《4》道から同士へ
「信じられない……」
「まさか!このような子供に」
「子供に見えますか?彼女が」
とある廃都、忘れかけられた古い国の中枢だったこの場所で、彼らは奇跡を目撃していた。光は人体を巡る血液のように部屋の中を行き交い、彼らの周囲に並ぶ艶やかな黒いモニュメントに吸い込まれる。スーパーコンピューター、それはかつてそう呼ばれていた。
「自分が信じたいものしか信じられないのよ、そういう年頃なんでしょ?」
「
「分かってるわよ、向こうで大人しくしてるわ。少し疲れたし」
「勝手は無しだぞ、いいな」
緩く後ろに手を振りながら、小さな背中は部屋を後にた。ここに残るのは型通りの仕事着で身を固めた5人の中高年らと、フォーマルに身を包み
「安藤とかいったな。何の目的があってあのような真似を?」
「プロモーションとでも言いましょうか。あなた方と同じく、私も過去の栄華の残骸にしがみついている愚かな男です」
「残骸だと!」
激昂し食って掛かろうとした一人をもう一人が制止した。周りでは鮮やかに色づいた情報の濁流がケーブルを行き交い、その速度は段々と増している。
「逸るな!かの御前だぞ!」
「こいつ、神体を侮辱したんですよ!」
「人の作った配線と鉄の塊をありがたがる意など私には分かりません。しかしあなた方がこの先このような活動を続けていくおつもりであるならば、彼女の力は間違いなく有用なものでしょう」
未来に置き去りにされた部屋の中で、1人は怒り、1人は懇願し、1人は挑発的に吹っ掛ける。周りの者達は話し合うでもなく皆思い思いの表情で思案に耽っている様子だった。
「あまり時間は無い筈ですが?」
「……いいでしょう」
思案に耽っていた1人の男がそれを承認すると、周りの者達も一人また一人と続いていく。
光の泳ぐ巨大な脳の中で、彼らは己の望む未来を作るために集まり、その舵取りを今まさに選び出そうとしていた。
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2047年、日本は国産初の大規模国営型人工知能、所謂「戦略型AI」"シキ"を開発した。運用試験が開始されたシキに初めに与えられた仕事、それは人災を避けるために無人による絶対安定のコントロールを求められる事業の管理であった。そう、原子力発電である。
20年代以前の反対運動によって急激にニーズを失い発展が止まった原子力発電であったが、寒冷化による日照時間の減少、水源の凍結、突発暴風などによる再生可能エネルギーへの打撃によって再び日の目を見ざるを得ない事態に陥ったのだ。
結果は国民の期待を裏切るものだった。つまりは完璧すぎたのだ。約2年半による大小様々な規模の実証実験と、関東平野の地下原子炉での運用実績は、半世紀以上もの間核物質と付き合ってきた人間よりも圧倒的に安定しており、その結果は世界中に轟いた。
世界が認めざるを得なくなったのだ。「AIに任せるべきことがある」ことを。
そして2050年11月30日。日本のエネルギー産業を一手に担う為に、国内外の叡知の結晶とも言える多目的戦略型AI「
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「これにて総会を終了します。」
2087年8月6日。中京都地下1700メートルの位置に広がる地下空間「ジオフロント名古屋」。細々しく存続する日本という国の臓腑が納められた空洞の中で、国内の非国営事業の運用総会が行われていた。
「山岸事務次官殿!少しお時間をよろしいですか!」
農業・発電・防衛の三大国家産業に含まれぬ警察。国内最大の治安機関実働組織の長として
「少し声を落としたまえ。ただでさえよく響くんだ」
「あはは、いやー直そうとはしているのですが、これがなかなかに難しく……」
今年で78になるにも関わらず、猛禽類の如く鋭い眼光で畠山を流し見る外務省事務次官、
「要件は何だい?お互い暇を持て余す身でもいないだろう」
「えぇ、時間は有り余っていますがね……。先程のお話、本気で考えておられるのか確認したかったもので」
「君らしくないな、一度口から出て来たものを疑うなどと」
荷物を抱える秘書がついて行くのもやっとなほどの早歩き。エレベータに向かうその足取りにはお互いが抱える問題や仕事の多さが浮き出てきている。
