第2章 土曜日の夜、女子高生と眠る

005 第2章 土曜日の夜、女子高生と眠る

『あの土曜日の夜、バス停で出会ったずぶ濡れの女子高生と僕が、二人でどんな夜を過ごしたか?』


 昼休みに高校の中庭のベンチに座って弁当を食べながら、僕は改めて友人のオダヤカにきちんと時間をかけてそれを説明した。

 出会ってすぐのよく知らない女の子を両親のいない自宅に連れ込んだ話を、改めて丁寧に話したわけだ。

 そんな僕に向かって、オダヤカは言った。


「まあ……その……はじめてこの話を聞いたときも思ったんだけど、つまりお前は性欲に負けたんだな? 性欲に負けて、危ない橋を渡ったんだ」


 彼は、メガネをくいっと上げてから、こちらに視線を向けた。

 僕は可能な限り『きりっとした表情』を浮かべてから答える。


「そうだ。性欲に負けた。それは素直に認めよう」


 続いて、メガネをくいっと上げた。

 自分が性欲に負けたこと。それはもう、いさぎよく認めるしかないのだ。


 そして僕は、あの夜のことを思い出す――。


 性欲に負けた僕は、横殴りの強い雨の中を彼女と二人で相合傘あいあいがさをしながら歩いた。

 自宅までの道を会話もなく、二人で黙々とだ。

 強い雨がバランバランと傘にぶつかってくる音を、僕はよく覚えている。


 自宅は二階建ての一軒家だ。

 玄関の扉を開けて彼女を中に入れると、まず僕一人だけが靴を脱いで家に上がった。


「た、た、タオルを取ってくるッス。うッス。ちょっと玄関で待っていてもらってもいいスか? うッス」

「わかりました。うッス」


 と、なぜかずぶ濡れの女子高生は『うッス』と僕のマネをしてからうなずいた。

 僕はコンビニの弁当をリビングのテーブルの上に置くと、洗面所に移動してバスタオルを二枚持って玄関に戻った。


 もしかしたら、僕がバスタオルを取りに行っている間に彼女がいなくなっているかも?

 女子高生は自分のことを幽霊と言っていた。だから、こちらが目を離している間に、すーっと煙のように消えてしまうとか?

 それとも、泥棒目的だったらさっさと家に上がり込んで、金目のものがないか探しはじめている?


 正直、そんなことを少しは考えた。

 だけど、ずぶ濡れの女子高生は玄関でじっと静かに僕が戻って来るのを待っていた。


「ありがとうございます」


 彼女はそう言って僕が差し出したバスタオルを一枚受け取った。そして、雨に濡れた長い黒髪や緑色のブラジャーが透けて見えるセーラー服を、やさしく丁寧に拭きはじめた。

 僕はもう一枚のバスタオルで自分の身体を拭きつつ、彼女のそんな様子をチラチラと眺めた。たぶん、少しいやらしい目つきで。


 濡れた身体やセーラー服をタオルでせっせと拭いている様子を見ていると、たとえ彼女が本当に幽霊であったとしても、悪い存在ではないような気がした。

 顔や見た目や全体的な雰囲気がモロに自分の好みの女子だったから、悪い存在ではないと僕は自分に言い聞かせたかったという可能性は高いけれど。


「さすがにタオルでは、濡れたセーラー服は乾きませんね。本当に申し訳ないんですけど、なにか服を貸してもらえないでしょうか?」


 ずぶ濡れの女子高生はこちらを向いてニコッと笑いながらそう言った。


「ふ、ふ、服を貸す?」と、僕は訊き返した。

「はい、お願いします。こんな濡れたセーラー服で、あなたといっしょに眠れませんから」


 確かにそうだ。

 濡れてスケスケになったセーラー服を来ている彼女はすごく魅力的だけど、そんな彼女といっしょに眠ったら、僕もベッドもぐっしょりと濡れてしまうだろう。


 いや……でもさあ。

 これから男女でエッチなことをするんじゃないのかな?

 だったらどうせ服を脱ぐんじゃない?

 実際にそういうエッチな経験をしたことがないからわからないけれど、たぶんお互い服は脱ぐんじゃないのか?

