《7》君から民へ (前)

 8月27日午前5時32分。富山湾沖に停泊するヘリ空母から機体が1機飛び立った。垂直離着陸超音速機ハミングバードの機内では特装1課の実働班9名、理工班2名、そして衛生班3名の計14名が乗り込んだ。一行は襲撃情報のあった関東地下第65プラントに繋がる旧石炭坑、宇都宮坑道に進路を取る。


 今世紀前半まで普及していたローター式ヘリコプターと比べ数段優れたペイロードと推進力を持つ本機の機内では実地戦闘員用の機械装甲服ギアスーツと装備系の調整が現在進行形でかつ急ピッチで行われていた。

 1課理工班、牧田京弥と先輩、小暮こぐれ直人なおひとと共に、次の作戦予定地への道中の間に装着予定のスーツ2着が仕上げられていく。


 パーテーションを挟んだ向こう側で実働班の作戦確認ミーティングが行われている間も、休むことなく行われるその作業に作戦の成否が関わってくると言っても過言ではない。閉所の防衛作戦である今回、使われる弾薬が非殺傷性の粘性炭素弾から硬質チタン合金弾へが変更されていることから、今から向かう仕事場が「逮捕」ではなく「鎮圧」の場であることが窺い知れた。

 襲撃予想時刻までは約24時間。これが現状で彼らが用意できる最大限の防衛力であった。


「これが坑道から65プラントまでの経路だ。現地の詳しい図解は責任者から受け取る手はずになっている。安西、斎藤、三国の3人は上方の制御棟内部で待機。向島、江本、相良、西園寺は接続路付近の水耕プランター内に先行、責任者と協力しながら人払いと迎撃準備を進めろ。対策本部の設置後、俺と榊が合流する。大まかな流れはこうだ」


 今回の作戦には実働班の大多数が参加している。班長の仁藤を中心にいずれも射撃・格闘技・対物戦闘のエキスパートたちで構成されてはいるが、襲撃予想図から得られる情報から見て戦力総数は十分とは言えず、現地の警察署員や地下の職員との協力を事前に要請している。


 飛騨山脈を迂回し新潟、群馬の上空をまっすぐ。目的地への到着まで30分を切り、隊員たちは各々ポジションに応じた装備品とサインの確認、人員の最終確認を済ませた。

 全員がガントレットとグローブ以外の装備を完了させると、隊員たちは自分のグループ内のメンバー同士で握手を交わす。これは親睦の為ではなく、生体認証型双方向通信システム「レッドスキン」のリンクを確立させるためだ。

 握り交わされた2人の手の甲に赤い紋様が浮かび上がる。DNAと体温、心拍や精神状態までを常に管理記録し、それらバイタルデータや視覚情報などを共有することが可能となる。いたってありふれていた技術ではあるが今現在は使うものは数少ない。


「昭和小学校校庭、着陸地点クリア。降下開始します」


 洗練されたターボジェットの静音性とは裏腹にそこから吹き付ける着陸時の噴射は強烈の一言に尽きる。臨時のヘリポートとされた校庭の砂は嵐の様に吹き上げられ、出迎える者たちは袖や服で顔を覆い隠さなければ堪らない程である


「来るって分かってるなら、用意位すればいいのに」

「考えてないんだろ、その時になって慌てるからこんなザマだ」


 着陸が無事に終わり、完全武装した隊員たちが兵装を抱えて校庭に降り立つ。先程まで突風に揉まれて苦しんでいた教頭と校長が、先頭に立つ迎撃部隊長、ナンバー03の向島に詰め寄ってきた。


「下に降りるまで武装はしないという話だったと思いますが?こんな住宅地のど真ん中でそんな恰好で、軍の抗戦派と懇意にしていると誤解されたらどうする気ですか!?」

「アポの内容はよく確認しませんと、我々も生身でしたし」

「屁理屈を言わんでください!」

「どうせ周りの家は宿題の世話に追われて外なんて見ちゃいませんよ。悪いけど時間がないんです、明日の米に困りたく無けりゃ早く案内してください」


 一切の譲歩なく自分の仕事を果たすために相手に迫る向島に気圧けおされ、校長たちは渋々炭鉱への入口へ案内を始めた。背後では再び小さな砂嵐が巻き起こって先行する7人以外を乗せた機体が再び飛び立っていった。


