022 幽霊の身体検査

 やがて彼女は、僕の夢を読み終える。

 そして、前回と同じように困惑した表情を浮かべながら言った。


「えっと……今回もあまり理解できなくてすみません」

「うッス」

「でも、また夢を見たら、次もわたしに夢の内容を教えていただけますとうれしいです……」

「うッス。はいッス……」


 確かに意味のわからない夢です。

 そして、前回も思ったんですけど、そちらが『土曜日の夜に見た夢を教えてほしい』って僕に言ったから、なんとなくこうして記録に残しています。

 A4サイズの紙に、プリントアウトまでしています。


 でも……。

 この夢を記録する作業って、本当に必要なの?

 そして、あなたならこの夢の意味がわかるんじゃないんですかっ!?

 今回もやっぱり、わからないの?


「うーん……」


 と声を漏らしながら、ジャージ姿の女子高生は、眉間みけんに小さなシワを集めてA4サイズの紙と、にらめっこし続けていた。

『夢』をもう一度読み直しているみたいだった。


 その姿はとても真剣だった。

 それで僕は、彼女がふざけてこんなことをこちらにお願いしているわけではないと信じることにした。


 うッス……わかりました。

 また夢を見たら、記録しておこうじゃないスか!


 心の中でそう誓うと、僕は彼女に言った。


「う、うッス。今回の僕の夢に『幽霊』が出てきたんスけど……」

「ああ、はい」

「うッス。幽霊って本当にいると思いますッスか?」

「ああ、はい。きっと、いますよ。それに、たぶんわたしも幽霊だと思いますから。自称・幽霊ですけど」


 この話の流れなら、人工知能たちのアドバイスどおり『幽霊』について、彼女から詳しく話を聞くことができそうだ。

 僕は小さく首をかしげながら質問する。


「自称・幽霊ってことッスけど、それってどういうことなんスかね?」

「うーん……自分でもよくわからないんですけどね。あなたと出会った後も、いろいろと考えてみたんです。けどやっぱり、なんか自分は幽霊だと思うんですよね……根拠こんきょはないです」

「根拠はない?」

「はい」


 女子高生がそう言い切ったので、僕は少し話の流れを変えてみようと思った。


「うッス。じゃあ、幽霊ってどういう人がなるんスかね? 生きていた人が亡くなったら、全員がこの世に幽霊として残るわけでもないような気がするッスよ。ま、まあ、自分は幽霊に関して詳しいわけではないんスけど」


 女子高生はこくりとうなずくと答えてくれた。


「そうですね。わたし自身はおそらく幽霊なんですけど、なんとなくなんですけど、やっぱりこの世に未練がある人なんかが幽霊として残るんじゃないでしょうか? まあ、わたしも幽霊に関して詳しいわけではないんですけどね、ふふっ」


 僕はメガネをくいっと上げながら彼女に質問した。


「ゆ、幽霊ってことは、そのぉ……何かこの世に未練が残っているんスか?」

「わたしがこの世に未練があるかってことですよね?」

「うッス」

「それがですね……わたしって、記憶がほとんどないんですよ。だから、たとえば何かこの世に未練があったのだとしても、その未練がなんなのかをわたし自身がまったく覚えていないんです」


 自分がこの世に残っている原因。

 それが自分自身でもわかっていないのか……。


「う、うッス。そいつはなんか厄介やっかいな状況ッスね」

「うッス。本当にどうしたらいいんでしょうかね? ふふっ。うッス、うッス」


 そう言うとジャージ姿の女子高生は、にこっと笑った。

 もし自分が運動部とかで、こんなにも可愛らしい笑顔を見せてくれる人が、同じ部活の仲間だったり、マネージャーだったりしたら……。


 ああ、たぶん毎日部活が楽しいんだろうな……。

 思わず僕がそんな想像をしてしまうほどステキな微笑みだった。


 僕は質問を続けた。


「じ、自分が幽霊だってことは、なんとなくそう思っているだけなんスよね?」

「はい」

「うッス。ご、ご飯も食べるし、雨にも濡れるし、僕のジャージに着替えることもできる……それでも幽霊ッスか?」

「そう言われると、わたしもちょっと困っちゃうかな? あははっ」


 彼女は声を出して笑うと、話を続けた。


「わたし、たぶん本当に幽霊ですよ。それなのに、普通の人間みたいですよね? 疑われても仕方ないのかな? もしよければ、あなたが納得いくまで、わたしのことを色々と調べてもらってもいいですよ」

「んっ?」

「たとえば……うーん。思いつかないな。相手が幽霊って、どんなことをしたら確かめられるんでしょうかね? ふふっ」

「う、うッス。よく昔から古典的な幽霊には足がないとか言われているッスよね」

「ああ、聞いたことありますよね。でも、わたしには足がありますよ。ほら、このとおり」


 そう言うと女子高生は、椅子に座ったまま右足のスリッパを脱いだ。

 そして、その右足を僕の方に向かって遠慮えんりょがちに伸ばしてみせた。


 僕が貸したジャージのズボンに包まれた可愛らしい足だ。

 濡れてしまった靴下は玄関で脱いでいたので、彼女は裸足である。


 確かに女子高生の足は、そこにきちんと存在しているように見えた。

 そういえば僕は、彼女の手だって握ったことがあるんだ。

 きっと、足だってさわれる。

 それに、触れることが確認できたら、彼女のこの可愛い足が見た目通り、実際に存在しているとわかるじゃないか。


 僕は彼女に尋ねた。


「う、うッス。少しだけ触ってみてもいいですか?」

「えっ?」


 と、彼女が声を漏らした。


 ああ……しまった。

 僕、女子高生に向かって足を触ってもいいかって聞いてしまったのか……。


 それでも女子高生は、小さくうなずきながらこう答えてくれた。


「い……いいですよ。足くらい触っても。わたしは大丈夫です。でも、ニオイは絶対にがないでくださいね? や、約束ですよ?」

「はっ!? ニオイっ!?」


 と、僕は思わず声を漏らした。


 ニオイ? 足のニオイ?

