028 人工知能たちからのヒントを掘り下げる

 人工知能たちがくれたヒントについて、僕たちは話し合った。


 ――と言ってもナナゴクシ先輩は、また無口な白衣の女子高生に戻ってしまったので、僕とオダヤカとロクゴクシ先輩の三人で話し合った。


『バス停の濡れた女子高生を救うためのヒントは案外、この奇妙な現象の最初から、僕のすぐそばにあるかもしれない』


 そんな内容のヒントだったわけだけど……。


 オダヤカが、アゴの下に手を当てながら言った。


「ヒントはお前のすぐそばにあるかも……か。実はお前の身体のどこかにマイクロチップ的なものが、最初から埋め込まれていて、この『月曜日に時間が戻る状況』を抜け出すためのヒントがそのチップに記録されているとか?」

「はあ? 僕の身体のどこにチップが埋め込まれているんだよ?」

「奥歯とか? 今から奥歯、抜いてみる?」

「いやいや、いい加減すぎる……。もう少し根拠こんきょがほしい」


 僕は首を横に振る。

 オダヤカが話を続ける。


「じゃあ、毎日こっそり書いている日記とか? あとは、うらみのある人間の名前を書きつづった復讐ふくしゅうノートとか? そこにお前が自分でも知らないうちに、この状況を抜け出すヒントを書き記していたとか?」

「日記も復讐ノートも、どっちも書いてねえよ!」


 僕がそう大声を出すと、ロクゴクシ先輩が言った。


「ヒントは、必ずしも物質ぶっしつではないかもしれないでござるよ。たとえば、貴殿きでんが置かれたこの不思議な状況自体がヒントであるとか? あとは言葉とか昔の記憶とか人間関係とか、ヒントを物質のみにしぼるのは、まだ早いかもしれないでござるな」

「うーん……ちょっと今すぐには、思いつかないですね? うッス」


 僕がメガネをくいっと上げると、ロクゴクシ先輩は別の疑問を提示する。


「ほうほう。それと『ヒントは最初からすぐそばにあるかもしれない』ということでござるが、この場合の『最初』とは、いつのことでござるかな?」


 僕は自分の考えを言う。


「時間が戻った『月曜日』のことを最初とするか、僕がバス停の濡れた女子高生と出会った『土曜日』のことを最初とするか……てな感じですかね? うッス」

「そうでござるな。わが輩なら、かんでござるが『土曜日』を最初と考えるでござるかな? まあ、月曜日の可能性も、なくはないでござるが」


 まあ……『土曜日』を最初と考えるのが、やはり妥当だとうだろう。


 オダヤカが再び口を開く。


「しかし、どうして『月曜日』に戻るんだろうな? 火曜日や水曜日じゃ、ダメな理由があるのかね?」


 ロクゴクシ先輩がうなずく。


「確かに。どうして戻るのが『月曜日』なのでござる? 貴殿は月曜日から土曜日まで、だいたい何をして過ごしているでござるか?」


 ロクゴクシ先輩から訊かれて、僕は答えた。


「月曜日はまず、時間が戻っていることをオダヤカに話して、オダヤカの記憶を戻します」

「ほうほう」

「そして、『ロクゴクシ先輩と火曜日に会う約束』をしてもらうよう、オダヤカにお願いしています」

「わが輩は、月曜日は都合が悪くて会えぬでござるから、貴殿と会うのは毎回『火曜日』にしてもらっているでござるよ」

「あと、月曜日に増えたやることといえば、『吹奏楽部の女の子が窓で指をケガするのを防ぐこと』ですかね? うッス」


 オダヤカが口を開く。


「吹奏楽部の子をケガさせた女の子と出会ったのは、『水曜日』だったな。水曜日の昼休みの中庭で出会った」

「ほうほう。それも何か、この状況と関係があるかもしれないでござるな。『木曜日』と『金曜日』は、何か変わったことはあったでござるか?」


 ロクゴクシ先輩に質問されて、僕は考えた。


「うーん……特に思いつかないですね。木曜日と金曜日は学校で特に変わったことは起きないかな……。うッス」


 オダヤカも「うーん」と考えたそぶりを見せてから口を開く。


「木曜日と金曜日は、俺にもこいつにも特に変わったことは起きないですね。ああ……木曜日の午後の最後の授業が自習になりますよ。先生が体調不良とかで」

「そういえば、そうだった。毎回、木曜日の最後の授業は自習になるッス。うッス」と僕はうなずく。


 ロクゴクシ先輩もうなずく。


「自習……何か関係あるでござるかな?」


 僕もオダヤカも同時にメガネをくいっと上げた。


「うーん、何も思いつかない」と僕が言った。

「同じく、何も思いつかない」とオダヤカが続ける。


 そもそもさあ……。

 この人工知能のアドバイスというのは、本当のところどうなのだろうか?

