012 土曜日の夜、再び
再び土曜日がやって来た。
バス停の濡れた女子高生と再会する日だ。
まあ、勝手に僕が『再会できる』と思いこんでいるだけなのかもしれないけれど。
さてさて。再会できると思って夜のバス停に行き、そこに彼女がいなかったらどうしよう?
たとえば、女子高生の代わりに知らない中年のおじさんがバス停でずぶ濡れになっていたら……?
その知らないおじさんが僕に声をかけてきて、『今夜いっしょに眠ってほしいな』とか『キミの自宅に行きたいな』とかお願いされたらどうする?
僕は知らないおじさんにジャージを貸すだろうか?
なんとなくだけど、自宅につれていって、まあ、たぶん貸しちゃうんだろうな……。
いや、貸さないし! 家に連れていっちゃ駄目だ駄目だ!
しかしなあ、ずぶ濡れの女子高生だったら自宅に連れていくくせに、ずぶ濡れのおじさんだったら自宅に連れていかないとか、これは差別なのか?
でも、そこまで博愛主義でなくてもいいのか?
あれ?
女子高生が相手だったから自宅に連れていったのって、やっぱり僕は下心丸出しだったんだな……。
いや、別に下心があったっていいじゃん。
僕、100%の善人ってわけじゃないんだし。
まあ、バス停にずぶ濡れのおじさんがいたら、もしかしたらその場の雰囲気によっては協力するかもしれない。
今の段階で僕が、100%おじさんを拒否するかどうかはわからないじゃん!
それは考えれば考えるほど、難しい問題だった。
そして夜が来た。
僕は雨の中、コンビニに向かった。
できるだけ、あの日と同じように行動することを心がけた。
大きく違った行動をとったら、バス停にあの子が出現しないかもしれない。そう思ったからだ。
けれど、着ている服だけは、あの日とはまったく違うものである。
僕は人工知能たちからのアドバイスを信じて、ジャージは着ていない。
ジーンズに白いシャツ、紺色のカーディガンを身に着けると、最後に黄色いカッパを着て、さらに傘をさした。
カッパ&傘。これで、横殴りの強い雨が降ってもほとんど濡れないだろう。
そしてカッパが黄色いからとても目立つ。夜道で自動車を運転している人たちからも、こちらの姿を発見しやすいはずだ。雨具&安全――である。
夜道で僕が黄色いカッパを着ることで、ずぶ濡れの女子高生を安全に自宅へと連れていける確率が高まるのだ。
雨の中の道を歩き、バス停の前を通り過ぎる。
ずぶ濡れの女子高生の姿は、まだそこにはない。バス停には誰もいなかった。
彼女が出現するのはきっと、コンビニからの帰り道である。
やがてコンビニにたどり着くと、僕は前回と同じように店内をぐるりと一周した。
やはり、店内に知り合いは誰もいない。
それはわかっていたのだけど、もう一度あの女子高生に会うためにはこの行為は必要な手順のように思えた。だから、実行したのである。
コンビニで弁当を二人分買ってから、再びバス停へと向かった。
前回と違って、弁当を女子高生の分まで買った。
前回と同じように行動したかと思えば、前回とは異なる行動をとってみたり――。
正直、行動に一貫性がない。
けれど、弁当は彼女の分も買っておきたかった。
もしも、彼女と会えなければ、僕が二人分の弁当を食べればいいのだ。
彼女と再会できずに食べる弁当は、きっとさみしい味がすることだろう。
コンビニを出てから横殴りの雨の中を数分歩き、小さなバス停へと近づく。
古びたトタン
そして……。
ずぶ濡れの女子高生の姿がそこにあった。
あの日と同様、彼女は
僕は片手で傘を、もう片方の手にはコンビニの弁当が入った袋を持っていた。
だから、ほっと胸を撫で下ろすことはできなかった。けれど、物理的にできなかった代わりに、心の中でほっと胸を撫で下ろした。
バス停に近づくと、胸の鼓動が早まった。
僕は彼女のことを覚えているけれど、彼女の方は僕のことを覚えているのだろうか?
前回のように、僕に声をかけてくれるのか?
今回は僕を選ばないで、他の人を選んだらどうしよう?
僕、前回と違ってジャージ姿じゃないし、黄色いカッパ姿だし……。
もしかするとこんな格好の男と、女の子はいっしょに歩きたくないかもしれないし。
人工知能のアドバイスなんか聞くんじゃなかったかなあ?
そんなことを考えながらバス停へ、一歩また一歩と近づく。
ぼやぼやしていると、女子高生の方から声をかけてきた。
「あの……すみません」
前回と同じように彼女は、両肩と黒髪のポニーテールを震わせていた。
あの日に僕が見た光景と、まるで同じだ。
小さなバス停の頼りない明かりに照らされた、ずぶ濡れの女子高生である。
やっぱり時間が戻っているんだ……。
僕は改めてそう確信した。
「うッス。お、お、覚えているッスよ」
そう口にすると僕は、女子高生に傘を手渡した。
「んっ? この傘、わたしに貸していただけるんですか?」
そう言いながら、女子高生が立ち上がった。
「う、うッス。僕はカッパを着ているんで、うッス。じゃ、じゃあ、い、行くッスか? 僕の家に行くッスか?」
僕がそう尋ねると、女子高生は濡れたポニーテールを揺らしながら首をかしげた。
「えっ? なんでですか? どうして、あなたの家に行くんですか?」
んっ? あれ?
「お、覚えていないッスか? ま、前に一度、ぼ、ぼ、僕の家に……」
「んっ? どこかでお会いしましたっけ?」
これは……まったく予想していなかった反応だ。
やっぱり、僕のことを覚えていない?
僕は彼女のことをしっかりと覚えている。
でも、彼女の方は僕のことを覚えていない様子なのだ。
ええっ……!?
これじゃあ僕は、バス停で出会ったずぶ濡れの女子高生をいきなり自宅に誘う変態野郎じゃないか!?
ど、どうしよう……?
予想していなかった状況に、僕が口をあんぐりと開けて身体を硬直させていると、女子高生が微笑みながら言った。
「なんて……嘘ですよ。冗談です」
「えっ? えっ?」
「ちょっと、からかってみただけです」
「はっ? はあ?」
「ごめんなさい。本当は、ちゃんと覚えていますよ。この前の土曜日、コンビニの弁当を半分いただきました。ごちそうさまでした」
そう言って女子高生は、ぺこりと頭を下げた。
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