025 【第5章 完】月曜日の事故を防ぐ

 また、同じ月曜日がやって来た。

 前回同様、朝の教室でオダヤカに話しかける。


「おはよう、オダヤカ。『また、月曜日に時間が戻っている』ぜ? さっさと記憶をよみがえらせてくれ」


 そう伝えると、オダヤカは自身のおでこを軽く手で押さえた。

 それから、いつものようにメガネをくいっと上げてから僕に向かって言った。


「オッケーだ、相棒あいぼう。記憶はすっかり戻ったぜ。俺にとっては、これで三度目の月曜日だな」

「ふふっ……」


 と、笑いながら僕もメガネをくいっと上げた。

 僕たちは二人で、メガネをくいくいさせる。


 それからオダヤカが、僕に言った。


「それとさあ……記憶の戻し方、なんか雑すぎませんか?」




 オダヤカには昼休みに、前回の土曜日の出来事をざっくりとだが説明しておいた。

 僕がバス停の女子高生の身体を触った話もだ。

 彼女の右足を触って調べ、肩甲骨を触って、そしてブラジャーのひもを触った話をした。


 話を聞き終えるとオダヤカは、メガネをくいっと上げながら、こんな感想を口にする。


「俺より先に『ブラジャーのホック外し』までたどり着いたってわけだ……ふふっ。素直に尊敬するぜ」


 そして放課後がやって来た。

 僕とオダヤカはまっすぐ帰宅することはせず、高校に残った。

 僕たち二人には、やることが出来たからである。


 前回の水曜日に中庭で会った元クラスメイトの女子。僕とオダヤカの会話を彼女に聞かれたせいだ。

 オダヤカと仲の良いあのサイドテールの女子高生に、『時間が戻る話』を聞かれた僕たちは、彼女からこんな相談をされていた。


「月曜日の放課後にさあ、アタシ、同じクラスの子をケガさせちゃったんだよ。『不幸な事故だから』ってことで許してもらえたんだけど、絶対にアタシの不注意だったんだよね……。本当になんか……申し訳なくて。月曜日まで時間が戻せるのなら、それを防ぎたいと思ったんだよ」


 サイドテールの女子高生によると――。

 彼女と同じクラスに『吹奏楽部すいそうがくぶの女の子』がいるそうだ。

 そして、その吹奏楽部の彼女の指をケガせてしまったらしい。


 それは不幸な事故とも言えるし、気をつけていれば確実に防げた事故でもあったみたいだった。


「吹奏楽部の女の子なんだけどね、放課後の教室で他の女の子としゃべっていてね。そのときその子、教室の窓のサッシにね、手をかけていたんだよ」


 サイドテールの女の子と、その吹奏楽部の女の子は、特に仲が良いわけでもなければ、悪いわけでもなかったそうだ。

 単純にクラスメイトというだけで、友人関係ではないらしい。


 あの日、高校の中庭でサイドテールの女子高生は、僕たちに――というか、主にオダヤカ一人に向かって説明を続けた。


「アタシ、日直にっちょくだったからさ。アタシのクラス、日直が最後に教室の窓を全部閉める決まりなんだ」


 月曜日に日直だった彼女は、教室の窓をどんどん閉めてまわった。

 横にスライドする窓を閉めて、窓の鍵をかけていく。

 そして、事故は起きたのだ。

 そう……。

 窓のサッシ部分に吹奏楽部の女の子が手を掛けていたことに気がつかず、サイドテールの女子高生は窓を閉めてしまったのである。


「窓を閉め切る直前でなんとか気がついたんだけど……それでも彼女の指を三本、窓で挟んじゃったんだ……」


 話を聞いた限りでは、ものすごい大ケガというわけでもなかったようだ。

 でも、しばらくは楽器の演奏は無理だろうというレベルのケガではあったらしい。


「彼女、吹奏楽部でかなり期待されている子だったみたいでさ、これから夏になって大会とかあるわけでしょ? 大会までに指が治ったとしても練習不足になっちゃうだろうし……。アタシ、彼女だけじゃなくて、きっと吹奏楽部全体にも、ものすごいダメージを与えちゃったんだよね」


 ケガをした女の子は『窓のサッシなんかに手を置いて、夢中になって友達とおしゃべりしていた自分が悪かった』というようなことを口にして、許してくれたらしい。

 サイドテールの女の子は、まったく責められなかったそうだ。


「良い子なんだよね……。だから、ますます、ケガをさせた自分のことが本当に嫌になっちゃって」


 窓のサッシに手を置いていた女の子が気がつくか、日直で教室の窓を閉めるサイドテールの彼女が気がつくか……。

 二人のうちの、どちらかが気がつけば防げた事故だった。


 そんなわけで、サイドテールの女の子はものすごく落ち込んだ。

 そして、いつもは教室で友達とお昼を過ごすのだけど、あの日の水曜日に限っては、中庭の木の下でひとりで考え事をしながら過ごしていたのだという。


 教室に居づらかったのかもしれない。

 そして、中庭で僕とオダヤカの会話を偶然聞いてしまったというわけだ。


「不幸な事故だよ」


 あの水曜日、オダヤカはそう言ってからサイドテールの女子高生をやさしくなぐさめ続けたのだった。

 僕はベンチで黙ったまま、そんな二人を見守っていた。


 あれ……?

