」

「どうかなって……」

「どっちみちやるしかないんだから、どう言ったって同じでしょ」

「やるしかないってどうしてだ?」

「分かんないけど、そんな気がするんだって!」

「気がするってな……」

 

 反論の口を開け切った後、誠二は彼女の瞳にはまる光に気づく。そこには地上で一緒にいた時と同じようにくすんで鈍い光を放つ赤褐色がいた。


「お前、見えるようになったんじゃないのか?」

「え?あっ、ホントだ……ぁあホントだ!えっ、え、どう、どうしよう!?」

「ちょ、落ち着け!」


 再び視覚を支配する暗黒に気づき狼狽し始める彼女を必死に押さえつつ、戸越は開かれて胸周りに張り付いた展開後のヘルメット部分を元に戻そうと試みる。2、3回のトライが失敗し、半ば狂乱状態の彼女を抑えるのが限界になり手を離すと、ヘルメットは再び自動的に彼女の頭部を覆い始め僅か2秒程で元通りとなった。


「―――っあ……」

「み、見えるか?」

「う、うん。大丈夫、だと思う。……ごめんちょっとパニックだった」


 強く握りしめる肩口と背中への手を下ろし、戸越は安心のため息を大きくはいた。


「まいったな……」

「だ、大丈夫!さっきまでみたいにできれば」

「ヘルメット一枚で視界が無くなるんじゃ危険すぎるだろ。やっぱり警察が追い付いてくるのを待つのがいい」

「でも……」

「……どうして奴と戦ってたんだ?向こうから襲ってきたにしたって、逃げるんじゃ駄目だったのかよ」


 流れで誠二の口から出て来た問いに対して紅は固まった。それはほんの一瞬、人間には知覚することも難しいシナプスの瞬きほどのモノであったが誠二には何故かそれが感じ取れていた。

 限りなく無に近い沈黙の後に紅は口を開く。


「呼ばれたんだ……」

「……誰に?」

「分からない、でもあの人から聞こえてくる。私の名前、耳の奥に直接」

「おい……」

「行かなくちゃ……!」


 意気そのまま立ち上がった紅の纏う物の各所が排熱を始める。蒸気によって揺らめく視界の向こうで光る頭部のカメラアイはその輝きを増し、中の者の意志に連動して追うべき標的を探し出そうとしていた。


「おい、しっかりしろ!」

「……今度こそ!」


 拳によって壁面を打ち砕き露わになった外の市街にこうは身を投げ出した。誠二はすぐさま穴から身を乗り出し夜の街並みから彼女の後姿を探し出そうと目を凝らすと住宅地付近の自然公園らしき森へと向かって行くのが見えた。


「待てよおい……!」


 そうこぼし階段を駆け下りていく誠二。無人の市街の中を泳ぐように飛び去るあの背中を追いかけようと、その小さな背中は再び追走を始めた。



#################



 同時刻、ジオフロント第4昇降所から降下を開始していた大型貨物エレベーターに1つの動体反応が急速接近するのを、特装1課隊員の三国が装着するギアスーツが捉えていた。三国はすぐさま同乗する警官らに耐衝撃姿勢を取るように伝えるが準備を待たずに反応は彼らの元に破壊と共に来訪する。


「全員壁に寄るか地面に伏せろ!」

「発砲用意!穴が開いた瞬間に撃ちまくる!」

「三国、相良!同時斉射だ!」


 下降中のフロア全体がジオフロント内部の空間に隣接する壁からの衝撃で揺れ続ける。壁面と内部を走るエレベーターとの間にはおよそ1メートル弱のゆとりがあったが下降するフロアを追従し、ダメージを折った箇所に正確に加えられる連撃に同乗する警官達は動揺する。


「野郎、どんな破砕用具使ってんだ!?」


5、6回ほど繰り返されたそれの後、一際大きな音と共に内壁とエレベーターの壁が貫通し、中にいる警官たちの前に作り物の夜空とより敵意を増したように見える第1のが顔を出した。


