《7》君から民へ (後)
―60番代プラントに残る者は至急退避しろ!じきそこは全て爆破されるぞ!―
耳に響く
「どうなってる!?こっちは抗団の団体から歓迎されてるっていうのに。警務省どもの情報が誤りだったのか?」
隠れた詰所の壁面には現在進行形で10以上の銃撃が浴びせかけられている。向島と西園寺、コールナンバー03と10は、一般人である管理組合長を連れた江本ら3人の援護の為に多数の火線を自分たちに引き付けていた。
―いや、地上の潜伏先に奴らの交信記録があったらしい。受信記録はつい30分前、電波状況や移動時間からして、そこの奴らにこのことは伝えられていないはずだ―
突然伝わってきた情報に自分の耳を疑う西園寺。今回で2回目の作戦出動となった彼女にはたかだか帰郷活動デモ隊が国家規模の生産施設を壊滅させられることよりも、彼らがただでさえ少ない自軍への損害を考えずに事に及ぼうとしていることに驚き動揺を隠せないでいた。
「味方ごと爆破するつもりで!?どうしてそんな……!?」
「後で考えよう、ここを突破しなきゃ命は無いぞ。05、出られる接続路は?」
―既に殆どの隔壁閉鎖済みだが、図面によれば管理者の生体認証があればロックを解除できるかもしれない―
レーダーを確認しても進入路の上は赤い点で埋め尽くされている。そして60から69までの全てのプラントが爆破されるとすれば脇にいくら逃げようが意味は無いだろう、必然的に彼らが生き残るための手段は1つに絞られる。あとはそれを実行するための準備と覚悟だけが必要であった。
「副長!」
隣からの叫びに反応する前に伸びてきた西園寺の腕に頭を押し下げられると、次の瞬間向島の頭上に大穴が開く。安めのプレハブ式建築とはいえ岩石の崩落にも耐えることができる壁であったが既に安全な隠れ場所とは言えなくなった。
「助かるが無茶はよせ、命を縮めるぞ」
「対物弾頭です!なぜあんなものまで彼らが?!」
「それを考えるのは後だ。チーズにされる前に移動するぞ」
もう一方のチーム、江本ら3人は自らの装甲や資材を盾にしつつ猛火を潜り抜け少しずつではあるが歩を進めていた。向かう先の資材置き場には改築の為の合金製の鉄骨や合板が積み上げられており、しばらくは連れた一般人の身も落ちつけさせられると思ったからだ。
「どれくらいやった?!」
「4、5人ってとこだな、1人1人が距離をとってるせいで補足しずらい。こんなことならM装備の方を先に持ってくるんだった」
小弾をばらまく散弾砲は体を貫くよりも面で吹き飛ばすことを重視している。本来は狭い通路や室内を守るために使われる装備であるために、この状況下では効果が薄くなってしまっていた。
ようやくで落ち着けるくらいの大きな置き場に辿り着き、相良が背負っていた組合長をいったん地面に下ろすと、動悸と手足の震えで組合長はその場にうずくまってしまう。2人も短期的な避難よりも現場からの離脱を優先すべきだと考え、火力と歩調を合わせる為に、レッドスキンを通して向島に通信を繋いだ。
繋がった向こう側では銃声と着弾音、そして激しい息遣いで鼓膜がいっぱいになるほどである。相良は安否の確認と自分たちの状況報告を済ませ、これからの行動方針を向島に問う。
―そこから11時の方向に非常用の連絡路がある。事前に閉鎖してあったモノだが、そこの組合長の生体認証で開けるはずだ。それで管理棟まで上がるしかない―
「おっさん!」
この5分間、顔の2センチ脇を弾丸がかすめていくような経験を数えきれないほどさせられるのは、日頃は農業従事者叱責することくらいが仕事である彼にとって人生5、6回分に匹敵するスペクタクルを経験させられ、組合長は竦み上がり手足に力が入らなくなっていた。
