013 【第3章 完】再び女子高生と眠る

「う、うッス。じょ、冗談ッスか」

「はい。びっくりしましたか?」


 彼女の冗談に、少し腹が立った。

 しかし、セーラー服から薄っすらと透けて見える緑色のブラジャーが、すごくエッチだったので、ハッピーな気分が僕の怒りを抑え込んだ。


 ブラジャーがエロい――つまり、ありがとうございます、緑色のブラジャー!

 緑色のブラジャー、前回の土曜日から引き続きマジ感謝!

 もう、僕は全然怒ってないです――という気持ちになった。

 ヘイ、オッケー? 童貞ボーイ! 純情な感情、マジ感謝!


 それに、ずぶ濡れの女子高生の方には、どうして僕に嘘をついたのかそれなりの理由があるみたいだった。


「嘘をついて、ごめんなさい。でも、こういう冗談であなたをからかって、緊張を少しほぐそうと思いまして」

「き、き、緊張?」

「はい。前回、あなたは最後までずっとガチガチだったじゃないですか」


 僕は首を小さくかしげる。


「ぼ、僕、最後までガチガチだったッスか?」

「はい。最後までガチガチでした。あなた、いっしょにベッドに入ってからも、最後まですごくガチガチでしたよ」

「うっ、うッス。ベッドに入ってからの方が、ガチガチだったッス」


 ……そりゃあ、女の子といっしょにベッドに入れば、緊張でさらに全身ガチガチになるでしょうよ。


「そして今日だって、あなたは最初からガチガチでした。会うのは二回目なので、さすがに少し緊張をほぐそうと思ったんです。ごめんなさい。わたしに対して腹を立てましたか?」


 そう訊かれて僕は、セーラー服に透けている緑色のブラジャーを、もう一度ちらりと見てから言った。


「い、いや。腹を立ててはいないッス。怒ってないッスよ」

「よかった」


 よかった、よかった。

 ブラジャーが透けていて、本当によかった。

 あの緑色は、小さな怒りくらいなら簡単に抑えることができる。

 セーラー服から透けて見えるあれは、僕にとってのカラーセラピーなのだ。


 女子高生は話を続けた。


「今日はカッパを着てきたんですね?」

「うッス」

「たんぽぽみたいですね。それか、アヒルの赤ちゃん」

「んっ?」


 ああ……この着ているカッパが黄色いからか。

 女子高生は、ぺこりと頭を下げた。


「ごめんなさい。つい、思ったことを口に出しちゃいました。怒らせちゃいましたか? 自分の気に入っている格好を、たんぽぽとかアヒルの赤ちゃんとか言われたら、怒りますよね? すみません」