「それは、総理大臣などという言葉を7年ぶりに国の会議の場で聞きもすれば無理も無い事でしょう!」
「必要な役職だ。海外の政府も日本という国の代表がいつまでも不在のままではおちおち復興への支援もままならんしな」
「それでは、既に東京での災害が終わったと仰っているように聞こえますが?」
傍で話のこぼれを掬う相良の顔がわずかに引きつる。この会話が着地点に行きつくまでに通る道のりが激しい衝突を起こしかねない危険なものだということを感じ取ったためだ。
「終わったことさ。少なくとも国民の大多数はそのように考えている」
「侵略を受けて犠牲を出して、そこから逃げ延びて時が過ぎ去れば終わりだというんですか?」
「侵略だと?あれは事故だ。人間の怠惰と不用意な依存が招いた痛ましい事故だよ」
「事故であるならば救助の許可をいただけませんか?」
「私に言うことではないだろう」
先程より歩みの速度を増した一団の熱は、先頭の山岸がエレベーターホールにたどり着いたころには、歩き始めの倍以上に膨れ上がらせていた。
「言い含める力があるとお見受けしてこうしてお願いさせていただいているんです!現在の警務大臣を総理へと推薦する以前に、ご自身の責務から目をそらさないでいただきたいと!」
「であるならなおさら手は貸せないよ。私の仕事は諸外国に今の日本という国の姿勢を示すことだからね。彼以外に今の国政の舵をとれるものはいないだろう。軍隊まがいの民間の武装集団の主張を聞き入れたとあっては信頼に関わる」
「我々は軍隊ではありません」
「なら法に従うことだ。それがかつての警察の仕事だからな」
エレベーターに共に乗り込もうとするのを息を切らした秘書に制止され、閉まりかける扉を挟んで畠山は一礼をもって現法務大臣を見送る。再び上げられたその顔には先程の劣化のごとき苛烈さと変わって、いつも通りの明るさが顔に戻っていた。
「まったく、言われ放題でやんなっちゃうね」
「突っかかったのはこちらですから、まぁ無理も無いかと」
「それを言われると弱るな~」
「一日二日で擁立できる物でもないでしょうから、ここは引くことも大事かと思います」
再びやってきた空のエレベーターに乗り込んで二人は地下の地上に降りる。昼夜の感覚を維持するため日常と同期された天蓋の人工太陽が光り輝く中、計5時間にも及ぶ雑事から解放された2人は仮初の住まいへの帰路に着こうとしていた。
「こんなことを半年に1回決まって催してるなんて頭が下がるよ。この集まりの費用だけで国営に戻せる事業が3つはあるんじゃないかい?
「まぁ機災前から続く慣例的なものですから、意義を見いだしている者の方が少ないのも無理はないかと」
「こんなことなら選抜会の方に参加したかっな。今日中には無理そうかね?」
「厳しいでしょうね。気圧差はともかく色々目もありますから」
主に模擬戦闘の成績や意識調査から選出される特装1課実働班員は、半期毎にその定員である20人が選び直されるが、この数年は新しい候補者の数が定員を下回り続けている。
本来であれば課長自らが立ち会うべき大事であるが、責任ある立場の人間が大幅に減ってしまった今となっては、起こるかもしれない大事の為だけに牙を磨くもの達の存在は軽んじられがちな風潮が広まりつつあるのだ。
都市一つ分がまるまる収まった巨大な地下空洞であるここには行政機関だけでなく宿泊や娯楽のための施設も多数併設されており、1課の2人も今だけは官用のホテルに部屋を借りて滞在している。
本業のために地上に戻りたい畠山であったが、地下深くに存在するこの都市から地上に戻るためには減圧処理や退場手続きのために丸1日分程の時間が必要になる。それほどまでに厳重な管理下に置かれているのがこのジオフロント名古屋なのだ。
自分の宿泊する部屋に戻り慣れない背広をベッドの上に投げ捨てると、畠山は室内の専用光電話で地上への連絡を頼んだ。個人通信規制条例が可決されて以降、私用の連絡にも公的な機関の仲介が義務付けられた為に一般人の個人端末からは通信機能は削除されている。
畠山の持っているPENには通信機能が備わっているが、およそ50キロメートルの距離を隔てた電話に用いるには力不足であった。
「これなら文通の方がマシかもな」
報告会自体の日程はこの日のみ、その前の4日間は関係各所への挨拶や食事会などの雑事に費やされ、畠山は辟易としていた。
