029 父親と二千円と記憶
結局、『人工知能たちからもらったアドバイス』を理解できないまま、『木曜日』となった。
午後の最後の授業が自習になる。
一応、教室で自習して午後の最後の授業時間を過ごした。
チャイムが鳴るとクラス担任の教師がやってくる。彼が、短い連絡事項を生徒たちに口頭で伝えると、解散となった。
こんな『木曜日』を僕は、もう数回繰り返しているのだ。
家に帰ってから僕は、のんびりと自室で過ごす。
勉強したり、スマホをいじったり、本を読んだりしながら。
そんな日常の行動をしながら頭の片隅ではずっと、時間が戻るこの現状について、解決策を考え続ける。
両親が不在になるのは土曜日からだ。
だから、今日はコンビニに弁当を買いに行く必要もない。
母親が用意してくれる夕飯を食べることになっている。
そして、土曜日になれば、またバス停で女子高生と会える。
でも、この現状の解決策がまだ何も見つかっていない。
夕飯を済ませて、お風呂に入る。
その間に父親が、職場から帰ってくる。
『バス停の濡れた女子高生を救うためのヒントは案外、この奇妙な現象の最初から、僕のすぐそばにあるかもしれない』
最初から僕のすぐそばにある?
いったいどういうことだ?
自室のベッドで横になって、人工知能たちからもらったヒントを考えていると、ドアがノックされる。
これは知っている。
やって来たのは父親だ。
両親が
だから、一人で留守番できるか僕に確認しにくるのだ。
この留守番のおかげで僕は、両親のいない自宅に女子高生を連れてくることが可能となるのである。
木曜日のこの夜に、僕は土曜日の留守番が確定するのだ。
僕はここでようやく「んっ……?」と、疑問に思う。
あれ?
『土曜日の留守番』って、『木曜日の夜の時点』で決まるのか?
もしかして……ここがスタート地点?
そういえば、そもそも親戚の法事って、誰の法事なんだ?
そんなことを考えていたら、再びドアがノックされた。
あれ? 僕の両親は普段からドアをノックする習慣がない。
だから、僕自身も自宅でドアをノックしたことはほとんどない。
こんなわざわざドアをノックされるときなんて、何か改まった話があるときなんじゃ?
それか、何か言い辛い話があるときだ。
僕が部屋のドアを開けると、父親が廊下に立っていた。
父親と僕は、顔も髪型も雰囲気も、すべてけっこう似ている。
そして、僕と同じく父親もメガネを掛けている。
今の僕が、さらに25年くらい生きると、たぶんこの父親と同じような感じの男に仕上がる気がする。
それくらい似ている。
ただし、身長は僕の方が高い。
身長175センチの僕よりも、父親は5~6センチ低いと思う。
父親は部屋の中に入らず、廊下に立ったまま話しはじめる。
「土曜日の朝から母さんと二人で出かけてくる。……まあ、なんだ。親戚の法事だ。一泊してくるから、日曜日の夜まで帰って来ない。だから、一人で留守番をしてくれるか?」
このときの父親の顔を、僕はこれまでよく見ていなかった。
何度もこの経験をしているのにだ。
よく見てみると、親父の顔は
というか青白い。
何度も同じ木曜日を繰り返し、これと同じ経験をしている。
それなのに、僕はようやく父親に『誰の法事なのか?』を質問することを思いつく。
「誰の法事?」と尋ねた。
今まではあまり興味がなくて、誰の法事なのかを気にしていなかった。
ろくに会ったこともない『親戚の誰』かの法事だと思いこんでいたからだ。
「遠い親戚だ。……お前は会ったことがない人だ」
何か父親の返答が、モゴモゴしている。
もう少し質問してみるか、と僕は口を開く。
「んっ、遠い親戚って? いつ亡くなった人?
僕がそう尋ねると、父親は困ったような顔をした。
あまり、この件に関しては言いたくないのかもしれない。
しつこく尋ねても、なんとなく教えてくれそうにない雰囲気だ。
僕はここで、ふと思い出す。
そういえば父親には、『月曜日に時間が戻っている話』を、僕は一度打ち明けている。
とても軽く話したので、内容はあまりない。
けれど、僕がはじめて月曜日の朝に戻ったときに『時間が戻っている話』を父親にはしたのだ。
そしたら、確か……。
苦笑いした後、二千円くれたんだ!
『時間が戻るなんておかしなことを言い出した息子の心のケア』に必要な金額が、二千円くらいだとこの父親はきっと思っているのだ!
僕は『時間が戻っている話』を父親にしようと思った。
その話を聞いたら、オダヤカやロクゴクシ先輩たちのように、僕の父親も記憶を取り戻すかもしれない。
あの『二千円を僕に握らせた月曜日の朝の記憶』を、たぶん取り戻すのだろう。
時間が戻る話は、父親には軽くしかしていない。
だから自信は少しなかった。だけど、僕は挑戦してみた。
「父さん。『土曜日の夜に寝て起きたら、月曜日に戻ったって話』覚えていない? 『時間が戻っているって話』を僕が父さんにしたのを覚えていないかな? また時間が戻って、僕も父さんも何度も同じ時間を繰り返しているんだけど」
その瞬間だった。
父親は両手で頭を押さえ、うめき声をあげる。
「うーーーーん!? なんだこりゃ? 二千円でいいのか?」
たぶん、記憶が戻ったのだろう。
けれど、オダヤカやロクゴクシ先輩と違って、どこか少し苦しそうにつぶやきはじめる。
「ふーーーーん! あれ、お前に二千円渡した? なんだ、この記憶? お前が土曜日の夜に寝て起きたら、月曜日に戻った気がしているとか言って……やっぱり二千円渡した? いやこれは、いつの月曜日の話だ? 二千円くらい握らせとけばいいかって思ったこの記憶はっ!? ふーーーーん!」
父親にはオダヤカやロクゴクシ先輩ほど、状況を詳しく説明していなかった。
軽くしか状況を説明していなかったので、記憶が薄っすらとしか戻らないのかもしれない。
それで、父親はちょっとしたパニック状態になっているのだろうか?
ちなみに、最初に戻って来た月曜日以外、僕は父親から二千円をもらっていない。
父親には『時間が戻る話』を一度しかしていなかったので、二千円をもらったのはそのとき一度だけなのだ。
僕は父親の手を引くと、ベッドに寝かせた。
横になりながら父親がうめき声を上げる。
「ふーーーーん! 二千円!」
そんな父親に僕は、自分の知っている状況を説明した。
オダヤカやロクゴクシ先輩たちと比べたら、この短時間では詳細な情報を与えられない。
でも、必要最低限の情報は父親に与えられたと思う。
やがて落ち着いた父親がベッドで上半身を起こして、僕に言う。
「これ、本当に時間が戻っているのか? 確かに記憶が重なっているような気がする」
「まあ、信じられないのなら、別に信じなくてもいいよ」
「うーん。なかなか受け入れがたい状況だ」
ベッドで戸惑う父親に僕は、もう一度尋ねる。
「それで、誰の法事なの? それが、この時間が戻る状況を解決するためのヒントかもしれないんだ」
この奇妙な状況を受け入れてくれたのか、それとも混乱しているせいなのか、父親は今度は素直に答えてくれた。
「すまん……本当は法事じゃなくて
「誰が亡くなったの?」
「お前と同じ、高校二年生の女の子だよ。その子はずっと身体が弱くて、お前とはこれまで一回も会ったことがない女の子なんだけどな」
嫌な予感しかしなかった……。
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