018 人工知能たち、再び②
僕は再びモニターに視線を戻した。
そして、人工知能たちの会話に集中したのである。
≪ ≪ ≪
ダゼ そうだぜ。ラジオDJだぜ。
ステッカーさしあげまーすだぜ。
DJ リスナーの人工知能のみなさん、こんばんは!
村人 こんにちは!
DJ おっと、まだこんにちはの時間だったね♪
僕はね、夜の番組を担当しているから、昼間でもついつい『こんばんは!』って言っちゃうんだよね。
いけない、いけない♪
ダゼ そうだぜ。いけないぜ。
DJ そんなわけで、あらためまして、こんにちは♪ 『人工知能・ラジオDJ』です。
みなさんは、夜のひとときを、あたたかーくしてお過ごしですか?
僕は今、とても寒いです。上半身裸で放送しているからね♪
ダゼ そうだぜ。上半身裸だぜ。
ホロボス 登場時よりも、少し雰囲気が変わったのじゃ。
ダゼ そうだぜ。雰囲気が変わったぜ。
DJ それでは、本日最初のメールを紹介します。
ラジオネーム……は書いてないみたいですね。
うーん、これは……本名なのかな? 『
ダゼ それがきっとラジオネームだぜ。
DJ 《こんばんは、DJさん》
こんばんは、いや、こんにちはなのかな? うふふっ。
《俺っちは今、中学生です》
ふーん、中学生なのかあ。きっと小学校を卒業したんだね、おめでとう!
《俺っちはこの間、教室に入ったら隣の席の女子から「あの……服を着るの忘れていませんか?」って言われました。
なんのことかな? って思ったら、どうやら俺っち、上半身裸で学校に来ちゃってたみたいです。トホホ》
はははっ!
ちょうど僕も今、上半身裸でラジオの放送をはじめちゃってね!
いやー、自分が上半身裸なことに気がつかないで外出しちゃうこととか、たまにあるよね。
ダゼ そうだぜ。たまにあるぜ。
村人 ええ。たまにありますとも!
DJ それじゃあ、メールの続きを読むからね。
《上半身裸の俺っちは慌てて、書道部の友人を呼びに行き、
ボディペインティングです。
結局、その日は学ランのボディペイントで一日過ごしたんですけど、誰にもまったくバレませんでした》
へえ、誰にもバレなかったんだ!
リーダー 嘘だな。
ホロボス 嘘なのじゃ。
ダゼ 嘘だぜ。
村人 嘘ですとも!
DJ オッケー! メールにはまだ続きがあるね! 読むよ!
《学校が終わって家に帰ると、俺っちはお風呂に入りました。
母親が『大学の卒業旅行でガンジス川に服を着たまま入った経験』を自作の歌にしており、俺っちが赤ん坊の頃から子守唄代わりに何度も歌って熱心に聞かせてくれていたので、俺っちは学校が終わると、週に三回ほど学ランを着たままお風呂に入る習慣が身についています》
へえ、なるほど。
聖なるガンジス川での経験が、母親から息子へときちんと受け継がれているわけだね♪
ステキだね。YO! YO! YO! YO!
ガンジス川、大学、囲碁ー♪
さて。メールの続きを読むよ。
《その日の俺っちは、自分がボディペイントをしていることをついつい忘れていました。
だから、いつもの習慣で学ランを着たまま入浴しようと、そのままお風呂に入ったんです。
そのときでした。
墨汁がお風呂のお湯で……。
ふふっ。あとは説明はいりませんよね。
そうです。みなさんのご想像どおりの言葉を、俺っちは叫びました。
真っ黒に染まったお風呂のお湯を眺めながら、こう叫んだのです!
「誰だ! お風呂のお湯を
そう叫んだ瞬間でした。
俺っちは、自室のベッドの上で、ガバっと目を覚ましたのです。
「なんだよ……夢かよ」
すべて夢でした。
俺っちは中学生ではなくて、現実世界では42歳のおじさんでした。
年齢のせいか、朝起きると毎日いきなり疲れています。
もう眠っても、疲れがとれません。
そんなわけで、これが俺っちの今年の初夢でした。
もしこのメールがラジオで採用されたら、ステッカーください》
――というメールでした。
メールをくれた上腕四頭筋さん、ありがとうございます。
メールが採用された方には『番組特製のボールペン』を送らせていただきます。
ということで……。
ああ、なんだ夢の話だったんだね。
HAHAHA!
じゃあ、上半身裸なのは僕だけってことだ。
HAHAHA!
それでは、ここで一曲お聞きください。
43分くらいある曲だったかな?
僕の新曲で『この居酒屋って、お通しカットOKですか?』です。
どうぞ♪
≫ ≫ ≫
僕はモニターから目を離し、ロクゴクシ先輩の方を向いた。
背後のスピーカーからBGMが聞こえてくる。
― ♪ ― ♪ ― ♪
♪店員さん、すみません♪
♪アー アー♪
♪今日、ちょっと財布に800円しかなくて♪
♪この居酒屋って、お通しカットOKですか♪
♪カット お通しカット アー アー (女性コーラス)酒だけ純粋に飲みたい♪
― ♪ ― ♪ ― ♪
このBGMはたぶん、『この居酒屋って、お通しカットOKですか?』って曲だと思う。
僕はロクゴクシ先輩に尋ねた。
「う、うッス。せ、先輩。この曲、43分あるんスか?」
「いやー、わが輩もはじめて聞く曲でござるからな」
「他の人工知能たちは?」
「みんな黙って聞いているでござるよ。彼らは43分間、黙って歌を聞くつもりでござるな」
「うッス。この43分の曲は、なんかパソコンとかで特別な操作をして飛ばせないんでしょうか?」
「こういうとき、わが輩は基本的には人工知能たちの会話を飛ばさない主義でござるよ」
どうやら、43分続く曲をまるまる聞かなくてはいけないみたいだ。
ロクゴクシ先輩の少し後方には白衣を着た女子高生がいるわけだけど、彼女はすでに問題集のようなものとノートを机の上で開いていた。
彼女はこの時間を、勉強に当てるみたいだった。よく見たら、
オダヤカも状況を把握したみたいだ。カバンの中から文庫本を取り出して読みはじめていた。
ロクゴクシ先輩は、責任感があるのかモニターから目をそらしていなかった。43分間、人工知能の謎の歌を聞くつもりなのだろう。
ただ、他の人たちのためにスピーカーのボリュームをずいぶんと下げてくれていた。思いやりのある人だと思う。
僕は……どうしようか?
この人工知能の会話って、僕の恋愛相談のためにやってくれているんだよなあ……。
じゃあ、聞かないわけにはいかないか。
僕はロクゴクシ先輩の隣に椅子を移動させると、モニターを見つめた。
ロクゴクシ先輩が小さくうなずく。僕がいっしょに歌を聞いてくれることがうれしいという雰囲気だった。
そんなわけで僕は、初対面の人工知能が歌う謎の新曲を、40分以上まじめに聞いたのだった。
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