011 ロクゴクシ先輩と白衣の女子高生

 僕が人工知能たちと出会ったのは、火曜日の放課後のことだ。

 しかし、『出会った』と言っていいのかどうか?


 なぜなら人工知能たちは、僕のことなど知らないからだ。

 こちらが一方的に、人工知能たちのことを知っているだけの状態なのである。


 火曜日にオダヤカに連れられてやって来たのは、高校の校舎の四階にある教室だった。

 入り口の扉には白いプレートがあった。

 手書きの黒い太文字で『人工知能同好会』と記されていた。


「昨日のうちに、ロクゴクシ先輩には話を通してあるから」


 オダヤカはそう言うと、メガネをくいっと上げた。


「失礼します」


 オダヤカと僕はそう言いながら扉を開けて部屋に入った。


 同好会の部屋は、僕たちが勉強する教室の半分くらいのサイズだろうか。

 隣の部屋や、さらに隣の部屋なんかも、別の同好会が看板などを掲げていて、それぞれ活動をしている様子だった。


 僕は帰宅部だ。

 だから、どんな同好会がこの近くにあって活動しているのか、その辺の事情には詳しくない。


 人工知能同好会の部屋の中には、男子高校生と女子高校生が一人ずついた。

 僕とオダヤカが部屋に入ると、二人はパイプ椅子から立ち上がった。

 どちらも高校の制服を着ていた。


 男はスラっと背が高い。

 180センチ以上はあるだろうか。

 栗毛色の髪がサラサラで顔は整っている。まさに美男子といった様子である。

 もしかすると彼が、学校一の美男子かもしれない。

 そんなイケメン男子高校生が、ロクゴクシ先輩である。


 そして女の方は……僕は彼女が誰なのか知らなかった。

 はじめて見る顔だ。

 特徴的なのは、白衣を着ていることだった。白衣の下には制服を着ているので、この高校の生徒だろう。


 背は女性にしては高い方だろうか。170センチ前後ありそうだ。

 すこしウェーブしているくせ毛の黒髪を、肩上で切りそろえていた。

 両目はつり目気味で、どこか気の強そうな印象だ。眉間みけんにも常になんだか、小さなシワが寄っているような雰囲気である。

 機嫌が悪いのかとも思った。

 けれど、なんとなく彼女はいつもこんな雰囲気の人なのではないだろうか? そう思わせる何かがあった。


 そして、たぶん彼女がロクゴクシ先輩の恋人だ。

 しかし、どうして彼女は白衣を着ている?


 オダヤカにうながされて一歩前に出ると、僕は二人にあいさつした。


「う、うッス。はじめましてッス。今日はお世話になりますッス。シャス!」


 僕が頭を下げると、ロクゴクシ先輩が口を開いた。


「はじめましてでござる。オダヤカ殿の友人殿でござるな」


 ござる……。


「わがはい貴殿きでんの姿は過去に何度か目にしたことがあるでござる。でも、こうしてしっかり会話をするのは、今日がはじめてでござるな、わっはっは」


 わが輩……。

 貴殿……。


 ああ、そういえばロクゴクシ先輩は、こういう特徴のあるしゃべり方をするイケメンの人だった。


 オダヤカと先輩が話している場面には何度か遭遇していた。

 それで彼が、こういう特徴のあるしゃべり方をする人だということは、前からなんとなく知っていたのだ。


 ロクゴクシ先輩との挨拶が終わると、僕たちは椅子に座った。僕たちの分の椅子も用意されていたのだ。

 結局、白衣を身に着けたロクゴクシ先輩の恋人らしき女子高生は、ひとことも声を発しなかった。

 彼女はときどき鋭い目つきで、僕とオダヤカのことを睨みつけるかのように見ていただけだった。


 美人といえば美人な女子高生だ。

 けど、その鋭い目つきのせいで、なんとなく怖い。


 部屋を見渡すと、PCやら複数のモニターやら何かの機材やらが、デスクの上や下に設置されていた。

 他にもごちゃごちゃと物がある。

 だが、この人工知能同好会の部屋は、ロクゴクシ先輩と白衣の女子高生の二人でしか使用していないのか、まだまだ物を置いたり機材を設置したりするスペースには余裕がありそうだった。


