004 【第1章 完】未来で見た夢と友人の『オダヤカ』

「――と、まあそんな感じで宇宙人の夢を見たんだ」


 高校の教室で僕は、友人にそう言った。


「確認のために、質問したいんだけど?」

「どうぞ」

「その『宇宙人にプロポーズした夢』を、お前が見たのはいつの話なんだっけ?」

「『次の土曜日の夜』なんだ」

「次の土曜日の夜……。次の土曜日……未来に見る夢ってことだよな?」


 僕はうなずく。


「うん。信じてもらえないかもしれないけど、未来の出来事なんだ」


 友人の『オダヤカ』は、眉間みけんにシワを集めて「うーん」とうなった。

 織田一八香おだ・かずやかは、高校のクラスメイトだ。

 一八香という名前は、将棋に関連する言葉から付けられたらしい。

 僕は将棋をよく知らないのだけど、『1八香』が名前の由来だとかなんとか。

『1八香』と聞けば、『香車きょうしゃ』という駒が盤上でどの位置にあるか、将棋を知っている人ならばピンとくるそうだ。


 そんな織田一八香は、名字の『織田おだ』の部分と名前の『八香やか』の部分を足して、みんなから『オダヤカ』というニックネームで呼ばれていた。

 ニックネームの通り、とてもおだやかな性格の男である。

 ちなみにオダヤカも、将棋は詳しくないそうだ。


 オダヤカは人差し指でメガネをくいっと持ち上げた。

 彼も僕と同じくメガネをかけているのだ。

 高校の夏の制服である半袖はんそでの白いシャツに黒いズボンという姿。

 身長は180センチ以上あるけれど、体重が60キロないらしく、体型はひょろひょろでいっしょにいても圧迫感はない。


「うーんと、俺は少しパニックだ」と、オダヤカが言った。

「だよな。自分が変な話を聞かせているという自覚はある」


 オダヤカと僕は、教室の後方で二人きりで立ち話をしていた。

 月曜日の一時間目の授業が終わった後だ。

 そんなタイミングで、いきなりワケのわからない話を打ち明けられたら、誰だって多少は混乱するだろう。


『バス停で出会ったずぶ濡れの女子高生の話』

『夢の中で出会った宇宙人の話』

『土曜日の夜から月曜日の朝に時間が戻った話』


 それらを、パパパッといっぺんに話したわけだ。

 聞き手がオダヤカ以外の僕の友人だったら?

 きっとオダヤカほどは真剣に聞いてくれないだろう。

 まあ、バカにされるとか、苦笑いを浮かべられるとか。


「もうひとつ確認なんだけど、いいかな?」と、オダヤカはメガネを再びくいっと持ち上げて口を開いた。

「どうぞ」と僕は答える。

「土曜日の夜にバス停で出会う『ずぶ濡れの女子高生』と、『夢の中で出会った宇宙キャプテン』は別人なんだよな?」

「ああ、うん」


 小さくうなずいた後、僕は中指でメガネをくいっと持ち上げた。

 オダヤカと僕が会話していると『二人でメガネをくいくいしまくっている』と、たまに周りの人から指摘される。

 僕はメガネを持ち上げたまま、なかなか理解されにくい説明を友人に向かって続けた。


「今はまだバス停の女子高生とは出会っていない。いや、本当は一度は出会っている。けれど、時間が月曜日に戻っているから、出会っていないことになっているんだと思う」

「『タイムマシン』でも使ったみたいに時間が戻っているんだよな?」

「土曜日の夜に宇宙人から『タイムマシンは開発できていない』と夢の中で伝えられた。だけど、目が覚めたら不思議なことに月曜日に――つまり今日の朝に時間が戻っていたんだ」