 彼女、僕が足のニオイを嗅ぐことを警戒しているの?

 僕、彼女にどんな男だと思われているんだっ!?


 女子高生は話を続ける。


「あ、雨で靴下も靴もびしょ濡れだったじゃないですか。だから、足が臭くなっているかもって……。この子、足が臭いなって思われたら、たいていの女の子は深く傷つきますよ?」


 あ、ああ……まあ、そうだろうな。

 とにかく彼女を安心させようと、僕はこう答えた。


「うッス。お、男だって足が臭いって言われたら、深く傷つくッスよ。だ、だから、気持ちは充分に理解できるッス。たとえ足が臭くても『臭い』ってわざわざ伝えないッス、うッス。僕は黙っているッス」


 女子高生は「うーん……」と声を漏らしてから言った。


「なんか……うーん、それって大丈夫なのかな? 足が臭くても言わないって約束かあ……。うーん」


 彼女はそうやってぶつぶつ言いながら、少し悩んだ後、僕に足を触る許可をくれた。


「じゃあ、どうぞ。触ってください。でも、わたしがストップって言ったら、すぐに手を離してくださいね」


 そんなわけで幽霊の身体検査がはじまった。

 まず僕は、彼女の右足のふくらはぎを両手で触った。


「んっ……」と女子高生は声を漏らしてからこう言う。


「な、なんか恥ずかしいので、わたし目を閉じていますね。お、終わったら教えてくださいよ」

「う、うッス。すみません」


『終わったら』と言われても、この行動の終わりってなんだ?

『確認し終わったら』って意味なら、もう足にさわれることは確認し終わった。

 だから、終わりなんだけど……。


 そう思ったのだけど、椅子に座っている女子高生が両目を閉じて、おとなしくしている姿を眺めていたら、この時間をこれだけで終わりにするのはもったいない気もしてきた。


 もう少しだけ、色々と足を触ってもいいのだろうか?


 僕は両手を、彼女のふくらはぎから足首まで移動させてみる。

 足首……細いなあ。

 ぴくっと彼女は足を震わせる。それから少し小さめの声で僕に言った。


「あ、足の裏とかは汚いので、触らないほうがいいと思いますよ」

「う、うッス。わかったッス。足の裏は触らないと約束するッス。うッス」

「うッス。お願いしますね」


 彼女はあいかわらず両目を閉じたままだった。

 僕は彼女の足の裏をチラリと眺めてみる。


 汚いところなんて、どこにもない気がした。

 女子高生の可愛らしい足だった。ニオイだって臭くない。


 それから今度は、僕は手を上へ上へと移動させてみる。

 足首から再びふくらはぎまで戻ると、そこを経由して膝へとゆっくり移動させた。


 ジャージのズボンの上から彼女の右足を触っているわけだけど……。

 僕は女子高生を相手に、本当にこんなことをしてもいいのか?


 足を触る許可はもらっている。

 とはいえ、恋人同士でもないわけだし……。


 さすがに罪悪感が芽生めばえはじめる。

 でも、手が止まらない。


 僕の両手が女子高生の足を自由に触れるチャンスなんて、この先の人生でおそらく二度と訪れないだろうし……。


 やがて僕の両手は、彼女のふとももを軽くきゅっと握った。

 その瞬間、彼女の身体が震えはじめた。


「ふっ……ふふっ……ふふふっ」


 両目を閉じた女子高生は、肩や黒髪のポニーテールを震わせながら笑い声をこらえているみたいだった。

 そんな彼女の反応に戸惑いながらも、僕は彼女の太ももを触り続けた。


 とてもやわらかい。

 これがジャージの上からじゃなくて、直接彼女の太ももを触っていたとしたら?

 僕は興奮しすぎて気絶していたのではないだろうか?


 やがて、彼女は目を閉じたまま笑い声を出し、両足をバタバタさせながらこう言った。


「あははっ! だ、ダメ! それ以上は、ダメです! あははっ! ストップ、ストップお願いします! 我慢できません!」


 僕は彼女の太ももから両手を離した。

 ストップと言われたらやめる約束だ。

 女子高生は両目を開けると、申し訳なさそうな声で言った。


「ごめんなさい。くすぐったくて、もう我慢できませんでした。自分でも知らなかった。わたし、人に内ももを触られるのすごくダメみたいです。ふふっ。内もも、すごくくすぐったかった。ぞわぞわしちゃってダメでした」


 それから女子高生は、椅子に座ったまま身体を一度だけ、ぶるんと震わせた。

 彼女は両頬を赤くしていたのだけど、それは恥ずかしいから赤いのか、笑いすぎて赤くなったのか、僕にはわからなかった。


「それで、確認は終わりましたか? 幽霊でも足がある幽霊がいることはわかってくれましたか?」


 僕は「う、うッス」と言ってうなずく。


 可愛らしい足をじっくりと触らせてくださり本当にありがとうございました――と心の中で両手を合わせた。


 すると、彼女は僕にこう言った。


「足の確認は終わりましたね。じゃあ、あとはどこか、わたしの身体で触りたいところとかありますか?」

「えっ……」


 と、僕は思わず声を漏らした。


 マジですか……。

 まだ、身体をどこか触らせていただけるんですか?


 とんでもないボーナスタイムがはじまっていた!


 そう思いながら、僕はごくりとツバを飲み込んだのである。

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