 校庭を出て歩道を挟んだ向かい、向こう30年は深緑を見せていない広葉樹の林が広がる八幡山公園の中を通り抜けると、目的の入り口に隣接する赤い鉄塔が見える。


「あれ東京タワー?」

「宇都宮タワーだ。テレビ時代の遺産だな、どれくらい放置されてるかが目に浮かぶ」

「無駄口を叩くな。これ以上無駄話で時間を取られたくない」


 錆と風化ですっかり古ぼけた鉄塔を脇目に、一行は分厚い鋼鉄のハッチで閉ざされた入り口に目の前に立った。入るには責任者の認証が必要になる。向島に促された教頭が自分のマイナンバーカードを認証機にかざすと、軋む金属音を重く大きく響かせて懐かしい穴倉がぽっかりと口を開けた。


「面倒くさいな、市内の直通エレベータで下れば直ぐだってのに」

「エチケットってやつだろ」

「ご案内ありがとうございます」


 案内人2人に丁寧な返礼を送る06。現代の民間事業者の鑑ともいうべき丁寧な頭の下げ様であったが、なにぶんネオチタン製の図体によるものでは送られた2人も苦笑いを返すしかなかった。


「ほ、本当に彼らは来るんでしょうか?この奥では日本の国内消費の2割の穀物を作ってるんですよ。そこを襲うことの意味を知らないはずがない」


 50年代に日本の地下各所に制作された地下農耕施設プラントは、10個の大型施設が並列に接続されて稼働している。1から10までの設備が同じ作物を同じペース、同じ肥料や栄養剤で同時に育成するため、そのどれか1つが停止すると並列する10個の施設全てが安全の為に機能停止を停止してしまう。

 主食である小麦や米を生産する60番代プラントが停止すれば今現在の人口の日本にとって深刻な打撃になることは間違いないだろう。


「恐らく知っているでしょう。知っていてなお、見ず知らずの犠牲の方よりも自分たちの帰郷の方が、彼らにとっては優先すべきことですから」


 闇に吸い込まれて行く彼らの姿を見送りながら、校長たちは今日の安寧が変わりなく続くことを願って自分たちの居場所に帰っていった。



#################



―02、坑道内に入りました。現時点で障害無し、このまま続行します―

「こちら02了解、散開地点でもう一度連絡しろ」


 校庭から再び離陸し、機体は宇都宮市街に向かって進路をとる。燃料の補給と指揮所の確保の為に宇都宮中央警察署へと向かう機内で、仁藤ら別動隊と理工班の2人、そして衛生班は短いミーティングを行っていた。


「今、迎撃組が宇都宮坑道に入った。あちらが現地に到着するまで1時間ほどだ。俺たちはこの間に中央警察署に対策本部を設置。俺と榊以外は本部での緊急事態に備えてそのまま待機だ。現地の機動隊と共に追加の装備を持って下に降りる」


 粛々と作戦概要が伝えられていくその直ぐ脇で仁藤が装着する58式ギアスーツの最終調整を行う牧田と小暮。腕部への実戦装備を終えたところで小暮は牧田に耳元で問いかけた。


「待機でいいのでありますか大査殿?昨日まではあんなに荒れていましたのに」

「止めてください先輩。いくら何でもそう1週の内に何度も噛みついてたんじゃ僕もここに居られなくなります」


 出発の前日までくどくどと愚痴に付き合わさせた身として些か不安に思うところはあったものの、ようやくもってシングルオペレーションから解放された任務に臨むことができることに内心喜びつつ、小暮は後輩の上司とともに赴く初めての仕事に胸を躍らせていた。


