032 最後に見た夢:『男✕男』『女✕女』
『時間が戻っているこの状況』を利用すればいい。
また木曜日が来たら、僕が彼女を助けに行く。
彼女が死なない未来を、僕ならきっと引き寄せることができる。
僕は彼女にそんな内容の話をした。
彼女が僕に向かって頭を下げる。
「わたし、生きたいです。記憶がないので、元のわたしが生きたがっていたのか、死にたがっていたのか、そういうことは正直わかりません。ですが今のわたしは、もっともっと、あなたといっしょに楽しいことを経験したいと思っています。まだ、今日で終わりにはしたくないです。元のわたしだって、きっとあなたと出会ったら、同じことを考えるような気がします。どうか、わたしを助けてください。よろしくお願いします」
「うッス。も、もちろん、助けるッスよ」
それに……。
なんとなく僕は感じていた。
彼女の死を
今のこの状況はたぶん、僕の一族と、彼女の一族の、
僕は彼女に説明を続ける。
「木曜日に亡くなるのを僕が阻止すると、きっともう、土曜日のバス停で会うことはできなくなると思うッス」
今の彼女は、『木曜日』に彼女が死んだから、『土曜日』のバス停に現れている。
彼女が『木曜日』に死ななければ、『土曜日』のバス停にずぶ濡れの女子高生は現れない。
そのことを彼女に説明すると、僕はさらに自分の考えを口にする。
「うッス。土曜日に会えないということは、つまりこうして会話していた記憶が、お互いなくなる可能性もあるってことだと思うッス。うッス」
「お互いのことを、忘れちゃうんですかね?」
「そうかもしれないッスね。それとも、僕の方はこの土曜日のことも、これまでの出来事もすべて覚えている。けれど、そちらは僕のこともすべて忘れてしまうのではないかと思うッスよ」
僕と彼女は、二人であれこれと色んな可能性について話し合う。
そしてまた、同じようなことを二人で考える。
やっぱり『木曜日』に死ななければ、『土曜日』のバス停に彼女は現れない。きっとそうではないかと……。
その場合は、月曜日に戻って木曜日の彼女を助ける僕は、それまでの出来事をすべて覚えている僕だけれど、木曜日に助けられる彼女は『これまでの二人で過ごした土曜日の出来事』は、まだ経験していない彼女なのではないかと。
つまり――。
『死んでいない木曜日の彼女』は、土曜日のバス停での出来事を経験していない彼女なのである。
それは、僕の眼の前にいるこの彼女とは、少し別人の彼女なのではないか?
僕はこくりとうなずく。
「うッス。実際にその状況になってみなくては、やはり最終的な答えはわからないッス」
本当にそうなのだ。
この怪現象が終わりを迎えたときに、どんな結果が待っているのか?
それは、そのときになってみないとわからないのである。
どちらにせよ『木曜日の彼女を助ける』ということが決まると、僕は彼女にA4サイズの紙を差し出した。
もちろん、『僕が見た夢の話』が、そこにプリントアウトされている。
「夢の話ですね?」と、ジャージ姿の女子高生が言った。
「うッス」と僕はうなずく。
もう僕は、彼女の正体には、たどりついている。
彼女の名前も、住んでいた場所も知っている。
そして、木曜日に川に落ちて亡くなる彼女を、助けるための準備も出来ている。
だから、もしかすると、『夢の話をプリントアウトした紙』を、彼女に差し出す意味は、もうないのかもしれない。
それでも彼女はA4サイズの紙を手に取ると、「ありがとうございます」と言って、読みはじめたのだった。
≪ ≪ ≪
むかしむかし、あるところに、『おじいさん』と『おじいさん』がいました。
おじいさんが二人いたのです。
二人のおじいさんが、仲良くいっしょに暮らしていました。
「なあ、おじいさんや」
「なんですか、おじいさん」
「ワシらは、とても仲良しじゃのぉ」
「はい。そうですね、おじいさん」
そんなおじいさんは、山へ
「なあ、おじいさんや」
「なんですか、おじいさん」
「二人して、山へ柴刈りに行くものだから、ワシらは二人とも柴刈りばかりじゃ」
「川へ洗濯へ行くのは、昔話では『おばあさん』の役割ですからね」
「二人とも川へ洗濯に行かないから、大きな桃がどんぶらこ、どんぶらこと流れてこん! 物語が先に進まん!」
「じじいしかいないから、洗濯物がたまり放題じゃ」
二人のおじいさんは、互いの顔を見つめながらうなずく。
「状況に応じて、役割分担を考えた方がいいですね、おじいさん」
「いやー、しかし、ワシらは本当に仲が良い。もし今度、生まれ変わって男女別々になれたら、とても仲がよい夫婦になれるかもしれない」
「同性でも胸を張って結婚できる時代がきっと来ますよ」
「ああ、それはきっといい時代なんじゃろうな。幸せになれる人間の数がきっと増える」
「ええ」
「だが、今はそんなセンシティブな問題を取り上げている場合ではない。その時代の議論は、その時代の人間に任せて、時代にふさわしい答えを出せば良い。現状のワシらは、ワシら二人の幸せについて考えるのじゃ」
《ナレーション》
そして奇跡は起きた!
