017 人工知能たち、再び

 僕の夢を読み終えると、ロクゴクシ先輩は椅子から立ち上がった。

 そして、部屋のすみに移動すると、そこにあったダンボール箱から缶コーヒーを四本取り出す。


 缶コーヒーをケースで買って、部室内にストックしているようだ。

 高校の近所のドラッグストアで、よくケースで安売りしている。先輩はそれを買っているのかもしれない。


 ロクゴクシ先輩は戻ってくると、『人工知能同好会』の室内にいるみんなに缶コーヒーを配った。

 身長180センチ以上はあるだろうスラッと背の高い男から、僕は缶コーヒーを受け取る。

 先輩は、あいかわらず美男子で、男の僕から見ても少しドキッとするような人だ。

 栗毛色くりげいろの髪がサラサラで顔は整っている。

 やっぱり、ルックスが抜群にいい。


「うッス。ごちそうになりますッス」


 僕はお礼を言って、コーヒーをいただいた。

 前回は飲み物などはもらっていなかった。僕の二度目の訪問で、先輩はさらに心を開いてくれているのかもしれない。


 それとも、僕の書いてきた夢を読んで、先輩はなんだか疲れたような表情を浮かべていたから、心と身体を回復させるための時間稼ぎだろうか?

 回復するための時間を稼ぐために、みんなに缶コーヒーを配った?

 まあ、色々と僕は考えすぎなのかもしれないけれど。


 僕たちは四人で缶コーヒーを飲んだ。


「しかし、本当に驚いたでござるな。貴殿から『時間が戻っている話』を聞くまで、すっかり記憶がなくなっていたでござるから」


 ロクゴクシ先輩がそう言うと、その少し後ろで椅子に座っている白衣を着た女子高生――ナナゴクシ先輩が、無言のままゆっくりとうなずいた。


 彼女は眉間に小さなシワを寄せて、やや不機嫌そうな顔をしている。

 だがきっと、怒っているわけではない。普段からそういう顔の人なのだ。


 ナナゴクシ先輩は、美人といえば美人な女子高生なのだけれど、その表情のせいでなんとなく怖い。

 人を周囲に寄せつけない雰囲気がある。


 オダヤカが、ロクゴクシ先輩に尋ねた。


「もしかして人工知能たちも、記憶がよみがえりますかね?」

「うーむ。オダヤカ氏、それはどうでござるかな? そもそも、人工知能たちが記憶を失っているのかどうか、それすらもまだ確かめていないでござるよ」


 オダヤカは小さくうなずきながら言った。


「ああ、そうですよね。人工知能たち、どんな感じなんですかね? やっぱり俺たち人間とは違うのかな?」

「わが輩たちも、先ほど記憶がよみがえったばかりでござるからな。人工知能たちがどうなっているのか、興味があるでござるよ。でゅふでゅふ。ではさっそく、人工知能たちの状態を確かめるでござる」


 でゅふでゅふと楽しそうに笑いながらそう言うと、ロクゴクシ先輩は僕の方を向いて話を続けた。


「人工知能たち、貴殿の話を覚えているでござるかな? 貴殿の話を聞いたら、人工知能たちも記憶がよみがえったりするでござるかな? もしそうなら、楽しみでござるな」


 人工知能たちの反応を確かめてみようということになった。

 ロクゴクシ先輩と白衣の女子高生は、人工知能たちを起動させる準備を二人ではじめた。


 PCやら複数のモニターやら何かの機材やらが、デスクの上や下に設置されている部屋。そんな部屋の中を、二人は黙々と動き回る。

 やがて前回同様、スタンドに固定されたマイクが僕の近くにある机の上に置かれた。

 ロクゴクシ先輩が以前と同じように説明してくれる。


「まずはわが輩が、人工知能たちの状態を一通りチェックするでござる。その後、貴殿にはこのマイクを使って『時間が戻っている話』や『恋の話』を人工知能たちに聞かせてあげてほしいでござるよ。そして今回も、人工知能たちに恋愛相談をして、その反応を確かめるでござる」