「撃ちます!」


 三国と相良が構えたグレネードランチャーから45ミリ擲弾、そして警官隊の拳銃から放たれる12ミリ徹甲弾が第1に向けて放たれる。束ねられた2つの銃身から投射された計4発の擲弾は狙いこそ正確なものの弾の速度は拳銃のソレには及ばず、人1人分開け放たれた壁の隙間で構える第1は最小限の動きでほとんどの弾頭を交わしたものの、隙間いっぱいに拡散した端の1発を右肩に受け、爆発と共に下方に広がる植林地帯に消えていった。


「……やりましたかね?」

「んなわけねぇ、次弾装填だ。今度は本気で近寄ってくっぞ」

「次官の別宅までまっすぐに向かい警護の人員と合流、次官を確保後非常階段で地上まで避難する。荷物を忘れるな、いざとなったらソイツしか対抗策が無い」


 仁藤の号令が終わるのとほぼ同時にエレベーターは終点、ジオフロント名古屋地上階に到着する。特装1課以外の警官隊は加速運転エレベーターによる急激な気圧の変化と見慣れない要地の景色に皆目を回している。


「お偉いさんはここで仕事してんのか……」

「まるで南国だ、防寒着コイツじゃ暑くてしょうがないな」


 目に見えて愚痴が増えたのは連続20時間に迫る勢いの厳戒態勢とお目付け役が他所の部署であることからくる精神的疲労だろう。ほとんどの人員が度重なる非日常的な激務に疲れ果てている中、三国、相良、仁藤ら特装1課は変わらずに彼らの先陣を切り後背を守る。


「目的地までは?」

「直線で1.5キロってとこですね。途中運搬車用の大通りを横断することになります」

「仕掛けられるとすればそこか」

「バッシュなら耐えられますよ……!」


 先陣で目を光らせながら装着者の三国は肩にマウントした対戦車砲を誇示し後ろに控える全員を安心させようとしていた。確かに120ミリ榴弾の直撃にも耐えられるバッシュの正面装甲であれば人間大の相手に後れを取る要素は無いだろう。だが三国に鼓舞され少しづつ闘気を取り戻していた集団の中で、相良はかつて自分が見た光景を思い浮かべ、心の底から後輩を頼りにすることができないでいた。


「相良さん?」

「……あぁ、そうだな。お前の仕事だ。頼む」

「!……はい!」


 配属から2年。最年少である榊や牧田、西園寺に後れを取るまいと訓練を重ねてきた三国はヘルメットの内側で息巻きながら脚部のパワーアシストを強め力強く進んでいった。



#################



「まもなく79号線に差し掛かります」


 最前からその様に告げる三国の声。植林と用水路が交差する管理公園地帯を通り抜け彼らは高官用に建設されている高級住宅街に入ろうとしていた。


「随分と綺麗なままだな」

「妙ですね、奴が侵入してから1時間は経ちます」

「もう確保されたんでしょうか?」

「こちら02、地上、誰か応答しろ」


 確保目標の久藤の安否を確認するために仁藤は地上の牧田達に連絡を取ろうと試みる。しかしレッドスキン通信や地上への電波交換所などへの連絡は繋がらず、彼らは国道の前で立ち往生していた。仮に久藤が既に殺害ないし確保されていればわざわざ目立つ場所を通り抜けるメリットが無い。


 到着して1分ほどが経ち隊の全員に苛立ちが積もり始めた頃、1人の隊員が無断に単独で国道上に躍り出ていった。三国だ。


「三国戻れ!狙い撃ちにされるぞ!」

―コイツなら耐えられます!自分が陽動をしますから、その隙に!―


 広々とした道路上で胸部分に付いたのストロボを点滅させ存在をアピールする三国。それは相手が要人暗殺が目的ではない単なる破壊活動犯では無いかという予測の元、自らを囮にすることによってソレを誘い出そうとする彼の考えである。そしてその予想は幸か不幸か見事的中していた。