幸せにその
むかしむかし、あるところに……。
『おばあさん』と『おばあさん』がいました。
「ああ……おばあさんが二人そろって川に洗濯しに行くから、山に柴刈りに行くやつがおらん!」
「おばあさん、見てください。大きな桃がどんぶらこ、どんぶらこ、と二つ流れてくる!」
「おばあさんが二人いるから、大きな桃も二つ流れてきたのかもしれない!」
「おばあさん、チャンスですね!」
「ああ、桃太郎を二人同時にゲットする大チャンスですよ!」
《ナレーション》
『男✕男』
『女✕女』
その2パターンを経験した仲良し二人組!
どちらのパターンでも最後まで幸せに暮らした二人が、残す最後のパターンである『男✕女』を経験できる日は来るのだろうか!
≫ ≫ ≫
ジャージ姿の女子高生が、こくりとうなずく。
「今回の夢、いつもより短いですね。短いのに、いつも以上によく意味がわかりません」
「うッス。たぶん、『土曜日に見る夢』が、その役割を終えようとしていると解釈しているッス」
「んっ?」
「つ、つまり、夢が僕たちに伝えるヒントが、もうそんなにないんだと思うッスよ。夢はヒントを伝えきっていたんスね。うッス」
僕たちは二人で話し合う。
たぶんこの夢は、僕や彼女の先祖たちのことを示していたのではないかと……。
お互いの子どもを結婚させたがっていたが、男同士しか生まれてこなかった。
そんな、僕たちの先祖の話だ。
それから、『土曜日に見た夢』についての話が終わると、僕は彼女に言った。
「たぶん今回の土曜日は、夢はもう見ない気がするッス。うッス」
それから僕と彼女は、二人でいっしょに布団に入った。
掛け布団を二人でいっしょにかぶる。
隣で眠る僕に、彼女が話しかけてくる。
「これで眠ってしまったら、あなたは木曜日のわたしを助けに行くんですよね」
「うッス……」
「木曜日のわたしが助かると、もう土曜日のこのわたしとは、お別れなんでしょうか……」
「うッス……。たぶん、お別れだと思うッス」
「なんか少し、寂しいですね……。でも、元のわたしがそれで幸せになれるかもしれないのだったら、やっぱりこの土曜日のわたしとは、ここでお別れしなくちゃいけませんよね」
布団の中で、僕はうなずく。
「うッス。正直、ものすごく寂しいッス。この土曜日は、本当にとても幸せな時間だったス」
「うれしい。わたしも、とても幸せな時間でした」
「でも、土曜日の夜のバス停で、大切なキミをいつまでも、ずぶ濡れにさせておくわけにもいかないッスよ……」
僕も覚悟は決めていた。
僕は布団の中で手を伸ばし、彼女の手を見つけて握りしめる。
彼女の手が僕の手をきゅっと握り返してくれる。
その手に僕は勇気付けられる。
受け入れてくれたのだ。
僕の判断は正しいと、彼女から背中を押されたような気分になる。
すぐに
僕は眠りに落ちる。
予想通り、もう夢は見なかった。
夢を見ないということは、やはり僕は正解にたどりついていたのだと思う。
追加のヒントはいらない状況なのだ。
そして――。
僕はまた月曜日に戻った。
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