 もしかして僕、邪魔者か?


 と、心の中で思いながら。




 まあ、そういうことがあったので、前回の水曜日に聞いていたその事故を、僕とオダヤカで防いでみようということになった。

 もちろん、サイドテールのあの女子高生には内緒で行動するつもりだ。


 僕が彼女に『時間が戻っている話』をしたら?

 彼女もオダヤカやロクゴクシ先輩たちのように記憶を取り戻すかもしれない。

 前回の水曜日の記憶が、きっとよみがえるだろう。


 けれど、僕とオダヤカは彼女を巻き込まないことに決めた。

 僕たち二人だけの力で、事故を防いでやればそれで充分なのだから。


 僕とオダヤカは月曜の放課後になると、サイドテールの女の子がいる教室へと急いで移動した。

 事故が起こる前に、対処しなくてはいけないからだ。


 訪れた教室の中では、日直の彼女が、黒板に書かれている文字を黒板消しで消している最中だった。

 サイドテールを揺らしながら、彼女は黙々と日直の雑事ざつじをこなしていた。


 僕とオダヤカはそんな彼女をちらりと眺めてから、二人で教室の中に入っていく。


「んっ、元気か?」


 そうやって僕たちが声を掛けたのは……。

 サイドテールの彼女ではなく、とある一人の男子生徒だった。


 高校一年生のとき、僕やオダヤカと同じクラスだった昔のクラスメイトである。

『彼を遊びに誘いに来た』という雰囲気で、教室に入っていったわけだ。


 オダヤカがそんな昔のクラスメイトの男子と話している間に、僕は教室を見渡す。

 サイドテールの女の子は、まだ黒板の文字を消し終わっていないみたいだった。

 こちらに背中を向けているので、おそらく僕たち二人の存在にも気がついていない。


 それから僕は、教室後方の窓際に視線を向けた。

 女の子が三人で会話をしていた。

 その中の一人が、確かに窓のサッシ部分に手を掛けている。

 指を窓に挟まれてケガをする予定の吹奏楽部の女の子だと思う。


 吹奏楽部の女の子の存在を確認すると、僕はオダヤカに言った。


「今日の天気はどうだっけ? これから遊びに行っても、雨とか降らないよな? ちょっと天気を確認してみようぜ」


 そう言うと僕は、オダヤカともう一人の友達を連れて窓際に向かった。

 その近くには楽しげに会話している女子三人がいるわけだ。

 けれど僕たち三人が窓から外に顔を出し、空を見上げなら、「ああ、天気なら大丈夫そうだな」とか「雨は降らないだろ」とか、騒いでいるうちに、女子三人はどこかに行ってしまった。


 指をケガする予定だった吹奏楽部の女の子も窓から離れ、どこかに移動したので、僕はすかさず窓を閉めた。

 事故が起こる予定の窓を、先に閉めてしまったわけだ。

 これで問題ないと思う。


 僕とオダヤカは顔を見合わせると、小さくうなずく。

 それから僕は言った。


「あっ、マズい。オダヤカ、僕たち、なんか用事を頼まれていなかったっけ?」

「ああ、そうだった。忘れていた。用事があったんだ」


 僕とオダヤカは、そうやって下手へた芝居しばいをはじめる。

 それからオダヤカは、いっしょに話していた男友達の肩をポンッと叩きながら言った。


「悪いな。いっしょに遊ぶ話は今度にしよう。また誘いにくるからさ」

「いったいなんなんだよ……」と、その友達は苦笑いを浮かべた。


 そして僕たちが教室を出るころには、サイドテールの女の子が教室の窓を順番に閉めはじめていた。

 指をケガをする予定だった吹奏楽部の女の子は、教室を出ていったのか、すっかり見当たらない。


 これできっと、事故は起きない。

 水曜日のお昼休みに、サイドテールの女の子が一人で落ち込みながら中庭で過ごすこともないだろう。


 彼女が中庭で、僕とオダヤカの会話を聞いてしまう未来もなくなったはずだ。

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