第5章 月曜日に戻ることにも慣れた
020 第5章 月曜日に戻ることにも慣れた
三度目の土曜日がやって来た。
水曜日に元クラスメイトの女子に『時間が戻っている話を聞かれる』というアクシデントがあった。
けれど、それ以外の人に新たに『時間が戻っている話』を、聞かれたということはないと思う。
たぶん……。
まあ聞かれていたところで、誰がこんな話を信じるだろうか?
きっと、苦笑いされるだけだ。たいした問題にはならないだろう。
夜が来て予定の時刻になると、バス停の濡れた女子高生と再会するために、僕は家を出た。
前回と同じくジーンズに白いシャツ、紺色のカーディガンを身に着けると、最後に黄色いカッパを着た。
そして今回は、傘を二本持って出かけることにした。
前回、ずぶ濡れの女子高生に貸した傘とは別に、もう一本自分用の傘を持ったのだ。
傘&カッパを装備して、僕は雨の降る夜道をコンビニへと向かった。
できるだけ、前回や前々回と同じように行動することを心がけた。
大きく違った行動をとったら、バス停にあの子が出現しないかもしれない。やはり、そう思ったからである。
やがてバス停にたどり着いた。
古びたトタン
ずぶ濡れの女子高生の姿は、まだそこにはない。
彼女が出現するのは、コンビニからの帰り道だからだ。
僕は前回彼女に貸した傘を、無人のバス停に置いておいた。
たぶん、彼女はこの傘に見覚えがあるだろう。だから、傘をここに置いておけば勝手に使ってくれるのではないだろうか。
そう考えたからである。
コンビニで弁当を買った僕がこのバス停に戻ってくるまでの間、女子高生は過去に二回とも横殴りの雨の中で、ずぶ濡れになっていた。
僕と出会うまでの間に、彼女がこの置いておいた傘を使ってくれたら、あんなにも濡れることもないのではないだろうか?
まあ、セーラー服が濡れないと緑色のブラジャーが透けているところを眺められない。
その点は残念だ。
けれど、透けて見えるブラジャーよりも、彼女が雨に濡れないことを優先した方が絶対にいい。
「この傘に彼女がちゃんと気がついて、きちんと使ってくれるといいなあ……」
ひとりごとをそうつぶやくと、僕はコンビニへ移動した。
弁当を二人分買ってコンビニを出ると、僕は再びバス停へと向かった。
バス停に到着する少し前から、女子高生が傘をさしてくれているのが
ベンチには座っておらず、傘をさして立っている。
「よかった。あの傘に気がついて使ってくれたんだ」
これできっと、彼女もずぶ濡れにはなっていないだろう。
そう思いながらバス停にたどり着き、近くで女子高生を見ると……。
傘をさしていたにもかかわらず、彼女のセーラー服はすっかりずぶ濡れだった。
あまりのショックで僕は、「なんでっ!?」と声を漏らしながら、ズッコケそうになる。
まあ、セーラー服から緑色のブラジャーが透けて見えて、その点は非常にありがたかったのだけれど。
「えっ? どうして? 傘をさしているのにずぶ濡れになっちゃったの?」
挨拶をするよりも先に、僕は彼女にそう質問した。
ずぶ濡れの女子高生は傘をさしたまま答える。
「この傘、やっぱりあなたが用意してくれたものですよね! ありがとうございます」
「う、うッス」
「この傘には見覚えがありました。きっとあなたが置いておいてくれたものに違いないと思い、遠慮なく使わせていただきました。バス停にあなたの傘が置いてあることに気がついたとき、その優しさがすごくうれしかったです」
「でも……せっかく傘をさしているのに、そんなにずぶ濡れに……」
僕がそう言うと、彼女は自身が身に着けているセーラー服をちらりと眺めてから答える。
「あっ、あはは……。なんかわたし、気がついたら毎回、すでにずぶ濡れの状態でこのベンチに座っているんですよね」
彼女の黒髪から雫がポタポタと垂れている。
毎回、すでにずぶ濡れの状態でベンチに座っているっ!?
「んっ? それって……もしかして、雨で濡れているわけではない……とか?」
僕の質問に、彼女は首をかたむける。
「どうなんでしょうね? 気がついたときには横殴りの雨に打たれてずぶ濡れになっていますけど。わたしはいったいどういう状態で、毎回このバス停にたどり着いているんでしょうか?」
「やっぱり、このベンチに座る前の記憶がまるでないの?」
僕がそう尋ねると、彼女はポニーテールを揺らしながらうなずく。
「はい、記憶がないです。だからですね、わたしは『ベンチに座る前から雨以外のもので全身がずぶ濡れになっている』という可能性は確かにあるかもです。川の水とか池の水とか。しょっぱくはないので、たぶん海水ではないですよね? あとは、お風呂の水だったりして。でもでも、セーラー服を着たままお風呂に入る人なんて、さすがにいませんよね? ふふっ」
「せ、セーラー服を着たままお風呂ッスか……」
「あのぉ、そんなことより……」
ずぶ濡れの女子高生はそう言うと、僕のそばへ一歩近づき話を続けた。
「ふふふっ。なんか、前回よりも緊張していないみたいですね?」
「えっ?」
「三回目にして、あなたはようやく、わたしに慣れてくれたのでしょうか?」
言われてみれば、前回よりもなんだか少しリラックスできているかもしれない。
バス停に置いておいた傘をせっかく使ってもらったのに、彼女がずぶ濡れで、それがあまりにもショックでズッコケそうになった。
だから、あのときになんとなく僕の緊張は、ふっとんでしまった気がする。
まあ、それでもこうして近くで会話していると、彼女は僕のモロに好みの女の子だからそれなりに緊張してしまうけれど。
それに、ブラジャーの色だって透けて見えているし……ドキドキする。
「き、緊張していると、そんなにダメかな? う、うッス」
「そのぉ、ちゃんと会話して仲良くなりたいんですよ。だって、とりあえずわたしの話し相手って、あなた一人しかいないじゃないですか?」
「えっ?」
「わたし、バス停でいつも一人でずぶ濡れになっていて、あなたの部屋でいっしょに眠って、気がついたらまたここに戻っていて……それで毎回のように雨の中で一人きりでずぶ濡れになっているんですよ?」
「お、おう」
そう言われてみると、彼女も毎回大変なんだな……。
「雨の土曜日を繰り返しています。それで毎回最初にあなたと出会います。だから、あなたはたった一人しかいないわたしの話し相手なんです。できれば仲良くなりたいと考えるのは、普通だと思いますけど?」
「そ、そうッスね。う、うん、そりゃそうだ」
「でも、いつも緊張しているみたいで、会話があまり弾まないっていいますか……」
「あ、ああ、なんかすみません」
「ご、ごめんなさい。傷つけてしまいましたか? 会話が弾まないのは、別にあなた一人だけのせいじゃありませんもんね。いっしょにいるわたしのせいでもあるんだから」
そう言うと彼女は、黒髪のポニーテールを揺らしながら、ぺこりと頭を下げたのだった。
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