「聞けなくても聞け!この辺りはもうすぐ全部吹き飛ぶ!あそこの非常口まで突っ走って脱出するためにアンタにくっ付いてる右手でドアを開けなきゃならないんだ!だからもう少し……」
「あっ……、アァ」
散弾砲の薬室への再装填が終わり突破の準備が整う。江本は非常口までの距離から全速で移動して15秒ほどかかると予測し、相良は前傾姿勢で進むために組合長を胸の前に移し両手でしっかりと抱き上げた。制射が止む瞬間が無い以上、飛び出すタイミングも2人の自由であった。
「あっちの突破も援護するぞ。合図と同時に断熱煙筒で視界を塞いで斉射けん制、
「了解……!」
「1本ずつだ、チャンスも1回ずつ!行くぞ!」
こわばりきった中年の体を前に抱え込み、肺の中の空気を全て入れ換えた相良を見て江本は分かりやすくほくそ笑んだ。
「日頃の努力の成果だな。イカしてるぞ07」
「うるせぇ、好きでこうなったんじゃねぇよ。しっかり守ってくれよ先輩!」
―レッドスキン、ポジションリンク―
通信での号令と共に全員の効き手を握りしめると、反射神経を通した意識内に全員の位置関係がイメージとして確立される。目で見なくとも互いの位置関係を把握しながら、向島達は同じ到達点に走り出そうとしていた。
「3、2、1、行けぇ!」
########################
「おかしいですよ」
地上、宇都宮中央警察署。対策本部の外の廊下、その奥深くで非常灯だけに照らされている薄暗い階段に腰かける牧田は背中越しに小暮にそう聞いた。
「何がです?」
「もし事前にこちらが襲撃を掴んだことが漏れていたのだとすれば、
仁藤との同行から情報を持ち帰った牧田。下の部隊との連絡の為に本部に張り付いている仁藤と榊とは対照的に、彼はずっとこの薄暗い中でなにかに引っ掛かったようにこのような問答を続けている。
「
「考えるのは後にしましょう!向島くん達は危険な状況です、このままでは上がってくる前に……!」
頭を抱えて考えるのは俗っぽいと牧田は嫌う。考え事の際に親指で頬を突き、行きかう人影の少ない非常階段で考えるその背中は以前として動かないまま。焦って声をかける小暮であるが変化は無い。
「何してる?」
2人の後ろ、慌ただしく人影が交差する廊下との間から聞こえたのは仁藤の問いであった。周りの喧騒に比べ際立った冷静さを感じさせるその声には怒りなどは含まれていない。しかしながら有り体に見れば自らの仕事を放棄している様にしかみえない2人を見つめるその瞳が、小暮に突き刺さりより一層焦りを生む。
「ふ、副長。どうですか彼らは?」
「非常時の行動規定は各部隊長に一任してある。今こちらから出来ることは無い」
「無い!ですか……」
「降りた瞬間に吹き飛んでも構わないなら別だが」
奇襲が始まってから既に10分が経過している。まともな装備や状況の上での撃ち合いであれば相手にもならないであろうが、環境を把握し相手を知る敵という者達の危険性と戦力の喪失を考えた上で、仁藤は地上の部隊全てに待機を命じていた。それ故に今は「何故」と考えるよりも「どうやって」事態を打開するかを考える頭が1つでも欲しいところであった。
「お前の仕事をしろ牧田、皆最善を尽くそうとしている」
「弾丸を使い切れば最善でしょうか?」
振り返ることなく問い返すその声には牧田の精いっぱいの抵抗が混ぜ込まれている。研ぎ直している最中の荒い抜き身の刃の様に、自分に向けられる意識に乱暴に振り抜かれる語調を小暮はやんわりと注意するが、既に2人の会話の中に彼は存在してはいなかった。
「精一杯やって満足できるのであれば僕の仕事は無いと思いますが、失礼しました。すぐに戻ります」
「なら良い、俺に榊の機嫌を取らせるのはよせ」
