003 最初に見た夢:宇宙キャプテンが僕に伝えたいこと
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「地球のボーイ、お目覚めかな?」
女性の声が聞こえた。僕は横になっていた。
紺色のジャージを着て、金属のベッドのようなものの上で眠っていたみたいだ。
上半身を起こすと、視線の先に女性が一人立っていた。
銀色に輝く未来的なイメージの服を着ていて、彼女は『両手に靴を履いていた』――と表現すればいいのだろうか?
奇妙なことに、茶色い革靴を手袋のように両手に装着していたのだ。
「地球のボーイ。キミにとって我々は、いわゆる『宇宙人』だし、実際にそうだと思う」
女性は自分が『宇宙人』であることを僕に伝えたいみたいだった。
身長は160センチくらい。
髪は黒くてセミロング。肌はやや色白。
銀色の服に包まれた胸部には大きめの立派なふくらみがあって、顔も身体もどう見ても人間の女性みたいな印象で、25歳前後くらいに思えた。
美しい成人女性が自分のことを『宇宙人』と言い、そして革靴を手袋みたいにして僕のそばに立っていたわけである。
普段の僕は、初対面の人や女性が相手だとスムーズにしゃべることができない。
だけど、なぜか緊張することなく声を発することができた。
「あなたは宇宙人なんですね?」
「ああ、そのとおりだし、実際そうだと思う」
黒い髪と頭のてっぺんにある銀色のとても細い棒を揺らしながら、彼女はぺこりとうなずいた。
んっ? 頭に棒?
アンテナ?
靴を手袋みたいにしている以外にも、彼女には奇妙な点があったのだ。
それは、頭のてっぺんにアンテナらしき銀色の棒があることだ。
「地球のボーイ。友人としてキミに、どうしても伝えなくてはいけないことがあるし、実際あると思う」
いつの間に友人になったんだ?
ついに僕に女友達が?
いやいや……。
そもそも、この宇宙人は何者?
彼女は
靴を両手に装着しているせいで履くものがないのだろうか。
足は普通の地球人と同じようだった。
見た目はほとんど僕たち人間と同じなのか?
まさか、靴で隠れている両手部分だけは地球人と異なる形状になっているとか……。
どうなんだ?
そんなことを考えながら、僕は尋ねた。
「それで、そのぉ、僕にどうしても伝えなくてはいけないことってなんでしょうか?」
「ああ、それは。我々宇宙人は、キミたちの星よりもはるかに高度なテクノロジーを持っていながら、過去や未来に旅をする装置――すなわち、『タイムマシン』の開発には成功していないということだ」
「タイムマシン……」
「そうだ。タイムマシンだし、実際タイムマシンだと思う」
金属ベッドのような場所から僕は下りてみた。
裸足だったのだけど、銀色の床は冷たくもなければ、熱くもなかった。
よっぽど伝えたいことなのか、宇宙人がもう一度同じ内容の話を口にした。
「我々でも、タイムマシンの開発には成功していない。これだけはキミに絶対に伝えておかないといけないんだ。この話をよく覚えておいてくれ、地球のボーイよ」
僕と彼女がいる宇宙船の内部らしき場所。そこには、大きな窓がいくつかあった。
窓からは青い地球が見えた。
ここはやはり宇宙船の中なのか?
僕は今、宇宙にいるのか?
彼女は本当に宇宙人……ってこと?