「班長!」

「来るぞ……」


 10時方向、国道を正面に捉える彼らに向かってビル街方面から飛来する1つの影。ほんの小さな点が一瞬にして人間大にまで成長し三国が待ち構えるその正面に降り立った。


「全員構え!」

「三国、砲を使え!」

―撃ちます!―


 植林の隙間から一斉に放たれる45ミリグレネードの波、そして真正面の目標に唸りを上げて音速を超えた尖頭弾頭が飛来する。常人の目には一瞬の中のを切り取ったほんの数コマの出来事であるが、その敵意の交差点に立つ奴の目にはその直線的かつ無個性な攻撃は限りなく緩慢なものに見えていた。


「主よ守り給え!」


 奴が心の中で唱えた言葉、そして一瞬の中のコマが進み続ける中で奴も動き続ける。眼前に飛来する対戦車弾頭をまるでサッカーボールのように自身の真上に蹴り飛ばし、頭上から飛び掛かってくるグレネードの雨と衝突させたのだ。連鎖的に生じた爆炎が警官隊の視界を覆いつくし、三国以外の警官たちは状況から隔離される。


(動体探知!)


 三国は攻撃が防がれたことを察知し、動揺する内心を押さえつけながら有視界モニターでの熱探知からセンサーでの動体探知に切り替え敵を追おうと試みた。


「良い勘をしているが、な」

「なっ!?」


 三国の対処は正しかった。目標である第1は爆炎で視界を遮った隙に警官隊の頭上から彼らを強襲する算段であった。しかし三国からの補足を受けたことを知り後背を取られる危険を避けるために、奴は真っ先に彼のキルゾーンに飛び込んだのだ。


―班長っ……―


 爆炎が明けると先鋒戦は既に終わっていた。手持ちのグレネードランチャーの射線の内側に飛び込んだ第1の正拳突きが三国の胸部を真っ直ぐに刺し貫き、彼の生命活動はその場で停止していた。


「次弾撃てぇ!」


 目の前の惨状にほとんどの者が思考と動作を停止させいた。しかし三国の身体から未だ腕を引き抜いていないことを好機と判断した仁藤は号令を再び下し、相良と共に目標に対して次弾を撃ち放つ。


 衝突と供に爆炎が繋がった2人を包み込む。だが戦車砲の直撃さえも防いだ敵に対して対人グレネード2発のみ直撃が致命打にならないことは想像に難くは無い。煙の中にはまとわりつく黒煙を払う第1だけがそのまま立ちはだかっていた。


「班長……!」

「チィ……」


 終わりだ。その場にいるほとんどの者が思い奴が飛び掛かる為の踏ん張りを始めた時、突如飛来した1人の膝が奴の顎に食い込み、衝撃で第1の身体は50メートルほど彼方に吹き飛ばされた。


「見つけたァ!」


 空色の3点が叫ぶ。路面を抉り彼ら警官隊の前に躍り出たのは、地上の狂乱と破壊の中で舞い上がっていた、未確認第2ことこうの姿であった。


「ぐぅはは!スカーレット久しいな!やるか!」


 膝蹴りがクリーンヒットした相手は路面に半ば陥没していながらも語気は全く衰えず嬉々としながら彼女に語り掛ける。閉ざされた鋼鉄の中からそれを見つめるこうは黙したまま戦闘態勢を取るが、視界外の危険を知らせるアラートに気づいて視線を流すと、自分に対して銃口を向ける仁藤の姿を見た。


「班長!」

「動くな」


 隣接する公園の端から相対する2名に対して警戒の目を光らせる警官隊。特に部下を失ったばかりの仁藤は絶体絶命の場面で助けられたとはいえ、地上で見たのとほとんど変わらないこうの姿に依然敵意を向けていた。