「い、いえ、別にこれが僕の気に入っている格好ってわけじゃないッスから。家に黄色いカッパしかなかっただけッス。うッス。お、怒らないッスよ」

「いいんですよ、怒ってくださっても。ダメなときはダメって言ってください」


 ブラジャーが透けている限り、僕は彼女を怒れない。

 逆にそんなものをチラチラと盗み見ているから、こちらが怒られる方の立場かもしれない。

 そう彼女に伝えるわけにもいかないので、話の流れを変えた。

 僕は苦笑いを浮かべてからこう提案したのだ。


「と、とにかく、移動するッス。傘をさしていてもこの雨の中じゃあ、濡れ続けるだけッス。だから移動するッス……」

「ふふっ。でももう、雨に濡れるのにも、なんだか少し慣れてきちゃいましたね。じゃあ移動しましょうか。今回もお世話になります」


 ずぶ濡れの女子高生と僕は、移動をはじめた。

 前回は相合傘で横殴りの雨の中を移動して、二人ともずぶ濡れになった。

 けれど今回は、カッパのおかげで僕はほぼ濡れない。

 足元から跳ね返ってくる雨で、靴とジーンズのすそが濡れるが、これくらいは仕方ないだろう。


 女子高生の方は、もう濡れるのはあまり気にしていない様子だった。

 僕が貸した傘を一人で使っているのだけれど、もともとセーラー服がずぶ濡れだから、あまり意味がないのかもしれない。

 前髪やスカートのすそから、ぴたぴたと雫が落ちている。


 そんなわけで、前回は相合傘だったのに、今回は夜道を二人で縦に並んで歩いた。

 カッパを着た僕が前を歩き、傘をさした女子高生が後ろを歩く。


 いやー、会話がない……。


 それに加えて、僕が緊張してまたガチガチだと、こんな夜道で彼女を不安にさせるかもしれない。


 僕は何か自分から会話してみようと思った。

 少し歩くスピードをゆるめて、彼女の隣に並ぶと口を開いた。


「む、昔、むかし、むか、昔ッスね」

「んっ? 昔話ですか?」

「えっ? ああ、はい」

「桃太郎とか、浦島太郎とか、そういうやつですか?」

「ああ、いえいえ。ぼ、僕の昔話です」

「面白そうですね。ぜひ聞かせてください」

「は、はいッス」


 僕はうなずくと、一度「こほん」と咳払いをしてから話を続けた。


「む、昔ですね、中学生くらいのころ、黒いTシャツを着て、黒いズボンを穿いて、外を歩いていたッスよ」

「今日はだいたい全身黄色ですけど、昔は上下黒い服で町を歩いていたんですか?」

「う、うッス。そ、そしたら、同じ学校のやつに会って言われたッスよ。『お前、上も下も黒い服を着て、備長炭びんちょうたんみたいだな。備長炭ファッションだ』って」

「ああ、なるほど」

「そ、それから、僕、備長炭ってあだ名が付きかけたッス。でも、そのあだ名は学校ではそんなに流行らなかったッスね」

「へえ。あだ名とか、いいですね。わたし、記憶がほとんどないんで、自分にあだ名があったかどうかもわからないんです」


 そう言うと彼女は、少し悲しげな表情を浮かべた。


「う、うッス。あだ名も、カッコいいあだ名なら、きっと呼ばれてうれしいッスよね。けど、び、備長炭は……うッス」

「そうですね。カッコいいあだ名だと良かったですよね……」

「うッス」

「うーん、そうですね。たとえば、上下黒い服だったから『クロヒョウ』ってあだ名だったらどうです?」


 クロヒョウ?

 女子高生が僕に付けるあだ名がクロヒョウ?