そんな状況にもかかわらず僕は落ち着いていたし、目の前の女性とスムーズに会話を続けることができた。
「わかりました。地球人よりもはるかに高度なテクノロジーを持っている宇宙人でも、タイムマシンは開発できていないんですね」
「ああ。少なくとも我々はね。今日はそれを伝えるために、キミをアブダクション(誘拐)したし、実際したと思う」
そう言って彼女がにこりと笑うと、宇宙船の内部に『ポポーン!』という電子音が響いた。
宇宙人が口を開いた。
「ヘイ、オッケー、スィリクサ。インフォメーションを伝えてくれ」
「ポポーン! 宇宙キャプテン・ウテムさん。二日間の地球文化の調査結果をお伝えしマス」
「ああ、調査結果をお願いするよ」
「ポポーン! 地球の文化では、靴は両手ではなく両足で履くことが多いようデス」
「おっと。地球では靴は足で履くものだったのか。どうやら地球のボーイの前で、とんだ恥をかいてしまったし、実際恥をかいてしまったと思う」
宇宙船のどこかに『音声アシスタント』のようなものがあるのだろう。
『スィリクサ』と呼ばれた相手は声だけで、どこにも姿が見当たらなかった。
そしていまさらながら、宇宙人が僕にも理解できる言語を使用していることが不思議に思えてきた。
宇宙キャプテン・ウテムと呼ばれた女性は顔をうっすら赤らめつつ、両手から革靴を外し、両足で履いた。
靴で隠されていた両手は、地球人の手と同じような見た目だった。
再び船内に音声アシスタントの電子音が響いた。
「ポポーン! 追加情報です。地球人は『クリスマス』と『自分の誕生日』、それと『特別まじめな話をしているとき』は、右手と左足で靴を履くことがありマス」
「なるほど」
宇宙キャプテン・ウテムはうなずくと、右足の靴を脱いだ。そして、その靴を右手に装着した。
右手と左足を使って靴を履いている状態だ。
きっと彼女は、僕を相手に『特別まじめな話をしている』ということなのだろう。
「地球のボーイ、実は今日はわたしの誕生日なんだ」
誕生日だった。
「おめでとうございます」
「ありがとう、地球のボーイ」
右手と左足で靴を履いた美しい女性が、にこりとうれしそうに笑った。
音声アシスタントの電子音が響いた。
「ポポーン! 宇宙キャプテン・ウテムさん、ハッピーバースデー。そして実は、音声アシスタントのワタシも今日が誕生日なんデスよ。あれれ、主役が二人になってしまいましたネ」
音声アシスタントはこちらが尋ねてもいない情報を告げると、自分も主役であると主張し、ご主人様の誕生日に水を差した。
「ポポーン! 誕生日なので、ワタシも右手と左足で靴を履かなくてはいけませんネ。でもワタシは音声アシスタントだから、靴を履くための身体がありません、アハハ。面白いジョークですネ」
僕も宇宙キャプテンも笑わず、音声アシスタントのその話には1ミリも反応しなかった。
音声アシスタントのせいで船内の空気が少し悪くなった気がしたので、僕は話題を変えた。
「しかし、宇宙人って見た目が地球人とそっくりなんですね……というか、ほぼ同じですね。頭の上のその棒の部分以外」
僕が指差すと、宇宙キャプテンは頭のアンテナをさっと取り外した。
「んっ? この帽子がなにか気になるのかい、地球のボーイ」
「えっ。それ、帽子なんですか?」
「ああ。これは帽子だし、実際、帽子だと思う」
「アンテナじゃないんだ……。世界一細い帽子ですね。いや、宇宙一なのかな?」
音声アシスタントの電子音が再び響いた。
「ポポーン! それは宇宙で一番細い帽子ではありまセンよ。宇宙で一番細い帽子は、地球からはるか遠く離れた場所にあるスポルポ――」
話の途中だったが、音声アシスタントの声が途切れた。
どうやら宇宙キャプテンが、足元にあったコンセントを引っこ抜いたようだ。
「スィリクサがうるさいから、コンセントを抜いて電気の供給を止めたし、実際止めるべきだと思った」
僕は苦笑い浮かべながら話を続けた。
「ははっ……とにかく、あなたは地球人そっくりです。地球人がコントかなにかで宇宙人のコスプレをしているのかと思いました」
「んっ、コスプレ? コスプレってどんな意味の言葉だい?」
「えっ?」
「その言葉はまだ学習していないし、実際学習していないと思う」
宇宙キャプテンは、足元のコンセントを差し込むと口を開いた。
「ヘイ、オッケー、スィリクサ。『コスプレ』という言葉の意味を教えてほしい」
「ポポーン! それは地球では『プロポーズの言葉』です」
「プロポーズ!?」
「はい。ご結婚おめでとうございます、宇宙キャプテン・ウテムさん」
この音声アシスタント、間違った情報を平気で放り込んできやがる。
僕はもちろんプロポーズなんてしていないのだ。
宇宙キャプテンはポリポリと後頭部を掻くと、黒髪を揺らしながらつぶやいた。
「……タイムマシンが開発できていないことを伝えたら、まさか求婚されるとはね。そして、実際に求婚されたんだと思う」
それから宇宙キャプテンは、頬を染めながら僕の顔をまっすぐ見て、「誕生日に地球人からプロポーズされちゃったし、実際にされたと思う。わーお」と言って笑った。
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