「(何も起きなければいいんだけどな……)」


 5分もかからず機体は目的地に到着した。実働班の残りがヘリポートに降り立つと出迎えに出て来た中央署の所轄員は先程と同じようにその姿に圧倒され一歩ずつ後退する。仁藤は既に全身の装着を終え、脇に控える榊の装備もおおよそ物々しいものだ。削りだされた金属面が曇天から覗く陽光を反射しその者の存在感を強めている。周囲の緊張感も比例して高まる中、所轄員らの奥から出て来たのは中央署署長。仁藤に現在の状況を報告するために恐る恐る近づいてくる。


「現在、本体側に続く6つの接続路のうち半数の封鎖が完了しています。並列する64、66への接続路と上向じょうこうの主要搬出路は今月の出荷作業の遅れが影響していて時間がかかっているようで」


 足早に署内を突き進む鉄塊の後ろにくっつく十数人の署員とそれを挟むように最後尾に付く小暮ら。定刻通りに事が進むことはほとんど無い現場故に仁藤は全ての行動を普段の倍近い機敏さで行う。


「農協組合長に即時の封鎖を要請しろ、実行予定まで余裕は無い」

「それが、当の組合長が『隣のプラントとの接続は立つ必要はない』と主張して要請の完遂を拒否している模様でして」

「ならここの機動隊員と一緒にけん制するまでだ。国営に好き放題主張させていたら仕事にもならん」


 堅黒かたぐろいシルエットから漏れる声は普段にもまして冷徹さが増している、少なくとも小暮はいつもそのように感じていた。行きかう大人たちが道を開け放ち、その間を2メートルの鎧武者と痩せぎすの中年男性が並んで歩く光景は特装には日常でも他では滅多に見ることはできないだろう。


「しかし農協の穀類部門は経産省との結びつきが強く、まともに刺激すれば警視総に対する圧力にもつながるのでは……?」

「お前の仕事は今の事態の収取だろう。ここの生産拠点を民間人に抑えられれば都心部の食糧基盤に打撃を与えることになる。東抗とうこう達の抗議活動に勢いをつける結果にもなりかねないぞ」


 頭部に備えられた赤黒いカメラからの視線に押され、署長は苦し気な面持ちながらこれを承諾した。そうすると次に彼は機動隊員の緊急出動までには時間がかかる為、1課の作戦行動を少し遅らせてほしいと頼んできたのだ。仁藤になぜかと問われた所長の顔色はなぜか気持ち晴れやかなものに戻る。


「実は未明に民間人から、市内に不正銃器の買い込みがあったとの通報を受けまして、先程暴徒鎮圧装備の機動隊5名をそちらに出動させました。以降まだ報告を受けてはいませんが、市民活動規模の武装組織であればすぐに捕縛できるはずです」


 外殻の内側の顔が張り裂けそうなほど紅潮する。はるか後方に控える小暮は空気の切り替わりを肌で感じ取って、人込みをかき分けて仁藤のすぐ後ろで控える榊のハーネスを掴んで後ろにまで引きずっていく。


「何分前だ?」

「は?」

「何分前に出動した!?」


 問いが聞こえる前に伸ばされたアームが署長の首にかかる。予備起動状態で出力こそ低いものの、重機に引きずられるにも等しい力で引き寄せられ署長は声を出すこともままならない様子であった。


「かっ……、に”ィ!!」

何時いつだ!?」

「に”ぃ、20分前に……」

「場所は!?」

「か、かぬまい……鹿沼かぬまの田園区画跡地に……」


 答えるとほぼ同時に放り出された署長の体は床面にへばり付いた。仁藤は180度回頭しヘリポートに引き返す。振り向いた際にアーマーの端が備品や壁に引っかかって損傷するのが分かっていた小暮は足早に通り過ぎる仁藤に自分達の今後の対応を聞いた。


「理工は本部の設置を急げ!榊、衛生班と鹿沼に向かうぞ、操縦しろ!」

「はい!」


 出迎えの所轄員を押しのけて仁藤らはヘリポートまで駆け出した。所轄員たちが再び屋上に戻る頃にはハミングバードは本加速に入り小指の爪程の大きさになるまで離れていった後であった。