ただの確認作業と言わんがばかりの言葉のリレーが終わり、その場を去ろうとする班長の背中を今度は牧田の方から呼び止めた。呼びかけや命令など様々な声が乱反射する中、決して大きいとは言えないその呼び声を聞き届け、振り向いた仁藤は相手の言葉を黙して待った。
「1つ、聞いていただきたいことがあります」
#################
「まだか!早くしろ!」
非常扉の向こう、管理棟に続く第4連絡路の端に位置するエアロック兼殺菌室の中で、手を震わせながら数字を打ち込む組合長に背中越しに呼びかける相良の声が狭いエアロック内に響く。
作付けエリアを命からがら突破したものの、自らが要請して施した3重の電子ロックを解除する組合長の手は震えに震え、たった今7回目のエラーを出したところであった。
「どれくらい持つ?」
「5分ってことですか?あっちが攻城装備でも持ってない限りはですが」
装甲の内部で次々に鳴り響く警告音の処理に追われる江本。足元や背中は黒々と焦げ付き、胸や腕の装甲は既に形を保つのに精一杯というレベルにまで劣化している。
背後の扉1枚挟んだ後方には恐らく追撃が迫っていることが予想された為に、相良と西園寺、後方に控える部隊員達は警戒を緩める暇も与えられない。
「これじゃ栃木の土に埋まるよりも先に殴り殺されそうだな」
「彼らはここの作戦について聞かされてるんでしょうか?」
「さぁな、少なくとも俺は今相手の事を考えてる余裕無いがな」
全員の装備を合わせて戦力の確認がなされた。手持ちの弾はカービン用徹甲弾が40発。散弾砲の
―ここのセキュリティは部門ごとに独立した管理体制が組まれてる。分割された3つのどれか1つでも許可無くいじくれば、残りの2つが強制的に落ちるって仕組みだ―
「ここを開けたらどうなる?!」
―空気と水が止まr……―
通信が乱れ安西の声が離れていき、それと反比例して響き渡る悲痛な叫びが向島の耳に届いた。ナンバーの間違いを繰り返したために扉のロックが固定化されてしまったらしい。絶望しその場で崩れ落ちる組合長を抱え上げて肩を貸す西園寺は、今にもはじけ飛びそうな自分の心臓の鼓動を押し殺し、助け出すものに励ましの声をかける。
「大丈夫ですよミスター!助けます必ず!私たちが……!」
「しぃ、しかし……」
外側からの喧騒に晒される室内を沈黙が支配しそうになった次の瞬間、再び向島に上からの通信が届いた。それは安西からの再送ではなく、彼が中継してきた地上の対策本部からのものであった。
―……こえますか!?聞こえますか!?こちら理工の小暮です!聞こえますかどうぞ!―
「こちら03!。何か新報でも?!」
返信から僅かな間が開き、送られてきたのは通信ではなく、ヘッドギアのバイザー部分に映し出された施設内の立体マップであった。向島達の現在位置が点で表示された後、そこから1本の道筋が赤くなぞられ始める。
―今送ったのが地上に抜ける最短路です。安西君に隔壁を一斉解放してもらってこの道筋通りに進んでください―
「しかし、プラント全体を吹き飛ばす爆発とあっては放置した際の損害が取れ程になるかも分からん。それ以前に間に合わない可能性もあるがな……」
―先程の安西君の説明通り、セキュリティへの外部干渉が認められた後、そこのライフラインは強制停止されます。それを利用してエアラインへの電圧をオーバーロードさせて内部の酸素を強制排出させれば、爆発の被害を最小限に抑えられる……のではないかと―
燃焼物質や炸薬がいかに強力であろうと酸素が無ければ燃え広がることは無い。それこそ核爆弾でもなければ地下の巨大構造物10個をまとめて潰すだけの力はないはずだというのが小暮が伝えた分析結果であった。向島は後ろの隊員に計画を打診するが、返答を待つ間もなく相良は息巻いて賛同を伝える。