「何の用だ」
「自分の部署の事、連絡しちゃいけないのか?」
「伝えるようなことは戻ってから聞きに来い、つまらん連絡なんぞ寄越すな」
電話口の相手は不快感を隠そうともしない。しかし選抜式の開始まで10分を切り、駐屯地内では祭りの前日準備日と思うほど慌ただしさで満たされている中で、半年振りの光電話が上司からかけられてくれば苛立ちもするだろう。
「そっちはどうだ仁藤?」
「どうだも何もない。半年に1度の慣例というだけだ」
「つつがなく進んでいるならいい。悪いが上を頼む」
「まるで自分が一度でも責任を持ったような口ぶりだな」
「そのつもりさ、少なくとも今はな」
「切るぞ、思い出話に付き合うつもりはない」
「あぁ待て!例の警務省についてなんだか……」
ベッドに腰掛けながら話すその口調は友人に向けるものように軽い。この
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「班長、準備終わりました」
中京都豊田市、警視総庁特殊装甲1課駐屯所。筆記・面談を通しての最終日、実働班配属をかけた実技試験開始まであと5分を切っていた。
「失礼しました、お電話中に」
「いやいい、スパムコールみたいなものだ」
「スパッ……何ですか?」
所謂ジェネレーションギャップ。今年で44になる武骨漢にとっての精一杯のジョークが今の若者に通じることは無かった。
「候補は?」
「格納庫で待機中です。今年は粒ぞろいですよ」
「皮肉はもう少し隠せ。全員に実戦装備を」
駐屯所地下4階、車両や装備が収められている地下格納庫内。そこの中に目標物や建物が実寸大で配置された”キルハウス”が作られている。2階建て400平米ほどの大きさのスチール製の建物に作られた4つの入り口には、それぞれ候補者がスタンバイしている。
「実戦と言いますと対物装備を?」
「いや対人だ」
「お言葉ですが、今期は新入隊の者も含めて最終実技は4人のみです。わざわざ怪我人を出して減らすようなことには……」
「お前はココが人間相手に負傷するような奴に務まる職場だと思うか?」
待機中の候補者には、炭素マイクロファイバー製のインナースーツに防弾ベスト、パワーアシスト付きスチールブーツ等が配られていたが、武器装備の類は渡されていない。試験の開始直前に配られるそれらを活用することで現場での柔軟な判断力を見るというものだ。
「それでは最終実技を開始します。候補者の方々は手元のシューターに入っている装備を用いて、事前に伝えられた目標を達成してください。」
ブザーが鳴り、候補者の手元に設置された箱の中に内部を通ったレールに乗せられて装備が送られてきた。装備はRYUBI-type45ショットガンとMk80ハンドガンの2つだ。マガジンを外して装弾を確認し、コッキングを済ませた候補者が別々の入り口から突入を開始した。
1から4の番号を振り分けられた候補者の位置は、仁藤らが待機する指揮所の3Dレーダー上に表示される。3番の候補者が角々毎にしっかり警戒をしながら進むのに対し、2・4番はウォーキング程の速さでずかずかと進む。2番の候補者がキルハウス内配置された非殺傷装備の
「今のは!」
3番が驚きの声を漏らすと同時に背後から敵目標が迫る。振り向きざまに敵の腹部に散弾を1発撃ち込み、姿勢を崩した頭部にハンドガンを連射した。
「やっぱり
機能停止した機械兵を眼下に3番は驚きながらも、次々と迫る敵に対して冷静に引き金を引いていく。邸内に配備されたアーマンは20体、いずれも決められたロジック通りに動く単純なものであるが、人間と違い完全に停止させない限りこちらに向かってくる。計8体が破壊されたところで指揮所にいる仁藤がマイクで指示を飛ばした。
「斎藤、入れ」
勝手口、正面玄関、庭、天窓。それぞれから侵入し計12体のアーマンが破壊された時点でまだ目標は見つかっていない。天窓から侵入した2番が上部を制圧したところで階段を上がってきた1番と合流した。
「目標は!?」
「ここじゃない、地下のワインセラー」
「主犯の格好は?説明ではお前が知ってるはずだ」
「茶色の目出し帽にアーマーベスト、下は黒の防寒着」
「よし、下の二人と合流を……」
1番は視線を外すことができなかった、目の前にいる味方が引き金に指をかけているためだ。
「何の真似だ?」
「