 引き倒された所長を抱え起こし介抱する署員の隣で小暮は突然の暴力と非礼を謝罪した。普通の企業であれば身代わりに理不尽な叱責も受けようモノだが、余りにも突然出来事によるショックで署長はしばしの間口がきけそうにも無くなっている為、小暮は手早く自分らの仕事を終わらせる為に周りに声をかけ始めた。


「さぁ大査殿、ここからが我々の……」


 振り向いた小暮の視線の先には呼びかけた相手はいない。嵐が過ぎ去ったのを確認し、屋上から戻ってきた警官たちが再び慌ただしく自分たちの仕事を再開し始める様子を見て、小暮は”怖い人たちがみんな出て行った”のだと察する。


「最近の子はアクティブで困るなぁ……」


 熟練技師がほっこりとその影を見送ったのに対して、発進後の機内の空気は張り詰めている。原因は操縦席に座っていたイレギュラーによるものだ。


「何故そこにいる牧田?」

「計画外のオート飛行に加えてあちらの戦力が分からない以上、スーツ1人での救援行為は危険です。榊さんが班長のバディとして一緒に降りる為に操縦は私が」


 牧田は列の先頭で仁藤が声を荒げている隙に機体に戻り、先にエンジンを始動させていたのだ。お陰で4人が戻ってきた際にスムーズな離陸が出来たのだが命令に背いて尚も悪びれること無く操縦を続ける牧田に対しもっとも憤っていたのは榊であった。


「自分の仕事をしたらどうだインテリ!」

「装備の確認を、2分も掛からずに着きます」

「お前!」


 操縦桿を握る腕に掴みかかろうとした榊を制止したのは、先程、他所の署長を締め上げていた仁藤の腕だった。


「班長!?」

「助かった、鹿沼までフルスロットルだ。急げよ」


 既に声は落ち着いていた。掴む腕を下ろしてそのまま格納庫へと戻ろうとする背中に榊が何故かと聞くが、仁藤は答えを返さずに自ら扱う武器装備の確認を始める。


「もう恐らく現地では銃撃戦になっているはずだ、対地戦闘準備をしろ榊」

「ですが班長!」

「準備しろ。3度は無い……」


 装甲の隙間が加圧によって閉じられスーツ全身の駆動系が本格的な稼働を始める。部下に命じるその声に元より甘さなどは微塵も含まれてなどいないが、戦闘稼働したバイザーアイの奥から響くその声に、榊はいつも以上の闘気と憤りを感じて格納庫へと駆け出して行った。



#################



「署から応援は!?」

「駄目だ!非常用周波数も妨害されてる!」

「このままじゃお陀仏だ!」


 鹿沼市山間部、襲撃実行犯の潜伏先と思しき田園区画の集配倉庫跡地にて、宇都宮中央警察署から派遣された機動隊員たちは重機関銃の絶え間無い脅威に晒されて身動きが取れずにいた。

 朽ち果てかけたコンクリート製のブロック塀をまるで綿あめのように吹き飛ばしていく12ミリ弾の斉射を乗ってきた装甲パトカーの車体で凌いではいるが、現場の隊員5名の内2名は負傷し、うち1名は激しい出血を伴っている。


「動くなよ!凍結処理が崩れる」

東抗とうこうの過激派じゃなかったのか!?ここまでの装備があるなんて」


 パトカーの専用無線からは依然返答は無い。負傷した隊員は今にも瞼を下ろしそうなほどまで衰弱しており状況は絶像的であった。隊員の1人が諦めて投降を申し出ようと車両の拡声器に手を伸ばしかけたその時、遠方からかすかに聞こえていた噴射音が徐々に自分たち側に近づいてくるのに気付いた。


「おい!あれ軍用のVTOLじゃないか!?」

「総庁の特装だ!署長が知らせてくれたんだ!」

「なんでも良い!おい聞こえるか!こちら宇都宮中央署機動隊員の二階堂だ!支給火力支援を頼む!」


 拡声器の指向性モードで隊員1人が機影に呼びかける。相対距離にして1キロ程。急速に近づいてくる機体のシルエットがはっきり視認できる距離に入り始めると、隊員の背中越しに弾丸の雨を降らせる建物に機体から3,4発の光が飛び、次の瞬間辺りに衝撃と爆発音が広がった。