 服を貸したところで結局、そういうことをはじめたら、だいたい裸になるんじゃないの?


 僕がそんなことを考えていると、ずぶ濡れの女子高生はもう一度、服を貸してほしいと要求してきた。


「どんな服でもいいんです。あなたの服でも、家族の方の服でも。なにか貸していただけませんか?」


 すぐに頭に浮かんだのは、自分のジャージを貸すことだった。

 洗濯済みの黒いジャージが、自室の衣装ケースの中にある。

 そして次に浮かんだのは、白いワイシャツを一枚だけ彼女に貸すことだった。

はだかワイシャツ』というものを、死ぬまでに一度はこの目で直に見てみたい。

 そう思ったのだ。


 裸の女の子が、恋人なんかの男物のワイシャツを着るやつである。

 まあ、裸ワイシャツといっても、シャツの下は完全な裸じゃなくたっていい。シャツの下にブラジャーやパンツをつけていたって、もちろんそれはそれでオッケーだ!

 オッケーだろ?


『女の子の裸ワイシャツを経験したことがある人生』と『女の子の裸ワイシャツを経験したことがない人生』

 そのどちらかひとつを選ぶことができるなら、僕は裸ワイシャツを経験したことがある人生を選びたい。


 きっとそれはすごくいい人生なんじゃないか?

 そんな予感があった。


 サイズの合わない男物のワイシャツを着ている露出度の高い女子が、自分の部屋にいる光景!

 うん。ぜひ見てみたい!


「じゃ、じゃあ、なにか服を貸しますので、い、い、家に上がってくださいッス」


 緊張しながら僕は、女子高生を家に上げた。

 彼女は靴を脱ぎ、続いて濡れた短い白い靴下を脱いだ。それから脱いだ靴下を片手でちょこんとつまむようにして持った。

 僕がお客さん用のスリッパを差し出すと、彼女はそれを履いた。


「お邪魔します」


 女子高生のそんな可愛らしい声を耳にしながら僕は思った。

 自宅に女の子を上げるのなんて、いつ以来だろう?

 小学校の六年生のとき、クラスでなにかグループ研究みたいな宿題があって、僕の家がその集合場所に選ばれた。

 確かそのとき、クラスメイトの女子が三人くらい僕の部屋に来た。

 たぶん、それ以来だ。


 僕は彼女を連れて二階に上がった。

 そして、自室の扉を開けた。

 部屋には学習机と本棚とテレビとノートパソコン、そしてベッドなんかがある。


「わあ。男の子の部屋って、もっと散らかっているんじゃないかと思ったんですよ。けど、あなたの部屋は綺麗ですね。ふふっ」


 濡れたセーラー服姿の女子高生は、微笑みながら僕の部屋について感想を口にした。

 そして、黒髪のポニーテールを左右にスイングさせながら、僕の部屋をキョロキョロと楽しそうに見渡していた。

 運が良かった。ちょうど部屋の掃除をしたばかりだった。


「ちょ、ちょ、ちょっと待っていてください。今、着替えを出すッスから」


 僕はクローゼットの扉を開けて、衣装ケースの中をあさった。

 そして、白いワイシャツを手にすると一度小さく深呼吸をした。


 うん……。

 僕には無理だ……。


 それからワイシャツを戻して、黒いジャージの上下と目についた適当なTシャツを手に取る。そして、女子高生に渡した。


「じゃ、じゃ、ジャージもTシャツも、せ、せ、洗濯したばかりッスから、綺麗だと思うッス。うッス」

「ありがとうございます。お借りします。うッス」


 女子高生は黒髪を揺らしながらぺこりと頭を下げると、僕の手から着替えを受け取った――。




 ここまでの出来事を細かく思い出しながら、僕はオダヤカに話した。

 すると彼は、メガネをくいっと上げながらこう尋ねてきた。


「結局、『裸ワイシャツ』はあきらめたってことだよな?」

「ああ。直前でびびっちまったぜ」


 そう答えながら僕がメガネをくいっと上げると、オダヤカは穏やかな声でこちらに向かってこう言った。


「いくじなし」

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