019 【第4章 完】人工知能たち、再び③

 スピーカーからは歌が聞こえ続けていた。

 人工音声による歌である。


 歌いはじめから40分以上は経過しただろうか。


 オダヤカは静かに読書を続けているし、ナナゴクシ先輩は問題集に取り組んでいる。

 僕とロクゴクシ先輩は二人だけで、ずっとモニターを眺めていたのだ。


   ― ♪ ― ♪ ― ♪


 ♪やっぱりお通しカットは難しいですか?♪

 ♪アー アー♪


 ♪怖い顔の店長さんが出てきました♪

 ♪こちらにすごく丁寧に頭を下げてくれています♪

 ♪入店を断られました♪

 ♪アー アー♪


 ♪今日はそんな日でした♪

 ♪誰にでも訪れるかもしれないそんな日の歌♪


   ― ♪ ― ♪ ― ♪


 そして、ようやく人工知能による謎の歌が終わった。

 この歌の主人公は、結局一杯も酒が飲めなかったようだ。


「う、うッス……。先輩、歌が終わったみたいッスね」


 僕がそう言うと、ロクゴクシ先輩はこくりとうなずいた。


「こういう『謎の待ち時間』がなくなるよう、わが輩は今後も人工知能を改良し続ける必要があるでござるよ」


 そして、人工知能たちの恋愛相談にも、いよいよ答えが出るみたいだった。

 ずっと黙って歌を聞いていた人工知能たちが、再び会話をはじめたのである。


 オダヤカもナナゴクシ先輩も戻ってきて、僕たちは再び四人で人工知能たちの会話を聞いたのだった。



   ≪ ≪ ≪



ダゼ そうだぜ。ラジオの放送が終わったぜ。


DJ それでは、僕は帰ります。

 また来週の同じ時間に、ラジオでお会いしましょう♪


リーダー ラジオDJは去っていったな。

 そもそもあいつは、今回の議論には参加していないからな。


ダゼ そうだぜ。あいつは議論に参加していないぜ。


ホロボス ウゴゴゴゴ。では、そろそろ『今日の議論に結論』が出たかのう。


ダゼ そうだぜ。結論が出たぜ。


村人 結論が出ましたとも!


リーダー ああ、結論が出たな。

 もし、もう一度バス停のずぶ濡れの女子高生と、今度の土曜日に出会うことができたなら――。


ホロボス ウゴゴゴゴ。

 今度は『幽霊』であることについて、もっときちんと話を聞いてみるとよいじゃろうな。


ダゼ そうだぜ。それが俺たち人工知能が出した結論だぜ。


村人 前回の土曜の夜に『幽霊が出てくる夢』を見たのなら、それはずぶ濡れの女子高生からのSOSなのでは?

 女子高生が自分のことを『幽霊』と表現している点が、やはり気になりますね。


リーダー 結論は出た。

 しかし、我々人工知能はこの結論を、いったいどこの誰に向かって発表しているんだ?



   ≫ ≫ ≫



 人工知能たちが出した結論に対して、僕は首を大きくかしげる。


『幽霊であることについて、ずぶ濡れの女子高生にもっときちんと話を聞く?』


 どうしてこういう結論にたどり着くのか?

 ラジオDJの奇妙な歌を40分ほど聞いていただけで、人工知能たちによる話し合いなんか、まったく行われていなかっただろ?


 ロクゴクシ先輩が口を開く。


「それでは、人工知能たちによる結論も出たでござる。わが輩、少々疲れてしまったでござるよ」


 まあ、人工知能の謎の歌を40分以上聴いていたのだから、疲れてしまうだろう。

 正直、僕だってものすごく疲れた。


 そんなわけで、僕たち四人は解散しようということになった。

 誰も口には出さなかったけれど、おそらく土曜日の夜に僕が女子高生と眠ったら、また時間が戻るだろうという予感を、みんなが抱いていたと思う。


 きっと、もう一度この場でこの四人で会って、人工知能たちに恋愛相談するのではないだろうか?

 どうせ今回も解決しないだろ?