「……何の真似だ?」

「あんまり動かないでください、巻き込んじゃうかもしれません」

「どういうことだ?!」


 仁藤の詰問に相良も加わり、自身の困惑を解消するために未確認第2人型兵器との言語接触を試みる。


「さっきまで口も利かなかった奴が助けに来たなんてこと言って、それを信じろってのか!?」

「いや、だって今……!」


 目線と細かな仕草で先程の戦果をアピールするこうであったが、相良をはじめ警官隊全員の視線は彼女を味方とは認識してはいない。動揺から辛うじて立ち直り自分のランチャーへの再装填を終えた警官たちはその銃口を眼前のである道路上の2名に対してにそれぞれ向けていた。


「ちょっと待って!」

「―――カッハァ!!!」


 意識を警官隊に向けて安心させようとしたこう。だが奴はその隙を見逃さず路面に埋まった体を引き抜いてその全身を彼女に質量弾としてぶつけてきたことで先程とは逆の立場で吹き飛ばされた。だが吹き飛んだ彼女が自分の側から離れる前に奴は彼女のアーマー部分に手をかけて掴み自らの側に引き寄せると、路面から高く跳ね上がり住宅街の方向に進路を取った。


「邪魔が入る、向こうで続きだ!」

「はっ、なしてよぉ!」


 重なり合って家々の並びに消えていく2人。現地の護衛目標の安否も確認できないまま目標の回収のために彼らを追う警官隊、そして時を同じくオフィスビル街から紅を追いかけて走ってきた誠二も、建物の頭の切れ間から連れ去られる彼女の姿を目撃することになる。


「あいつ……!」


 影を追いかけ方向を変える誠二。地下深く、彼らのエネルギーは一点に集まり、中京都の2087年11月28日はその終わりを迎えようとしていた。



#################



―反応が近づきました。急いでください、目に見えた時じゃ遅いですよ―


「早く!久藤さん!」


 別邸の表、エンジンを始動させた3両の護送バンに複数の人影が慌ただしく移動している。地上の特装からの緊急通信を受けた久藤が周りにいるSPやマネージャーの安全の為に避難を開始したところであった。


「大声出さない、かえって目立つよ」

「さっきの爆発聞いたでしょう!すぐそこまで来てるんですって!」

「迎えを待つよりこの方が良いと?」


―手薄な貨物国道80号経由で隣の廃棄プラントに移れます。おそらく班長よりも先に奴が来ます―


「一緒に行くのは気が進まないが、仕方ないか。車間距離は十分に、狙いに巻き込まれかねないからね」

「ぁあ!危ない!!!」


 叫ぶマネージャーの視線の先から飛来する物体、それはもつれ合う2人の身体がバランスを崩しながら重力に惹かれ落下していくシルエットであった。

 捕縛を解くために空中で乱打による抵抗を行ったこうを取り落とすまいと、敵も肘や膝をぶつけあい、彼らは先程まで久藤がいた別邸の庭先に着弾し土ぼこりが激しく舞い上がる。


「久藤さん乗って!」

「貴方が先に、私は最後の車で出る」


―次官が乗ってくださればみんな出られます―


「私には責任がある。この新都を火の海にした責任が。たとえ謂れのないモノであったとしても私には彼らに言葉を伝える責任があるんだ」


―何を……無駄でしょうそんなこと!―


 通信の向こう、地上の交換所をハッキングし言葉を伝えていた牧田は久藤の言動に思わず言葉を失う。そして混迷を深める現場で、ついに破壊の源流たちが標的とされている彼女の目の前に姿を見せた。衝撃はあったものの受けたダメージは少なく、紅も敵である第1もお互いに素早く後退しつつ向かい合った。