 殺し屋とか裏社会で生きる人間みたいな……。

 僕に全然似合っていないあだ名だぜ。


 しかし、せっかく考えてくれたあだ名だ。

 ここは、褒めておこう。


「か、カッコいいあだ名ッスね」

「じゃあ、これからクロヒョウさんって呼びましょうか?」

「えっ、い、いや、やめときますッス。今日は黒じゃなくて、黄色いカッパを着ていますし」

「そうですか。でも、どうして、上も下も黒い服にしたんですか?」

「な、何も考えていなかっただけッス。ファッションとか、あまり考えたことなかったッスから」

「ふーん。昔話、楽しいですね。もっと聞かせてほしいかもです」


 そっちの昔話も聞かせてほしい――と言いかけてやめた。

 彼女は記憶がほとんどないのだから、話せる昔話などないかもしれないのだ。


 そうこうしているうちに、僕たちは家にたどりついた。

 両親不在の自宅である。


 あらかじめ玄関にバスタオルを用意しておいたので、スムーズに物事が運んだ。

 ずぶ濡れの女子高生はタオルでセーラー服や髪や身体を拭く。そして二人で、二階に移動した。


 自室に入ると、彼女のために用意しておいたジャージを手渡す。

 ジャージは、前回と同じものだ。


「き、き、着替えっす。うッス」

「うッス。ありがとうございます。着替えさせていただきますね」

「う、うッス」

「うッス」


 用意しておいたハンガーや袋なども手渡し、僕は部屋を出ていく。

 しばらくすると、廊下に立っている僕を呼ぶ声が聞こえた。


「着替え、終わりました。お待たせしました」


 二回目なので、お互いある程度、手慣れてきている。

 部屋に戻ると、二人分買っておいたコンビニ弁当のひとつを彼女に差し出す。

 ペットボトルのお茶もあらかじめ部屋に用意しておいた。

 彼女はすごく申し訳なさそうな表情を浮かべながらも、声はどこかうれしそうだった。


「わたしの分のお弁当まで用意してくださっているなんて、なんだか申し訳ないです」

「う、うッス」


 僕たちは二人でお弁当を食べた。

 会話はあまりなかったけれど、ときどきアレがおいしかったとか、コレがおいしかったとか、食事の感想を口にした。

 弁当を食べながら女子高生の機嫌は、どんどん良くなっていった。弁当がおいしかったのだろう。だから、僕も自然とうれしくなった。


 弁当を食べ終えると、僕はA4サイズの紙を彼女に差し出した。その紙には前回の土曜日に見た『夢の内容』がプリントアウトされている。

 確か彼女は前回、『今夜見た夢の内容を、次にわたしと会ったとき教えてください』と言っていた。

 だから僕は『宇宙キャプテンにプロポーズする夢』を思い出しながら、その内容をPCに打ち込んで、文章として残しておいたのだ。


 彼女は僕から紙を受け取ると、ちらりと眺めてから言った。


「あなたが書いたんですか?」

「うッス」

「すごいですね。もしかして、短編小説? ショートショートっていうやつでしたっけ?」

「い、いや、小説じゃないッス。こ、この前の土曜日の夜に見た夢の内容を、か、書いてみたッス。うッス」

「うッス。ああ、夢ですね。ちゃんと夢を見ることができたんですね?」

「うッス」

「これ、わたしが読んでもいいですか?」

「ど、どうぞ」


 僕がそう答えると、彼女は紙に書かれた『宇宙キャプテンにプロポーズする夢』を読みはじめた。

 自分が書いた文章を、目の前で人に読まれるのはなかなか緊張するものだった。

 しかも、『自分でもよくわからない夢』を文章にしたものを、好みの女子高生に読まれているのである。

 どんな感想が彼女の口から飛び出すか、どきどきした。


 やがて、僕の夢を読み終えた彼女が、困惑した表情を浮かべながら言った。


「えっと……。この夢、いったいなんなんですかね? 読んでも意味がちょっと……」


 えっ? ええっ……。

 あなたが『土曜日の夜に見た夢を教えてほしい』って言ったから、僕は書いたんですけど?

 確かに意味のわからない夢ですよ?

 けど、あなたならこの夢の意味がわかるんじゃないんですかっ!?

 違うの?


 女子高生はA4サイズの紙に視線を向けながら、眉間みけんに小さなシワを集めた。


「うーん、すみません。この夢の意味は、わたしにはやっぱりわからないですね」

「う、うッス」

「でも、ありがとうございます。また今夜も、わたしといっしょに寝たら夢を見ると思います。本当に申し訳ないのですけど、また今度、わたしと会うことがあったら、今晩見た夢の内容も教えていただいてもいいですか?」

「う、うッス」


 今夜また、僕は夢を見るのか?


「では、また今日もいっしょに眠りましょう」


 ジャージ姿の女子高生がベッドの方に近づきながらそう言った。

 僕は彼女に尋ねた。


「う、うッス。あ、あの……」

「んっ? 何か?」

「うッス。寝る前に歯は磨かないッスか?」

「あっ……でも」

「そ、そうッスよね。眠ったら時間が戻っちゃうッスから、歯は磨かなくてもいいッスよね」

「あと、わたしの分の歯ブラシって、さすがにないですよね?」

「あっ、ど、どうッスかね?」


 使っていない歯ブラシが家のどこかにあるような気もしたが、自信はなかった。


「ま、まあ、いいッスよ。どうせ、寝たら時間が戻っちゃいますし、歯は磨かなくても。うッス」

「うッス。じゃあ、眠りましょうか」


 そう言うと女子高生は、ベッドに横になった。

 僕も彼女の隣で横になる。


 後は前回と同じだ。

 僕は彼女と手をつなぐと睡魔に襲われ、そして眠りについたのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る