「進まずに死ぬなら走ってぶっ倒れましょうよ、前に進めばいいなんて簡単でいい!」
「異が無ければこのまま前進する。酸素の排出完了までに管理棟まで上がって地上に抜けるぞ。各員準備しろ!」
全員が脚部アーマーに備えられたパワーアシストの値を全開にし、下にへたり込んだ組合長に相良と西園寺の2人が肩を貸す。全員が息を整えるよりも前に安西の合図とともに扉が開き、同時に放たれてきた後ろからの殺気を振り切るために彼らは走り始めた。
プラント内の非常通路は無人運用時代から存在していた物であったが、使われ始めたのはここ2、3年内の話だ。かつての全自動メンテナンスから解放された内部はいたるところに錆や亀裂が走り、地殻の動きによって壁面に歪みや漏水が起きている箇所も存在していた。
地上に抜ける為に安西達の居る管理棟、そこに隣接する吸換気所にまで上がる必要がある。待ち伏せを警戒する必要があるために直通エレベーターが使えない今、彼らはおよそ500メートル程ある高低差を非常用階段で駆け上っている。
「離れるなよ!それぞれの死角をカバーしながら進め!」
らせん状の階段の幅は広く中央には吹き抜けとエレベータの通る支柱で貫かれている。この場のほとんどがブーツのアシストでスムーズに進むことができたが、最後尾で民間人を守りながら進む2人には少々負担が重い。
「おっさん!踏ん張れなくても足は前に出せ!引きづられたくないだろ!」
「ハァ、……き、君らは私に、聞きたいことがあるんじゃ……?ハァ」
「ここを出られたら嫌って程聞いてやるよ!」
相良は発破をかけ、西園寺は励ましの声をかける。およそ200メートル分を上り終えたところで後ろからの追撃が接敵していないことを確認すると、集団は近場の階層で一時停止し、組合長の体力を回復させるための小休止を取る。
「06、下を頼む。俺は上と廊下を見る」
「こんな所から空気を全部抜くなんてことできるんですか?」
―無人時代の防犯システムの名残だ、不審なアクセスがあった場合ここを含む1万機以上の換気棟がフルパワーで排気を開始する。もともと入ってくる空気が少ないから酸素を抜き切るのに1時間はかからないはずだ―
階段フロア内の壁面に無数に備えられた換気口によって急速な吸気が行われている。覗き込もうものなら人1人簡単に飲み込んでしまいそうな程の騒音を響かせて駆動するそれらを見て、江本は自分の心配が杞憂であると理解した。
隔壁を抜けてここまで走り続け、元からの緊張も相まり体の内の疲労が外に飛び出そうになるのを西園寺は必死に押しとどめる。震えだしそうになる膝や擦り切れそうな肺に渇を入れ、彼女は自分の任務を果たしきる為に護衛対象に再び肩を差し出した。
「大丈夫です、もう一息ですよ!」
その時である。全員が休む階層の廊下に足音が聞こえ始め向島は江本に近くに寄るように指示を出した。身構える全員の前に廊下の奥から現れたのは、擬装用の作業着に身を包み、鈍器や小銃など雑多な武装を持った20人程の抗団員達であった。
「降伏せよ!既に数の優位性はこちらにある!そちらの人員に武装解除をさせろ!」
「03、計画のこと伝えてやったらどうです……?」
「信用するとでも思うか?」
構える者達の誰もが息1つ切らしていないことから下で自分たちを襲った者達とは別の集団であろう。向島はこの施設全体に敵勢力員がばら撒かれていることを察し、既に逃走と説得という2つの可能性が潰えたことに歯噛みした。
残る手段はシンプル極まりない。そもそも数は多いとはいえ先程の奇襲とは違い今敵は完全に姿を晒している。しかし向島は仮にテロそのものの行為に手を染めているとはいえ、警察官としての矜持が守るべき市民に対して自分から発砲するとこを許してはくれなかった。