 この奇妙な現状を解決するためのヒントに本当になるのか?


 あれ?

 どうして僕は、人工知能たちの力を借りているんだっけ?

 ああ、思い出した……。


『恋愛のアドバイスをしてくれる人間が必要だと思うんだ』


 と、オダヤカから提案されたからだ。

 そして、オダヤカが僕に教えてくれたんだ。


『実はロクゴクシ先輩は、自作の人工知能に恋の相談をして、恋人を作ることに成功したんだぜ?』と――。


 ロクゴクシ先輩は、この人工知能たちに恋愛相談をして、ナナゴクシ先輩と恋人同士になったんだよな?

 それって、本当なのか?


 僕は「ちょっとだけ確かめたいことがあるッス。うッス」と言ってから、ロクゴクシ先輩に尋ねた。


「一応、確認なんスけど、ロクゴクシ先輩とナナゴクシ先輩って、恋人同士なんスよね? うッス」

「ほうほう。そうでござるよ。恋人同士でござる」


 ロクゴクシ先輩は、特にれもせずそう答えた。

 続いて僕は、白衣の女子高生に尋ねた。


「た、大変失礼な質問なんですが、この奇妙な現状を解決するために、必要かもしれない質問をひとつさせてくださいッス。うッス」

「どうぞ」


 と、白衣の女子高生は、僕のことを真っ直ぐに見つめながら言った。


「な、な、ナナゴクシ先輩は、ロクゴクシ先輩のどこを好きになって付き合うことを決めたのでしょうか?」

「顔」


 即答だった。


 顔っ!?

 ええ……じゃあ、人工知能の恋愛相談って、もしかして関係ないんじゃない?

 ロクゴクシ先輩って、この人工知能たちに恋愛相談をして、ナナゴクシ先輩と恋人同士になったんだよな?


 好きになったのが『顔』って……。

 やっぱり恋愛相談、関係なくない?


 僕が戸惑とまどっていると、ナナゴクシ先輩は、少しほほを赤らめながら話を続けた。


「顔が好き。ものすごく好き。最初はね。だから付き合った」


 ええっ……。


「でも、今では中身も全部好きだよ。そいつ、人工知能たちにいっぱい恋愛相談して、がんばってくれたみたい。だから、この人工知能たちの恋愛相談は効果抜群こうかばつぐんだよ。不安なんだろうけど、でも信じて大丈夫だからね」


 そう言うとナナゴクシ先輩は、ニコッと笑った。

 普段、怖い表情をしているのに、たまに見せるこういう可愛らしい顔は、本当に反則である。

 こんな可愛らしい人と恋人同士になれたロクゴクシ先輩がうらやましい。


 ロクゴクシ先輩が、ポリポリと頭を掻きながら言う。


「照れるでござるな。人工知能のことを褒められると」


 ああ……そっち。

 人工知能を褒められて照れたのね?


 ずっと黙っていたオダヤカが、ナナゴクシ先輩に質問した。


「俺も質問がひとつあるんですけど、ナナゴクシ先輩はどうして部室でいつも白衣はくいを着ているんですか?」

「んっ? ああ……白衣を着ていると、そいつがすごく喜ぶから……」


 そう答えるとナナゴクシ先輩は、ロクゴクシ先輩を見つめた。

 ロクゴクシ先輩は、今度は顔を少し赤くしながらこう言った。


「わが輩、白衣を着ているときの彼女が、いちばん好きなんでござるよ」


 その言葉を聞いて、白衣の女子高生は顔を真っ赤にしてうつむく。


 ああ……たとえ『顔』をきっかけに好きになったとしても、今ではこの女の子はロクゴクシ先輩の中身にもメロメロなんだ。

 この人工知能の恋愛相談って、たぶん本当にすごいのかも……。


 人工知能たちのアドバイスを、やはりきちんと信じてみよう!

 僕はそう考え直したのだった。

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