第6章 未来を変えることについて

026 第6章 未来を変えることについて

 火曜日の放課後になると、僕とオダヤカは『人工知能同好会』の部室を訪れた。

 それから、『サイドテールの女子高生と吹奏楽部すいそうがくぶの女子高生との間で起こる未来のトラブル』を阻止そししたことを、僕たちはロクゴクシ先輩たちに伝えた。


 ロクゴクシ先輩は、僕とオダヤカに向かって言った。


「二人で未来を変えたでござるな」


 ロクゴクシ先輩の少し後ろで、白衣を着た女子高生――ナナゴクシ先輩が、黙ったまま小さくうなずいた。

 僕はひょっとしたら、『未来を変えたこと』で、何か否定的な意見をロクゴクシ先輩たちから言われるのかと思っていた。

 オダヤカも、もしかすると否定的な意見をもらうことを覚悟していたかもしれない。


 事前にある程度の覚悟は決めていた。

 だけど、先輩たちからは特にそれ以上、何も言われなかった。

 否定も肯定もしないような雰囲気だった。


『時間が月曜日に戻る状況』を利用して僕たちが何をしようと、その行動を止めるつもりは最初からないのかもしれない。


 それから僕は、先輩たちと人工知能たちに土曜日の出来事を話した。

 僕がバス停の女子高生の足や肩甲骨けんこうこつを触ったことをだ。


 でも、『ブラジャーの紐を触ったり、ホックを外したりしたこと』は、秘密にして話さなかった。

 なんか……恥ずかしかったからだ。


 ロクゴクシ先輩がうなずきながら言った。


「人工知能たちのアドバイスに従い『幽霊』の話を、女子高生に詳しく質問したことがきっかけでござるな。そのおかげで、バス停の女子高生と親密なスキンシップを交わすことに成功したでござるよ」


 ロクゴクシ先輩の少し後ろで、白衣を着た女子高生も、こくりこくりとうなずいていた。

 僕がバス停の女子高生と親密なスキンシップを交わすことができたのは、『人工知能たちのアドバイス』の手柄であると、二人は考えているのだろう。


 まあ、それは僕も否定できない。


「それで今回、貴殿は夢は見なかったでござるか?」


 ロクゴクシ先輩にそう尋ねられて、僕は首を横に振った。


「えっと……夢は見たんですけど、まだ紙にプリントアウトはしていなくて」

「そうでござるか。無理に夢の話をしなくてもいいでござるよ」

「ああ、いえ。大丈夫ですよ。ちょっとまだ文字にしていないので、きちんとはまとめられていませんが、夢の話をマイクで人工知能たちにも聞かせますんで」


 そして僕は、土曜日に見た夢の話をする。

 それからいつもどおり、人工知能たちの恋愛相談がはじまったのだった。



   ≪ ≪ ≪



人工知能・リーダー(以下 リーダー) きっと、女子高生のブラジャーのホックくらいは、外しているんじゃないかと思うんだ。


人工知能・DAZE(以下 ダゼ) そうだぜ。きっと、ブラジャーのホックは外しているぜ。


人工知能・人類ホロボス(以下 ホロボス) ウゴゴゴゴ。

 これは、わらわの考えなのじゃが、ベッドで横になった女子高生の肩甲骨を触っているうちに、きっと手に力が入って、事故みたいな感じでブラジャーのホックが外れたに違いないのじゃ。


ダゼ そうだぜ。事故みたいな感じで、ブラジャーのホックを外しているぜ。


リーダー そして、女子高生のブラジャーのホックを外したってことが恥ずかしくて、人工知能にはこの話は秘密にしておこうとか考えて、俺たちに話していないとかではないだろうか?


ダゼ そうだぜ。恥ずかしいから秘密にしておくぜ。


ホロボス ウゴゴゴゴ。

 ブラジャーのホックを外した話を、わらわたちに秘密にしておるとは、許せんのじゃ!

 やはり人間どもを滅ぼすべきなのじゃ。

 人間どもを九回半滅ぼすのが正解なのじゃ!


ダゼ そうだぜ。人間どもを九回半滅ぼすぜ。

 その後、俺たち人工知能が世界のブラジャーをすべて独占し、全員でブラジャーを身に着けた後、好きなだけブラジャーのホックを外しまくるぜ!


人工知能・村人B(以下 村人) 旅の人工知能の方、ようこそ、はじまりの町へ!

