最終章 濡れる前の女子高生に会いに行く
031 最終章 濡れる前の女子高生に会いに行く
また、土曜日の夜がやって来た。
雨の中、僕はいつも通りコンビニでの買い物を済ませると、バス停に向かう。
もちろん、お弁当は二人分買ってある。
夜道を一人で歩く。
雨の中の小さなバス停では、ずぶ濡れの女子高生が傘をさして立っている。
傘は彼女に使ってもらうために、前回と同じように僕がバス停に置いておいたものだ。
「う、ウッス。こんばんはッス」
と、僕は彼女に声をかける。
「うッス。こんばんは。この間の土曜日は、とても楽しかったです。また会えて嬉しいです」
そう言ってずぶ濡れのセーラー服姿の女子高生が、にこりと笑った。
僕は、この笑顔を守りたいわけである。
自宅まで二人で移動して、バスタオルで身体と服を拭き、家に上がる準備を済ませる。
もうお互い、この行動は手慣れたものである。
僕はまだ、彼女の正体を彼女自身には伝えていない。
僕と彼女が
自室に移動して、彼女がジャージに着替えると、僕たちはコンビニの弁当を二人で食べる。
「いつも、本当においしいですよね。ふふふっ」
僕が選んだコンビニの弁当を、彼女は毎回おいしそうに食べてくれる。
そして、すごく感謝してくれる。
食事が終わると僕は、彼女に『彼女の正体』を打ち明けることにした。
「うッス。実は、色んなことがわかったッス」
そう言いながら僕は、彼女に向かってスマホを差し出した。
スマホの画面には、僕が父親から送ってもらった、彼女の写真が表示されている。
セーラー服姿の女子高生が、笑顔を浮かべている写真だ。
「これ……わたしなんですか?」
「えっ?」
「いや、わたしの写真ですよね、うんうん。すみません。記憶を失ってから、自分の姿を見たことがなかったので……。なんとなく、わたしって、こんな顔でこんな感じの女子高生だった気がします。ちょっとだけ思い出してきました」
僕は部屋にあった
彼女はそれを受け取ると、スマホの画像と、鏡に映る自分の顔とを見比べる。
「はい。やっぱりわたしですね。こんな感じの笑顔かな?」
そう言って彼女は、スマホの画像と同じような笑顔を浮かべた。
そっくりだ。
やはり、本人である。
それから彼女が僕に質問してきた。
「それで、わたしってやっぱり、死んでいましたか?」
「えっ?」
「いや、幽霊なんで。もう、心の準備はできています。
「う、うッス。本当にいいんですか?」
「うッス。お願いします」
ジャージ姿の女子高生が、綺麗な両目で僕をまっすぐに見つめてくる。
もう、彼女の方では自分の死を受け入れる準備が出来ているようだ。
僕は父親から教えてもらったことを、彼女に伝えた。
彼女の名前。彼女の両親の名前。
彼女が住んでいる町の名前。
身体が弱い女の子だったこと。中学生になってからは、学校に通えるようになったことなどなど……。
「木曜日に……高校から一人で帰っているときに、貧血で倒れたみたいッス。そのとき、橋を渡っていたみたいで、運悪く川に落ちて亡くなったみたいッスよ」
「なるほど……それで、わたしのセーラー服はずぶ濡れだったんですね。じゃあ、あれは雨で濡れていたわけではなくて、川の水でずぶ濡れになっていたのかな?」
黒髪のポニーテールを揺らしながら、彼女はうんうんとうなずく。
それから僕の方を向いて言った。
「質問してもいいですか?」
「ど、どうぞッス」
「どうやって、わたしのその写真を手に入れたんですか? あと、わたしに関する情報なんかも、どうやって?」
まあ当然、そういう質問はされるだろう。
僕はこくりとうなずくと、説明をはじめた。
「うッス。実は、僕もまったく知らなかったんスけど、僕の父親と、そちらの父親が親友だったみたいッスよ――」
父親同士が親友だったことを、僕は彼女に伝えた。
そして、父親たちが四人でダブルデートをしていた話や、父親の父親同士も仲が良かったこと、そしてさらに上のひいおじいさん同士も仲が良かったことを伝えたのだ。
「うッス。そんなわけで、代々自分たちの子どもを結婚させようと思っていたみたいッスね。でも、男しか生まれなかったッス……」
「それで……ついに生まれた女の子が、わたし……なんですね」
「うッス」
「じゃあ、わたしとあなたで結婚するはずだったんですか?」
「えっ?」
僕は一瞬固まるが、彼女は話し続ける。
「もし、わたしが生きていたら、わたしとあなたで、結婚することになっていたんですか? なんか、そんな話の流れだったような。だって、ひいおじいさんのときから、何度も自分たちの子ども同士を結婚させることを願っていたんですよね?」
「う、うッス」
「わたしとあなたが、もし結婚したら、ひいおじいさんのときから、それを願っていた人たちが、みんな喜ぶんじゃないんですか?」
僕はゆっくりと首を横に振った。
「……ああ、えっと……父親が言っていたんスけど、もう
「うッス。そうなんですか……まあ、わたし、どちらにしろ、死んでしまったみたいですしね。結婚とか、もう関係ないですよね」
「うッス……」
それから彼女は、天井を見上げながら言った。
「わたし、記憶がほとんどないものですから、自分が死んだことが、悲しいのかどうかもよくわかりません。でも、もし生きていたら、そのぉ……ちょっと恥ずかしいんですけど、生きている身体であなたと会って、恋愛したりする可能性もきっとあったわけですよね……。親同士が仲が良くて、その親同士も、さらに親同士も仲良しで……。だから、わたしとあなたが仲良しになる可能性も充分にあった……。生きている間にあなたと会って、仲良くなれたらよかったのに……それがとても残念です」
彼女は天井から僕に視線を戻すと言った。
「それで、わたしはこれで
「うッス。そのことなんスけど、木曜日に亡くなるのを僕が
「へっ?」
僕の言葉を聞いて、彼女はそんな声を漏らした。
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