「初撃、目標手前2メートル地点で炸裂。対象の建物内、生命反応確認できません」

「遠隔操作か。ケーブルは!?」

「周囲100メートルに反応無し!」

「よし、冷却ハンマー用意。火元を直接叩く」


 建物から50メートルほど離れた空中で機体はホバリングを始めた。仁藤の合図でサイドハッチが開くと、それと同時に彼に抱えられたミニガンから無数の銃弾が容赦無く建物内の熱源に向けて放たれ始めた。弾頭はテルミット反応を利用した焼夷弾頭。着弾すると同時に数えきれないほどの火の粉が内部で舞い上がり、炎が窓や入り口から吹き上がり、連鎖するように爆発が始まる。1つ2つと加速度的に爆炎の数は増していき、仁藤が射撃を止める頃には機動隊を脅かす弾丸の雨はその出所ごと燃え落ちていた。


 機体はうずくまっている隊員たちのすぐ後ろに着陸し、すぐさまハッチから2名の衛生班員が飛び出していく。緊急輸血と焼結縫合によって止血が施されたものの、負傷者2名のうち1名が重篤な状態であるとの報告を受け、仁藤はその場に残って救護を続けるようにとの指示を与え、榊と2人で煙の立ち上る倉庫跡へと向かう。


「電波は出ていたのか?」


―外部発信も受信もされた形跡はありません。そこの建物は完全に外部からの接続から切り離されています―


「無人要塞なんて、そんなものの為にあんな被害を……」

「今は情報を集めるぞ。通報が真実ならプラントの襲撃計画と無関係とは思えん」


 端にいまだ炎が残る建物に入った2人を出迎えたのは、大量の食糧の燃えカスと山積みになった弾薬、そして配線でがんじがらめになった数基のオートキャノンのみ。そこには構成員どころか死体の1つもありはせず、完全な囮として仕立て上げられた砦であることを物語っていた。


「嵌められたわけですか」

「まだ分らん。奥の部屋を調べるぞ。機銃の操作元が分かるかもしれん。牧田こっちに来い」


 機銃に繋がれたベルトリンク。断熱処理のおかげで暴発せずに残った数戦はくだらないライフル弾の山をかき分けて突き進むと、倉庫の奥深くに重々しい対爆扉が姿を現した。仁藤は自ら盾代わりとしてドアを開けて内部に先行し、後ろの2人はその後に続く。


「これは、また……」


 思わず声を漏らした牧田であった。およそバスケットコート程のスペースに隅々まで張り巡らされた配線類、排熱の蒸気が見える程激しく稼働を続ける無数のパーソナルジェネレーター。そしてそれらの中央に鎮座していたのはかつてありふれた形として存在していた家庭用のパーソナルコンピューターであった。


「どこでこんなもの?」

「今は気にするな。牧田、送受信記録を調べろ。ついさっきまで人がいたのかもしれない」

「通報はブラフではなく真実ということですか?」


 部屋には人間の痕跡らしきものこそ無かったが、このような辺境地に整備された通信環境が存在しているという事実が何者かの介入を決定づけている。

 牧田は自分のPENのハッキングデバイスを用いて内部データに手早く侵入を果たすと外部からの受信ファイルをすぐに探り当てた。


「モニターに出します」



#################



「無茶を言わないでください!ここの現状も把握しないで勝手なことを!」

「一昨日の時点で文書通達をしたはずなんですがね。力ずくが嫌なら協力して頂きませんと」


 地盤剥き出しの坑道を通り抜け、厳重なシールド保護が施されたプラント接続路に辿り着いた向島ら先行組であったが、農協の組合長との押し問答によっていまだに施設の閉鎖を完了できないまま20分余りの立ち往生をする羽目に遭っている。