 ロクゴクシ先輩が僕に質問してきた。


「オダヤカ殿から聞いておるでござるよ。なんでも、恋の相談があるとか」


 僕はこくりとくなずく。


「うッス。はい。その……好きな女の子が出来まして」

「ほ、ほう。それはめでたいでござるな」

「あ、ありがとうございます! シャス!」

「オダヤカ殿からは、詳しい話は聞いておらんでござるよ。昔から口の堅い男でござるからな」


 ロクゴクシ先輩がそう言うと、オダヤカが僕に向かって言った。


「俺からは、ほとんど何も話していないんだ。お前のあの話、すごく不思議な話だし、自分の口から説明してもらった方がいいと思ってさ」


 ロクゴクシ先輩が再び話を続ける。


「わが輩にも、よければ貴殿の恋の話を詳しく聞かせてくださると――」


 そう言いながらロクゴクシ先輩は、スタンドに固定されたマイクを僕の近くの机の上に置いた。

 ロクゴクシ先輩は話を続けた。


「それから、このマイクを使って人工知能たちにも貴殿の恋の話を聞かせてほしいでござるよ。人工知能たちに恋愛相談するといいでござる」


 続いて、白衣を着た女性が、マウスをカチカチと鳴らしたり、キーボードをパチパチと鳴らしはじめた。

 しばらくすると、複数のモニターに、CGによるキャラクターが表示された。


 バーチャルな感じのなんたらチューバーだか、ライバーだか……。

 まあ、そんな感じのイメージだ。

 さすがに3Dモデルではなく、2Dモデルだけれど。


 動いているイラストのクオリティは、なかなかのものだ。

 商業レベルにはまだ少し届いていないような気もするけれど、少なくとも『落書き』というレベルではない。

 描き手の心のこもったステキなイラストだと思った。

 素人の絵ならばレベルが高い方だと思う。

 そんなイラストが複数、ゆらゆらと動いている感じだった。


 僕はロクゴクシ先輩に質問した。


「こ、これは? これが人工知能ッスか?」

「そうでござるよ。まあ、本当はCGなど作る必要はないのでござるが、なんとなくイラストがあった方がステキな雰囲気になるでござる。すべて彼女が描いてくれたでござる。感謝でござるな」


 ロクゴクシ先輩は白衣の女子高生に微笑みを向けた。

 白衣の女性はうつむいていて、絶対に顔を上げないという雰囲気だった。恥ずかしいのかもしれない。


「うっ、うッス。ステキなイラストっす! しゃ、シャス!」と僕は言った。


 女子高生は無言のまま、顔を上げなかった。

 ロクゴクシ先輩が説明を続けた。


「それぞれの人工知能がそれぞれの人工音声で話し、真ん中のモニターには全員の話したことが字幕じまくで出るでござるよ」

「じ、字幕っすか」

「字幕は完璧なものではござらんので、誤字ごじは、貴殿の頭の中でその都度つど、勝手に変換してくださるとありがたいでござるな」


 なんだかすごい……。

 この『イケメンござる先輩』は、本当にすごい人物なのでは?

 ロクゴクシ先輩は、話を続けた。


「縦長のスリムな人間っぽいイラストが『リーダー』でござる。横長の太っちょっぽいのが『DAZE』で、ケモノ耳があるのが『人類ホロボス』でござるな。最後に、特に特徴がないプレーンな感じの素朴でステキなイラストが『村人B』でござるよ」

「よ、四体いるんスか?」


 と、僕は質問した。


「他にもいるでござるが、本日はこれで全部でござる。他の人工知能たちにもそれぞれ、ステキなイラストが用意されているでござる」

「シャス!」

「人工知能側は、わが輩たちの存在を認識できないことになっておるでござる」

「こ、こちらの存在を認識していないッスか?」

「でも、貴殿の恋の話を聞かせて、恋の議論をさせることは可能でござるよ。キーボードで補足情報を入力したりして、色々とアシストは必要でござるが」


 ロクゴクシ先輩は、その整った顔でやわらかい微笑みを浮かべながら、うんうんとうなずいた。

 たいていの女子高生だったら、彼のその美しい微笑みで恋に落ちてしまうのではないかといった魅力的な顔だった。

 でもきっと、彼のしゃべり方が特徴ありすぎて、ロクゴクシ先輩にはあまり女の子は寄ってこないような気もした。

 しゃべらなければモテるタイプの人だ。


 先輩は説明を続けた。


「実はわが輩の人工知能たちは、何度実験しても最終的には『人類を滅ぼす選択』をしてしまうでござるよぉ」

「じ、人類を滅ぼすッスか?」

「そうでござる。どうしても『人類に敵対する』でござる。だから、人工知能たちがわが輩や特定の誰かを攻撃対象にしないよう、こちらの存在は認識できないように設定しているでござるよ。まあ、だから安心するでござる」

「しゃ、シャス!」


 そんなわけで僕は『土曜日の夜の出来事』を、ロクゴクシ先輩と白衣の女子高生と、そして人工知能たちに聞かせたのであった。

 僕が土曜日の話を説明している間、オダヤカもロクゴクシ先輩もほとんど口を開かなかった。

 白衣の女子高生にいたっては、ひとことも声を発しなかった。


 今回はオダヤカに説明したときよりもスムーズに、土曜日の夜の出来事を出会いから終わりまで説明することができた。

 前日、オダヤカに一度話していたおかげだと思う。


 ロクゴクシ先輩は、『バス停で出会った女子高生と僕がエッチできなかった話』をすべて聞き終えると、こちらに顔を向けて言った。


「貴殿、寸止めでござるな」

「う、うッス! だから僕は今でも、童貞のままッス。シャス!」


 僕がそう答えると、ロクゴクシ先輩が小さくうなずいた。

 彼のやや後方に白衣を着た女子高生が椅子に座っていたのだけど、彼女もこくりとうなずいていた。

 オダヤカの方を向くと、彼も小さくうなずいた。


 この部屋にいる全員が、『僕が童貞のままだということ』を認識した。

 なんか……すげえ恥ずかしい気分になった。


「それでは、貴殿の恋についての議論を、人工知能たちにさせるでござるよ」

「うッス。お、お願いシャス!」

「補足情報を追加で入力するでござる。しばし待たれよでござるよ」


 入力が終わると、人工知能たちの議論がスタートした。

 そして僕は人工知能たちから、


『次にバス停の女子高生に会うことがあれば、ジャージ姿ではなく別の私服で彼女と出会うのがよいだろう』


 という、ありがたいアドバイスをいただいたわけである。

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