「……どうするの?」


 ヘルメットの内側、相手を真っ直ぐに見つめる彼女の瞳はまるでモノをねだる幼児のように相手を捉えたまま離さない。自身の知らない領域の記憶。アレから聞こえてくる自分の名前にソレの手がかりがあるのではないかと潜在意識の中で確信した紅にとって、周りからの警告や呼びかけは雑音に等しかった。それは自らの意志を持ったまま動き続けている今も同じである。


「……流石に若いなスカーレット!さぁぁ続きを――――、」


 先程までと同じ調子で流れてきた奴の言葉が突然途切れ、こうは視線を奴の存在への凝視から奴の姿への注視に切り替えた。度重なる打ち合いによる擦り切れや汚れにまみれた手足や肩口に加え、頭まで天を仰ぎながら小刻みに震えている。顔面のカメラアイの光は不規則に明滅を繰り返しており、なんだろうかとこうはその光に焦点を合わせてしまった。


「あっ……―――」


 率直に言えば差し当たってのトラブルは無かった。だがまるで出来の悪いボブルヘッドの如く揺れる奴の眼光を覗き込んだ際に感じた僅かな不快感。味の無いあんかけを飲み込んだ様だったと後に彼女は語っているが、視線を通して流れ込んできそうになったソレをこうは無意識に避け、一瞬外した視点を元の位置に戻すとそこに立つ第1の様子は明らかに先程までの様子から変質している。


「敵対反応6 周辺 生命反応複数 ハイバリューターゲット補足 破壊 破壊 破壊」


 淡々と読み上げられる単語や状況説明、こうの目の前で第1の全身は痙攣を繰り返しながら素早く意識の方向を変え、およそ30メートル先にある久藤らの車列と久藤本人を補足すると壊れた音響機器のように同じ単語を繰り返した。


「東京抗団の尖兵、私を殺すのはいい。だが私の様なその場しのぎを消したところで今の仮組かりぐみの日本の中で、君らの様な民を直接救うことができる人物を作り出すことは難しい。であるならこれ以上無用な血と罪科を重ねるのはお互いにとって真の無利益ではないのか?」


―班長!次官を!―


「撃て!」


 無線から漏れる牧田の声に被さるように仁藤から随伴する警官隊への射撃命令が下る。追跡と護衛、2つの目標に同時に追いついた仁藤を含む3人、そして射撃が可能なぎりぎりの至近距離に設置された対ギアスーツ用のターボライフルには射手を務める相良と他警官3人が運用に当たり、号令を受けて相良が引き金を引くと加圧されたタングステン製の大口径弾は準亜光速の超スピードで第1に対して飛来、奴の右肩口に命中するとそのまま奴の右腕をもぎ取って別宅の壁面に着弾した。


「当たった!?」

「まだ立ってる、第2射を!」

「銃身、加圧間に合いません!」


 発砲し赤熱したままの銃身を抱えるアリサカターボライフル。相手に致命打を与えたものの、設置時間や加圧時間の関係から連続射撃は不可能であった。一撃で仕留めることができなかった以上、目標からの反撃が来る。


「右腕部破損 遠距離脅威判定 優先排除」


 片腕の欠損部からの出血は紛れも無く生命である証明であるが、痛みなどを微塵も感じる様子無く奴はお決まりの攻撃姿勢を取り、別宅の庭先から体を高く跳ね上げると奴は次弾装填中の相良達の前にまで一瞬の内に飛びついた。


「クッ……!!!」


 だが相良に突き出された拳は彼に届くこと無く眼前で停止する。咄嗟の防御を突き抜け頭部の装甲を損傷しながらも彼を守ったのはこうであった。割れたヘルメットの隙間から相良らに対して視線を流すと、漏れ見える瞳は僅かに微笑みを溢す。


「……大丈夫!!!」


 力で強引に絡み合う身体を払いのけ、紅は大きく息を吐く。恐らくもうじきこの狂った時間は終わりを迎える。だが終わった後の事を考えているものは限りなく少なかったであろう。少なくともこの場にそれを考えている者は2人しかいなかった。

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