「脅迫の文書も声明も、ここには届いてはいないんです。そんな与太話を鵜呑みにして生産ラインを止めたりなんかすれば向こう1か月の食糧が無駄になりますよ!」


 向島が押し切れなかったのはプラント側の言い分にも理があったからだ。地下プラント製の穀物類は立地や品種改良の影響で収穫するまでの品質の変化が激しく、少しのミスや遅れで出荷が不可能なレベルにまで劣化する可能性がある。少なくとも現在の有人態勢では生産に支障をきたさないようにするために工程の一切に手を加えることは不可能なのが現状であった。

 向島は警務省からの退避勧告書を突き付けても効果が無いことに呆れながらも、せめてもの被害軽減に努める為にこの20分説得を続けていた。幸い計画書の情報通りなら襲撃までまだ幾分かの猶予があるはずであるが、一般人の撤収には時間がかかるのが常である以上、このような問答は早く終わらせたいのは部隊の総意であった


「ったく足元見やがって。占拠されたら出荷どころの話じゃないんだぞ」

「まぁ農協との利権問題もありますから。現場の独断で供給を減らしかねない事態に陥ったとあれば彼らもただでは済まないのかもしれません」


 06、江本えもと幹泰みきやすと07、相良さがら雄一ゆういち。配属されて4年、およそ2か月の先輩後輩の関係にあたる2人は交渉の場を5メートル後ろから眺め、その気になれば実力行使で事に当たれるように控えている。無論そんな方法をとれば自分たちが防ごうとしている行為と何ら変わらないことは彼らも理解している。銃を向けて立ち退きを迫るようなことは避けるべきであるが、このままお堅い農家連中の首を縦に振ることがなければ不本意な手段も飲み込まなければならないのも彼らの仕事なのである。


―03、こちら05。管理棟内部、上部吸換気棟に到着。対電波かく乱機と対物通信機の設置を始める―


「こちら03了解。……いいか、貴方ら関東住まいは東抗とうこう共の見境の無さは知らないでしょうが、連中は自分らの目的のためなら人殺しも平気でやるような連中の集まりなんだぞ。ここが落ちれば奴らの要求の材料に利用される。そうなった時だ、本当の脅威になるのは」

 

 向島は焦りとじれったさで逸る気持ちを抑えながら組合長の説得を続ける。しかし開けた施設の中心部で話し合う彼らの熱量に対して、どことなく違和感を感じていた最後尾のナンバー10、西園寺春実は育成機の数々や自分の周囲を見回して不意に問いかける。


「あの、他の他の方々はどこですか?」


 育成機を格納する1つのプランターだけでおよそ400平方メートル程の広さを持つ地下空間である。向島達が到着した際には忙しそうに多くの作業員が行き来していたが、辺りを見回してみても見えてくるのはアクリル越しに実る稲穂と水流、錆が出てきている古ぼけたロボットアームだけだ。


「今は休憩時間?」

「いえ、人員は完全に入れ替え制ですからいなくなるはずはありません。おーい!誰か!どこに行った?みんな!」


 その時であった。小さなスパーク音を誰かが耳の片隅に拾って1泊も空けず、彼らがいるプランター内の照明全てが落ちて暗闇に包まれたのだ。完全な漆黒の中で普段の訓練通りに隊員たちは防御体系を整える。声を掛け合うことも無く、お互いのポジションを相互に理解しあうことで死角を失くす。自分の周りを隊員の防御陣に囲われる組合長の怯え声だけが暗闇に響く中、非常用電源が起動し間接灯が彼らの足元を照らし始めた。


「05、05!どうした?かく乱機の誤作動か?」

―いや、外で強い電波が流れて制御系統が誤動作を起こしたらしい。一時的なものだ、こちらで治す―


 4人は陣形を維持しつつ外側の四方への警戒を厳とする。3丁のハンドカービンと1丁の重散弾砲が不意に備え目を光らせる中、向島は通信で周囲一帯の熱源スキャンを要請した。