「……お前っ!?」
右手に握るハンドガンを構えなおす前に2番の隊員は1番の襟元を掴みよせ、自分側に寄った相手の足を引き払おうと姿勢を落とす。しかし1番がスチールブーツのアシストを使って床に踵を食い込ませて耐えると同時に、2番に強烈な頭突きをお見舞いした。
「ったぁ!!!」
「余裕こき過ぎだァ!」
よろめいて2番は後退する。図らずも距離をとった形になり1番が2番に銃口を向ける余裕が生まれていた。およそ2メートルほど空白の両端に拳銃を構えた強面の偉丈夫と、強烈な衝撃に額を抑えて膝をつく面長の中肉中背が相対する。
「大丈夫ですか!?」
同僚の争う声と異音を聞きつけ、3番の隊員が階段を駆け上がってきた。ヘッドギアから垂れる栗色の髪が汗に濡れて光り輝き、顔には疲労と心労の両方が浮き出ている。
「上がられるのが見えたんですけど、まだ敵が!?」
「自分の仕事しろ新入り!」
2番が後ろからの乱入者に気を取られた一瞬、1番はブーツのアシストを使って床に着いた側の足で床を蹴り一気に前に飛び出す。わき腹を突かれバランスを崩したところを一気に抑えに入られ2番は1番に組み伏せられる形になった。
「相良くぅん!これで逆転だね!」
「くっ、ったく……」
「おっと3番さん動かないでね。こいつを押されたらまずいだろ?」
組み伏せた上から2番に突きつけるハンドガンと逆の手に握られているのは親指ほどの大きさの突起物だ。
「人質の傍についてるアーマンの制御系さ。これを押せば全身の回路が一気にフル回転して炸裂する、ただじゃすまないだろうねぇ!」
「なっ!」
到着した際に3番が構えていたのはショットガンであった。この位置関係のまま撃ち放てば組み伏せられた仲間ごと撃ち抜くことになるが、持ち帰る隙はおそらく与えられないだろう。そしてこのまま時間を浪費すれば人質に危害が及ぶ可能性も高くなる。
「何迷ってやがる、早く撃て!」
「え!?し、しかし……」
「人質が死んでもいいのか!俺ごと吹っ飛ばせ早く!」
しかし3番には引き金が引けない、引けるはずもない。その理由を知っているはずだという訴えを瞳ににじませても、ただ一瞬の真空が繰り返されるだけであった。
ジーーーーーーーーーー
耳をつんざかんばかりのブザー音が辺り一帯、キルハウスの外に広がる格納庫中に響き渡った。
「終了!総員武装解除!」
全員のヘッドギアに通信が入るのと同時に、使用していた火器の安全装置が自動で作動する。トリガー自体が機関部に格納されこの場にいる全員が自動的に武装解除されたのだ。
「お疲れさまでした、各員は所定の位置に装備を返却後、控え室にて待機してください。追って隊員から通達があります」
「お前……」
組み伏せられていた2番の隊員は、大粒の汗をしたたらせて呆然とした表情で静止している目の前の3番に詰め寄った。
「なんで撃たなかった?」
「お、終わったんですか…?」
「えぇ、目標が達成されたんです。演習の目的は果たされました」
「……良かったぁ」
全身から力が抜けてその場にへたり込んだ彼女の手から滑り落ちそうになったショットガンをひょいっと2番が拾い上げる。
「気抜くな!まだ見られてんだぞ!」
「すいません!……でも、ほんとに……」
ヘロヘロと階段を下りて待機所に戻っていく3番の背中を見ながら、1番の候補者はあきれ顔でストレッチを始める。
「あれが今期の新顔?もうなんか第3
「まぁ動きは悪くねぇだろ。目立った負傷も無いみたいだし」
「目標」
「んあ?」
「疑問にも思ってなかったみたい。まぁ所轄の試験じゃ学ばないんだろうけど」
「その辺は実践で身に付けるしかねぇさ、なんせ答えが裏面に乗ってるわけでもねぇんだ」
「相良、斎藤。あのぬるい動きは何だ?今すぐ指揮所まで来い」
放送で呼び出しを食らう1番2番。候補者に偽装し今年唯一の特装選抜候補、3番の西園寺春実と共に演習に参加していたのは、実働班整備課の
「お先にどうぞ……」
「一緒にだ、手間が増えると機嫌が減る」
「5連敗のくせに……」
「4だ!停電の時はカウントすんな!」
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銃器の返却を済ませ、更衣室でブーツの片方を脱いでいる途中に入ってきた顔に既視感を覚えて西園寺の手が止まった。
「意地悪をして悪かったと、謝るべきかい?」