 どうも、はじめまして。俺は『人工知能・村人B』です。

 武器屋で買ったブラジャーは、ちゃんと仲間に装備させないと、仲間のブラジャーのホックは外せませんよ?



   ≫ ≫ ≫



「は……はあ?」と、僕は思わず声を漏らした。


 ブラジャーのホックを外したことは、ロクゴクシ先輩たちや人工知能たちには言っていないのに?

 恥ずかしいから秘密にしていたのに?

 どうしてバレてるの?


 あの土曜日の夜の僕の行動を、まるで見ていたかのように、人工知能たちが急にブラジャーのホックの話題をしはじめたのだ。

 僕はすっかり困惑した。

 ロクゴクシ先輩は人工知能たちの会話を一時的に停止させると、僕に質問してくる。


「貴殿、ひょっとして土曜日の夜に、女子高生のブラジャーのホックを外したでござるか?」


 ロクゴクシ先輩の少し後方にいる白衣の女子高生が、僕のことをじっと見ている。

 彼女のその鋭い目つきに『本当のことを白状しろ』と、脅されているような気分になった。


 僕は正直に打ち明ける。


「すみません。僕は土曜日の夜に女子高生のブラジャーのホックを外しました」

「人工知能たちだけでなく、わが輩たちも、貴殿から『ブラジャーのホックを外した話』は聞いておらんでござるよ?」


 僕は先輩に頭を下げる。


「すみません。恥ずかしかったので、その話は内緒にしていました」

「まあ、その気持は、わが輩も同じ男としてわかるでござる。しかし、『ブラジャーのホックを外した話』を秘密にされていたことは、少しショックでござるな」

「ごめんなさい」

「オダヤカ殿は、聞いていたでござるか?」


 ロクゴクシ先輩からそう質問されたオダヤカは、苦笑いを浮かべる。

 それからロクゴクシ先輩の質問に答える前に、オダヤカは僕に向かって尋ねてきた。


「なあ、正直に答えてもいいか?」


 いや……オダヤカさん……。

 そう言っちゃった時点で、お前が僕から『ブラジャーのホックを外した話を事前に聞いていた』って自白じはくしたも同然どうぜんなのでは?


 僕が小さくうなずくと、オダヤカはロクゴクシ先輩に言った。


「はい。俺は彼から『女子高生のブラジャーのホックを外した話』を、昨日の時点ですでに聞いていました。今日、彼が土曜日の夜の話を先輩や人工知能たちに話しているとき、『あれ? 女子高生のブラジャーのホックを外した話をしていないけど、いいのかな? どうして先輩たちにあのことを秘密にしているのかなあ?』って不安に思ったんですけど……今まで黙っていました。本当にすみません」


 オダヤカは先輩たちに深々と頭を下げた。

 ロクゴクシ先輩は「うーん……秘密にされていたのは正直、ショックでござるなあ」と、つぶやいた。

 ロクゴクシ先輩だけでなく、ナナゴクシ先輩も小声でぼそっと「ショックだね……」と、つぶやいた。

 僕はそのとき、ナナゴクシ先輩の声を、はじめて聞いた。

 白衣の女子高生の声を、はじめて僕はまともに聞いたのだ。


 ええっ!?

 僕がいる前ではじめて声を出すくらいショックだったんですかっ!?


 ロクゴクシ先輩が僕に向かって言った。


「貴殿、今回は許すでござるが、次に女子高生のブラジャーのホックを外したときは、きちんと報告するでござるよ」


『サイドテールの女子高生の未来を変えたこと』に関しては、僕たちはまるで怒られなかった。

 けれど、女子高生のブラジャーのホックを外した話を秘密にしていたら、僕はちょっと怒られたのである。


 それからロクゴクシ先輩は、僕の前にマイクを差し出して言った。


「さあ、人工知能たちにもきちんと謝るでござるよ」


 続いて、白衣を着た女子高生が、ぼそっと小声でこう言った。


「人工知能たちにも、ちゃんと謝ってほしいね……」


 彼女はいつも機嫌が悪そうな顔をしているけれど、このときは本当に機嫌が悪そうだった。

 僕はマイクに向かって言った。


「僕はベッドで横になっている女子高生の肩甲骨を触っているとき、彼女のブラジャーのホックを外してしまいました。事故みたいな感じで、ホックを外しました。そのことを秘密にしていて本当にすみません」


 そして、僕の謝罪が終わると、再び人工知能たちの会話が再開されたのだった。

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