―こちらで確認できない、そっちの視界に直接映すぞ―


 隊員たちの背中に囲まれ薄明りの灯される地面で腰を抜かしている組合長に、向島は今日この現場でシフトに入っている作業員の人数を聞いた。


「12、3人のはずだが?」

「……じゃあこれは何だ?」


 ヘッドギアにに内蔵されたディスプレイ内のレーダーに映し出されたのは、自分達の周囲を取り囲むおよそ40余りの光点である。それらの反応が示すのは「照合結果ナシ」。つまるところの「敵味方不明」というものであった。プランター内にひしめき合うそれらの光点が動きを止めると同時に向島は雄たけびを上げた。


「防御態勢ぇええ!!」


 小さな火花が所々で散るのと同時に各員は携帯型の折り畳み防護壁を起動してその場にしゃがみこむと、尋常ではない数の火線が彼らに向けて一斉に投射され始めた。それはまるで濁流のように彼らを飲み込み、衝撃と轟音に押しつぶされまいと耐える事しか今はできない。


「畜生、罠かよ!」

「防壁耐久値60%!」

「散開して射線を分ける!10は俺と、06と07はそいつを連れて行け!ゴーゴー!」


 猛射に耐えながら陣形を再編し、申し訳程度でも射撃の出所を確認すると、向島の指示通りに彼らは二手に分かれて疾走する。


 手近な遮蔽物か屋内を目指して突進する相方を背後のもう1人がカバーするようにして進み、向島らは仮設の詰め所、相良達は鉄製のカーゴが積み上げられた資材置き場になだれ込んで一先ず身を隠す。


「エグイなこりゃあ」


 相良は驚いた。旧世代型のライフル弾でさえものともしない強化アクリルで作られた防壁が、まるで熱された棒を突き立てられたアイスクリームの様に抉れて溶け固まっている。もう数秒撃たれ続けいたら自分の体がこうなっていたことだろう。


「相良、マークを頼む。外に出たらスピード勝負だ」

「了解!」


 ギアスーツの照準補足は赤外線や熱探知によってより容易になる。装着者の江本えもとの補助として相良が背中に担いでいたガジェットの1つ、筒の筒状の装備を下ろすと、銃撃の中それを勢いよく投げ出した。


「スレットスキャン開始!」


 ガジェットから小さな球体が打ち上げられ、暗闇の宙の中頃にまで達すると、そこから周りにレーダー波が投射され始める。放たれた波紋が生物に吸収され無機物からは反射することによって周囲半径約70メートル程までの物体の位置を正確につかむことができる。


「回り込まれる前に突破する。そこのオヤジに付いてくれ」

「前は任せる!」


 積まれた荷の影から鋼鉄の鎧が姿を現すと7つほどの̠火線が一気にそこに集中し始めた。火花と破裂音によって角ばったシルエットが暗闇からくり抜かれると、江本の反撃が始まる。


「喰らえ家無し共!」


 48ゲージのフルオート。毎秒3発のペースでばら撒かれる48発の小型タングステン球が装甲越しに映る熱源体向けて投射され始めた。瞬く間に放たれた最初の4発で1人が倒れると、周りの人型熱源は身を隠し始めることによって隙が生まれる。その間に先陣を切る江本のスーツの後ろに付く相良と組合長。成人男性の2倍近いガタイは最高の弾除けとなっていた。死角となる後ろからの攻撃を警戒しながら相良は燃え溶けかけた防壁で隣の禿げ頭を庇いつつ後退していく。


「03が交戦中の模様。本部へ連絡、至急所轄機動隊の増援を求む」


 運び入れてきた対物通信機によって別動隊長の安西は地上の対策本部へと連絡を試みる。しかし彼らの予想に反し、4度目のコールの後返答を返してきたのは後続としてこちらに向かう予定であった班長である仁藤であった。


―‥‥‥ちら02、こちら02!プラント内迎撃班及び上部索敵班の全員に告げる。退却せよ!至急退却せよ!―


「こちら索敵班05!繰り返しお願いします!」


 通信の背後の喧騒。男達の叫びや激しい足音が響き渡る中、再び伝えられてきた情報に仁藤の言葉を前に周囲の雑音はかき消えた。


 「60番代プラントに残る者は至急退避しろ!じきそこは全て爆破される!」

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