「お前がこの月曜日を経験するのは、二回目ってことなんだよな?」

「うん。二回目だ」


 オダヤカは、メガネをくいっと上げると質問を続けた。


「ちなみに、今朝は何時に目が覚めたんだ?」

「朝の5時くらいだな」

「5時……早いな」

「起きたら、土曜日の夜にいっしょに眠ったはずの女の子が隣にいなくて。それからスマホで時間を確認したら、月曜日に戻っていることに気がついたんだ。スマホの日付設定が狂った可能性も考えて、パソコンやテレビなんかでも日付を確認して、それから『あれええ! やっぱり月曜日に戻ってるううう!』って心の中で叫んだ」

「なあ……『土曜日の夜に女の子といっしょに眠ったこと自体が夢』という可能性は?」

「あっ……」


 と、僕は思わず声を漏らした。

 その可能性は考えていなかった。

 あの女子高生といっしょに眠ったこと自体が夢?


 僕はメガネをくいっと上げた後でうなずく。


「――なるほど。オダヤカから指摘されて、はじめてその可能性に気がついたぜ」

「まず、『女子高生といっしょに眠る夢』を見た。その後、お前は『宇宙人の夢』を見た」

「一晩で夢をふたつ見ることってある?」

「俺はたまにある」

「……僕も一晩で夢をふたつ見たことは……ある気がするなあ。うーん、でも」

「でも?」

「今朝、テレビで目にしたニュースの内容が、一度経験した月曜日と同じだったと思う。さっきの一時間目の授業の内容も、記憶と同じだった」

「ほう」

「だから僕は『この月曜日を経験するのは二回目だ』と確信した。それで、この信じられないような話をオダヤカに打ち明けたんだよ」


 オダヤカはメガネをくいっと持ち上げると言った。


「時間が戻ったことを俺以外の誰かに相談したか? たとえば、家族とか?」

「母親には話していない。どうせ、鼻で笑われるから。そういう人だし」

「ふふっ。じゃあ、父親には?」

「父親には少し話したんだ。『父さん。土曜日の夜に寝て起きたら、月曜日に戻った気がしているんだけど?』ってな感じで軽く状況を説明した。あっ、女の子といっしょに眠ったことは秘密にしたけど」

「それで、どんな反応だった?」

「苦笑いしていた。あと、なんか二千円くれた」

「なんで? どうして二千円?」

「さあ? 朝からおかしなことを言い出した息子の心のケアに必要な金額が二千円くらいだと思っているんじゃないか?」

「ふふっ」とオダヤカは笑った。


 僕は一度、周囲を見渡した。

 教室の後方で二人で立ち話をしていたわけだけど、僕とオダヤカのことを気にしているクラスメイトなど一人もいないだろう。

 会話を盗み聞きされているとかそういう心配もない。


「とにかく、まだ父親とオダヤカにしかこの話はしていない。それと自分が、『人に受け入れられない話をしている』という事実は受け入れている。だから、誰彼だれかれかまわずこの話をする気はないよ。オダヤカが相手だから相談してみたんだ」

「そうか、信頼してくれてありがとう。とりあえず俺は、お前のこの話を誰にも言わないさ。秘密にしておく」

「ありがとう。僕もオダヤカと父親以外には、まだ話さないでおくから」


 二時間目の授業の開始を告げるチャイムが鳴って、僕とオダヤカはそれぞれの席に戻ろうとする。

 その別れ際に、僕はオダヤカに言った。


「あっ……数学の先生は、授業の最初に野球の話をすると思う」

「野球の話?」

「ああ、プロ野球の話。応援しているチームが9回の守備でエラーをして負けたから、ショックでビールをこぼしたとか。ビールのつまみは確か……するめ」

「わかった。『エラー』と『ビール』と『するめ』だな。先生がもし授業中にその話題に触れたら、『時間が戻っているっていうお前の話』を、俺も完全に信じることができると思う」

「まだ、完全には信じてもらえていないか」

「信じたいさ。けれど、お前が俺の立場だったら、時間と判断材料がさすがにもう少しほしいと思うだろ?」

「確かに。逆の立場だったらそうかもしれんな」


 やがて、数学の教師が教室に入ってきた。

 彼は前日のプロ野球について話しはじめた。そして、『エラー』と『ビール』と『するめ』の話をしたのだった。

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