021 なんか僕、幸せかも
ずぶ濡れの女子高生といっしょに夜道を歩き、自宅へと向かった。
『傘&カッパ』を装備している僕は、横殴りの強い雨の中でもほとんど濡れることがない。
地面で跳ねる雨水なんかで、足元が少し濡れるくらいだ。
一方で女子高生の方は……。
ずぶ濡れである。
黒髪のポニーテールやセーラー服のスカートから、ポタリポタリと雫が垂れているのがわかった。
さてさて、この光景は、もしも他人から見られたらどう思われるのだろうか?
『どうして女の子の方だけずぶ濡れなんだよ』と、責められそうな状況である。
しかし……本当にどうして彼女はずぶ濡れなのだろうか。
彼女はいったいどういう状況に置かれている?
どうして、『ずぶ濡れの土曜日の夜』を繰り返しているんだ?
ロクゴクシ先輩の人工知能たちからもらったアドバイスが、僕の頭をよぎった。
『彼女が自称『幽霊』であることについて、もっときちんと話を聞いてみなくてはいけない』
本当に彼女は幽霊なのか?
手だって握れるし、コンビニの弁当だっておいしそうに食べるよ?
そもそも、幽霊ってコンビニの弁当をおいしそうに食べるのか?
本物の幽霊は、ごはんをおいしそうに食べなさそうなイメージを僕は抱いている。
僕たちは傘をさしながら、夜道を二人横並びで歩き続けた。
毎回、僕たちはこの夜道で誰ともすれ違わない。
誰もこちらに歩いて来ないし、誰かに追い抜かされることもない。
横殴りの雨の中、僕と彼女の二人だけの時間がずっと続く。
女子高生が話しかけてきた。
「そのぉ……お弁当、ふたつ……」
僕がコンビニの弁当をふたつ買っていることに彼女は気がついたのだろう。
「う、うッス。前回と同じく、弁当は二人分買っておいたッス」
「前回も今回も、お弁当本当にありがとうございます」
「い、いえいえッス」
「わたし、この土曜日の夜の記憶しかないので、もしこんな土曜日が繰り返されるのでしたら、『お弁当を食べて』『ベッドで眠って』『バス停で一人でずぶ濡れになりながら意識を取り戻す』を繰り返すだけの生活ですよね、ふふっ」
自分が口にした言葉が気に入ったのだろうか。
彼女はもう一度同じような言葉を楽しそうにつぶやいて笑う。
「『食って、寝て、バス停で雨に打たれる』の繰り返し、ふふっ」
食って、寝て、バス停で雨に打たれる――と、彼女の言葉を僕も心の中で繰り返した。
僕は彼女に尋ねる。
「ま、毎回、お腹は空いているッスか?」
「はい。毎回、不思議とお腹が空いています。だからお弁当、二回ともすごくおいしくいただきました。今回のお弁当も楽しみです」
「うッス。よかったッス。色んな味を楽しみたいと思ったので、この間とは違うお弁当を買っておいたッス」
「いいですね! そういう考え、とてもステキだと思います!」
それから女子高生は微笑みながら言った。
「ふふっ。こんなことずっと繰り返していたら、わたし完全に
コンビニの弁当で女子高生が餌付けされるのか?
僕が苦笑いを浮かべていると、彼女は話を続ける。
「とにかく、今の状況でわたしの楽しみといったら、お弁当なんです」
それと……たぶん彼女は、『人との会話』も楽しみにしているのだろう。
もっともっと僕が彼女の話し相手になってあげなくてはいけないのかもしれない。
僕は会話が下手だ。
特に女性相手に上手く話すことは無理だ。
だから、女子高生を会話で楽しませるのはきっと難しい。
でもまあ、彼女の話を聞く相手くらいになら、がんばればなれるかもしれない。
そもそもこの女の子、勝手にどんどんしゃべり続けているし。
「でも、こんな土曜日を何回も繰り返していたら、そのうちコンビニのお弁当を全種類制覇しちゃうかもしれませんね、ふふっ」
「うッス。あのコンビニ、弁当の種類けっこう多いッスよ」
「それはすばらしいです。土曜日を繰り返すこの生活には正直不安が多いです。けれど、食事に関しては楽しみだらけじゃないですか!」
なるほど。ポジティブだ。
いい考えだと思う。
この際だから、いろんなコンビニグルメを彼女と楽しんでみるか。
「うッス。あとは、レトルト食品も充実しているし、菓子パンもあるし、冷凍食品だってあるッス」
「食べ物いっぱいありますね」
「うッス。この土曜日を100回繰り返したって、きっと全制覇はできないッスよ」
「ふふっ、そうですよね。すごいすごい」
女子高生の微笑みを眺めながら僕は思った。
今度はもっとコンビニスイーツとかも下調べしてから、彼女の夕飯を選んであげようと。
やがて、僕の自宅にたどりついた。
前回同様、玄関にバスタオルを用意していたし、彼女の訪問を受け入れる準備はバッチリだ。
女子高生の方も、三度目の訪問となるとずいぶんと手慣れていた。
僕たちはすみやかに、二階にある僕の自室へと移動する。
女子高生は手際よく、僕が用意しておいたジャージに着替えると、ハンガーに濡れたセーラー服を吊るした。
やがて、流れるように『お弁当タイム』がはじまる。
「今回のお弁当も、本当においしいですよね!」
おいしそうに食事をする彼女は、さらに魅力的に見えた。
「うッス。本当においしいッス」
そもそも僕が選んだコンビニの弁当はおいしい。
そして、好きな女の子と二人きりで食べているせいで、さらにおいしく感じてしまう。
あれ?
どうしよう……。
なんか僕、幸せかも。
こんな楽しい土曜日の夜を、僕は何度だって繰り返し味わいたいと思いはじめてしまった。
この後、僕は『前回の土曜に見た夢』の話を彼女とするだろう。
その後、ベッドでいっしょに眠って……また月曜日に戻る。
月曜日になれば、高校でオダヤカや友達たちと楽しく過ごし、土曜日がやって来たら、好きな女の子の透けたブラジャーを眺めて、それから楽しく二人で食事をして……。
おいおい、なんか……。
充実した一週間を過ごしている気がする!?
やがて、『永遠に食べ終わらなければいいのにと思えるほどおいしいコンビニ弁当』を、僕たちは食べ終えた。
それから、前回と同じように僕は、彼女にA4の紙を差し出した。
『僕が見た夢の話』がプリントアウトされている紙だ。
ロクゴクシ先輩たちにも読んでもらった、『幽霊』が出てきて、『僕のジャージのズボンが子鬼どもによって谷底の川に投げられた』とかいう、あの奇妙な夢の内容が記されている紙である。
女子高生は僕の夢にしばらく目を通してから、途中で「んっ?」と小さく声を漏らした。
夢の内容が、わけがわからないといった雰囲気の声だった。
その声がとても可愛らしくて、僕の胸はキュンっとする。
さて、僕の夢を彼女が読み終わったくらいが良いタイミングだろうか。
人工知能たちのアドバイスに従うのならば――。
僕はこれから『幽霊』について、彼女に詳しく質問しなくてはいけないのだ。
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