耳の上までの長さに片側の剃りこみが特徴的な銀色の髪、ジャージ下にパーカーというラフな出で立ちに違わない気安さで話しかけてきたその女性の顔を思い出すと、西園寺はブーツを片側に残したままベンチから飛び起きて警視総庁式の敬礼で彼女を迎え入れた。
「そう硬くなるな、この4か月耐えて来たんだ。今更態度の1つや2つで手放したりするものかよ。座ってていい」
「……し、失礼します」
敬礼をほどいた瞬間にベンチに腰を落とした様子から相手の疲れ具合を見抜いた様子で、片手に握っていた瓶入りの飲み物を彼女は差し出した。
「合格おめでとう。晴れて隊員だな春実君」
「え?でもまだ結果を……」
「試験は形式的なものさ。ウチは凄まじい人手不足だからね。只でさえ出ていくのが多いところで入ってくるものをはね除ける余裕なんてないのさ。ここへの異動が決まった時点で君は我が特装の一員に決まっていたんだよ。よろしく西園寺中査。」
「けっ、警視?!」
自分の隣に座って顔を覗き込む三白眼に驚き、西園寺は思わずベンチから飛び上がる。汗は乾くどころか緊張と不安によってその量を更に増してきた。
「話が行っていなかったことは謝ろう。
「いえ、そんなことは……」
「詳しい手続きや書類仕事は後に回そう。今日はとりあえずゆっくり休みなさい」
栓も開いていない差し入れを改めて座面に差し出しつつ、部屋を去ろうと立ち上がった上司を西園寺は引き留めた。内容を聞いても中々口を開かない質問者に対して、特殊装甲1課情報主任、
「何故あんな試験を?説明では模擬弾を使った対人試験だったはず」
「……疑うことを教える為さ」
振り向くことも無く返すその口調には先程の温かさはない。
「特に君みたいなものにね」
折れた刃先から覗く鋭鉄のような銀色を顔の横で揺らしながら退室したその背中を見送り、若き中査は渡された差し入れを見つめながら言葉の意味を考える。
「キツイ」という言葉ですら陳腐に感じたこの4か月の訓練。瞬く間に過ぎ去ったこの”お試し期間”の中で自分が成長できたなどと欠片でも感じていたことに恥じ入りながらも、瓶の中で弾ける小さな小さな気泡に自分自身を重ね合わせてしまう。そんなロマンチシズムによる自家中毒によって彼女の自己嫌悪は一層深みを増していった。
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「アレはどうだ?」
およそ半世紀前まではセミの鳴き声がこだまし、地平線に陽炎が揺らめいていたであろう季節。しかし仁藤が立つ駐屯所宿舎の屋上には緩い“みぞれ“が降り積もり、吐く息の白さは薄雲の張る空と同じ程に外は冷え込んでいる。
「変わらないさ、人は早々な」
「どう見る?お前は」
「私はどうもこうもないさ、言えるのは現場で迷うものには次はないってこと。それだけだろ?」
ベンチコートに忍ばせた
「考える必要があるな、2人も含めて今後の事を」
「何かきなでも匂ってきたのかい?」
「御殿場の中継器からの信号が途絶えた、勢力圏の拡大が加速している。動きがあるぞ、近いうちにな」
1本を味わっているうちに屋上に残る背中は1つだけとなっていた。口元の熱を全て体内に取り入れんとするかのように、湿った唇を真一文字に閉じて泉はこの微かな平穏への別れを終える。
意味は薄くも長い夏の陽も落ち込み、みぞれは更に熱を捨て壁面に凍り付く。靴にまとわりついていた氷を引き剥がし、自分が無駄にした時間の長さを自嘲しながら、泉は来る争乱への準備を進める為に寒空を後にした。
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「大査殿!大査殿ぉ!」
「静かに!手元が狂う。蜂の巣にされるよ」
「しかし!この胸の高鳴りを止めるのはあまりに無理な話ですよ!ついにやってしまいましたね!」
「名前……」
「は?」
「呼び名を考えてなかったな、ラーニングを進め易くするには簡単に呼べるものがいいんだけど。何かない?」
「じ、自分は一介の技師でありますから。人工知能の名前などどうつけたものか……」
「……じゃあ、ボディーカラー由来で『グレイ』とでも」
「あぁ!ではそれで!」
「それでは。只今から
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