「(06、準備しろ)」
希釈されて限りなく引き伸ばされた一瞬の沈黙の中、向島は自身のつまらない矜持よりも部下の命と使命を優先し、隣の江本のヘルメット内にレッドスキンでメッセージを送った。幾度となく訓練で繰り返した動作通りに、江本は傍目からは身動き1つしないように見せつつ、腕部のプラズマ駆動部をチャージし一瞬で銃口を向けられる準備を整え、あとは部隊長の合図を待つだけとなった時である。
衝撃は突然もたらされた。静まった水面をゾウの足が踏みつけるが如き衝撃。構える暴徒達の背後の壁が一瞬にして花弁の様にめくれ上がり、その前に立っていた5人は悲鳴を上げる間も無くまるで綿埃のように宙を舞って階段の中心にくり抜かれた暗黒の中に吸い込まれていった。
「全員無事か!?」
「なんですかあれは!?」
それは人だった。体長にして170センチほどの小柄な影。全身を筋肉繊維の様な膨らみと甲虫にも似た装甲を所々に配した黒い人型が、紛れも無く先程の大破壊をもたらした者であった。腕に付けられた機具からは煙が上がり、そこからカートリッジの様なものを排出すると、先程までいきり立っていた抗団員達の方に顔と思わしき部分をを向ける。
「きっ貴様よくも!」
戦闘の1人が手に持った小銃を構えるよりも前に、一瞬にして目の前の集団の中に飛び込んでいったソレが腕を振るえば代わりに誰かの腕が宙を舞い、肉が弾ける音と短い悲鳴がワルツを奏でるかのように交互に聞こえてくる。1人、また1人と、大昔のテレビゲームが現実になったようにそれは人と人との戦いというには余りにも作業的な殺戮であった。
「止まれ!それ以上危害を加えるなら発砲する!」
組合長の傍の西園寺以外は自分の獲物を全て同じ標的に向ける。10秒もかからずに新手の抗団員たちのほとんどがそれぞれ四肢をもぎ取られ腹を貫かれなどされ一目で死に向かっていくのが分かるほどの出血や欠損を負っている。
「こいつ、正気じゃないぞ!?」
「こちら03!所属不明の装甲兵と遭遇。ギアスーツらしき類似の装備、出力過多、解析求む05!おい!」
向島の必死の連絡も突如発生したノイズのせいでろく繋がることは無かった。周辺の通信状況は全て地上の中継所で管理されている為外的な要因とは考えられず、必然的に目の前の新手によって通信が阻害されていると向島は考えを巡らせるが、少なくとも目の前のこの黒い殺人鬼相手に背中を向けて去ることは不可能であった。
頭を完全に覆い、鈍い光沢を放つヘルメットのカメラアイらしき部分が向島達に向き、十字型の赤い光が目の前をスキャンし始める。
「施設関係者を確認。排除対象」
瞬きの一瞬の内。西園寺の肩の隣にあった組合長めがけて放たれた手刀は江本の左腕の装甲によって首の皮膚20センチ前のところで辛くも停止した。江本はその衝撃の重さに息を漏らすがすぐさま反撃として目に前の人型に至近距離からの散弾砲の3連射をお見舞いする。胸に96発、腹に48発放たれた小弾に吹き飛ばされ、相手は自分が開けた大穴の中に放り込まれていった。
「やった!?」
「いや手ごたえが無い……」
「そ、そんな!?」
「薄皮の表面で止まってる感じだった。また向かってくるぞ」
江本の予想は当たり、穴のすぐ奥に倒れこんだシルエットの鉄片まみれの上半身がむくりと起き上がり、体を軽くゆすると何事も無かったかのように立ち上がる。
「07。10とそこら辺の生存者を連れて脱出しろ。狙いはそのオヤジだ」
「む、03!?」
「江本付き合え。ここで仕留める」