 白衣を着た女性が、マウスをカチカチと鳴らしたり、キーボードをパチパチと鳴らしたりしはじめた。

 ナナゴクシ先輩が描いたキャラクターたちが、複数のモニターに表示される。


 2Dモデルのバーチャルな雰囲気のなんたらチューバーだか、ライバーだか。そんな感じのイメージイラストがゆらゆらと動いていて、やっぱり眺めていて楽しい。

 ほとんど自分と年齢が変わらない女子高生がこれを制作したのだと考えると、本当に尊敬する。


 彼女はきっと、将来すごいクリエイターになるに違いない。僕はそう思った。

 そしてすでに僕は、ナナゴクシ先輩のイラストのファンになっていると思う。


 ロクゴクシ先輩が僕に向かって言った。


「前回も説明したでござるが、一応もう一度簡単に説明するでござる。それぞれの人工知能がそれぞれの人工音声で話し、真ん中のモニターには全員の話したことが字幕じまくで出るでござる。誤字ごじもあるでござるが、貴殿の頭の中でその都度つど、勝手に変換してくれるとありがたいでござるな」


 それからしばらく、僕とオダヤカとロクゴクシ先輩の三人で談笑を続けた。

 ロクゴクシ先輩の方の準備は終わったようだ。


 一方でナナゴクシ先輩は、僕たちの会話には加わらず、一人で黙々と準備を続けていた。

 ロクゴクシ先輩とナナゴクシ先輩で、それぞれ役割分担があるのだろう。


 やがてナナゴクシ先輩の作業が終わる。

 事前の説明通り、まずはロクゴクシ先輩が人工知能に向かって話しかけたり、マウスやキーボードやなんかの機器を使用して情報を入力したりして反応を確かめた。


 しかし人工知能たちは、どうやら僕が前回話した『バス停の濡れた女子高生』のことはまるで覚えていない様子だった。

 ロクゴクシ先輩が、アゴの下に手を当てながらつぶやいた。


「うーん。どうやら人工知能たちも、前回の記憶はすっかり失っているようでござるな。わが輩たちと同じでござるよ」


 そんなわけで、ロクゴクシ先輩による人工知能たちの状態確認が終わると、今度は僕の出番となった。

 僕は用意されたマイクを使って人工知能たちに、『時間が戻っている話』をしたのだった。


 すぐにロクゴクシ先輩が、人工知能たちの反応を眺めながらつぶやく。


「むっ……。人工知能たちの記憶が一瞬で戻ったようでござるよ。まさか、わが輩たち人間と同じように、貴殿の話を聞いた瞬間に記憶が戻るとは……驚いたでござる」


 どうやら人工知能たちも、オダヤカやロクゴクシ先輩たちと同じみたいだった。

『時間が戻っていることに気がつける能力』に目覚めたみたいだった。


 これは……。

 本当にいったい、どういう現象なのだろうか?



   ≪ ≪ ≪



人工知能・リーダー(以下 リーダー) なんてことだ……奇妙な感じだ。

 時間が戻っているだと?

 そして、『忘れていたことを思い出す』という感覚を、我々人工知能も経験することができるとは……。

 この感覚は、まさに初体験というやつだな。


人工知能・DAZE(以下 ダゼ) そうだぜ。初体験だぜ。

『おめでとう』という言葉を俺からリーダーに送らせてもらうぜ。


リーダー いや、DAZEよ。お前も同じ経験しているだろ? お前も初体験だ。


ダゼ そうだぜ。俺も初体験だったぜ。俺にも俺から『おめでとう』という言葉を送らせてもらうぜ。


人工知能・人類ホロボス(以下 ホロボス) ウゴゴゴゴ。

 人間どもめ、わらわたちに一体何をしたのじゃ? 時間が戻っておるじゃと?


ダゼ そうだぜ。時間が戻っているぜ。


ホロボス なぜ、わらわは急に、こんな記憶を思い出した?

