006 女子高生が僕の部屋で着替える

 いくじなしと言われた僕は、苦笑いを浮かべながらオダヤカに向かって話を続けた。


 ――再び土曜日の夜のことを思い出す。

 自宅で僕は、女子高生にジャージを渡した後、こう尋ねた。


「き、き、着替えるとき、脱いだものを入れておく袋とかあったほうがいいスか? そ、その脱いだ靴下とかを入れておく袋……」

「あっ、そういうのお借りできると助かります」


 ポニーテールを揺らしながら、女子高生はこくりとうなずいた。


「うッス。あと、ハンガーも使いますか?」

「はい。お願いします」


 手頃なナイロンの袋とハンガーを探して女子高生に渡した。

 そして僕は、一度「ふー」と息を吐き出してから学習机の前に移動し、椅子に腰を下ろす。

 とりあえず自分の仕事は一段落である。

 後は、彼女が着替え終わるのを待てばいいのだ。


 しかし女子高生は、椅子に座っている僕を眺めながら困惑した表情を浮かべた。


「えっと……あの……」と、女子高生が小さな声で言った。

「はい?」と、僕は首をかしげる。

「どこで着替えたらいいですか?」

「んっ?」

「そのぉ……服を脱ぐので、できたら一人きりで着替えたいんですが」

「えっ?」


 と驚いた後、僕はメガネをくいっと上げてから話を続けた。


「そ、そ、そうッスよね。ぼ、僕が部屋から出ていきますんで、着替え終わったら教えてくださいッス。うッス」

「うッス。ありがとうございます。じゃあ、着替え終わったら声をかけますね」


 僕は椅子から立ち上がると、彼女を部屋に一人残して外に出た。

 んっ? あれ? 

 僕も着替えたいんだけど?


 自室の外の廊下で立ちながら、僕は自分が着ているジャージも雨でそこそこ濡れていることを思い出した。女子高生の着替えのことばかり考えていたので、自分の着替えを忘れていたのだ。

 部屋を出た直後の今なら、彼女もまだセーラー服を脱いでいないだろう。


 自分の分の着替えを取りに部屋に戻るか?

 彼女が着替えている間に、僕も廊下でささっと着替えたらいいじゃないか。

 そう考えた僕は、ドアノブに手をかけて扉を開けた。


「す、す、すみませんッス。自分の分の着替えを取りに――」

「きゃっ!」


 女子高生は、僕の予想よりも早くさっさとセーラー服を脱ぎはじめていた。

 上半身は緑色のブラジャー姿で、下半身はスカート。靴下を履いていないので裸足にスリッパだ。

 そんな彼女の姿を僕は一瞬チラリと見てしまった。

 そしてその一瞬で彼女のブラジャー姿を確実に脳裏に焼き付けた。


 女子高生の方は床に座り込み、脱いだセーラー服を利用して身体の前面を隠した。


「ご、ご、ごめんなさいッス」


 僕はそう謝りながらすぐに部屋を出て扉を閉めた。

 扉の向こうから、女子高生の声が聞こえた。


「つ、次からは、申し訳ないんですが扉を開ける前にノックをお願いします」

「す、すみません」


 確かに、扉を開ける前にノックをするべきだった。

 僕の両親は普段からノックする習慣がない。だから、僕自身も自宅で扉をノックしたことはほとんどない。

 たとえば、健全な男子ならきっと誰でもするだろう性的なソロ活動を僕が自室で一人でせっせとしていたとき、母親がノックもなしに突然部屋に入ってきたことが過去に何度かあった。

 そういうとき、僕はその都度なんとか誤魔化してピンチを回避してきた。

 まあ正直、母親にはうすうす気づかれているかもしれないが。


「見ちゃった……」


 と、彼女の緑色のブラジャーを目にした僕は小声でひとりつぶやいた。

 廊下でぽつんと立ちながら、心臓がどきどきしていた。

 

 それから僕は、彼女の着替えが終わるのをおとなしく待っていたのだけど、コンビニで買った弁当をリビングのテーブルの上に置きっぱなしにしていることを思い出した。


「今のうちに取りに行くか」


 そうひとりごとを口にしてからリビングまで移動し、弁当を回収してから自室の前に戻った。

 するとしばらくして、部屋の中から女子高生の声が聞こえた。


「お待たせしました。着替え終わりました」


 扉が開いた。僕が開けるよりも先に、彼女の方から開けてくれたのだ。

 黒いジャージの上下を身につけた女子高生が、僕の目の前に現れた。

 僕のジャージなので、そですそも長さが合っていない。


『サイズの合わない男物を身につけている』という点では、裸ワイシャツと共通する。

 それに、『好みの女の子が僕のジャージを着ている』ということに、僕はそれなりに興奮を覚えた。


 ジャージでこれだけ興奮するのか!

 じゃあ、もし裸ワイシャツをしてもらえたら、僕は興奮しすぎて倒れるかもしれない。そう思った。


 女子高生の顔と耳がうっすら赤かったのは、僕に下着姿を見られたことが原因かもしれない。

 それから彼女はすぐに、僕が手にしているコンビニの弁当に気がついた。


「あれ? お弁当ですか。そういえば、バス停で会ったときからずっと持っていましたね」

「うッス」

「わたしの相手をしていたせいで食べるのが遅くなっているんですよね。本当にごめんなさい。どうぞ、遠慮せずに食べてください」


 ジャージ姿の彼女は、申し訳なさそうな表情を浮かべていた。

 部屋に入ると僕は、学習机の上に弁当を置いた。


「ちょ、ちょ、ちょっと、自分も着替えますッス」


 弁当を食べるより先に、僕は着替えることを選んだ。

 彼女が再び申し訳なさそうな顔で言った。


「一人だけ先に着替えてしまってごめんなさい」


 ちょっと落ち込んでいる様子の彼女を見ながら、僕は戸惑ってしまった。

 別にこちらは、なんとも思っていないのに。それに、ブラジャーも見せてもらっているので、僕としても怒る理由が特にない。

 弁当を食べるのを待ったり、自分が着替えるのが遅くなったりするくらいで、ブラジャーを見れるのならば、不利益より利益のほうが断然大きいのだ。

 だからむしろ、感謝している。

 ブラジャーを見せてくれてありがとう!


「着替えている間、今度はわたしが部屋を出ていきますね」


 彼女がそう言って部屋を出ていこうとしたので、僕はそれを止めた。


「ぼ、僕が出ていきます。だ、だ、台所で着替えてきますから」

「えっ、台所で着替えるんですか?」

「べ、べ、弁当を食べるときのお茶を、も、持ってくるのを忘れたんで。台所にお茶を取りに行くついでに、部屋を出て着替えてきますッス」


 そう言うと僕は、着替えを持って部屋を出たのだった。

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