自分のハンドカービンのセレクターを変えて向島は標的に向かって撃ち放った。制圧モードで超硬チタン弾頭が目標に向けて放たれるが、撃たれた側の人型が次は撃たれるまでも無いと言わんが如く、なんと発砲後の弾道から瞬時に飛びのいた。
「最優先事項変更を要請。目前の人型軌道物体を迎撃する」
「一気だ!さっさと行け!」
再び散弾砲を撃ち放ちつつ後ろで判断を決めあぐねる西園寺に江本は発破をかけた。背中を押され唾を飲み込み、使い捨ての覚悟を装填した彼女は、ほとんどの者が分けられた自分のモノと別人の血肉に埋もれながら絶命する抗団員達の中で気を失っているだけの1人を発見し、肉の海の中からその身体を引きずり出してその身柄を相良に託すと、組合長を体ごと背中に背負い階段を駆け上がり始めた。
「西園寺!!!」
「お前もだ07!そこの坊主を引きずって上がれ!」
「ですが……!」
相良には分かった。目の前のソレは明らかに自分達のような人間が対処できる脅威ではない。速さはジェット並、硬さは戦車並、そして力はそのサイズに見合わないほど強い。たった2人で倒しきれる相手ではないと分かっていながら自分たちを先に行かせるということの意味を理解し、彼は上に向かうその一歩を踏み出すことを自分自身の欠片程の躊躇が邪魔をしていた。それは西園寺がまだ持っていない荷物を彼がこの職場でようやく背負い始められた証でもあった。
「上に行ってバカどもを助けろ!まだ仕事中だろうが!」
「……先に行っています!」
血まみれの身体を抱え上げて上りの階段を西園寺に続く。背中を見送る暇も無くお互いの敵に睨みを利かせながら、江本は最後の弾倉を装填した。
「こっちの台詞だ」
銃声が続く。地上への道筋を手繰るように駆け上がる西園寺にとってそれだけが今の希望だった。アレが止めば次は自分たちだ。腕を飛ばされ足を砕かれ頭を引き抜かれてそれでお終い。勝手にリピートされ始める先程の殺戮の光景に吐き気が止まらず、ついに呼吸に支障をきたすほど空気が抜かれてきても階段を駆け上がる足を止めることはしない。管理棟まで50メートルを切り、距離が離れたために改善された通信から安西の呼び声が二重に響いてきた。
―10!姿が見えた!後方に07も確認!早く来い、いつ爆発が始まってもおかしくないぞ!―
階段の終わりのドア付近に安西の姿を認め、不意の安心感から西園寺は段に躓いた。うめき声が聞こえ背負っていた組合長を脇にずり落としてしまったのに気付いて立ち上がろうとするが、太ももから下に力が入らない。
「何やってんだ気張れ!」
掠れ切った叫び声が背中に届く。倒れ伏して目の前に迫った段を両手で押しのけ、怯えて足の竦んだ隣の男を再び担ぎ上げる。今は、この瞬間は、この背中に抱える命を無事に守り通すことが私の仕事なのだと、そう言い聞かせて。
「三国ぃ!2人が着いた、ここは任せて先に上がれ!」
事態は未だ一刻を争う。施設内のおよそ7割の空気が排出されたものの爆発の性質や規模が不明な以上、施設から完全に出ない限り安心はできない。やっとの思いで辿り着いた管理棟への入り口の手前で、西園寺は抱えていた体を安西に預けて呼吸を整えようと大きく息を吐いた。
「何だあれは……?」
安西の本音の疑問の言葉に西園寺は耳を疑いつつ後ろを見やる。10メートルほどまでに追い付いてきた相良の横。大きく口を開けて下まで続く階段の中心部の空洞から壁を跳ねるようにして何かが上がってきた。機械の規則性と生き物の不規則性が同時に垣間見えるその動きを観察している一瞬の内に、再びあの黒い人型が彼らの前に姿を現した。その左手は鮮血で塗られ腹部には散弾のものとみられる弾痕と裂傷、そして右腕に至ってはその存在を喪失していた。
「相良構うな走れ!」