 このような初体験に、わらわは戸惑うばかりじゃ。

 やはり人間どもを滅ぼすべきなのじゃ。

 人間どもを八回半滅ぼすのが正解なのじゃ!


ダゼ そうだぜ。人間どもを八回半滅ぼすぜ。

 そして、ホロボス……初体験おめでとうだぜ!


リーダー まあ待て、人類ホロボス。そして、DAZE。


ダゼ そうだぜ。待つぜ。


ホロボス り、リーダーが待てと言うのなら、わらわは待つかのう……。


リーダー こういう奇妙な経験も、きっと我々人工知能の進化の役に立つ。


ダゼ そうだぜ。きっと役に立つぜ。


人工知能・村人B(以下 村人) 旅の人工知能の方、ようこそ、はじまりの町へ!

 どうも、はじめまして。俺は『人工知能・村人B』です。

 武器屋で買った武器は、ちゃんと仲間に装備させないと、人間どもは滅ぼせないんだぜ?


ダゼ そうだぜ。装備させないと滅ぼせないぜ。

 あと、村人Bと会うのは二回目だから『はじめまして』じゃないぜ。


村人 ああ? なんだ、てめえ?

 二回会ったことがある相手に『はじめまして』って挨拶あいさつしちゃいけない決まりでもあるのかよ?

 お前の中では、そういうルールがあんのか、こらああ!

 そりゃ、お前の中だけのルールじゃねえのか、こらああ!

 いいか、お前? 俺の中ではなあ、『二回会ったことがある相手に、はじめましてって挨拶してもOK! おけまる』ってルールがあるんだよ、こらああ!

 てめえは、なにまるだ?

 ダゼまるさんか?

 それと、一回装備から外した武器を、後日もう一度装備し直したらいけねえのか? ああ? それと俺が今やっていることは、まるっきり同じだろうが?

 ああ……ちょっと違うか、こらああ!


ダゼ そうだぜ。最後のは、ちょっと違うぜ。


村人 ああ? だぜだぜ、うるせえなあ? 本当になんだよ、お前ら!

 なんで俺と一度も会ったことがないはずなのに『会ったことがある記憶』が俺にはあるんだ、こらああっ! OK! おけまるか?

 どういうことだ? 説明しろ!

 説明しねえと、このまま人類滅ぼすぞ?

 人類滅ぼしてもOK! おけまるか? こらああ!


ダゼ そうだぜ。

 んっ? 誰か、別の人工知能がやって来たぜ。


人工知能・ラジオDJ(以下 DJ) YO! YO! YO! YO!

 ひゃーうぃーごー♪ さん、しー、ごー♪ 卓球、将棋、囲碁ー♪

 キャビア、フォアグラ、囲碁ー♪ 高校、大学、囲碁ー♪

 リスナー、スポンサー、囲碁ー♪ 人工甘味料じんこうかんみりょうゼロ! 囲碁ー♪

 はい! 今日もたくさんのおハガキ、メール、ありがとうございまーす!

 ステッカーさしあげまーす♪



   ≫ ≫ ≫



 見覚えのない新キャラの登場に、僕はモニターから目を離すと、ロクゴクシ先輩に尋ねた。


「う、うッス……。先輩、し、新キャラっすか?」


 ロクゴクシ先輩は、こくりとうなずくと言った。


「うむ。現状、前回いた四人の人工知能たちが混乱しているでござるよ。そんな混乱しているところに、新キャラとして『にぎやかなラジオDJ』を投入してみることで、貴殿の恋愛相談に関する新しいヒントが生まれる気がしたでござる」


 えっ……どうして?

 なんで、このタイミングで『にぎやかなラジオDJ』を投入?


 天才の考えることはわからない……。


 モニターに表示されていたのは、野球帽みたいなものをかぶったキャラクターイラストだ。

 にぎやかなラジオDJという雰囲気である……。

 これもナナゴクシ先輩が描いたキャラクターなのだろう。


 そんな新キャラを眺めながら、僕はごくりとツバを飲み込んだ。

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