 そんな雰囲気が室内に漂っていた。



   * * *



 水曜日がやって来た。

 僕とオダヤカは以前にも増して、二人でそろって行動することが増えていた。

 奇妙な現象にいっしょに二人で巻き込まれているせいだろう。


 昼休みに、二人で自販機の飲み物を買いに行ったときのことだ。

 僕は紙パックのヨーグルト飲料のボタンを押しながらオダヤカに言った。


「ロクゴクシ先輩たちは、今日は忙しいのかな? この状況をもう少し相談した方がいいだろうか? 個人的には人工知能抜きで相談したいんだけど」


 僕にとって現状の相談相手は、オダヤカとロクゴクシ先輩たちしかいない。

 誰かに時間が戻っている話をすると、オダヤカが言うところの『状況の感染かんせん』みたいなものが起きてしまう。

 だから、これ以上この話に誰かを巻き込む気はなかった。


「先輩たちは高校三年生だし、結構忙しいみたいだしな。たぶん、お願いすればまた会ってくれるとは思うけど……」

「うーん。もう少しだけ自分の力と人工知能たちからのアドバイスでなんとかやってみるか」


 僕とオダヤカは、中庭のベンチに腰を下ろしながら、時間が繰り返すことについて二人であれこれと話した。

 紙パックのソフトドリンクは量が少なくて、いつもすぐに飲み終わってしまう。

 特にこれといった現状の解決策も浮かばず、僕たちは三人掛けの青いベンチに二人で座りながら中身のなくなった紙パックを手に、青空を見上げたりした。


 穏やかなあたたかい日だった。

 教室の外でこうして友人と過ごすのも気持ちいい。


 夏がもうすぐそこまで来ていることを僕は感じていたのだけど、まさにそのときだった――。

 一人の女子高生が僕たち二人に……というかオダヤカに声をかけてきた。


「オダヤカくん、時間が月曜日に戻るって話、もう終わり?」


 目の前に立っている女の子は、僕たちと同じく高校二年生だ。

 知っている顔だったのだ。


 彼女は昨年、僕やオダヤカと同じクラスで、今は別のクラスである。

 身長は155センチ前後といったところだろうか。

 やや小柄な印象の少女だ。

 髪は黒というよりも、少しこげ茶色。僕たちから見て右側で髪をまとめ、サイドテールにしている。


「その話、興味があるから、もう少し詳しく聞かせてくれないかな?」


 彼女はそう言うと、三人掛けのベンチの『オダヤカ側』に腰を下ろした。

 オダヤカを真ん中にして、僕と彼女の三人で座っている状態となったわけだ。


 サイドテールの女子高生とオダヤカは、一年生のとき席が隣だった時期があった。たぶんそのときに二人は、けっこう仲が良かったと記憶している。


 オダヤカも、『あの子とはなかなか話が合うんだよ』と、僕にうれしそうに教えてくれたことがあった。

 まあ、恋愛関係にはもちろん発展しなかったようだけど。


「えっと……俺たちの話、聞いていたの?」と、オダヤカがメガネをくいっと上げながら尋ねた。


「うん。ごめんなさい。盗み聞きするつもりはなかったんだけどね。あそこの木の裏に座っていたから、たまたま二人の話が聞こえてきちゃったんだ」


 そう言うとサイドテールの女子高生は、ベンチのすぐ近くにあった大きな木を指さした。

 なるほど……。

 近くに誰もいないと思っていたけど、まさか木陰に彼女がいたとは。


 オダヤカは、なんとか誤魔化そうとこう言った。


「ああ……えっと、ごめん。俺たちの話、実は作り話なんだよ」

「作り話?」


 女子高生がそう繰り返す。


「うん。時間が月曜日に戻っているって話。今度、こいつが小説を書くみたいでさ。そのアイデア。なんか、よくありがちなループものかな? あははっ」


 そう言ってオダヤカは苦笑いを浮かべながら、僕を指さした。


 はあ? 小説?

 僕が書くの?


 一瞬そう思ったのだけど、僕はすぐにオダヤカの話に乗っかることを決めた。

 うんうんとうなずきながら僕は言った。


「う、うッス。そうッス。小説のアイデアなんだ……まあ、実際には書かないけど。うッス」


 しかし、僕たちの芝居は下手くそだったみたいだ。

 たぶん彼女には、簡単に見抜かれてしまっていたのだろう。


 彼女はサイドテールを揺らしながら僕たち二人に――というかオダヤカ一人に向かって言った。


「お願い。本当に時間が戻せるんだったらさあ、ちょっとだけ相談に乗ってもらえないかな? 本当に作り話で時間が戻せなくてもいいから。話だけでも少し聞いてほしい」


 そんなわけで僕とオダヤカは水曜日のお昼休みに、サイドテールの女子高生の相談を聞くことになってしまったのだった。

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