疲労と酸欠からか判断力が鈍り、安西の呼びかけによってはじめて後ろに意識を回そうとした相良の背中を手負いの人型は蹴り飛ばした。抱え上げていた少年の身体と一緒に前方に吹き飛ばされた相良は安西ら傍らに転がき、血と胃液の塊を吐き出した。
「あんな体で……、
失った右手側から流れ出ているモノを血液だと信じつつも、西園寺は自分の頭がこの絶望的なビジョンを現実と認識することを拒否しようとぼんやりとし出したとき、横の吹き抜けの下から連続した小さな爆発音が聞こえ始め、すぐ側のダクトから熱気が吹き出す。連鎖爆発が始まった。
絶望感が一気に彼らの中に押し寄せてきた。敵は戦意を失わず、こちらは満身創痍、残弾もわずか。着任後2回目の任務が最後の現場になったことを悟って、西園寺の瞼がゆっくりと閉じそうになったその時、背後の相良がせき込みながら叫ぶ。
「気張れやてめえ!仕事だろうが!」
後ろで聞こえたわめき声に西園寺は我に帰る。血反吐を吐きながら体を起こして守り抜いた人を同士に託し、相良は目の前で職務を投げ出しそうになっている後輩に檄を飛ばす。
視界が広がる。手負いの敵だけを捉えて狭まった世界は、自らが持つ恐怖感と使命感と一緒に再び鮮明になる。すぐ横の奈落の底からは既に火の海が迫り、このままでは全員焼け死ぬことになるだろう。
西園寺は残った最後の抵抗力である腰に付けた小型ショットガンに手を延ばすタイミングを計るが、一瞬の内に行ったどのイメージでも、武器を手に取る前に相手に残った手足のどれかが自分の首を撥ね飛ばす。
選択肢は無い。助けた男を先輩方に託し自分がこの場を抑える。それが最善の道だと受け入れそうになったとき、視界の端から飛び出してきた一条の光と共に歪な鉄塊が近づいてきたと思いきや、対峙する敵の背中に抱きついて取り押さえた。その姿はしがみつく相手に比べても欠けた部分ばかりでとても生きていることが信じられなかったほどであった。
「ヴでぇえ!」
聞き慣れた声。かつての地獄の中で培われた反射的行動。情報が脳に伝わる前に直接動かされる腕が残された得物を引き抜くと、重なる2人に迷い無く余力の全てを撃ち放った。1発、2発、3発、4発。銃口から立ち上る硝煙越しに見えた微笑みは、押さえ付けた悪夢と共に真下に伸びる火柱の中に落ちていった。
「上がれ!」
頬に伝わる熱気から逃げるように足元に声も無くへたり込む体を抱え上げて西園寺達は管理棟の中へ駆け込んだ。既に他の隊員や一般人は避難を終えている。背後から迫り来る崩壊に飲み込まれまいと最後の力を使って彼らは地上に伸びる蜘蛛の糸に向かう。
エレベーターホールにまでたどり着き、安西から手渡された巻き取り機をワイヤーにセットすると、全員が一気に直線軌道で上昇を開始する。するとその直後ホールの中に充満した火炎が出口を求めて彼らと共に駆け上がり始めた。
熱風が髪を撫で、頬を擦り、炎が足元から全身を包み込もうとその手を閉じる寸でで地上に辿り着くと、3人は炎が噴き出す通り道から飛び退き助け出した2名庇いながら身を伏せる。
空のエレベーター口から炎と轟音が噴き出し、大地をゆすらんとするばかりの衝撃の数々を放出して破壊は終わりを告げる。
「相良さん!……これで……?」
「……要救助者2名に隊員3人、全員離脱した。06以上……」
地元の救護班と共に避難者の救護と消火活動が行われる中で対策本部から急行してきた榊は、予想していたとはいえ余りにも予想通りな報告に表情を曇らせ言葉を失った。救われた命よりも失ったものの数々が地下深くから炎となって噴き出してくる光景にその場に存在する誰もが恐怖し、そしてどこかで泣いていた。
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